コメディ・ライト小説(新)

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.1 )
日時: 2019/03/19 15:05
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

一話 生徒会長こと俺

リンドウ学園というエリート校の華と呼ばれる程の容姿と、頭脳明晰という点を見ればまさに理想の優等生。
教師にも尊敬の意を決して忘れなく、後輩にも優しく接するため、密かにファンクラブがあるのも小耳に挟んだことだってある。
だが、ここは男子校である。
中高大一貫の、男子校、である。
…ファンクラブ会員が皆男だと、当たり前の事だがこれ程までに浮足立たないファンクラブは無いだろう。
何せ、ファンクラブが出来るほど人気な生徒会長こと俺、すめらぎ玲夜れいやは女性を愛する一般ピーポーなのである。
男子校に恋など求めていない、ここに決めたのは…というか小学の頃からやけに教師に贔屓ひいきされていたから、なんとなく気づいてはいたが。
小学の担任に推薦で行け、と言われた他、理由など特にないのだ。
生徒会長だって皆の推薦でやっているだけだし、名だけのものに過ぎない。
にもかかわらずファンクラブが出来るのは人に対する態度がとても律儀という事、そして何よりお人好しとからかわれる程の"優しさ"故であろうが。
だが、何を言っても男子に告白されるのは心が痛い。
何せ玲夜は男に恋心を抱くなんて真っさらなのだし、何度も言うがここは男子校である。
確かに中には男子同士のカップルがいない、と断言出来るわけでもないが、それはそれ、これはこれ。
同性愛についてとやかく言うつもりは無いが、一言だけ言うとするならば。
"俺を巻き込むな"と叫びたいところだ。
「………なんで俺こんな告白されんだよ…」
体育館裏に呼び出された時点で察したが、いざ告白されてフるとなると、やはり心苦しいものがある。
そりゃ相手だってフられるのは覚悟の上だろうし、付き合うか付き合わないかの判定はこちら側にあるから問題は無いのだが…。
いつまでたっても、"すまない"と言って、相手を泣きそうな顔にさせてしまうのだけは、その痛みだけは慣れそうもなかった。
ーーーそんな、告白後の玲夜はと言えば机に突っ伏して空気をドンヨリ曇らす仕事を真っ当中である。
周りのクラスメート達は、"ああ、こいつまた告られたのか"と同情の目や嫌に生暖かい目を向けていたり。
………その中に"羨望"の色が混じっているのはスルーして。
「……も〜やだ………イワナガヒメになりたい……」
もはやメンタルが削れ過ぎてわけわからない事をぼやく優等生(笑)
いや、豆腐メンタル…と誰か呟いた気がするが、ああそうさ今更何を言っているんだと内心肯定を叫ぶ。
だって考えてみろ、人の気持ちをバッサリ切り捨てるのは本当に、本当に!辛いんだぞ…と。
日本の神の一柱のイワナガヒメ、婚約者である神に"醜いからナシ"と言われる程の容姿を持つ、岩を司る神に、玲夜は心底リスペクトした。
………玲夜はどちらかというと、イワナガヒメの妹、コノハナサクヤヒメに似ている、とクラス全員思った事は、とりあえず内緒にしておこうと皆静かに頷いた事を生徒会長は知りもしない。
「あ〜ぁ…俺ってもしかして最低なのかなぁ………あ、いやでも人殺してないから人としては平気…いや平気じゃねぇわ…」
…おい生徒会長。
クラスメートの心が一体化した瞬間だった。
そんな愉快(?)な生徒会長がいるこの教室は、高等科二年の【アインス】である。
アインス、とはドイツ語で1という意味であり、他にも二の【ツヴァイ】、三の【ドライ】にわかれており、言わずもがな、トップクラスはアインス。
バッジもドイツ語でアインスと刻まれ、生徒うつな会長は学年トップの成績を毎度残すのも、もはや常識的になりつつあった。
そんなエリートクラスの大黒柱が我らリンドウ学園の"高等科生徒会長"の玲夜なわけだが。
告白を切り捨て豆腐メンタルが醤油をかけられ悲しみに喰われていく様をありありと想像させる空気の淀み具合に耐えかね、クラスメートの一人がツンツンと隣に合図を。
パチクリ瞬きした後に、やれやれと肩をすぼめながら、この気まずすぎるクラスを後にした。
"誰か"を呼びに行った生徒が廊下へと姿を消すと、皆ようやく安堵のため息を零すのだ。
ーーーようやくこの空気から解放される、と

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.3 )
日時: 2019/03/18 23:42
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

二話 生徒会長と愉快な(?)お友達


生徒が教室を後にして、数分後。
この教室に、救世主メシアが現れた。
「…うっわ…こりゃまた………」
如何いかにも染めています、という明るい茶髪に、赤色のメッシュを入れ。
耳に金色のピアスをつけているところから見れば、まさに理想の通り(?)のヤンキーである。
金髪じゃないだけマシだが。
そんなザ・フリョウな男子生徒…クラス【ツヴァイ】のバッジをつけた、その生徒は。
迷わず机に突っ伏し微動だにしない玲夜の席へと…そして。
「おい、"レイ"。この俺が慰めてやっから、早く顔上げろ」
とても優しい声で生徒会長の愛称を呼び、サラリと艶やかな黒の髪を撫でた。
ピクリ、と反応を見せ、おそるおそる顔を上げた、玲夜に、ツヴァイの生徒は………。



「………毎度毎度、興味もない男から告られて、お疲れ様っしたァ♪」
ーーーーとてもいい笑顔で、中指を立てた。



……………………ビキッ………と。



玲夜の中で、何かがひび割れて壊れ。

「…お前なぁ…ッ!人がどんな気持ちでやってると思ってんだ!」
塞ぎ込み溜めていた哀愁全てがこの言葉により怒りに変換され、生徒会長という立場を忘れて玲夜は吠える。
…が。
「んなのシラネ。だって俺生徒会長サマみてぇに男にモテねぇしィ?」
「あ゛ぁ!?」
そんなの痛くも痒くもない、とでも言いたげな顔で、プギャーという効果音さえつきそうな程煽る、その生徒に。
…あの温厚で優しい会長のドスの効いた声が聞こえたのは、きっと気のせいだろう、とクラスメートは聞かなかったことにした。
「だいったいお前はいつも俺をからかうけどな、誰が勉強教えてやってると思ってんだ!少しは労いの言葉や感謝の意をだな!?」
「お返しはちゃ〜んとしてんじゃねェか。ほれ、悲しみが怒りになった〜。これでレイはストレスでハゲる事は無いな!」
「うっせぇ!テメェもストレスの一部ってこと忘れんなよ"陸"!」
と、"幼馴染くされえん"の名を叫んで、玲夜…愛称、レイは陸と呼ばれる生徒の胸ぐらを掴まんと立ち上がった。
陸…八神やがみ りくは、リンドウ学園高等部二年の、【ツヴァイ】クラスであり、この学園に名を馳せている者の一人である。
そんな陸が毎度アインスの生徒から呼び出しをくらうのは、ツヴァイのクラスメートからしても日常風景であり。
そして、またそれが"フった生徒会長、傷心しょうしんした心をあおっして"という要件という事も、認識済み。
この会長の豆腐メンタルに心が折れそうになりながらも、それでも長年の付き合いなのだから、大体どうすれば心が立ち直るのかも熟知している。
ーーーので。
「うわ〜親友をストレスとか言っちゃう生徒会長マジありえねぇわァ…」
陸は、誠心誠意レイの心の支えになろうと頑張あおるのである。
それが、たとえ周りから誤解を招きそうなレッテルを貼られることになろうとも。
…陸は、自分がここに呼ばれる意味を、真っ当する(悲しみを怒りで隠す)のである。
………………いや、まぁ、ちょっとかっこよく言っているが、要約すると。
ーーーーーただ煽ってキレさせてる。
ただ、それだけである。
つまるところ、陸が呼ばれる理由はただたんにレイをキレさせるために呼ばれるだけであり、またそれのおかげで絶交するのでは、と考えた事も無くはない、ととある生徒は思ったが、案外この二人の仲は深いようで。
伊達に幼馴染を名乗っていない、とアインスのクラスメートは思った。
"…玲夜も案外陸さんに甘いよなぁ……"とも。
「くっそ……はいはいもう俺はメソメソしませんよ〜っだ……さっさとツヴァイに戻れ…」
「へいへ〜い…………お前、あんま気にすんなよ、それでお前が塞ぎこんだら誰が高等部を仕切んだっての」
…………………。
一瞬の沈黙の末、先に口を開いたのは、生徒会長で。
「…るっせ……急に真面目モード入んな馬鹿」
「はっ。もう乙女モード入んじゃねぇぞ、生真面目」
日に当たればキラキラと眩しく輝く人口茶色の髪を揺らしながら血のように赤い瞳を細め挑発的に笑ったツヴァイきっての"馬鹿"と。
真っ暗闇に溶けそうな漆黒の前髪を耳にかけながら海色の瞳をジト目として見やる"生真面目"。
…成績が常にトップを独走する生徒会長の友人は、高等部二年、クラス【ツヴァイ】の成績一番下のチャライケメン。
もはや、この二人が付き合えば生徒会長があんな落ち込む事は無いんじゃないか、的な事をボヤいていたクラスメートもいたが。
…正直言って、この二人の関係は"家族"のようなものだから、多分現実になる事はないだろう、と。
つまりは、こんな二人を見るのが大学になっても続くだろう…後5年間は、この光景を誰かが見ることになる、と。
………まぁ、この二人は良い意味でうるさいからいいか。
そろそろ"昼休み"が終わるチャイムが鳴る頃だ、と各々が机に授業の用意をし始めた……。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.4 )
日時: 2019/03/18 23:44
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

三話 生徒会長、部活(戦闘)開始


キーンコーンカーンコーン………。
終学活というなの寝落ちタイムが終わった今、玲夜……いや、レイは寝起きの頭をフル回転させて、なんとか教材をバックに入れている真っ最中。
終学活に眠すぎて"ガコッ!"という鈍い音と共に机とキスする羽目になり、周りからクスクスと笑いが漏れ出たのは言うまでもない。
いくら生徒会長と言えど、それは推薦で気付けば生徒会長となっていた、要はハリボテの肩書きなので、担任の話を遮って意識を飛ばすことも珍しくはない。
授業はちゃんと受けているので成績は上位に入っているが、ホームルームを合わせて朝と放課後になると毎度猫のように眠りこけるのがここの生徒会長である。
正直、そんなものでいいのか、と物申したいが、それは置いといて。
この学園、"魔導"学園という事をお忘れになられているだろう。
ここまで魔法要素ゼロだったのだから無理もないが。
ちなみに、何故髪は黒や茶髪なのに目が現実離れしているのか、と思っただろうか。
…魔導学園というものがある時点で現実離れしているのは置いておいて。
この世界、人口の半分に潜在能力として"魔力"を宿している。
そして、その魔力は何種類も"属性タイプ"に分けられ。
【炎属性】【水属性】【風属性】【土属性】etc………。
細かく分ければ数十にも及ぶ魔力の性質。
そして、その性質の見分け方は"瞳"に反映される。
簡単に、【炎属性】であるならば瞳は赤色になるから陸は赤色だったし、【水属性】であるからレイは瞳が青い。
魔力の量もしかり。
量が多ければ瞳の色は濃くなるし、少なければ薄くなる、と。
…魔法要素が少ないからねじ込んだこの世界のセオリー。
だが、レイの"部活"では、この魔法という概念がとても重要になる。



ーーーーリンドウ学園、体育館に隣接して造られている木造の建物。
入口の扉の上に【雪月花】と彫られた板が飾られた、"弓道部の部室"に、生徒会長は気怠けに、"魔弓まきゅう"を担ぎながらその小屋へと足を運んだ。
ーーーー弓道部 魔弓科まきゅうか
このスポーツの名は【ツァオベライ・アロー】
魔術の矢、という名のこのスポーツ。
弓矢に魔力を込めて矢を放ち、どれだけ的を鮮やかに、華やかに、そして多く破壊するかを競うそのスポーツは。
多くの大会を開催させるほど、メジャーなスポーツとなっていた。
そんなメジャースポーツを部活とする魔弓科は、毎日の練習に励み、ここ【雪月花】に今日も元気な掛け声を響かせている。
「………はぁ……」
ーーーー唯一聞こえたため息の出所は、【雪月花】の隅…フローリングに魔弓を足に抱え込んで座っている、漆黒の髪…生徒会長ことレイからだった。
携える魔弓は中学から愛用する白銀のアルクス
ところどころに散らばっている宝石のようなモノは、通称【魔導結晶マナ・クリスタル】と呼ばれる鉱石である。
読んで字のごとく、魔力を宿すその鉱石は、自分の持つ魔力とは違う性質の魔法を使うために用いられる【魔導道具マジックアイテム】の代表的なモノ。
このツァオベライ・アローにおいて、複数の魔法を使い華やかさを演出する為には必要不可欠な存在であり、また魔力を増幅ブーストさせる意味でも重宝されている。
そんな魔導結晶マナ・クリスタルをふんだんに使っているこの弓は、レイが初めてこの世界ツァオベライ・アローに踏み込んだ際に手に取った、いわば相棒のようなもの。
少なくとも魔導結晶マナ・クリスタルはポンポン取れる鉱石では無いため、それなりに値は張るが、一生使う、という名目で奮発したものが、これだ。
ーーー【光波エーテル・をも超える可能性タキオン
レイが名付けた、この弓は。
質と量が"上"と診断されたレイの魔力を増幅ブーストさせ、人の想像を、世界の常識をも変える奇跡を、という願いを込められた、この弓は。
ーーーー世界で一つしかない、レイだけの魔弓オリジナルである。
「お?どーした高等部の生徒会長さんよ。ご機嫌ナナメかい?」
突如として視界が暗くなったと思いきや頭上から野太い声が聞こえる。
聴覚で伝えるその信号は…。
「…あ〜…先輩ですか……ま、そ〜ですね……また告白されまして」
この魔弓科の大学部に所属する、レイ直属の先輩の声だ。
「ガッハッハ!お前は本当に男にモテるなぁ!…っと、クヨクヨしてねぇでさっさと表に出ろい。お前さんのファンがウヨウヨだぜぃ?」
朗らかに笑うその先輩は、嫌味か皮肉か、それとも天然なのか。
レイの気分を更に悪くするファンというNGワードを吐き、疲れた〜と言いながら裏へと戻っていった。
…あぁ、打ち終わったのか。
先輩が終わり、そして自分が呼ばれた。
ーーーーつまるところ、自分の番が来たのだ、と。
レイは相棒に寄りかかりながら立ち上がり、ヨロヨロと力なく重い足を動かした。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.5 )
日時: 2019/03/19 10:06
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

