コメディ・ライト小説(新)

Re: 狂騒剣戯 ( No.9 )
日時: 2021/01/12 23:21
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

 移動中は特に妖魂に襲われることなく、無事に京都にたどり着いた正紀たち。荷物をまとめて宿泊先の旅館へとチェックインをし、ようやく解放されたと言わんばかりにくつろぎ始める。

「……何もなかったっすね」
「びっくりするくらいにな」

 寝転んだ正紀と朧は呆けて天井を見る。全く何も、なかった。移動中を狙ってこちらを襲ってくるのかと思ってそれなりの覚悟はしていたはずなのだが、ここまで何もされないとかえって萎えてしまう。と言うよりかそれしか考えていなかったために、いざ京都に来たとてやることが全く思い浮かばないのだ。

「どうするっす?」
「色々と疲れたから今日は旅館の中で休んでようぜ。つーかもう夕方だしな」
「そっすね」
「そうはさせるか飯食いに行くぞ」
「休ませろや」



第漆ノ噺
『ヨウトウアザマル・キョウト』



 ゴロゴロとしていた2人に対し、第三者の無慈悲な乱入によりそれは唐突に終わる。壱聖が娘2人を連れてもう既に出かける準備を終えて、彼らにさっさと外に出るように促しに来たらしい。ここで何を言ったとしても拒否権はない、と言わんばかりに壱聖は2人を起こし、ずるずると外へと引きずり出す。

「っつーか何だって急に」
「急にでもねーよ、飯食う時間だし」
「強引っすねぇ…」
「それと」

 そこまで言うと、壱聖は声のトーンを若干落とした。

「……妖魂の気配だ、そう遠くはねぇがまだ成長途中のやつだな」
「!」

 瞬間正紀の体が強ばる。まさか雨音を喰らったあいつなのだろうか。首根っこを掴まれていた体勢から一気に手を引き剥がして立ち上がる。その形相はまさに修羅と言っていいだろう。朧はそんな正紀を見て、ぎょっとする。あんな顔は初めて見た。
 しかし、それを壱聖が頭を小突いて元に戻した。溜息をつきながら正紀に諭す。

「『まだ成長途中』っつったろ。人を喰ってねえか、喰ったとしても1人くれえだ。お前の話じゃ、雨音ちゃんを喰ったのはそれなりにデカかったんだろ?それに、まだそいつだとは確定してねえって。少なくとも、その怒りは今解放するもんじゃねえな」

 分かってる、分かってるよそんなこと。だけどもしかしたらって思っちゃうんだよ。
 唇を噛み、握りこぶしは白くなるほど力が入る。あの時手が届かなかったけど、今度は絶対に、『ぶった斬る』って決めてんだ。全身の強張りはまだ収まらない。京都に来た今、妖魂という妖魂は全て倒す───そう覚悟を決めた矢先にコレだ。
 それを察したのか、壱聖は下を向いている正紀の頭をひっつかむ。

「だからまずは飯食いにいくぞ。腹減ってちゃ何も出来ねえだろ」
「………」
「村山サンらしくないっすよ、うだうだやってないで飯行きましょ。もう既に壱聖サンの腹鳴りっぱですし」
「言うな」
「……おう」

 2人がかりで説得され、正紀はようやく力を抜いた。まだ複雑な気分は晴れてくれないものの、美味い飯を食ってとりあえず冷静になろうと思い至った。その様子を見て、壱聖は改めて正紀の首根っこを掴み、またずるずると2人を引き摺っていくのであった。


「…あ、いた。どっかで合流できないかなーって思ってたけど、案外簡単に見つかるんだねえ。後で僕も仲間に入れてもらおう」

 その少し後ろを、『幼い時からよく知る人物』に見られているとは知らずに。





 同時刻、晴明神社。怪しげな影がゆらゆらと佇んでいる。その姿は踊っているようにも、何かの儀式をしているようにも見える。

「ついに来たか、哀れな安倍晴明」

 突然ピタリとそれをやめ、ボソリとつぶやく。その口元は嘲るような笑みを浮かべていた。

「愚か、愚か……我に体を奪われたとて、未だ抗うか……陰陽道の開祖が落ちたものよ」

 手を空に掲げ、一気に振り下ろす。するとそこから『黒い塊のようなもの』が、粘着質な音を立てながら気味悪く現れる。それは段々と形を生していき、遂には大型犬位の大きさの『妖魂』となる。生を受けた妖魂はすぐさまにどこかへと消え去る。それを見届けたそのものは、ひとしきり高笑いをすると、また口を開く。

