コメディ・ライト小説(新)

Re: 狂騒剣戯 ( No.8 )
日時: 2020/09/29 10:24
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: KACJfN4D)

「あの…村山さん」
「準備できたのかよ」
「なんでこんなことに…」
「兄貴に文句言え」

 一連の流れから数十分ほど時間が経ち、正紀と朧は自らの荷物を手に、正紀の兄である壱聖の車の中にいた。中はひんやりと涼しかったが、今年の夏はかなり涼しめの冷夏なので、クーラーいらないんじゃないかと言いたかったが、本人曰く「娘たちのため」。たしかに子供は大人と比べ体温が高く、ちょっとした暑さでも体調を崩す可能性がある。
 だからと言って。

「いくらなんでも夏のこの時期にブランケットが必要とかどうなんだよ…」

 そう、冷やしすぎてかえって寒いのだ。


第陸ノ噺
『フタリデナカヨク・ケンカシロ』


 時を遡ること10分程前。荷物をまとめた朧がやって来て、リビングで同じく準備が出来た正紀と待機していた頃。朧はじっと正紀の顔を見る。その視線に気づいた正紀は、しかめっ面をして朧に視線をやった。

「…なんだよ」
「いやまさかこんなことになるとはなあと」
「俺だって兄貴に文句言いてえわ」
「やめましょって、このメンツで行ってもどっかしらで事故るだけっすよ」
「そうなる前に止められてたらとっくに止めてんだよ……」

 恨めしげな朧に対し、正紀はガックリと頭を抱えて机につっ伏す。あの兄の行動の速さと強引さは今に始まったことじゃない。昔からずっとあった。そのせいで理不尽に色んなことに巻き込まれたり、因縁をつけられたりしていた。もう止めさせるのもいい加減無駄だろうと諦めている節もある。どうせ何言っても兄貴はやると言ったらやるし、巻き込むと決めたらとことん巻き込みやがる、と。
 朧もそんな正紀の兄、壱聖の強引さは多少なりとも知っているので、そこまでやられるともう何も言う言葉がない。しれっと目線を正紀から外し、明後日の方向へと向ける。災難すね、と言いたかったが自分もその災難な目にそれなりにあっているので、ここでかける言葉じゃないなと飲み込んだ。

「つーか車で京都?頭おかしいんじゃねえの?飛行機とか新幹線だろ…」
「なんで車なんすかね…」
「車で京都まで行くわけねえだろ、駅までだアホ。新幹線のチケット取ってあるしいくぞ」
「は?」

 2人ともうなり出したところで、ひょこっと壱聖が後ろから出てきてとんでもない爆弾を落としていく。その落とされた爆弾のダメージをもろに受けた2人は、顔を見合わせてほうけるのだった。

「……今なんて?」
「新幹線のチケット取ってあるって…」
「こうなること予測してたのか?」
「……やめましょ、これ以上考えると頭痛くなるんで」
「そうだな…」

 もう何も考えないようにしよう、そうしよう。そう決めた2人はふらふらとおぼつかない足取りで、壱聖の車に荷物を抱えて乗り込むこととした。

そして冒頭に戻る。





 車の中に乗り込んだのは、正紀と朧、そして兄の壱聖とその妻柚樹(ゆずき)、最後に双子の娘、葵(あおい)と碧(みどり)の2人。かなりの人数だが、乗っている車がファミリー用のかなり大きめの車なので、余裕を持って乗ることが出来た。案の定正紀と朧はは1番後ろの席だが。

「つか、あの人が壱聖サンの奥さんすか…」
「ああ…ユズ姉か。お前あんま知らないもんな、接点なかったし。あの人だけだぞ、兄貴が一生かかっても勝てない相手」
「え」
「物理的な意味でな…」
「…えっ?」

 どこか遠い目でそう話す正紀に、訝しげな目線を送る朧。丁度いいから教えてやるよ、と、疲れたような声音で正紀は話し始めた。

「あの人はな、兄貴と同い年で小学校からずっと一緒だったんだ」
「幼馴染みたいなもんですか」
「ああ。その頃からユズ姉は強くてな。まーまずアームレスリングで男子相手に負け無し。全勝。ついでに喧嘩も負け無し全勝。成績でも誰にも負けることは無かった」
「前半の情報が濃すぎてちょっと着いてけないっす」
「んで中学に上がっても兄貴と一緒。腐れ縁みたいな感じで続いたんだ。ちなみにコンクリの壁を素手でぶん殴ってぶっ壊したのもその頃だな」
「壱聖サンが?」
「ユズ姉」
「はえ……」

 唐突に語られた壱聖の妻、柚樹の過去を聞かされた朧は既に思考を放棄していた。次から次へとやってくる情報に頭が全くついて行かない。そもそもコンクリの壁を素手でぶっ壊したってなんだ、そんなことが出来るのか。見た目すごく美人だし明らか聞こえは悪いが「非力です」って感じだったのに。一体あの細い腕のどこにそんな力が眠ってるんだ。ツッコミどころが多すぎる。
 それでも正紀の話は止まらない。

「喧嘩も全戦全勝は相変わらず、度々挑んでくる兄貴を返り討ちにしまくったり、いじめっ子を逆に証拠掴んでからボッコボコにしたり」
「……」
「ちなみにいじめっ子の件はユズ姉の正当防衛、相手側の自業自得で終わった」
「俺は今何を聞かされてんすか?」
「そんで高校に上がっても一緒だったんだよな。相変わらず兄貴はユズ姉に負けてユズ姉は負け無し。最後にゃユズ姉が兄貴に『私が養ってやるからお前の残りの人生寄越しやがれ』ってプロポーズしてオチた」
「……少女漫画でもないですよそんな展開」
「ところがどっこい現実にあったんだな。兄貴の顔少女漫画のヒロインの顔してたぞ」
「聞きたくなかった」
「んでなんやかんやあって企業の社長になって結婚して娘ふたりが生まれた。以上」
「……」

 色々ともう限界だった。クーラーはガンガン効いてるから逆に寒いし、ブランケットは1枚しかないから取り合いになるし、オマケに聞いてもない壱聖夫婦の馴れ初め話を聞かされるし、もう何をしていいのか、何を考えたらいいのか分からなかった。

「いっそ殺してくれ」
「出会い頭に突然ケンカ吹っかけたお前がこうなった原因だぞ、元を辿れば」
「……アホなことしたって思ってますよ」
「ちなみに続きがあるんだが」
「もーやだ、聞きたくない」
「巻き込まれたのが運の尽きだ、とことん付き合ってもらうからなぁ…」
「やめて!ほんとやめて!」

 意地の悪い笑みを浮かべた正紀に、朧はしきりに耳を塞いでその場をしのごうとする。が、それも虚しく、駅につく数時間、延々と聞いてもないし聞かせてくれと頼んでもない、兄とその嫁の馴れ初め話の詳しい部分を聞かされる羽目になったのだった。

「仲良いわねー」
「仲良く喧嘩しなってな」

 そんなことは知らずに、兄夫婦は2人を微笑ましそうに見守るのである。





「ってかなんすか?そのぬいぐるみ」
「…持ってけってうるさかったからな」
「誰が?」
「……」
「?」


「(お前だろ晴明!)」
『はて、なんのことやら』


第陸ノ噺 終