四話 生徒会長の部活風景


魔弓科といえど、【雪月花】は弓道部全体で使っている木造の格技室。
魔法を使うか使わないかの違いだけなので、わざわざ新しく建築しなくても、合同で使えるからいいだろう、という上(教師)の元、今日も今日とて…。
「うおぉ!!道着姿の会長かっけぇ!!」
「ヤバイ…尊すぎて死にそ…」
「生きろ!見ろ、イケメン過ぎる会長を!神のような魔法で魅せてくれる、我らがリーダーをッ!!」
「会長最高っすッ!!俺会長の矢に当たって死にたいっすぅッ!!」
「「「会長マジパネェェェエエエッッッ!!!」」」
ーーーーつんざくようなファンコールの中、集中の「し」の字もないような、この騒音だらけの中、レイは部活動をしなければならないのだった。
ああ、もう慣れたさ。これが俺の部活だ、今更何も言うまい。
騒がしすぎて文化部の代表達がなんとかしてくれ、と苦情が来るほどの熱狂なんぞ、リンドウ学園からしてみれば、もう慣れっこなのだ。
…だが、今日は何となく"嫌な予感"がする、とレイは内心げんなりしていた。
先輩が戻った後にレイは表に立ったが、何せ数十人いる部活なのでスペースが空くまで時間がある。
なのでレイが矢を構えるのはまだ後少し先の事なのだが…。
どうも、この熱烈なファンからの"早く会長を出せ"という圧力からか、レイの前の後輩はそそくさと全ての矢を射ってしまい、一礼するのを周りの部員は"うん、俺(僕)もそうする"と言いたげな目で同情した。
レイからしてみれば、すまないという思いでしかないが、ファンにあーだこーだ言ったところで。
"会長になじられた"と盛り上がること間違いなしなので、タチが悪いったらありゃしない。
ーーーーふと気づけば、レイの前には先程いた後輩がいなくなっていた。
視界に広がる青い芝生の上に浮かんでいる数多くの赤い的。
全て"魔法"で浮かんでいるそれは、空を覆い隠さんと散らばっている。
「………あ〜…ま、やるか…」
テンションダダ下がりなレイはというと、自分の番という事で道着の帯をキュッと締めて、ピン留めで前髪を横に流し留めながら、ポイントに立つ。
肩にぶら下がるようにして担いでいるエーテル・タキオンは、開放的な【演技場プレイフィールド】の太陽光によってキラキラと光り輝き。
ファン達からの目線からだと、まるでレイの肩から"羽"が生えているように見えた。
「ヤベぇよぉ……会長が天使に見えるよぉ…」
「わかりみがつえぇ……神々し過ぎるじぇ…」
「なんか某最期のファンタジー英雄みたいでテンション上がっている俺がいるぜ」
「よう俺」
「お前もか」
…お陰で対照的にこちらはテンション常にアゲアゲである。
見物客がいるおかげでこちらのモチベーションがあがる、なんて事もまぁ無いことも無いが。
………騒がしいから集中出来ない、と言いたいのだけれど。
「おいお前ら!そろそろ会長が矢を放たれるぞ!」
「マジ!?やべ静かにしねぇと!」
「静粛に!静粛にぃッ!!」


ーーーーーシンッ…………。


清々しい程に、単純で一途なファン達のお陰で、びっくりするくらいやりやすい状況が作られるのだ。
これには毎年入ってくる新入生もびっくり。
"え…………え?"とハモるのを在校生はニンマリと見つめる。
と、ようやく場が整ったところで、レイは静かに息を吸って、吐き出す。
集中力を高めようと深呼吸し、音なくエーテル・タキオンを構える。
ーーーーーシュインッ
弓の弦に手をかければ、矢をつがえ発射する部分に"魔法陣"が現れ。
クルクルとまわりながら、それは矢の形を形成する。
数秒後には、エーテル・タキオンに煌々と輝く光の矢がつがえられ。
「………ふぅ…………」
軽く息を吐き、そして止めながらゆっくりと弦を引き絞る。
キリキリ……という独特の音を耳元で感じながら、レイが見据えるのはただ一点。
無数の的の中にある、その内の一つ。
………そして、弦が限界まで引き絞られた、その時。
ーーーーーーヴォンッ!
エーテル・タキオンに埋め込まれた数々の魔導結晶マナ・クリスタルきらめき、数多くの色(魔法陣)を展開させた。
その数、おおよそ……………十以上。
エーテル・タキオン付近に現れた水色の陣を始め、矢の羽の部分にも赤い陣が廻り。
そして、的が浮かぶ空にも複数の陣が廻っていた。
思わず感嘆の声を漏らすファンや後方の先輩、後輩の声を遠くの方で聴きながら。
「…【四大元素エレメンタル加護アンセ】」
その"魔法"を口にしてーーーー手を離した。
人が目視できるスピードを遥かに超えながら飛翔するその矢は、炎に包まれて。
エーテル・タキオン付近にあった水色の陣…まさしく、【水属性】の陣を潜り、炎は勢いを消し…だが。
"蒸発した水"が天へと登り、そこにあった"緑色の陣"へと触れる。
それは【風属性】の陣…触れた水蒸気は錐揉みされながら大気の変化を陣の中で起こし、人工的に"雲"を作った。
皆が上を凝視するなか、ここで視覚だけでなく"聴覚''もこのパフォーマンスに取り入れられている事を知る。
ーーーーーゴロゴロ……!
一斉に、皆が息を呑む気配を感じた。
ーーーそう、この三種の陣の狙いはーーー




ーーーードカァッッ!!!!




視界を真っ白に変え、鼓膜が破れそうなほどの轟音を持って"落ちたそれ"は。
ーーーまごう事なき、人工的に作られた"雷"である。
そも、雷とは何か。
それは、雲の中で起きる静電気である。
水蒸気、あるいは氷などの粒がぶつかり合い、摩擦を起こして発生するそれは。

限度を超え、大地が雲と逆の"極"になったことで起きる"災害"となる。

ーーーお陰で、雷鳴が轟き終わる頃には、的はほとんど消し炭になっていた。
だが、これでは四大元素エレメンタルでは無いだろう。
四大元素、とはこの世界を構成する四つの物質を表す言葉であり。
【炎】【水】【風】【土】が全てを構成する土台になった、という考え方である。
今レイが生成した魔法陣で機能したのは、【炎】【水】そして【風】の三種。
ーーーでは、土は何処へ?
「…!」
「な、おい…嘘だろ……!?」
「え?え?なに?なにが?」
意図に気づいたであろう生徒…おそらく先輩方だろうが、驚愕に喘ぐ。
理解出来ていない後輩が、先輩方の驚きに少し不安の色を見せながら、それでも目だけはフィールドへと向けられていた。
「…雷ってのは、地面に落ちるだけじゃなく、周りにも被害をもたらす災害だ。高いところに落ちるってのもあってるが、必ずしもそうじゃない」
ーーーー答えを口にしたのは、こちらに背を向け、エーテル・タキオンを下げる生徒会長の声だった。
「だから、"土の加護だけはなくちゃいけない"。百パーセント、地面に吸収されるように、お前らに被害が出ないように」
ーーーー今度こそ、この場にいる全員が言葉を失った。
【四大元素の加護】
それは、自然の力でおきる災害と、その恐ろしさを具現化したような魔法である。
…たった、三種の魔法陣でここら一帯を焼き尽くす光と音の嵐が生成できるのだ。
だからこそ、被害を最小まで止める"土の加護"が必須。
衝撃を全て受け止められるように強化、そして全ての電気が地面に流れるように"誘導"する。
ーーーこれが、四大元素エレメンタル加護アンセ
生徒会長が"自ら考案"した、ツァオベライ・アローの為だけの魔法である。
………だがこれで最後ではない。
「…ぁ……先輩方!あれを!」
一人の部員がそう声を上げて、そちらを見やれば何やら空を指差して。
キラキラと目を輝かせながら、空を見ていた。
釣られるように空を見れば……。




ーーーーそこには、美しい虹がかかっていた。




十を超える魔法陣の内の一つ。
虹とは水蒸気が太陽の光に当てられ屈折、反射しておこるプリズム現象。
まだ太陽が明るく照らしているこの時間に、もう一つの魔法陣で形成した水飛沫等を生成して、人工的に虹を作り出す。
ーーーーー的が壊れて出てきた虹は、この場にいた全員の記憶に残るものとなったのは、いうまでもない。
つまり、これがレイの魔法。
ーーー"全国大会優勝者"の、実力である。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.6 )
日時: 2019/03/19 12:12
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

五話 生徒会長は部活でも



盛大な拍手と共に冷やかしの声までも聞こえる【雪月花】。
レイはいつも一発で全てを決める、という一撃必殺のようなスタンスを取っている為、一つのパフォーマンスを終えたら裏へと回る。
今回も、一礼してフィールドを後にしようとした、その時だった。
「れ、玲夜!」
ガッと肩を掴まれ、何が起きたか、ぽかんと口を開けて目の前の人物を見つめるレイに。
「頼む、俺のパフォーマンス…見てくれないか」
確か、高等部三年の先輩、クラスツヴァイの生徒だった筈だが、その先輩が"やけに熱のこもった目"でこちらを伺っていた。
ーーー俺の悪い予感、当たったんじゃね?
もはや展開が読めたので帰りたい、と切実に思うが、ここで拒否ればブーイングが飛びそうなので。
「はぁ…わかりました、見ますよ、先輩の演技」
渋々、彼の誘いに乗った。
パァッと花が咲いたように笑う先輩に、"ああ、またか"と疑念が確信に変わる。
意気込んでポイントに立つ、道着姿の先輩の背を見ながら、レイは思う。
きっと、先輩は俺がはいと言うのをわかっててパフォーマンスを見てほしいと言っている。
ーーーそれが、告白とは何の関係性もない事を願うが…………。
先輩の青い弓が光を放ち、再生された的を撃ち抜く。
レイ程ではないが、数々の魔法陣を展開して、この空気が重くなるような、独特の雰囲気を肌で感じる。
ーーーーーバンッ!
突如、一際大きな音を立てて的を撃ち抜いた矢が破裂し、光を伴う。
それに魔法陣が反応、そして風や水…光を纏い、矢の爆風を躍らせた。
レイのパフォーマンスを見た後ではなんともやり辛いだろうが、それでもレイとは違うパフォーマンスの仕方で、部員は勿論ファンの皆様も魅入った。
ーーーーが。
「ぬぁんだとぅ!?アヤツ!やりおるぞ!?」
「ぶ、部活を利用して…いや違う!俺らが見ている中でのパフォーマンスこそ狙いかッ!?」
「成る程その手があったか…」
ファンの中で、賞賛、嫉妬、そして怒りに塗れた声が次々と上がった。
………かく言うレイすら、思わずため息が零れたのだが。
ーーー成る程、確かにこれは予想外だった。
まさか…。


「…演技の最中に…クライマックスで告られるとは……」


光を反射してプリズムに光るその文字は。




ーーー玲夜、好きです、と見えた。




それも、大きな字で。
【雪月花】の上空まで見える、そのパフォーマンス(告白)は、きっと文化部は勿論、他の部活の生徒も見えているだろう。
太陽光が入る入射角と反射角を全て計算し尽くした、その文字は。
ユラユラと揺らめきながら、静かに消えていった。
ーーー弓を静かに下げて、先輩は振り向き。
「……これが、俺の最大のパフォーマンスだ。玲夜、付き合ってくれなんて言わない。ただ、これが言いたかっただけだ」
少しだけ、悲しそうに笑った。
けれど、その表情はとてもスッキリしていて、レイにはそれがハッキリとわかった。
「………先輩」
これで俺のパフォーマンスは終了だ、と裏方へと消えようとした、先輩の手を取って。
レイは、静かに言った。




「先輩、俺に好きとは"言ってない"ですけど」

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.7 )
日時: 2019/03/19 15:02
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

六話 生徒会長、友との帰宅路にて


「レイィ…ふふっ…おま、あんな告白のされ方…ははッ!!」
「笑うなよ陸!ってかあれどんな範囲で…」
「規模デカかったぜ!なんせ、グラウンドからハッキリクッキリ見えたからなぁ…は、ふっ…」
「陸ぅ……お前の頭に矢ぶち込むぞ…」
今日1日で二回告白されたレイは、もはやメンタルと呼べるものがないに等しい程まで削られていた。
部活がようやく終わり、ファンの花道を潜り抜けた先にいた幼馴染の姿に思い切り顔をしかめた、レイ。
それも、今もこうして笑い続けている陸のせいだった。
コヤツは人の不幸を笑う最低人間なのかと叫びたいものだ。
「わ、わりぃ…ふふっ……んぁ、そうだ。なぁ、ちと"付き合ってくれね"?」
ーーーーーーー前言撤回。
「お前は人の不幸を笑う最低人間"だな"」
思いっきり悪意しかない顔でそう言った陸に、レイは真顔で手刀をお見舞いした。
「あでッ……いや、違うって…」
「ど〜せ買い物だろ?わかってるって、さっさと行こう」
「…さすレイ」
「略すな」
勿論、それが恋愛的な意味ではないことは了承済み。
それに、こうして誘いに来られるのは今に始まった事じゃないのだが、問題は…。
「お前、誤解を招く言い方やめろよな、俺のファンに殺されるぞ」
「レイのファン、案外過激だからなァ…怖ぇわ」
校舎を出てなお、後ろをゾロゾロとついてくる気配を感じさせる、ファン(ストーカー)達である。
正直、このままスーパーに行けばなんという噂が流れるか、なんとな〜く予想がつくので。
「…っし、撒くかァ」
「それはいいんだけどさ、ちょっと手加減してね、俺お前のスピードについてけないから」
「おー…それはわかってる。ま、ここら辺曲がり角多いしいけるだろ。走るぞォ」
「りょーかい」
陸はカバンを肩にかけ直し、レイはエーテル・タキオンを担ぎ直して。
……二人は、勢いよく角を曲がった。
後方で"曲がったぞ!?" "今すぐ追いかけろ!" "会長を無事に送り届けるのだァ!"と言った声が聞こえ、レイと陸は視線を絡ませて。
ーーーコクン、と小さく頷いた。
角を曲がった直後、また少し進んだところにも曲がり角があり、そこはT字路になっていて、撒くにはもってこいの場所。
そこで二人はスピードをつけてT字路を"右折"した後にリンドウ学園へ"戻った"。
これで、完璧にファンを撒き、更に何事も無かったかの様にスーパーに行くのである。
ーーーが。



「はァ……は、ァ…ッ」
「お前相変わらず持久力無いよなぁ…」
「う、せ……俺ァ、短距離…なんだよ……ォ」

少し息が乱れているだけのレイとは別に、陸は激しく息が乱れていた。
ーーーー八神 陸
このリンドウ学園の陸上部に所属しており、彼は短距離走のエースとして有名で。
単に百メートル走で対決しても陸が圧勝するであろう、彼の足は。
けれども、持久力が乏しいためマラソン大会などでは堂々の下位に名前が乗る。
……そんな彼も顔がとてもいいしチャラいけれども優しくてこんなギャップ持ちである。
ファンクラブがないわけでは無いが、彼が"他の奴らに迷惑かけんだったら俺が潰すぞォ?"と威圧的に嗤った為に彼のファンは比較的おとなしい。
ただまぁ一応構内で会ったりしたらとびっきりの笑顔で挨拶はしたりするが、それくらいレイからしてみれば優しすぎて羨ましいくらいだ。
「ほら、スーパー行くんだろ?」
目の前にへたり込んで息を乱す陸に手を差し伸べて、レイは。
「さっさと行かないと………」