「まあいい。我が手中で踊るがいい。どうせ次の世は……この道摩法師、『蘆屋道満(アシヤドウマン)』の物よ」

 満足気に笑うと、また踊り始めた。その周りには、沢山の『人を喰らい尽くした妖魂』が囲んでいた。





「もう食えない」
「悪魔っすか壱聖サン…」

 引きずられるまま良さげな料理店に入り、そのままあれやこれやと壱聖に食わせられ、あっという間に胃袋の限界が来た正紀と朧。既に会計を済ませて店を出たが、当の悪魔、もとい壱聖はまだ食べたりないようで、嫁と娘2人と一緒に和菓子屋を見て回っていた。どんどん胃袋に入っていく和菓子を見て、げっそりとした顔をうかべる。

「底なしかよ」
「正直もう食いもんは見たくねっす」

 近くで壁に軽く寄りかかりつつ休んでいたものの、突如正紀の脳内に響いてきた声に邪魔をされる。他でもない晴明だ。

『村正よ、妖魂が来るぞ』
「っ!?」
『結界を張った。警戒しろ』

 目を見開いて周りを見渡す。どこだ、どこから来る?右か?左か?もしかして下か?いや、何も無いところから来る可能性もある。正紀は村正を即座に顕現させ、戦闘態勢に入る。その様子に気づいた朧も、面倒くさそうにしながらもデュランダルを呼び出した。

『気配が近づいている───上からだ』
「上っ!?」

 言われた通りに上を見る。すると確かに、『手足の生えた黒い塊』───妖魂が現れる。

「一気にケリつけんぞ、花嵐!」
「言われなくとも!」

 村正が、デュランダルが走る。妖魂もそれを迎え撃つように、口を大きく開いて2人を喰らわんとする。そして体からうぞぞぞ、と何か触手のようなものが飛び出し、2人の足に巻きついた。掴まれたことにより、がくんとバランスを崩し後ろに倒れ込む。

「でっ!」
「んがっ」

 するとそのまま2人を宙吊りにし、あろう事か思い切り地面にたたきつけた。その直前に晴明が術をかけて衝撃を緩和させたものの、あまりの痛さにその場に蹲る。

「げほっ、げほっ…いっててて……」
「ずるいっすよあんなん……!」

 妖魂は体が思うように動かなくなった獲物を見て、食べ頃だと言わんばかりに近づいてくる。そしてその距離が限りなく近くなると、また触手のようなそれを使い、2人をそのまま口へ入れようとする。
 が、それは叶わなかった。

「見つけた」

 突如妖魂の真上に、『脇差』を持った第三者が介入してきたのだ。そして妖魂の上に着地したと思いきや、その脇差を思いっきり刺したのだ。突然のことに驚いたのか、刺された痛みによるものなのか、妖魂は耳障りな叫び声を上げながら、2人を離した。

「はっ?だ、誰だ!?」
「ってそんなこと言ってる場合じゃないっすよ!トドメ、トドメ刺さないと!!」
「あ、ああ!」

 それぞれ村正、デュランダルを構えたところで、例の第三者───『膿』を隠すためなのか、包帯を顔にまきつけた男が2人に近づく。味方、と言っていいかまだ分からないが、とりあえずこちらに敵意はないようだ。だが今はそれを気にしている場合ではない。

「行くぞ───村正ァ!」
「せいぜい足掻け、デュランダル!」
「───おいで、『妖刀・痣丸』」

 瞬間、妖魂は塵となって消え果てたのだった。





「お、終わった…うぷ」
「そういえば食事直後だったっすね…うええ」

 戦闘後、突然正紀と朧は膝から崩れ落ちた。思い出したかのように吐き気が襲ってきたのだ。元々これでもかと言わんばかりに、くる食事くる食事を食わされ続け、直後にあの戦闘があったのだ、胃袋はもうとっくに限界を超えた。そんな彼らの背中をさすってやり、心配そうに見つめるこの男。どうにも正紀のほうには見覚えがあるようだ。

「(なんか…ちっちゃい頃に話した覚えがあるんだよな……そんときからもう包帯巻いてたっけ……)」

 ぼんやりとだが浮かんでくる記憶。いつも笑みを浮かべて、なんだかんだとお菓子をくれていた気がする。その日によって貰えるお菓子が違うから、いつも『お菓子の兄ちゃん』と読んでいた覚えはあったような。いや、それは名前を知る前の呼び名だ。知ったあとは確か…
 というかこの人さりげなく『刀』使ってなかったか?しかも妖刀。

「ほんと大丈夫…?お菓子あるけど」
「いやいいって……」

 食いすぎなだけだから、と言いかけたところで正紀は思い出した。近所にいる、いつも違った美味しいお菓子をくれる謎の青年。何故か顔の、特に右目の辺りに膿が広がっていて、それを隠すためかは知らないが、包帯を巻き付けていた。どうもそれは今でも治っていないらしく。

「………なぁ、まさかあんたも『剣の神子』なのか?」

『お菓子包帯の夕兄ちゃん』


 そう呼ぶと、『夕兄ちゃん』は満足気に微笑んだ。


第漆ノ噺 終