コメディ・ライト小説(新)

目覚め 伍 ( No.8 )
日時: 2018/11/20 13:20
名前: りあむ ◆raPHJxVphk (ID: OLpT7hrD)




 無意識に感じていた圧が消えて、思わずフーっと息を吐く。

「ごめんなさいね……悪い子じゃないんだけど」
「大丈夫です。転がり込んだのは自分なので」

 外から来た得体の知れない人間を警戒するのも仕方がない。しかしそうは言うものの、ここまでこう警戒されるのも少し不自然だ。気になるが、先程までの様子を見るに、恐らく話せないことなのだろう。

「これじゃ、あなたも直に拾われたのが幸か不幸かってとこよね……。ひとまず、何が何だかわからないでしょうから説明するわね。そうね、ここがちょっと特殊な場所っていうことはたぶん察してるわよね。そのせいで話せないこともあるけれど――――」

 そう言ってナナミさんが話してくれたのは、ここが星下荘という場所で、共同生活をしているということ。星下荘の住民は全員男性で、四人だということ。今まで会った人(直さん、ナナミさん、稜葵さん)の他にもう一人いるそうだ。直さんが大家さん代理のような立場らしい。「だから、直が面倒見るって決めたんだもの、いくら稜葵くんが何か言おうとも、基本的には直の決定は絶対だから気にしなくていいのよ」と言ってくれるが、稜葵さんが住人である以上、外の人間である自分はなるべく迷惑をかけたくない。
 他にも星下荘の造りや周りの様子などいろいろ教えてくれたが、実際に見てみないことにはいまいちピンとこない。

「そろそろあなたの呼び方を決めたいわね。いつまでも"あなた"じゃ嫌だわ。……そうね。やっぱり名前は思い出せないのよね……?」
「……は―――」

 い、と言いかけて、ふと引っかかるのを感じた。
 誰かにある名前を呼ばれていた感覚が強く残っているのだ。感覚はあるが思い出せない。でも確かに呼ばれていた……いや呼ばれた。しかも、つい最近・・―――

 不意に止まったことに一瞬不思議そうにしながらも、すぐに何か察したのか、ナナミさんはじっと待ってくれている。

「あ……」

 耳元で泣きながら叫ばれた、あの声。あの声は確か――――

「いずみ」
「!」

 そうだ、"あのとき"。最後に呼びかけられたのは、あれは名前だったのだ。

「思い出したの?!」
「いや、すみません……名前だけです」

 しかも名前かどうかも怪しい、と告げると、大丈夫よ、無理しないで、とナナミさんは優しく言った。

「いずみちゃん、ね。いや、いずみくん、の方がいいかしら……」

 いずみ、と呼ばれると、何となくしっくりくると感じる。きっと合ってるのだろうと思えた。
 くん? と首を傾げると、ナナミさんは頷いた。そうか、つまり――――

「そう、これからのことだけれどね、申し訳ないのだけど、男の子として生活してもらうわ。幸い、と言っていいのかしら……直はあなたが女の子って気づいてないみたいなの。それならそのまま問題なく生活できるはずだわ」
「わかりました」

 やはり。女らしい身体つきでもなく、女として生活した記憶もないので、慣れればそうそう困ることはないはずだ。

「それにしても、今までよくバレなかったわよね。実はあなたがここに来てからもう一週間になるのよ」
「!」
「あの子がずっと付きっきりでお世話してたからだわ。やだ、そういえばあの子男の子よね?! ボロボロだったあなたを着替えさせたのもあの子だし、身体を拭いたのもあの子だったはずよ」
「…………」

 しばし固まる。別段羞恥の感がある訳では無い。無いのだが……。全ての面倒を見たというのはちょっと複雑だ。
 改めてあの青年と自分の関係が気になる。恋人、ではないだろう。確かに大切に思われているようだったが、まなざしに熱っぽさはなかった。やはり兄弟だろうか。

「あの子のことも覚えてないの?」
「はい……」
「そう……あの子に話を聞きたいけれど、話せないようだし、どうやら文字もわからないみたいなのよ。こちらの話すこともときどきわからなそうにするわ」

 あっちもこっちも訳ありのようだ。いきなり転がり込んできたのがこんな得体の知れないもので本当に申し訳なく思う。改めて客観的に考えてみると、いくら警戒されてもおかしくなかった。快く受け入れてくれた直さんとナナミさんの懐の広さに感動を覚える。

「おい、遅いぞ。かゆが食えなかったのか?」
「直!」

 突然現れた先程まで話の中心だった男に揃って肩を揺らす。すごい不機嫌そうだ。

「いえ、完食したわ」
「とってもおいしかったです、ありがとうございます」

 ナナミさんも少し動揺したのかちょっと不自然なくらいニッコリしている。自分も笑みを浮かべて礼を言う。
 すると照れたように少し視線を逸らし顔を背けた。

「……そうか。だったら早く寝ることだ。蓮、明日も早い。お前も早く寝ろ」
「わ、わかったわ」

 気のせいだったようだ。次の瞬間には顔を上げ睨まれ、まくし立てられる。
 ナナミさんは素直に従って立ち上がった。ナナミさんと蓮という呼び方に疑問が浮かぶが、後で聞くことにする。

「じゃあいずみち、いずみくん、変な環境で大変でしょうけど、慣れるまで頑張ってちょうだいね。明日、お医者様をお呼びしてるわ。早く回復しましょうね。今後のことは動けるようになったらまた相談しましょう」

 出だしで少し詰まったがさすが持ち直しも速かった。

「それと、それまでに服とか必要なものも揃えておくわ。その髪も整えてあげるわね」
「はい、わかりました。ありがとうございます」

 おやすみなさい、と言うと、おだやかな、そしてぶっきらぼうなおやすみが返ってきて、フゥと灯りが消された。