「セールの卵、売り切れるぞ?」






心底マズイ、という顔で、焦燥の言葉を口にした。



「………やべ」
顔を引攣らせてその手を取った陸は、確かにマズイ、と。
なんのために"少し早く部活を終わらせた"のか、その意味が無くなってしまう、と。
「走れレイィ!!」
「いわれなくてもぉッ!!」
慌ててスーパーへの道を走り抜けた。
途中、近所のお母様方に"あらあら、仲が良いわねぇ"と暖かな目で見られたり、子供達から"ヤンキーだー!ヤンキーが走ってるー!"などと言われたり散々だったが、背に腹はかえられぬ、と。
ようやく見えたスーパーの看板に、二人は安堵のため息を息も絶え絶えながらに吐いた。




「あっぶねェ…なんとか間に合ったァ…」
「良かったな、とりあえずこれで卵4パックゲットか」
「一人二個までだったからなァ、持つべきものは心通える友だ、マジ助かった」
…茶髪赤メッシュ(ピアス有り)ヤンキーが、スーパーの籠をカラカラと押し、セール品の卵を手に安堵している。
それが、とても奇妙な光景だったのか、周りの客はこちらを二度見しては口をアングリ開けていた。
まぁ、リンドウ学園はエリート校なだけあってこの二人はかなりこの地域では有名人なわけだが、実際ヤンキーと会長が二人揃って卵を抱えていたら誰でも二度見するだろう。
………二人とも無駄に顔が良いことも、きっと理由の一つだろうが。
「にしても、卵の他に林檎も安くて良かったな。陸って見かけによらず手先器用だし、ウサギ作れば?」
「おー……あー、でもフォーク添えねェと"アイツ"食わねェんだよなァ……」
「……コントローラー汚れるからか」
「ピンポーン、さすレイ」
「だから略すな」
緑色のスーパーの籠には卵の他に肉やら魚やら、野菜ももちろんのこと林檎も安かったためコロコロと転がりながら入っている。
正直、こんな如何にもヤンキーな見た目な陸がスーパーに入ろうものなら定員全員警戒しそうなものだが。
「…あら陸ちゃん!セールの卵間に合ったの?ってあら!?生徒会長さんじゃないの!」
「あ、どうも。お久しぶりです」
「よォ!ま、なんとか間に合ったって感じだなァ…全力疾走したから疲れたぜ…」
レジの店員さん、及び全ての店員は陸は常連、というイメージが定着している。
毎度毎度学校が終わった後にこのスーパーへとおもむき、食材を買って帰るので、しかも見た目以上にヤンキーな事をしているわけでもないので皆暖かく見守っているのである。
逆に、セールなどで人が集った時に揉め事があったりすると真っ先に解決の仲介役を引き受けるので、スーパー側からしてみれば…。
「んもう!陸ちゃんってば!そんな陸ちゃんにおばさんからのサービス!これ生徒会長さんと食べて!」
と、モンブランやショートケーキの詰め合わせをレジに通して、ニッコリスマイル。
勿論お代はいらないから、と親指を立てたレジ打ちのおばさんに。
「マジ!?よっしゃァ!」
「スイーツ…!陸、今日お前ん家寄ってく、ってか寄らせろ!」
ガッツポーズを取った陸と、"スイーツに目がない"レイがダバダバとヨダレを垂らして、脅迫のように宣言。
こんな微笑ましい光景を目の前で見ていたレジの店員さんは、もう眼福としか言いようがないだろう。
「はい!それじゃ会計ね〜!」
そんなこんなで代金を払い、一人じゃ持てないだろう、とレイが半分を受け持って、ようやくこのスーパーから背を向けるのである。
この二人がスーパーに行く、と言うことはファンの間には知られておらず、この事を知るのはスーパーの店員と、その場にいた主婦の方々のみである。



空が黄色く染まる頃、ガサガサとビニール袋が擦れる音を立てながら帰宅路に着いた陸は、静かにこう言った。
「"アイツ"最近ロクに寝てねェんだ。お前から一発言ってくれ」
普段チャラチャラと人を煽る陸とは思えないほど、静かに言ったその言葉に。
「……あ〜…はいはい。りょーかい」
もはや呆れるしかない、と。
彼がいう"アイツ"とやらの、そのロクに寝もしない有様が脳内にありありと想像出来て。
レイは、ははっ……と乾いた笑みをこぼした。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.8 )
日時: 2019/03/19 17:32
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

一話 生徒会長は甘いもので釣れる


白く二階建の一軒家に、不釣り合いなヤンキーが入っていく様子を真後ろから見ていたレイは、何度見ても取り立てに来たヤクザだよなぁ、と思う。
考えてみれば、このヤンキー(笑)は意外と喧嘩っぱやく拳で語り合おうという概念を持ってはいるものの、高校生になりネクタイが"白"から"水色"に変わった時に喧嘩はパッタリとなくなった。
それが、これから会うであろう"アイツ"とやらが関係している事は、もう知っている。
というか、レイにしか話していないらしい。
ーーーガチャ……
「っし…ただいまァっと……レイ、荷物とりまリビングに置いといてくれ」
「お邪魔しま〜す。はいはい、りょーかいりょーかい…」
白い木目のついた扉を開ければ、段差付きの玄関が視界に広がり、微かにベルガモットの香水の香りが漂う。
彼が家でつけている香水の香りだ。
エリート校で校則も厳しい故、家でしかつけない香水だが、いつしか彼が"香水が欲しい"とレイに強請った時に買ってあげたプレゼントの一つ。
そんな懐かしい"陸の家の匂い"で昔に帰ったような、そんな複雑な気持ちになりながらも靴を丁寧に揃えて、リビングへとビニール袋を持っていく。
陸はもう冷蔵庫に食材を入れている最中だった。
「…あ〜…アイツ林檎食うかなァ…」
「渡せばいいんじゃん?食べなかったら俺が貰うし」
「…………お前食いたいだけだろ」
「さす陸」
「……意趣返しかったくよォ」
不機嫌そうに唸る陸を横目に、ほら、とビニール袋をリビング中央にある机へと乗せる。
その中から冷蔵庫に入れなければならない生物や、野菜室行きになる野菜や果物を手渡し。
「なぁ、俺が上行こうか?」
と、少し控えめに提案してみた。
この家、八神家の二階にいるであろう"アイツ"とやらは、陸にとって少し厄介な状態になっているらしい。
ならば自分が行った方がいいか、と聞いたわけだが。
「…あー…いや、俺も行くわ。どーせアイツヘッドフォンつけてっから俺ら帰って来てんの知らねェだろうし」
バタム、と冷蔵庫を締めて、こちらを見やる陸の赤い目。
「ちょっと待ってろ。林檎むくから」
だが、その色は、とても悲しげに揺れていた。




コンコンッと控えめに、皿とフォークを持って両手が塞がっている陸の代わりにノックするが、返事は無し。
どうやら、本当にヘッドフォンをつけているらしく、聞こえてないようだ。
チラリと横を見れば、呆れたようにため息をつく陸。
それを、"入っていい"と解釈して、レイは極力静かにドアノブに手をかけた。



ーーーーそこには、美しい青年が座っていた。



薄暗い部屋の中、ランランと光るモニター、ディスプレイに囲まれる、その青年は。
珍しい、雪のように真っ白な髪を後ろに緩く束ねていて、後ろ姿からでもその肌の白さが伺える。
そして、ディスプレイに映った二人を見たのか、青年が"ゲーム・クリア"の文字をディスプレイに表示させた、その時に。
「…レイも来るなら先に言ってよ、"兄さん"」
くるりと振り返った、"陸の弟"は。
ーーーーブルーライトカット入りの、軽く茶色がかった眼鏡と赤いヘッドフォンを外しながら。
血のように赤い瞳をこちらに向けて、静かに微笑んでいた。



「…あ〜……成る程、こりゃ重症だ」
まず口を開いたのはレイ。
目の前に座る陸の弟…八神やがみ 飛鳥 (あすか)を見て、第一に思ったこと。
それはーーーー。
「飛鳥、お前今日で"オール何日目"だ?」
白すぎる肌故にくっきりとわかる、酷いクマに、レイはげんなりと質問した。
「うん?………だいたい5日、かな?大会が近くてね、今のうちに出来るだけやっておかないと」
「体調管理ぐらいしっかりしてくれよォ……お陰でヒヤヒヤして夜も寝れねェんだぞォ…?」
「は?学校で授業サボってる癖に何言ってんのさ」
「流石"兄弟"。互いのことわかってるなぁ…」
学校へ行っていない筈の飛鳥からの指摘にぐうの音も出ない陸、その二人を見てレイは遠くの方で思う。
飛鳥、というこの青年は、まごう事なき陸の実弟。
血も繋がり、身内の一人…だが。
………飛鳥は、"アルビノ"なのである。
「兄さんが僕を気にかけてるのは知ってるよ。でも、リンドウへ戻ったって、今更僕の居場所があるわけないし」
自虐的に嗤った、その目は。
アルビノ特有の、赤い目は。
……ただ、全てを諦めて、何もかもを投げ出した飛鳥の生き様を、後悔ではなく徒労で歪ませていた。
ーーーーこの世界、アルビノという限りなく珍しい人種の人間は、この世で最も貴重な人材である。
アルビノだけは元から魔力の性質に縛られず、空気中に漂う"全魔力質"を魔力に変換する事が可能。
故に、アルビノと言うだけで大人達から実験台モルモットにされる事も珍しくはない。
だからこそ、飛鳥は家で引き篭もる道を選んだ。
その"天才的な頭脳"を捨て、この世界からの隔絶を望んだのである。
ーーーーだが。
「だからって"ネトゲ"に走るのはどうかと思うぜェ…?」
そう、飛鳥の後ろにあるおびただしい量のモニターを見ながら、陸はため息混じりに言った。
「え、なんで兄さんにそんな事言われなきゃならないのさ」
「実際、飛鳥ってネットじゃ有名過ぎるしなぁ…今更やめろって言ったところでだろ…」
「もォやだ。俺目痛くなってきたァ……」
暗い部屋の中でブルーライトを浴び続けるこの部屋での長居は確かにキツイ、と。
レイは陸がむいた林檎をシャクシャクと食べながら同情した。
何故こんな環境でやってて目が悪くならないのか…そのブルーライトカット眼鏡が優秀なのだろうか。
だとしたら是非欲しいところである。
「別に、僕より強いコアな人達はいっぱいいるよ。僕なんてまだまださ」
「ランキング1位独走状態なゲーマーがなんか言ってる」
「お前巷じゃ"血濡れの梟"って呼ばれてんの知らねェのォ…?」
飛鳥が操るアバター…【紅白アルビノ・アウル】がゲーム内、マイハウスにて優雅にティータイムしている様子を見ながら、内心ため息を吐く。
彼がこうしてネットの世界に塞ぎ込んでもなお、アルビノと自称するあたり、皮肉といえばいいのか、なんというか。
実際のところ、彼の天才的な頭脳はアルビノだから、という理由も入っている。
そのお返しにアバター名にアルビノとつけているのか、まあ置いといて。
「ああ、そうだ。レイ、君また告白されたんだって?」
飛鳥がフォークに林檎を刺しながら言った言葉に、ああ、と肯定しようとしてーーー固まる。



ーーーーなんで、そんな事知ってんだ?


怪訝に眉をひそめたレイを見て、察したのか。
「あ、ごめんね。実はーーー」
柔らかい笑みと共に、ディスプレイにチャット画面が表示され。
そこには、こう書いてあった。



"リンドウ学園の生徒会長、昨日また告白されたんだってよ"
"知ってるwしかも連チャンだろ?"
"リンドウ学園って男子校だよな?生徒会長どんだけモテんだよw"
"ん〜…俺も告ろっかなぁ"
"え、お前マジで?"
"うん、正直言って生徒会長の顔がどストライクで"
"あ〜…わかるわ"
"じゃ予行練習だなwほれ、好きって言ってみろw"
"えw…ん〜おけ。それじゃこんなんは?
「俺、入学式の時から先輩の事が好きでした。俺と付き合ってください」"
"おお!いいんじゃね?w"
"っし、んじゃ行ってくるわ"
"いってら〜wフラれるの覚悟で行ってこいよw"
"当たり前だろw"
"噂じゃ会長はノンケらしいしなぁ、ま、頑張れ"



…………………………。


固まるしかない、そのやり取りは…どこか、そのセリフにデジャヴを拭えなくて。


「……今日昼休みに告ってきた中学生じゃん…」
完璧、今日の昼休みに、顔を真っ赤にさせて告白してきた、あの中学生の顔が思い浮かんで、思わずレイはダンッと拳で床を叩いた。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.9 )
日時: 2019/03/20 13:49
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

二話 生徒会長は料理上手


「と、とりあえず…飛鳥、お前一旦下に降りろや。ロクに飯食ってねェんだから」
「えぇ……でも、まだクエストが途中…」
「飛鳥、俺からも頼む、その画面早く閉じて欲しい。俺のメンタルが死ぬ」
「………………わかったよ…」
「おい飛鳥ァ…」
実兄(陸)は拒否して、レイの願いは聞くようで。
渋々ディスプレイをシャットダウンさせる飛鳥に、恨めしそうに睨む陸はほって置いて。
「…そいや、急にお前来たけどよォ。親は平気なのかァ?」
…いや、ほっておけない事を言っていたから構って。
「あ、忘れてた。…うわ、不在着信8件……」
「それ、だいぶマズイじゃないかい…?」
「昔っから、レイの親御さんは過保護だからなァ…」
カバンから携帯を取り出せば、不在着信8件の文字に、あからさま顔をしかめる。
陸が言う通り、レイの親は過保護中の過保護であり、何処へ行くにもGPSというモノがつきまとう。
まぁ安心安全な事に変わりはないのだが。
陸の家にいる、ということは最先端技術のおかげでわかっているだろう。
なので、この不在着信のコールは……。
「悪い、少し電話してくる」
「おー」
大体察しがつくが、このまま二桁を記録わけにもいかないので、廊下に出て"母"の名前をタップした。
ーーーーprr『玲夜!?貴方今日陸君の家にお泊りするつもりかしら!?』
「いや早い……」
…ワンコールもせずに電話に出た過保護な母に、レイは呆れを含んだ声色で言う。
いや、まぁそんな気はしてたけども。
『晩御飯作る前で良かったわ!それで?泊まるの?泊まらないの?』
「ん〜、どうしようかな。あ、今日の晩御飯次第で」
『貴方ねぇ………今日はハンバーグよ?』
「泊まる」
『……………言うと思ったわ………』
バッサリ切り捨てたレイの晩御飯事情、その一。
レイは、スイーツがとても好きだが、肉が嫌いである。
母が言うハンバーグは90%が豆腐のいわゆる"豆腐ハンバーグ"なのだが、それすらも嫌うという。
本人曰く"肉なんざ獣臭くて食えたもんじゃない"だそうで。
『まぁいいわ。とりあえず、陸君と飛鳥君によろしく、それとお世話かけますって言っておいて?』
「はいはい、わかってるよ………それじゃ」
『ええ、また明日!』
ツー、ツー…と電話が切れた事を確認して、レイは真後ろにある部屋のドアノブに手をかけ。
「…大体理解出来た?」
と、一言。
すると、帰ってきた言葉は。
「おー。今日泊りだろ?服は俺の貸すわ。そのかわり、飯よろしくゥ」
「久しぶりだね、レイがここに泊まるの。ねぇ、一緒にゲームしよう?」
ーーーー筒抜けだった、とイタズラな笑みを浮かべた、二人の嬉しそうな声だった。
「料理担当、やっぱ俺か。んで飛鳥、絶対俺負けるぞ?天下のチャンピオン様に勝てるわけねぇだろっての」
対するレイは少しゲンナリと。
別に料理が出来ないわけではなく、逆に母から根気強く教えられたおかげで出来る系男子な部類だが。
ゲームに関しては、全く歯が立たないのは明瞭だ。
が、キラキラとした目でこちらを見る飛鳥……リンドウ学園高等部"一年"クラス【ドライ】の、"後輩"の目に弱いレイは。
「…わかったよ……そのかわり、手加減してくれよ?」
最低限の力でやってくれ、と。
切実な願いを口にした。
ーーーーが。
「え?ゲームで相手に手加減する…なんて。そんな相手を侮辱するような事、ましてレイ相手にするわけないだろう?」
ーーーーーーどうやら、飛鳥はとんでもなく腹黒いらしい。
隠れドエスという代名詞が似合いそうな、ニヤリと細められた赤い目は。
………正直、吸血鬼のようで、"死んだわ"と内心白目を剥いて倒れさせるのには十分で。
「ぷっ…ふふッ……ど、ドンマイ、レイ…アハハッ!」
飛鳥の隣に座っていた陸にとっては、それがとんでもなくツボに入る出来事だったようで。
「…飯作んないからな」
「「ごめんなさい」」
静かに、料理放棄を宣言すれば仲良く仲直りしたドS兄弟。


ーーーーーご飯って、偉大だなぁby玲夜




そうして、レイの晩御飯クッキングが始まった。
といってもドS兄弟こと八神兄弟は上でゲーム対決をしているようで、全く知らないからレイが独りでに始めた独自コーナーだが。
…深夜テンションに入ってるのは置いといて。

「…あ〜、何作ろ。…オール5日か、身体に優しいやつ………酢和えとかか?肉は俺が嫌いだが…陸は肉食だからなぁ……マスクマスク」
ブツブツ呟いて…というかほぼ普段の声量だが、独りでに喋っているところをリンドウ学園の生徒が見れば二度見するだろうこの光景。
だが、意外とレイはそういう性格である。
温厚でありながらキレると怖い、それでもって物事に集中すると独りでに喋ってしまう、そんなタイプなのである。
だからこれが彼が集中している、という合図のようなものなので、スルーしておこう。
ーーーースチャ、とマスクを装着したのは、衛生的な面で着けたのではなく、ただ肉を焼く時の匂いなど、"そういう"用途のためであり。
ビニール手袋も然り。
よしっと力強く頷いて、レイは陸が買ってきた大量の肉の一つ、鶏胸肉のパックを取り出して、ビリビリとラップを外す。
眉をひそめるレイだが、ここに泊まらせてもらう以上、作らなければ何も始まらない。
そういえば、八神兄弟の親からの了承はいいのか、と思う人がいるだろうか。
その回答としてはーーーー。


二人の親は、他界している、という事だ。




なので、ここ八神家にお邪魔して家事を手伝う事自体、珍しい事でも何でもない。
だからこそ、レイは料理を母に教えてくれと頼んだわけなのだから。
ちなみに、今日の献立はというと、レイが初めて作った海外料理であり、初めて二人に振る舞った料理である。



ーーー今日の晩御飯の献立は、シンガポールチキンライスと、サムゲダン、きゅうりともやしの中華風酢和えサラダ


そして、それらの献立が、ガッチリ兄弟の胃袋を掴んだのは言うまでもない。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.10 )
日時: 2019/03/20 23:23
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

三話 生徒会長とお遊戯


食後のデザートとしてスーパーのおばさんから貰ったケーキを"至高…ッ!"と言いながら食べ終えたレイは。
この後の事を考え、一瞬で逆上せた頭が冷えていくの感じた。
ーーーー飛鳥が、ずっとこちらを見ている。
それはもう、穴が開くくらい、じぃぃぃ〜〜〜〜〜〜っとこちらを見つめている。
ガン見して、そろそろ気まずくなるくらい、凝視してる。
いや、理由はわかっている。遊ぼう!ゲームしよう!と尻尾を振っている事は、重々承知している…が。
そんな可愛い幼馴染の弟は、ネットに名を轟かすプロゲーマー。
ただのデジタルゲームで勝てる気がしない。
というか、レイはそのゲームをやっていない。
だから、飛鳥がアバターを貸してあげるよ、と言い出すのも予想はしている。
ーーーーけれども、完全なる初心者ビギナーなレイがプロゲーマーのアバターを使うなど言語道断だろう。
まして、【紅白アルビノ・梟谷アウル】の正式アバターだと?
…………プレッシャーが凄い。
それに、レイは先程のチャット画面を見た時に、なんとな〜く察したのだ。
ーーーーこのゲーム。リンドウ学園の生徒が多そう、と。
ともすれば、このゲーム内でレイに告白するぞ、と意気込んでいる生徒がいるかもしれない。
現に、こうして今日の昼休み告白事件はここで会議ミーティングが行われていたようだし。
いや、先がわかるからいいんじゃね?とも思いはするが。
ーーーーーどちらにせよ、レイはその告白を一刀両断するのだ、先が見えていようがいまいが関係ないだろう。


ーーーー以上の理由により。
「飛鳥、ゲームはアナログゲームにしよう」
デジタルゲームでは、レイのメンタルが色んな原因により死にかねない、と。
これだけは譲れないと強い意志を宿したレイの海色の瞳は。
「ああ、そういうこと。構わないよ、兄さんもいいよね?」
「おー…ま、どーせ俺ァ歯が立たねェだろうがな…」
ちゃんとこの二人に届いたようで、ひとまずは安心して良さそうだ。





ーーーーーと、思っていた自分をぶん殴り飛ばしたい。
デジタルじゃなくアナログゲームにしただけで、飛鳥の頭脳に勝てるわけが無かった。
いや、そもそもゲームと命名されるものすべてにおいて勝てると思えるわけ無かったのだ。
時計の短針が8時を過ぎ、なおも続くこのゲーム。
アナログだから、と用意された数々のゲームに。
レイは…完膚なきまで負かされていた。
麻雀、ブラックジャック、インディアン・ポーカー………神経衰弱すら、一度の勝ちが無い。
もはや、引き分け狙いで応じる現在のこのゲーム…それは。
「………飛鳥ァ……テメェなんで微動だにしねェんだよォ…」
「兄さん、これくらいの"ポーカーフェイス"は出来て当然だよ」
ーーーートランプでのギャンブルの王道、ポーカーである。
ジョーカーを抜く52枚の絵柄のカードを用いり始まるこのゲームは、同じ数字、または同じマークでのペアを作り、その強さを競うゲーム。
いわゆる、運ゲーと評されるこのゲーム…だが。
"イカサマ"をするとするならば、その勝ちはほぼ100%にまで達する。
ーーーーが。
「…なぁ、これマジでイカサマしてねぇの?」
「あは、僕が不正するわけ無いだろう?これも、僕の実力の内さ」
「嘘つけェ………場に出されて捨てられたカード"全暗記"とかありえねェだろォ…」
「…兄さん、僕を愚弄しているのかい?これくらい、どうって事無いだろう?」
嘲笑うかのように細められた血の瞳は、苦悩に顔を歪ませるレイただ一人を写し、"それこそ"を望んでいるかのように見えた。
ーーーもとより勝つ気など失せたこのポーカー。
けれど、このポーカーは"7ターン目"であり…。
それら全てが飛鳥の勝ちに終わっている。
しかも、このポーカー以前のゲームも全て。ーーーにも関わらず、こうしてゲームに応じている、その訳は………。
(…………飛鳥を超える"策"…俺が持ってるって期待してる……なぁ……)
ーーーーこの、陸の目である。
ターンが終わる毎にこちらを見る、飛鳥と同じような、血の赤に。
………勝ってくれ、と。
………シリアスな雰囲気になりそうだから、一つ言っておくと。
陸がそう願う理由は、ただ単に。




ーーーー勝たなければ、飛鳥が寝ないだけ、である。



そう、このゲームを終わらす唯一の方法。
もとより五徹目だと言う飛鳥………相当のハンデ持ちだというのに、この強さである。
陸とレイが共闘したとしても、勝てるかどうかも危うい。
だが、この場にいる三人の睡眠時間が刻々と縮まる中、第三者がいたとしたならば、こうは言うだろう。


ーーーーんなもん気にしないで寝りゃいいじゃん、と。


いや確かにその通り、全くもってのド正論である。
だがしかしーーーーッ!と。
力強く、飛鳥を知り尽くす兄が言うには、こうなのだ。


…飛鳥は、絶対に勝負を降りる、なんて事はしないのである。


第一、レイが手加減してくれ、と言ったのに"そんな無粋な真似出来ない"と言い。
それを有言実行している、このコアゲーマーに、何を言おうが、そして何をしようがゲームを中断する事はないだろう。
ーーーーカチリ
……時計の短針が、9を過ぎた、この時。



「…俺は、もう寝たい。……だからな、飛鳥。ーーーーこっからはマジで行くぞ」


伏せていた顔を上げ、その海色の瞳に"光彩"を散りばめて、レイはそう"宣言"した。
ーーーー途端に。
「っ……?」
空気が圧力をかけ、飛鳥の思考を揺らした。
それはまさしく"魔力"の胎動によって起こる引力であり、同じく魔力を持っている八神兄弟の力と共鳴。
磁石の極が反対ならば引き合うように、レイの魔力と二人の魔力が引き合って起こる、その"目眩"に、思わず目を見開く飛鳥。
ーーーーーだが。
「…成る程ね…………」
崩れたポーカーフェイスをまた取り繕って、ニヤリと妖しく嗤う。
ーーーつまり、自分の持てる"全ての力"を使って、負かしてみせる。
それが、レイの下した判断であり、それがルール適合内であると同時に。
ーーーーそれこそが、飛鳥(天才)をも超える方法である、と。
「……でも、僕だって"魔法は使える"よ……あまり、なめないでほしいかな…ッ!」
けれどその判断こそを嘲笑う飛鳥の瞳は、この部屋を赤く染め上げる程の異彩を放ち。
ーーーーアルビノの特権である"全形質"…つまり、全ての属性の魔力をこの一帯から吸い上げ………。




ーーーー世界を、静止させた。



ピタリと音もなく止まった、このモノクロの空間。
ただ一人、時の止まった世界に住まう飛鳥だけは、目の前に座り、伏せたカードに"魔法"を使ったとされるレイの姿を永久とも言える中に見た。
魔法とは、読んで字のごとく…"魔"を操る方"法"であり、それは魔力を消費…利用する事で起きる"非科学的現象"
本来ならばあり得ない筈の事を平然と起こす、いわば人類の"奇跡"の力…だが。
自身の宿す魔力の性質と、同質である魔力しか見えない、というのが欠点である。
要約すれば、レイは水属性の魔力を産まれながらに持っているため、その目に映る"魔力の帯"は青系等…つまりは水属性の魔力しか見えない。
ーーーーと、いう事は。
何の属性にも当てはまらず、そして全ての属性に当てはまるアルビノだけは、全ての魔力の帯を目視する事が可能。
だからこそ、飛鳥は嗤った。
魔法を使えば、相応の魔力が体外へと放出される。その後を追って、"どう使われた"かを"分析"する。
………結果、レイがトランプの数字を意図的に"変える"魔法を使った事がわかるのだ。
イカサマなど、バレれば一発で負けが確定する行為………だが、魔法を使えばどうとでもなるのは間違いない。
現に、レイは自身の手札だけでなく、捨てられた札と山札にも瞬時に魔法をかけ、全ての数字を"自然"になるよう仕掛けた。
つまり、レイだけの手札が変わっていたとしても、それは捨てられた札にあればイカサマだとバレるが、その捨てられた札もろとも書き換え、"被る"可能性を消した。
その証拠に、レイの魔力である水色の帯がモノクロの世界にはっきりとトランプにまとわりついているのが視覚からの信号でわかる。
ーーーーレイも、魔法の腕を上げたなぁ
静かに賞賛する声は、けれども静止した世界では届かず。
ただ、心の中で謳っただけの言葉となったが、それはそれで良い。
ただ、自分はアルビノであり、周りと…世間一般から"バケモノ"と呼ばれるだけの…それだけの事。
だからこそ、カジノやギャンブルで魔法を使ったイカサマなど瞬時に見破って"ペテン師"呼ばわりされるのだろう?
そう、自傷に笑った飛鳥は、ふっと息を吐き……。




ーーー世界に、音と色が戻ると同時。


「手札を開こうか」
そう言って、静かに魔法を魔法で重ねた"ロイヤルストレートフラッシュ"を表に返して。
………そして、レイが返した手札に………。





「…はい、ワンペア♪」



ーーーーたった二枚しか同じ数字の無い、5枚の手札に、文字通り絶句した。
ーーー何故…ッ!?魔法を使ったのは確定…だというのに…ッ!?
瞬時に脳内がありとあらゆる可能性を思考し始め、飛鳥はポーカーフェイスなど忘れたかのように冷や汗を流した。
ーーーどういう事だ、何故レイは魔法を使いながらも最弱の手札にした…ッ!!
わからない、と苦悩に喘ぐ中、一つの声が全ての思考を強制シャットダウンさせた。



「…奇遇ゥ♪俺"も"、ロイヤルストレートフラッシュだァ♪」



ーーーー意気揚々と手札を開示する、兄に。
今度こそ、飛鳥は目の前の現実が"非現実"なのでは無いか、と正気を疑った。
………どうやって、兄の手札が最強のものになった……ッ!?
「…どうしてって顔だな、飛鳥」
だが、その思考を読んだように言い放ったレイの次の言葉に、飛鳥は二度目の硬直をする。
「簡単な事だ。俺が変えたのは俺の手札じゃなく………陸の手札だった、ただそれだけ♪」
ーーーーーあり得ない、そんな事……兄さんの手札に"帯は無かった"……それなのに…
あり得ない、考えられない、方法がわからない、と頭がエラーで埋め尽くされる中、陸はため息混じりに。
「あァ……五徹しててよかったァ……万全の状態だったら"こんな手"通じねェよォ……」
心の底からほっとした、その声を聞いて、飛鳥は呆然とその兄の姿を見つめた。
…………………まさか。
「…陸の手札は元々あと一枚でロイヤルストレートフラッシュになるまでになってたんだ。それを魔法使って知った俺は、自分の手札にも魔法をかけ、更に捨て札にも魔法をかけた♪」
「それがァ、"イカサマを隠すためのカムフラージュ"って信じる事に賭けてェ、本命はァ………"捨て札に近く、唯一外れた手札をロイヤルストレートフラッシュになるようにする為の魔法"ってわけだ、わかったか石頭ァ♪」
……………ギャンブルのセオリーに縛られた、この末路は。
きっと、こうして全ての有り金をむしりとられていくのだろうか、と。
飛鳥は、自分の頭のかたさをこの二人に痛感させられ、そんな事を思った。
ーーーー捨て札に魔法をかけたのは、陸の外れた手札を当たりにするための、カムフラージュ。
そんな事、思いもしなかったなぁ、と。
飛鳥は、静止した世界で口にした言葉をーーー。



「…レイ、本当に魔法の腕を上げたね…」



この現実世界でも、"告白"した。




かくして、"引き分け"に持ち込んだこの第7ターンを持って、この悪魔的なゲームの数々から脱出して陸とレイは。
とりあえず、遅いけどシャワー浴びるか、と無言で頷き、陸はレイの着替え用に自室へ。
レイは魔法を使った反動で怠い身体を引きずるようにして、階段を降りていった。



「…………あ、明日も告白されるって事、言うの忘れてたなぁ……まぁ、レイの事だしフるからいっか」
二人が部屋から出て、一人になった飛鳥は、ふと思い出した事を独り言として口に出したが………。
まぁ、言ったところでなんとやら。
結果は変わらないだろう、と。
飛鳥は二人が帰宅した際に閉じたゲームを開き、途中だったクエストを再開すべく、キーボードとコントローラーを手に取った………。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.11 )
日時: 2019/03/21 12:18
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

四話 生徒会長と委員会



………視界に広がる、陸の顔でモーニングを迎えた事については、もはや言葉が出なかった。
昨日の記憶が飛んでいる、とかそんな訳はなく、一線は断じて超えてない…のだが。
毎度毎度、こうしてレイが泊まりに来ると寂しさなのか知らないが"抱き枕"にされるのはいつもの事だけれど。
ーーーー背中も熱い…。
もう考えられるの一つしかないだろう、こんなの。
………飛鳥も、腹に手を回して抱きついている、それはもうがっしりと。
天才的な頭脳を持っている飛鳥と、驚異的な運動神経を持っている兄…けれど"逆"は否。
飛鳥は運動なんてからっきしだし、陸はツヴァイにギリギリ食いついているような成績だ。
けれど、やはり兄弟というものは、根本的なもので似ているらしい。
「……んー……」
「ぉ、わ……っ」
と、そんな事を考えていたら、まだ寝ているであろう陸がレイを引き寄せ、更に体が密着。
ーーー思わず声が出たが、起きてはこないようだ。
だが、お陰で飛鳥のホールドが少し緩んだ気がする。
…………でも陸のホールドが強固になった気がする、と。
プラマイゼロ…どころかマイナスな展開に、レイは白目を剥きたかった。
なんせ、ここに泊まらせてもらっている身、ご飯担当はまさしくレイだ。
早めに起きて支度をしようと思ったのだがこれでは身動き一つ取れない。
ため息一つこぼしたくなるこの状況に、レイは。
「……ぉ〜ぃ……」
小声で、トントン陸の胸元を叩いた。
声で起きるわけないので叩いたりしたわけなのだが。
「…ん……っせェ…」
「…………………………………」
"うるせェ"と一喝、そしてもはや腕すら動かせない程の距離までまた抱き寄せられた。
ーーーーーなんなのコイツ
ピキピキと血管が浮かび上がりそうな程キレる寸前のレイだが、とりあえず殴るのはよそう、と上を見上げた。
人工的に染められた明るい茶色に前髪メインに入れられた赤色のメッシュ。
瞳は閉じていれど、その長い睫毛が主張して、どちらにせよイケメンフェイスがあったのは言うまでもない。
ーーーーいやいや、何してんだ時間がヤバいだろ
視界の端に入った電子時計の示す現時刻は6時24分…もうすぐで半になるが、朝ごはんの用意すらまともに用意できていない。
だというのに、レイ合わせた三人は寝巻きで完全に休日モードだ。
ーーーーー正当防衛だ、俺に非はない。
完璧にため息をついて、ロクに動かせない腕をモゾモゾと動かして、多少なりとも動かせるスペースを作り、大きく息を吸ってーーー。





「…….…起きろ寝坊助共ぉッッ!!!」
「ぐっふゥッ!?」
「ひゃいッ!?」



陸には鳩尾に一発、飛鳥(と、もれなく陸)には大声のアラームで、文字通り"叩き(殴り)"起こした。
「ガハッ…ゴホッ……おま、レイィ………みぞおちは、だめだろォ…」
「び、びっくりした……しんぞう、とまるかとおもった………っ」
「問答無用だコノヤロウ。さっさと着替えて下に来いよ〜、速攻でトースト作ってやるからな〜」
「お、ォ……りょ、かい……」
勢いよく咳き込む陸の腕から脱し、レイは陸の部屋から抜け出す。
ちなみに、陸の部屋はベッドではなく布団なので、抜け出すのは簡単で。
未だ後ろが色んな意味で悶えている中、三度目のため息をつきながら、レイは部屋の扉をパタリと閉じた。




時計の短針が7を少し超えたリビングでは、速攻で作った朝ごはんというなのトーストとサラダを食べ終わり、それぞれの支度をしている二人の姿があった。
飛鳥はもとより不登校なため、今日も一日ゲーム漬けだろうが、まぁ睡眠は摂っていたようなので100歩譲ってオーケーと。
問題はレイなのでは、と少しだけおもった人、静かに心の中で挙手なさい。
突発的に"泊まる"と言ったレイは、勿論学校の用意など昨日のままであり、授業平気…?となるだろう。
だがしかし、リンドウ学園はエリート校。
授業の大半は"タブレット"などの電子機器を用いるものなので、大したものはいらないのである。
よって、カバンには予備用のノート数冊と筆箱さえあれば、なんとかなるのである。
だから、こうしてのんびり支度しているわけなのだが。
ーーーーふと、陸がポツリと呟いた言葉。
「………あれ、今日って委員会会議の日じゃねェ?」
"委員会会議"という、そのワードを口にした途端に、陸とレイは揃ってリビングの時計を見た。
学園の門が開くのは7時から。
そして、会議が始まるのは………。

ーーーー7時30分から、である。


対して今この家の壁掛け時計が示す時刻は……。


ーーーー7時26分……である。




……………………………あ。




「あああッ!!完璧に忘れてたぁッ!!」
「ちょォ!あと4分…いや3分になったァ!?ぉ、おいレイ早く出るぞッ!また変なレッテル貼られるぞォッ!?」
「嫌だッ!"男子生徒に告られてフるエセホモ"っていうレッテルの他、もういらないッ!」
「そのレッテル早く剥がせよいつまで貼ってんだァッ!?ってんな事してる場合じゃなかったァ!飛鳥!テメもう徹夜なんかすんじゃねェぞ!?走れレイィ!」
「言われなくてもぉッ!!んじゃまた今度な飛鳥!体調管理は大事だぞ睡眠ちゃんととれなぁッ!!!」
一変しバタバタと駆け回る"先輩"二人に、飛鳥は思わず笑ってしまって。
「はいはい。自重してるから、君達こそ気をつけてね」
苦笑いを含めた微笑みで、ヒラヒラと手を振りながら玄関を飛び出した二人を見送った。




凛影魔導学園、生徒会室にて。
ここはこのリンドウ学園を仕切る"各生徒会"が集まる会議室の役割を担う教室。
リンドウ学園は中高大一貫であり、生徒会も中学部、高等部、大学部と三つあるのが特徴的だろう。
「…で、高等部の席が空いているのは、何故だろうな?」
そう、威圧的な声で周りのざわめきを沈めた、その人は。
ーーーー大学部の生徒会長、その人である。
「か、彼が遅刻とは珍しい……何かよっぽどのことがあったのでしょう……」
リンドウ学園、生徒上のトップという肩書きを持つ彼に、周りの生徒会はヘコヘコと頭を下げる他ない。
ーーーー何してんだよ高等部生徒会ぃ…!
皆、声にこそ出さないが一斉に口を揃えてそう言ったのは、大体察した。


と、その時。



ーーーバタンッ!!
「はッ…はぁ……こ、高等部…生徒会長の、皇玲夜…………遅れて、申し訳ありません、でした……ッ!」



生徒会室の扉が大きな音を立てて開き、そこには息を乱し立っている高等部生徒会長の姿。
元凶の一人の生徒会長に、恨めしい目と安堵の目が注がれる中、生徒会の一人がポツリ。



「…………あれ?"もう一人"は?」



と、高等部生徒会の…"二つ空いていた席"を見て、そう言った。
そして、その声に応えるようにして聞こえた、同じく生徒会室の扉からの声は。




「…………はァ……はァーーッ………高等部、生徒会……"風紀委員長"の、八神陸ゥ………生徒会長共々遅れて、サーセンっしたァ……はは……ッ」




やけに弱々しく、元凶の一人……"風紀委員長"は全く悪びれるそぶりを見せずに、謝ってみせた……。







「全く、お前は見た目的に風紀違反の常習犯だろう。時間さえ守らないとは、いよいよ委員会を降りる時が迫ってきたな」
「ちょォ……パイセン、俺急いだのによォ…」
「急いで10分遅れはアウトだ馬鹿が」
「……………はァい…」
トゲトゲしい言葉の数々に滅多刺しにされる隣を見やり、レイは一人で目の前の書類に目を通した。
……全てなかったことにしようだなんて、思ってる訳ないじゃ〜ん、と。
周りからのその視線に、ただ目だけでニッコリスマイル。
すぐさま手元の資料を見て、会議へと身を投じる変わり身の早さに。
ーーーーハリボテの生徒会長、様になってんな…と。
会議中では無かったら口揃えて言っていただろうその言葉を何とか飲み込んで、全生徒会(陸を除く)は会議の話へと耳を傾けた。
「…さて、最近では地域の苦情が多数耳にすることがある。それはもう耳にタコが出来るほどだ」
大学部の生徒会長が重々しく言ったその言葉に、無意識のうちに唾を飲み込む。
「が、それは我々リンドウ学園の生徒では無い。他校の生徒の仕業だが………関係ない、とも言い切れん」
「ァ、もしかして中学部三年のリンチ事件ですかァ?」
ーーーー風紀委員長、交代した方がいい気がする。
レイを含めた生徒会全員が思ったことだった。
中学部三年のリンチ事件?……いやいや……軽すぎねぇ!?と。
「…八神風紀委員長。軽々しい発言はよせ」
陸の発言を指摘したリンドウ学園生徒代表は、生徒会全員が思ったことを代表的に発言してくれた。
流石、生徒会長様。
「別に、軽々しいわけじゃねェですよ。ただ、ボコられたウチの生徒………"俺の後輩"なわけでェ。ーーーー正直、お相手さんをぶっ殺してェなァって所存ですがァ?」
「人を殺すなど、軽率な発言を控えろと言っているんだ。八神風紀委員長、君は感情的に物事を推し進めがちだが、周りの事をよく考えて行動する事を学んだらどうだ」
ギラリ、と怒りに似た"殺意"を渦巻かせる陸の赤い瞳に、けれどもその目を射抜き返した大学部生徒会長。
売られた喧嘩は買う主義の陸からしてみれば、それは安っぽい"煽り"である事は確か…だが。
「陸、問題を起こすのはよそう。今度こそ降ろされるぞ?」
「………チッ」
すんでのところでレイが仲介に入り、喧嘩勃発という事態はなんとか避けられた。
だが、陸の怒りは未だに絶頂にある。
何か、発言や行動がトリガーになって爆発でもしたら取り返しがつかない事になるのはわかるだろう。
「………君達生徒会には、下校の際単独で帰るのは極力控えるように、と注意喚起を起こしてほしい。それが、とりあえずの対処法だ」
パタン、と資料を閉じ、解散と告げる声に。
ようやく、この重苦しい空気から解放される!と生徒会室を後にした全生徒。
………だが、陸とレイだけは残ったままだった。




「………………やられてからじゃァ遅ェだろォが…………」
「でも、俺らだけじゃどうしようも無いのは確かだろ。一人より人数いれば襲われる可能性も減る、な…」
「雑魚は何人いようが雑魚のままだろォが……あんのヘボ生徒会長……ッ!」
「仮にも先輩だ、口を慎め陸」
「仮にもつってる時点でテメェも似たようなもんじゃねェか!」
怒りを隠そうともせず、机に拳を叩きつける陸を、ただ隣にいるだけのレイ。
けれども、レイだって感情が無いわけではなく、むしろ怒りを通り越しての"無"になっているだけだった。
確かに、あの生徒会長が言っている事が現状維持として大切な事に変わりはない。
………だが陸の言い分も正しい。
事が終わった後で対処しても、何の意味もない。
事前に防ぐ事こそ、今すべきことだろうが…。
「犯人がどこの奴等かわからない以上、下手に動けば返り討ちに、な……」
「クッソ………俺一人で帰りゃ襲ってくれるかァ…?」
「それで入院したら飛鳥はどうなる。そういうとこだぞ、陸」
「ぐ……」
感情のままに動く癖………喧嘩っ早い陸の行動は高等部に上がって少なくはなったが"無くなった訳ではない"
今日のように、誰彼構わず怒りをぶつける、なんて事もあるのだ。
だからこそ、レイはこの状態の彼の側を離れるわけにいかない。
「………まぁ、今はただ生徒会長が言った事をやるだけだろ。今のところ、新しい被害は出てないみたいだし」
「チッ………うぜェなあのパイセンよォ…」
「目の敵にすんなよ陸………あ〜ぁ、なんで俺コイツを生徒会に入れちゃったんだろ」
「俺の実力のおかげだ。…さっさとクラス行こうぜェ、ツヴァイの奴等に冷やかされる前に行かねェと」
不機嫌そうな声を残してさっさと生徒会室を出てしまった陸に。
レイは、一人彼を生徒会へと入れた、その当時を思い出していたーーーーー。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.12 )
日時: 2019/03/21 18:09
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

五話 生徒会長と予想外の事態 前編



陸が風紀委員長になった理由としては、ただレイが推薦した、という簡単なものなんだが。
じゃ何故推薦したのか、という問題が残るが。
ーーーーそれこそ、レイが頭を抱える問題になる、元凶である。




凛影魔導学園、高等部一年、クラス【アインス】だった当時のレイは。
中学部…以前からの付き合いからだった陸の"わがまま"を聞かされ続け、死人のようにげっそりしていた。
「なァなァ!生徒会長候補のお前ならやれるだろォ"推薦"ー!俺を是非風紀委員長にィ!」
ガシッと肩にまとわりついてギャーギャー騒ぐ陸に、レイは声を荒げ。
「やれるわけねぇだろ!大体俺は生徒会長じゃないから出来ねぇの!わかるだろ!?お前そこまで馬鹿じゃな………ぁ」
つい口走ってしまった言葉に、慌てて飲み込もうとしたが、それを陸が思いっきり引っ張り上げて。
「あーあーそうですよ【ドライ】な俺ですけどォ!?」
開き直って腕の力を込めて、窒息死寸前まで追い込んだのだが。
ーーーこの頃の高等部一年、八神陸は最下位クラスの【ドライ】
逆に、一年から【アインス】だったレイは、中学部の生徒、教師からの推薦で生徒会長が決定している、と噂される程………。
いや、実際そうだったのだが。
だからこそ、陸は生徒会長の推薦という、絶対的なものに頼ってレイにまとわりついているわけなのだし。
この学園の委員会は、生徒からの推薦で決まる"生徒会長"と、その生徒会長が自ら推薦する"委員長"で構成される。
生徒会長枠はレイで確定、ならばレイが今、一年生である"最期の二ヶ月"というこの二月にするべき事こそ。
ーーーー委員長の、推薦候補を絞ること、である。
「なァー………絶対ェ推薦してくれよォ…?」
「風紀委員長になりたい理由が"髪を染める許可を出したいから"とかいうお前を推薦したらこっちがバッシングくらうんだよわかれ馬鹿」
だが陸、お前だけは論外だ、と。
自分勝手すぎる理由で風紀委員長として推薦してくれ、と強請る幼馴染に胃がキリキリと痛くなり始めたレイ。
顔をしかめ、うざったい、と肩をまわされた腕を払って、アインスの扉を開きかけた、レイに。



ーーー「俺と勝負して、俺が勝ったら推薦!それなら文句ねェだろ!」



けれど、すんでのところで肩を掴み、陸はそう叫んだ。


「…………………………………は?」
固まった思考を絞り出して出した声は、ただの一文字だけだった。
「だからァ!俺とレイが勝負して!それで、俺が勝ったら風紀委員長推薦!これでいいだろォ!?」
「いやいやいやなんでそうなった!?大体なんで俺がそんな勝負に応じなきゃなんねぇの!?」
「そ、そんなん俺の為以外ねェだろォ!?」
訳がわからず喚き散らす生徒会長(候補)に、摑みかかるヤンキー…のような性格のドライの生徒。
中学から二人を知っている人ならば"またか"とジト目で済むだろうが、高校からの編入生からしてみれば、困っているようにしか見えないだろう。
実際困っているから当たっているけれど。
それでも、心の底からウザイと思っているわけでもないので、事情を知っている人達が止めに入ろうとする生徒を抑え込むのである。
「……は〜……わかったよ…勝負な、勝負…」
「ッしゃァ!!流石俺の自慢の幼馴染だぜェ!略してさすレイッ!」
「略すな略すなッ!」
何を言っても無駄だと、先に心が折れたレイは。
渋々その勝負を受け……。


ーーーーー負けた。


絶対に負けないと思っていた、その勝負に。
勝負内容は、とても簡単で単純なもの。




ーーーー二年のクラス、陸が【ツヴァイ】に入れたら、推薦する事。



元より成績が学年の最底辺だった陸がツヴァイに入れる訳ない、と馬鹿馬鹿しく思った、レイの過小評価故の敗北だった。
陸は、あの二ヶ月で教師を始め生徒全員から驚異の目で見られるほど、成績がうなぎのぼりした。
このリンドウ学園は三学期と呼ばれるこの最期の時期の成績が次の学年のクラスに響くシステムである。
なので、陸は三学期のテストと授業に全てを投資し、あの飛鳥すらドン引きする程の勉強量を積み重ねたらしい。
"本当、世界が滅亡するのかと思ったよ"
そう、呆れ笑いと苦笑いを交えた笑みで飛鳥は語ったのを、レイは引きつった笑みで返したのを今でも覚えている。
そうして勝ち取った風紀委員長の座は、生徒会長となったレイが推薦したものと知っても誰も何も言わなかった。
勉強し、成績が上がり、誰からもその頑張りを認めてもらったからこその推薦だと。




ーーーーーだが、今では後悔している、と当時を知る生徒は思った。



陸が風紀委員長になって、髪を奇抜な色で無ければ染めてオッケー!と宣言した時から、学園の生徒の茶髪率がとても目立つようになり。
さらに委員長本人は"赤メッシュ"である。
さらに言えば"ピアスもオーケー"になっているのである(委員長だけ)
本人曰く"委員長だから多少いいだろォ?"らしい。
ーーーーーは?
全生徒(レイも含む)が思った。
だが、そんな独裁者のように好き勝手やっているのか、というわけでもない。
振られた仕事はキチンとするし、今回の会議だって忘れていただけでいつもはちゃんと来ている。
だが、茶髪になった事(赤メッシュ入り)とピアスのせいで一気にヤンキー感が増した陸を指差して"あれ、俺らの風紀委員長"といえば、他校からなんと言われるか大体予想出来るだろう。
ーーーーーえ、あのヤンキーが?である
そんな会話をレイは一体何回聞いた事だろう。




ーーーそして、時は現在…今朝の会議の事が頭を占領し授業内容がすっ飛んで訪れた放課後。
今日は降水確率が高い、という予報だったらしく外はザザ降りの大雨。
全く、朝の会議に遅れるわ、その内容がクソ過ぎるわ、ついてない…と。
わかりやすく肩を落とすレイに、八神家にお邪魔したツケが回ってきた。
ーーーーー傘持ってきてない〜………。
天気予報を見る前に飛び出したから借りる事すらしてない。
走って帰るか…とアインスから出た時。
「…よォ、遅かったなぁ、居残りかァ?」
…目に痛い茶髪赤メッシュが、教室のすぐそばの廊下に背中を預けてこちらを見ていた。
「なんでいるんだよ…部活……は休みか」
「おー…流石にコーチもそこまで鬼じゃねェよ」
「だよなぁ……俺も今日は弓道部が【雪月花】使ってるからオフ」
リンドウ学園の外部活は雨や雪、雷などの天候の場合は休みになる。
校舎を走る、トレーニングをするなどといった選択肢はないのだ。
それに少し謎を感じたレイが教師に問うたところ。
"んな事したら校舎が汗臭くなるだろ"と真顔で返された。
そんなこんなで陸上部短距離エースさんはこの生徒会長の魔弓科がオフと知って、ここに出待ちしていたらしい。
今日はオフ、と言えば"知ってる"とイタズラ顔で笑われたので、デコピンをお見舞いした。
「って、俺ら傘ないの忘れてたぁ……」
「ん?傘ならあるぜェ?」
「え」
「え」
お互いの顔を見合わせて、おうむ返しに返した「え」を連呼した後、待て待て…と。
「なんで傘持ってんの…?」
「飛鳥から連絡あったんだよ…ほら」
と、何食わぬ顔で携帯の画面を見せてくる陸。
ーーーー兄さんへ。
今日、雨が降るらしいから傘"転送"しておくね。レイも持ってないだろうから、送ってってあげたら?



ーーーーーー弟、いいなぁ……。
柄にもなくそんな事を思う、目の前の兄弟愛の具現化のようなメールに、思わず目を細めた。
このツンデレのような対応、全く俺の親父のような飛鳥だぜ、と。
会社で奮闘しているであろう実の父が脳内にこんにちはして、慌てて頭を振り思考を変える。
「転送って……飛鳥も思い切ったことするな…」
「おー…でも、転送場所は"下駄箱"だとよォ……わからなくもねェが、他にあったろォ…」
「それ」
二人が言っている、転送とやらは文字通り"傘を学園へ送る"と、デリバリーのようなものである。
………魔法での転送だから、時間はコンマ数秒だが。
その反動で、同じ属性の魔力を持つ生徒がざわつくので、あまり転送はしないのだが。
だから下駄箱を転送場所に選んだのだろうが…と。
今更だが、リンドウ学園は上履き制である。
バレンタインデー、ホワイトデー、クリスマスにハロウィンは、この下駄箱が魔性の箱と化すのは言うまでもない。
「ちょっと待っててくれ、傘取ってくるわァ」
「りょーかい。んじゃ靴履いて待ってるな」
「おー」
ツヴァイの下駄箱へと向かった陸の背を見て、レイもアインスの下駄箱へと足を運んだ。
"【アインス】レイ"と書かれた金属製の小さな扉についた取っ手を掴み、手前に引いて靴を取り出そうとして……。


ハラリと中から紙が踊り出て、レイは開けっ放しにしたまましゃがんだ。
「なんだこれ………封筒?」
…封筒らしい、その紙を拾って、差出人が書かれていないのを確認する。
誰が、どうして、などこの際はどうだっていい。
ーーーー大体、下駄箱に入っている謎の封筒とすれば内容がわかるので。
「…ん?レイィ、何して………」
「あ、陸………うん」
「あー…お前も大変だなァ……」
折りたたみ傘を手に、こちらに歩み寄る陸も、同じくしゃがんで察したらしい。
同情の声を上げる真隣の幼馴染に、苦い思いで返答するが、封を開けーーーーーー。



「は……?」
「おま…これ…ッ!」



そこに書いてあった………"果たし状"という文字に、思考が真っ白に吹き飛んだ。




あ〜…なんと予想斜めな………確かに、これもラブレターの一種なのか……?



全くもって予想外の出来事に、続いて殴り書かれた文に……今度こそ、目のハイライトが消えた。





ーーーーーー凛"英"魔導学園の、校舎裏にて待つ




もはやどっから突っ込んでいいのかわからない。
ただ、この二つ言わせてくれ、と。
まず、リンドウ学園は凛"影"魔導学園であり………。
最大の音量でいいたいのは、これである。




ーーーー土砂降りの中待たせてごめんッ!!

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.13 )
日時: 2019/03/22 09:00
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

六話 生徒会長と予想外の事態 後編


下校時に見つけてしまった果たし状に、どうしていいか分からず、けれども一応校舎裏に行かなければ差出人はずっと放置されたままだろう、という事で。




ーーーー陸と相合傘をしながら、"屋根のない"校舎裏へと向かっています。



正直、震えるほど怖いです。
いやだって、果たし状だよ?俺なんもしてない善良な一般市民のうちの一人よ??
ワンオブリンドウ学園生徒よ???
なんで果たし状が下駄箱に入ってるの!?と
誰にぶつけていいかもわからない、悲痛の叫びを噛み殺して、レイはただ無言に、パチャパチャと水たまりに足を踏み入れる毎になるその音を聞きながら、重々しくため息をついた。
ーーーーこの角を曲がれば、校舎裏である。
隣で傘を持つ陸の手も、少し強張った。
果たし状と書かれた紙はレイのポケットにある。
普通に考えて、果たし状といえばヤクザあたりが突きつけてくる宣戦布告の意思表示だ。
と、いうことは。
もしかしたら、この果たし状と書かれた紙の差出人は、陸の後輩である中学部のリンチ事件(命名、陸)の犯人かもしれない。
そう思って、陸は傘の取っ手を握り潰すように、硬く、強く握って、気持ちを落ち着かせた。
ーーーー傘が喋れるとしたら"なんでや俺関係ないやろ"とでも言いそうだ。



そんなこんなで、覚悟を決め、校舎裏へと続く角を曲がると………。




ーーーーーそこには、傘もささずに仁王立ちで背を向ける、学ラン姿の男五人。



真ん中に佇む、やけに大柄な男は金色に髪を染めており、周りにいる四人は、なんとなく舎弟のようなオーラを醸し出していた。
ーーーーーつまりは、完璧ヤンキーな五人組だった。
ふらりと倒れそうになるレイを支え、陸は静かに。
「………よォ。テメェらが果たし状の差出人かァ?」
けれども、隠された殺意で威圧的に放たれた言葉を。
………傘に当たる雨音だけが、耳に響く中。
数秒の沈黙をもって、リーダーらしき男が、静かに振り返った。



「……………貴様は……玲夜さんの、なんなのだ……?」


ーーー切れ長の瞳には、怒りが隠され、レイは無意識のうちに一歩後ずさり…肩が、雨に濡れた。
「あァ?………簡単に幼馴染かァ?」
「幼馴染…………相合傘、する程の仲が、幼馴染………?」
「は?相合傘する程って……別にィ、俺とレイは恋人でもなんでもなーーーーー」
「恋人だとォッ!?」
プルプルと震えていた男が、一際声を荒げたのは、"恋人"というワードらしい。
めんどくせェと顔に書いてある陸の横顔を見れば、こんな奴らにアイツはやられたのか、と悔しさに歯を噛んでいた。
「貴様ァ!玲夜さんと恋人などと抜かしおってェ!!」
だが、その表情を相手は"嘲笑い"とでも見えたのか、怒りに顔を赤く染めて、拳を握りながらこちらへと駆けてきた。
それにいち早く反応した陸は。
「はァ!?ッチィ!レイ傘持ってろッ!!」
「は?え、え!?」
カバンを投げ捨て、傘を強引にレイに手渡して、同じく拳を握り、反撃の体勢をとった。
陸よりも一回り大きな体を持つ男の拳が陸に振りかざされ。
「陸ッッ!!」
思わず叫んだ、その時。



「…おッせェんだよデカブツがァッ!!!」
「ガ、はァ…ッ!?」



残像さえ見えそうな瞬発力と回避術により拳を躱した陸のカウンターが、男のみぞおちにクリーンヒット。
肺の空気が押し出され、咳き込み隙だらけになった瞬間に。
「…おい、テメェよくそんな腕で俺に勝とうなんて思えたなァ?」
ガッと染められた金髪を掴み、お?と凄んで見せた。
それを、悔しそうに見上げる男の姿。




ーーーーあれ?



「…あ〜……俺が言うのもなんなんだけどさ……そこの四人、助けなくていいの…?」
いかにも、リーダーがやられてます、という状況にも関わらず、舎弟(と決めつけている)四人は微動だにしない。
………ずっと、背を向けたままなのだが。
すると、四人のうち一人がくるりと振り返り。
「………すいませんね…兄貴が突っ走って…」
ペコリとお辞儀をした。
唖然とする中、他の三人も振り返って。
「「「すいませんでした………」」」
ーーーー口々に謝罪の言葉と、謝罪のお辞儀をし始めた。
「え、と……?」
まさかの展開に心が置いてけぼりにされたレイは、ただ混乱するばかりで。
「…何、こいつら何しに来たんだァ…?」
男の髪を掴んだままお辞儀している四人を一瞥する陸の言葉に、反応したのは、ずっと髪を掴まれて強制的に上を向かせられているリーダー格の声だった。
「……俺ぁ…ただ、自分の無念を"果たしたかっただけ"なんだよ……」
「あァ?」
土砂降りの雨の中、確かに聞こえたその言葉に、陸は男と同じ目線までしゃがんで。
「なんだァ?言いたいことあったら言ってみろやァ……場合によっちゃ相手になんぜェ?」
暴力沙汰になるのであれば、正々堂々勝負しよう。
売られた喧嘩は買う主義だ、と強調する陸。
ーーーーだが。
「違うんス……兄貴は、ただ玲夜さんに言いたいことがあって来ただけなんスよ…」
顔を上げた舎弟組の一人が、そう言った。
「え、俺に?」
「はいっス………兄貴はーーーー」
思わぬ話題の振り方に素っ頓狂な声を上げたレイ。
そして続いた舎弟君の言葉は…。
ーーーprrrrーーーprrrrーーーと。
何処からか鳴り出したコールの音によって途切れた。
「…あー…悪ィ、俺のだわ。とりあえず、レイに何かしようとしたら正当防衛でぶん殴るからァ、そこんとこよろしくなァ」
胸ポケットから取り出した携帯を見ながら、陸はそう言って数歩下がった。
ようやく頭が動かせるようになったリーダー格の男は、ヨロヨロと立ち上がり。
「……玲夜、さん………」
切れ長の瞳を、雨のせいではないだろう潤み方で向けた。
ーーーーーあっれぇ…なんかいやぁな予感するぞ〜?





「え、それマジでェ…?」
『うん。"立花たちばな魔導まどう高等こうとう学校がっこう"っていう偏差値は下の中くらいの高校の三年。ごめんね、連絡入れるの遅かった?』
「あー……あァ、ちょいと遅かったなァ…」
携帯の画面に表示された名前は"飛鳥"
珍しい、と思い電話に出れば、少し聞き捨てならない言葉を聞いた。


ーーー『兄さんたちが帰って来る前に組んでたサブキャラのパーティで、レイに明日…つまり今日告白するって男子生徒がいてね。話からリンドウじゃなさそうで、少し気になったから"ハッキング"して調べたんだけど。それがどうやら純不良らしくてねぇ……少し危なそうな気がしたんだけど、今朝言いそびれちゃって』
「いやその前に堂々と犯罪犯したって言われた兄ちゃんの気持ちになってくれるとありがてェなァって」ーーー


全く、頭が良すぎるのも困るもんだ。
ハッキングだなんて、そんな物騒な事を平然とするそのメンタル強さを、陸は現実逃避として過大評価し、なんとか乗り切った。
そして聞き捨てならなかった言葉二つ目。
レイに告白しようとしている男子が純不良。
ーーーーまさしくアイツらじゃねェか。
朝バタバタしていなければこの情報を今朝知れたのに、とド忘れしていた自身の海馬を呪った。
冒頭の会話から察するに、少し落ちこぼれな生徒がレイに一目惚れして、告白するぞ、となったらしい。
あの熊のような身体して脳内乙女か、と突っ込みを入れたかったがーーー。



ーーー「俺、玲夜さんの事が好きだ!付き合ってくれッ!!」



まさしく、予想していた言葉が彼の口から飛び出して、その突っ込みは保留になった。
『……僕まで聞こえちゃったよ……兄さん、なんとかレイを家に送り届けてね』
「おー……頑張るわァ…」
飛び火で聞こえてしまったらしい電話越しの飛鳥の声は少し上擦っていて。
生の告白だなんてそうあるもんじゃねェしなァと、レイのお陰で慣れたその言葉に恥じらう弟に、少しだけ愛着が湧いたのは内緒にしておいて。
告白され、そしてその次にレイが取る行動はただ一つ、というのも承知の上。
「…ごめん、それは出来ない」
タンッと電話を切る赤いマークをタップしたと同時に聞こえた、無機質な声。
見れば、俯いてその顔は見えない…けれど、相当の罪悪感を滲ませているであろう、その顔が、陸には見えた。
「……そう、か……そうだよな……玲夜さんが、俺なんかーーー」
「でも」
フラれた事に悲観し始め、雨に隠れて泣きそうになった、立花魔導高等学校三年の実質の先輩(飛鳥ペディアより抜粋)に。
レイは、静かに持っていた傘を傾けて。
「………告白する勇気を持っている貴方は、きっと他の人を助ける為の力を持っているって信じてるから。だから、今こんなところで風邪ひかないで、誰かのために生きてみよう?」
ふわりと、花が咲いたように微笑んだレイの姿に。
リーダー格の先輩を始め、舎弟組の中でも"なんて…なんて心が綺麗な人なんだ…"や"俺…俺ぁこんな潔白な人と今まで会ったことねぇよぉ…"などといった声が上がり始めた。
ーーーーあー…出たよ、レイの無意識人間タラシ癖…。
小学の頃からあったその癖に翻弄される同級生、後輩、先輩…そして教師の方々を特等席(レイの隣)で見続けてきた陸こそわかる、その魔性。
傷心した心を癒すべく語りかける暴力的な優しさを持つ言葉をかけて、その心を魅了する、レイの無意識行動の一つだ。
リーダー格の先輩はフラれた事に対して傷心、舎弟組はそんな兄貴を見て傷心……後にレイのホスト魂によって陥落した模様。
だが特に傷ついてもない第三者(陸)からしてみれば。



ーーーー告る勇気あんだったら他の事に活かそうぜ?そんなヤクザしてて人生楽しいか?



……………これを、ホストのように優し〜い言葉に変換すれば、ああなる、と。
陸だけは本心の心を見破って、あいも変わらずその"腹黒さ"は変わらないようで、と肩をすぼめた。




「…そういえば、なんで果たし状?」
思い切り傘をさしてあげながら聞いたレイの素朴な疑問。
告白するためなら、何も果たし状と書かなくてもいいだろう?と。
「あ、いや………さっきも言ったが、俺のこの願いを果たす為の手紙で……」


ーーーーーーーはい?



「え、じゃ何……結局決闘とか、そういう暴力的なものじゃないわけ?」
「あ、俺らが言うのもなんでスけど……兄貴、こう見えても喧嘩弱えんっス」
「………え?」
「あー、だよなァ。あの振りかぶり、完全にど素人の動きだったからよォ」
「……え??」
予想外の言葉だらけに、またハテナマークが頭脳を占領し始めたレイ。
くるくると目を回しそうになりながらも、とりあえず果たし状は"彼にとっての"果たし状だった、という事で解決。
ーーー後は。



「…コホンッ……最後に…ここ、凛影りんえいの漢字は英語の"英"じゃなくて、"影"だからな」
ずっと気になっていた、漢字のミスを直して終わりだ、と。
ーーーーしかし。
「そうだったのか!……あ、なんだっけ……え、エンドウ学園?」
「リンドウ学園!!それ美味しい豆!!リンドウは"えやみぐさ"とも言われる紫の花だ!!」
「「「「「「リンドウって花の名前なのかァ!?」」」」 」」
「知らなかったの!?っておい陸いたのバレてるぞ!!お前なんでリンドウ学園の生徒なのに知らなかった!?」



ーーーー思わぬ未知の発見により、仲良くハモった五人プラス一人に。
レイは生徒会長というのも忘れてただただ叫んだ。
"お前らちゃんと勉強しろ"と………。






「たっだいま………疲れたぁ………」
あの後、俺らはもう十分濡れてるんで、傘は二人で使ってくれ、と走り去っていった五人組を見届けて、無事に(?)家へと帰ってきたレイ。
一日ぶりの我が家に、ヘナヘナと座り込んでしまいそうになるのをこらえ、リビングへの扉を開けた。
「…あら?おかえりなさい!一日ぶり………ってぇ!貴方肩濡れてるじゃないの!?何やってるのよ風邪でもひいたらどうするつもり!?」
愛嬌のある笑顔を貼り付けながらクネクネとこちらへ躍り出た、その女性は。
レイの肩が濡れているのを発見した途端、人が変わったかのように形相が変わり、喚き始めた。
「うるさ……大袈裟だな"母さん"……たかが肩濡れたくらいで…」
「何が肩くらいよ!?って、まさか貴方風邪ひきたいの…!?」
「は?……ぁ……んなわけーーーー」
思い違いでなんと言い出すかわからない"実の母"の言葉を止めようと静止しようとした言葉は。


「ダ〜リンに看病されてもらいたくて、その後はにゃんにゃん展開を御所望なのっ!?」



疲れ果てたレイの心を、更に削らせる"貴腐人"の発言によって、もうどうでもいいや、と静かに口を閉じた。
そう…レイの母親は……腐っている。
世間一般でいうところの腐女子…だが。
年齢が年齢なので、今は貴腐人である。
本人が言うには腐ってから35年は経つそうで。
さらに、憎いことに母は顔がとても整っている。
変に若作りをしないせいでナチュラルメイクでも相当若く見えるその美貌と、明るい性格ゆえに落としてきた男は数知れず…だが。
ーーーーー腐っていたため、誰も彼女を理解できなかったため、長くは続かなかったそうだ。
けれどもこうしてレイはこの世界に産み落とされ、更に母の美貌を受け継ぎ男子生徒から告白され続ける日常を送っている。
だから、結果的には結婚しているのだ。
ーーーー結果的に、は………。
「…おい、煩いぞ"晴香はるか"。テレビが聞こえないだろ」
「あ〜んごめんなさいダ〜リンッ。今すぐ玲夜をお風呂に連れて行かせるわ〜ん!」
「え、ちょ、なんで父さん帰って…いだだッ!引っ張るなよ母さんっ!」
嵐のように身を翻し、風呂場へと連行されるレイが見た、その男は。
母に負けず劣らずのルックスを持ち合わせた、いわば中年のイケオヤジ。
メガネをクイッと上げる仕草だけで、一体何人の女性を手玉にとったのか…。
そんな男を"父さん"と呼んだレイ…まぁ、つまりは、そういうことである。
現在進行形でレイの腕を引っ張る、"すめらぎ 晴香はるか"…レイの母親と。
"すめらぎ 蓮弥れんや"…レイの父親。
真反対のような性格の二人だが、この二人は他の異性など目に入らないような、そんな共鳴力を感じ、今に至る。
ーーーー大体察するだろうが。
父…蓮弥が見ていた、テレビこそ…。
『ちょ、おい…誰か来たらどうす…ッ!』
『へェきへェき…それより、早く続き…な?』
『馬鹿野郎!って、おい脱がすなぁ!!』



ゴリゴリの、BLアニメ…それも少しハードなもの。
つまり………腐男子であった。
しかも、このアニメは確か母、晴香が漫画で持っていたもののオンエア版だったはず。
ーーーー以前、オンエアされる前の話だが。
陸を家に招き遊んでいた時に、晴香が部屋を強引に開けて。
「玲夜〜?陸君〜?ちょおっと"これ"、音読してくれなぁい?」
ニヤニヤと笑いが溢れていた、母の手には。
………それはもう、明らかなBL本で。
更に言えば、表紙でなんとな〜く察した、登場人物とその立場的なものが。
"黒髪優等生が受けで、茶髪ヤンキーが攻め"という。
ーーーーーこの母親、息子と幼馴染でBL妄想してんのか
その時は髪を染めていなかったが、ウィッグで茶髪としていた陸だったため、その本とほとんど同じ立場な現状が出来上がっていて。
そして、その日は休日だったために。
「…玲夜、陸君。もしやってくれたら好きなゲーム一つ買ってあげよう」
ーーーーこの、腐男子までいやがったのだ。
「ゲーム!?マジでェ!?」
「おい陸よせ、俺らのプライバシーに関わーーー」
「決定ねぇん!それじゃあ、カメラ用意するから待っててぇん!ダ〜リンカメラカメラぁ!」
ゲームを買ってあげる。
その誘惑にあっさりと負けた当時中三の陸と、巻き添えを食らったレイ…そして意気揚々とカメラを取りに行く実の両親……。
今思えば、ゲームを買ってあげるという誘惑に負けたのは、新しいゲームを飛鳥にあげたかったから、なのかもしれないなぁ、と思いつつある。
ってか絶対そうだと思う。
ーーーと、まぁ俺の両親は全くもって普通じゃない。
自分の息子を妄想のネタにする親は、少なくとも多数いるわけじゃないと、そう思いたい……。
そう、濡れた制服をなすがままに脱がされ、デュフフ、と気持ち悪く笑う母を見ながら、レイは早く寝たい…と現実から目を背けた。



ーーーーああ、父さんが今日早いのって、リアルタイムであのアニメ見たかったからか………とーーー

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.14 )
日時: 2019/03/24 09:08
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

三章 リンドウ学園の学園風景

一話 生徒会長と噂話


昨日、ヤンキー達に絡まれ、果たし状という紛らわしいラブレターの末、いつも通り告白されてフッて。
ようやく帰ってきた我が家には息子で妄想を捗らせる実の両親に捕まって……。
正直、寝れた気がしない、と寝起きのレイはいつも以上に声のトーン低く"おはよ"とリビングへと降り立った。
ちなみに、この家は八神家と同じように二階建てであり、一階はリビングと両親の部屋…つまりは生活スペースが主であり、二階はベランダとレイの部屋、という構造である。
が、両親の部屋の真上がレイの部屋なため、二人の会話が聞こえることもしばしば……。
それら全て、レイと陸…更には飛鳥も交えた妄想話だった時は毎回悪夢を見る。
「あぁ、おはよう」
「…んぁれ……なんれ父さんいるんだ…」
「おはよう玲夜!ダ〜リン、今日有給とったんですって!だからぁ、今日は一日中家にいるわよぉ!」
「………同性愛についてとやかく言わないけどさ………俺らで変な事考えんのやめよ…?」
意識が半分夢に浸っていたレイだが、父…蓮弥が携帯から顔を上げて軽く微笑んだ、その姿に。
ハテナ?と首を傾げるも、答えたのはキッチンに立つ母、晴香の声で。
…いや、この二人が一日中いたらどうなるのか考えたくもない、と。
どうせ、昨日オンエアされていたアニメを繰り返し見たりだとか、また新しいタイトルのコミックを漁ったりするのだろう。
………出来れば、その集中力を他の事に活かして欲しいが。
「変な事?お前を愛している証拠だ……ろ」
だが、BLを変なこと、と反応した父が口走った言葉に…だんだんと顔が赤くなっていくのを母が携帯で連写しながら。
「あら!?ダ〜リンッデレモード!?」
「忘れろ晴香、俺は何も言ってない漫画の朗読をしただけだ」
「嘘よだってダ〜リンが読む本はそんな少女漫画要素の薄い本って知ってるもの!あ、私今上手いこと言ったかしら!?」
全ての家事を放棄して癒しデータを量産する母親に、くいっと服の袖を引っ張ったレイは。
「…………俺お腹空いたんだけど…」
上目遣いで、ムスッと頬を膨らませ、そう言った。



「……………………」パシャ
「ちょ、何写真撮ーーーー」
「晴香、焼き増しラミネート加工だセブ◯イレブンへ走れ」
「もちのろんよ待ってて財布の有り金全て投資してくるわ」
「え、ちょ、財布持ってどこ行く……朝ごはんはッ!?」




ーーーーこの後、知らんぷりを決め込んだ父を殺意のこもった目で見つめながら、レイは渋々家を出た。
流石に朝抜きというわけにも行かないので、途中みんな大好きマ◯クに寄ってハンバーガーを頬張っていたのはリンドウ学園の生徒が目にしてその日のうちに拡散されたのは言うまでもない。






ーーーー突然だが、このリンドウ学園の生活風景を観察したいと思う。
ここ、【アインス】では今日も机の中にラブレターが仕込んであって朝っぱらから項垂れている生徒会長はとりま置いといて、と。
リンドウ学園は珍しく、担任がほとんどの教科を担当する、いわば小学校と同じ体制をとっている。
…まぁお金がかかるからとかいう大人な事情が絡んでいることは伏せて。
そんな、今日も今日とてホームルームが始まったアインスでは。
……そう、今日も、今日とて……。
「…ぐっどもーにんぐ、しょくん……おれはぐっどじゃないがな…ははっ……」
(((毎度思うが先生は何に追い詰められてんだよ)))
この、無駄に顔がいい癖にクマが取れない、完璧不健康の代名詞である担任の、げっそりとした声で学園生活が始まった…。
思い切りやる気削がれるとか、そんな事はもう今更だ。
学年が上がって二ヶ月経った今…つまり"六月"なわけだが。
…昨日の土砂降りも梅雨だったから、傘を持っていくのを忘れた自分の頭の悪さに反吐が出たが、それはもういい。
過去は過去、今は今だ、と割り切って……ラブレター貰って返事どうしよ………。
と、割り切ろうとしたが割り切れない事情にガンッと頭を打ち付けた生徒会長はおいといて。
「おいそこのせーとかいちょー………眠気を抑えるのであればコーヒー飲めコーヒー……俺はエスプレッソ3杯飲んだぞ〜……」
「いや先生多分玲夜は寝不足じゃないかと」
「ってかエスプレッソ3杯って下手すりゃ死ぬんですが…?」
「まず胃が荒れてヤバいだろ…ってもう慣れて大丈夫か、先生なら」
ビシィ…と指を指されたレイだが、全く顔を上げるそぶりを見せず石像のように動かないレイに、もう慣れたわ、と皆黒板を向く。
唯一隣が"おい、早く起きろよ"とツンツンしているだけで、もう他は授業モードに突入だ。






「…はいこれで授業を終わる……起立、礼…」
「「「ありがとうございました」」」
ーーーキーンコーンカーンコーン……。
チャイムが鳴り一限目が終わると同時に、レイは着席するの事なく教室を出るのを、担任は虚ろな目で。
「…まぁた告白かぁせーとかいちょー」
皮肉か、それとも嫌味なのか。
呂律の回っていない口調で、担任……斎藤さいとう和葉かずはは言った。
中性的な名前だが、れっきとした男性教師である。
「先生、頼みますから正気保ってください。どっちが教師なのかわからないですよ………って、なんですかその目。そ〜ですよ、別に今に始まった事じゃないでしょう」
「知ってる。………お前、大変だなぁ。俺ら教師の中でも人気っていう情報…いるかぁ?」
「もうあげてるじゃないですか……え、俺そんなに…って時間やば…それじゃ先生、次の授業もよろしくで〜す」
けれども、これも慣れだ、塩対応塩対応と目すら合わせずに淡々と喋るレイ。
授業は真面目に受けるので眠気は吹き飛んでいるようだ。
パッチリ開かれた海の目は寝不足でハイライトが死んでいるこげ茶色の目を射抜き、ため息混じりにヒラヒラと手を振った。
ガラガラ、と教室の扉を開けて、ラブレターの書いてあった【ドライ】までわざわざ出向く。
普通ラブレター書いた方が行くんじゃねぇの?と思うが、この差出人は意外と賢い。
まさにその通り、だから【ドライ】の生徒を"わざわざ"レイが呼びに行く……となると、周りの目からはレイ"が"ドライの生徒に何かあるのでは?と思うわけで。



ーーーーいやまぁ、この作戦も何回かあったからみんな察して目を合わせてくれないけど



そんなわけで、ドライの扉を開ければ騒めきが一瞬にしてシーン…とお亡くなりなったようで。
ただ一人だけソワソワと顔を赤く染めている男生徒がいたが、きっとあの子だろう。
「…えっと。とりあえず、この手紙の差出人は………」
まあ確認は大事だ、何事も…というかこういう事の確認は大事だろう少なくとも。
そう思ってポケットに忍ばせていた手紙を取り出すと、真っ先に反応した…その差出人。





「僕だよー玲夜くーん(笑)」
ヒラヒラとおちゃらけた風に笑う"ドライの担任"に。
「………はぇ?」
思わぬところから声が上がったため、「はい?」と言おうとしたのだが「え?」と混ざり変な返事になった。
え、待って待ってなんでドライの担任…あ、和葉先生が言ってた事ってこれ…?




「…あの、別に俺じゃなくても良くないですか、これ」
「あはは、これ僕一人じゃどーにも出来なくてさー!いやー助かった助かった(笑)」
「…(笑)ってわざわざ言うのやめません?」
「えー(笑)」
上半身を覆い隠すほどの段ボールを担がされて、生徒会長こと俺はドライの担任兼ラブレター(?)の差出人と、廊下を歩いています。
ーーーー正直、ぶん殴りたくなりましたけど、なんとか持ちこたえてます。
ジト目で隣を歩く高身長眼鏡イケメン(教師)に、レイは重くため息を吐くが、それすらも相手の笑いのツボに入るらしい。
なんともやりづらい相手…レイが苦手とするタイプの一人だ。
「ってか授業始まるんですけど…どうするんですか」
「んー、僕に連れ出されたって言っといてー(笑)」
「だから(笑)って言わないでください。…貴方クラスの担任って立場理解してます?」
「あはは、玲夜くんは厳しいなー(汗)」
「…………もう、ツッコミませんからね」
ようやく見えてきた職員室にホッと息をつくも、束の間の休息。
ガラガラと扉をスライドすれば、ほとんど教師のいないデスクがズラリと目に入る。
そこらへんに置いといてー、と彼も持っていた段ボールを無造作に置き、肩をグルグルと回している。
「…それじゃ、俺もう戻りますからね」
適当に置け、と言われても仮にも職員室なので、彼のデスクに近いところ、かつ邪魔にならないところを探して、中のものが壊れないように(というか中身見てないから何が入ってるのかわからない。でも重かった)そっと降ろして、そう言うレイに。
「………まーもう遅刻は確定だしちょっと付き合ってよー」
「は?………ッ、先生…っ?」
……だが、デスクへと追いやられて両脇を腕で挟まれ、いわゆる机ドン…いや、デスクドンをされた。



ーーーーは…?


「僕ねー、ノンケな筈なのに、玲夜くんだけはなーんかイける気がするんだよねー」
「…ふざけないでくださいよ。俺は誰とも付き合う気はないですし、まず貴方教師でしょう」
「あは、本当マジメだよねー………今日、八神が"休み"だから絶好の機会チャンスって思ったんだけどー」
「……………え、あいつ休みだったんですか」
「あれれー?知らなかったのー?」
先生の顔が少し真上にあって、ドアップなこの状況だが、まさか陸が休んでいるとは…。
一限目の休み時間なうだったので気づかなかった。
いや、でも普通に考えたら風邪ひくな…。
忘れていたが、昨日ヤンキーから庇った(?)陸が傘をレイに預け、土砂降りの中突っ立っていたのを思い出した。
あれだけびしょ濡れならば風邪もひくだろう。
ナントカは風邪をひかないとも言うが……それが本当なら、陸はナントカではなさそうだ。
と、現実逃避がてらに考えるも、はっと我に帰る。
ーーーーとりあえず、退いてもらわねば…。
「…先生、俺は先生をそういう目で見た事は無いです。ってか男相手に親愛以外何も持ちません」
「んー…俺もそうだったんだけどねー。実際僕は君にメロメロメロンなわけでー」
「…からかってます?授業始まるんですけど…!」
キッと睨むが、相手にとっては逆効果だったらしく、ドロリと黒い何かが溶けた先生の深緑の瞳が細められる。
ーーーーーこれは、マズイ。
冷や汗が頬を伝い、思考がブレる。
正直、教師まで俺のことを想ってるとは思わなかった。
だが、生徒同士ならば百万歩譲ってオーケーだとしても、教師は駄目だろう教師は。
…いや、生徒でも勿論嫌だが。
ーーーーキーンコーンカーンコーン…。
…………二限目の始め…そのチャイムが鳴った。
「ちょ…!授業サボってるみたいじゃないですか!早く退いてください!」
本格的に焦ってレイが胸元を押すも、ビクともしない。
逆に、触れた時に感じた筋肉にサッと汗をかく。
正直、この先生は見た目が細く華奢なイメージだったので、そこまで力があるわけでもないだろうと思っていたが……。
「あは、僕こー見えても筋肉ついてんだよねー(笑)」
「いや(笑)じゃないですよ!?貴方自分のクラスの授業サボってどうするんですか!」
「あ、二限目は音楽だから僕担当じゃないのー(爆笑)」
「爆笑しないでください俺は社会なんですけど!?」
…教師としての立場が危うい事を盾に逃げようとしたが、よりにもよって"担任が担当する教科外"の音楽…。
あのラブレターに書いてあった、"一限目の休み時間に高二【ドライ】にて待ってます"という言葉にひっかかったが、わざわざ一限目の休み時間と限定したのはこのため………ッ!?
そして、【アインス】では社会…つまり、担任が担当する教科であるからにして。
この目の前にいるドライの担任………レイに二重ダブルバインドを仕掛けてきやがった、と…。
「あはは………まぁ、もうサボっちゃったから戻っても戻らなくても同じだよねー。…保健室行く?」
「行くわけないでしょう!?……正当防衛で殴りますよ…ッ?」
「わーこわーい(棒)」
「くっそそれチョームカつくんですけど」
ヘラヘラと笑いながらも目は笑っておらず。
心なしか、左右に置かれた手が握りしめるデスクの角はミシミシと音を立てている気がする。
…………マジで股間蹴ろうかな
そう、はんば本気に思った、その時。





「………"中崎なかざき"せんせー?俺の生徒になにしてるんですかね…?」





一限目に聞き慣れた、やる気のない死んだ暗いトーンが、この場の空気を粉砕した。
「か、ずは先生……?」
「あっれ、和葉さんじゃないですかー……授業サボるなんてイケナイ人ですねー(笑)」
「いや…中崎せんせーに言われたくないんですけど………俺はただ、生徒会長の戻りが遅くて連れ戻しにきただけですよ………」
はぁ、とわざとらしくため息をつくアインス担任…和葉先生はいつもよりもハッキリとした口調で。
「さっさと離してくれませんかね………生徒会長、困ってるでしょ………それと、授業中断させてるから、残りの生徒を待たすわけにもいかないので………」
珍しく、ハイライトの入ったこげ茶色の瞳をギラつかせて、ドライの担任……中崎なかざき大和やまと一瞥いちべつした。


ーーーーはぁ、と。
「わかりましたよー………周りにバラされても困るので引き下がりまーす………でも、諦めるとは言ってないからねー(笑)玲夜くんも、よろしくー」
ようやくデスクドンから解放され、レイは絶対に背だけは見せない、と猫のように警戒しながら後ずさり。
それを見て、中崎大和先生はくすり、と。
「それじゃーねー玲夜くん(笑)和葉さんも、迷惑かけましたー(笑)」
ヒラヒラと手を振って、職員室に備えられているコーヒーメーカーへと足を運んだ。





「…助かりました、和葉先生」
どっと疲れが押し寄せて肩の力を抜く生徒会長を横目に、和葉はただ。
「………いや、止めなかった俺も悪い。教師の中でも、中崎せんせーは群を抜いててな………」
「でしょうね…目が怖かったですもん」
授業が始まり誰もいない廊下、授業を中断してまでも来てくれた担任に、心から敬意を払うレイを置いて、和葉はそっと胸ポケットから携帯を取り出した。
「…先生?」
急に立ち止まり視界の端から消えた和葉を、数歩先から無垢な目で見つめる生徒会長。
「…いや、先に言っててくれ。言い訳を考えているんだ………」
そう言って、またハイライトを消すこげ茶色の瞳で訴えられては、レイは何も言えず【アインス】へと戻る他無かった。



「………今日も、モデルの優等生は告白される…しかもそれはイケメン教師で禁断の関係………でも優等生はフりました、と………」
『ヨモギティーチャー』という名前で呟かれたその言葉は、ネットを通じて全世界へと発信される。
和葉は、自身の呟きがドンドンリツイートされていくのをさも興味なさそうに見た後、プツッと携帯の電源を消した。








ーーーー 一方その頃、すめらぎ家の自宅では。
「…あら?………あら!?ちょ、ダ〜リンッ!"ヨモギ先生"が新しく呟いてるわよ!?」
「………教師との禁断の関係…これは新しいネタとして"描かれる"かもしれないな…」
三年も前から愛読してきた"BL本の著者"の呟きにて、騒ぐ男女がいた。
女性……漆喰のような黒髪をストレートロングにしている、皇 晴香と。
男性…ソファにゆったりと腰掛けるイケオヤジ、皇 蓮弥だ。
「それにしても、教師にも告白されちゃうなんて、とんだ罪深い子だこと……一体誰が"ゼロ"のモデルなのかしら………気になるわねぇ」
そう、テレビの中で赤面し、恥じらいながらも小さく喘ぐ"推しキャラ"の名を呼んで、晴香はホゥ…と息をつく。
ゼロ、と呼ばれる男子生徒は画面の中で茶髪のヤンキーと共に……というシーンで。
「だがヨモギ先生は教師なんだろう?だとしたら、"ソラ"のモデルも同じ学校なんだろうな」
その茶髪ヤンキー…ソラがドアップに映る時に、蓮弥はそう言った。




ーーーーいや、まさかねぇ…?



皇夫婦は、まさかリンドウ学園に通っている我が息子と幼馴染がモデルなのではないか、という仮説が頭をよぎったが。
…………とりあえず、アニメ見て萌えよう、と。
テレビの音量を無言で大きくし、そのまさかの仮説を胸がキュンとする声によって洗い流した………。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.15 )
日時: 2019/03/29 18:41
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

二話 生徒会長と魔導授業



逃げるようにアインスに滑り込んだ優等生(笑)を、一同目を丸くして見やる。
だいたい察した者もいるようだが、ただ首をかしげる生徒も多数。
だが、説明する程の事でもないだろう、というか説明したくない、と無言を貫き、レイは自分の机に向かった。
「…おい、大丈夫か?」
唯一隣に座る心優しきクラスメートに心配の声をかけられるも。
「……うん、多分」
「多分…!?ほんと大丈夫か…!?」
更に心配の色を濃くしてしまった。
いや、そんな顔をするな隣人よ、俺の方がそういう顔したいんだ………中崎とかいう教師の頭を心配したいわ…、と。
珍しく授業中に不貞寝を決め込もうと決意したレイなどいざ知らず。
呑気にガラガラ〜と入ってきたアインスの担任、斎藤和葉に皆が一斉に集中スイッチを入れた。
「……悪かったなぁそこのせーとかいちょーが"変なやつ"に絡まれてて助けに行ってたらこんなに時間おしてるとは俺も思わなかったんだぁ…」
トン、と出席簿を肩に乗せてため息をつく担任に、ヒソヒソとどこからか生徒の声。
「…この学年に変なやついたっけ?」
「いや、【ツヴァイ】は八神がいるけど、【ドライ】は一般的じゃね…?先生はおちゃらけてるけど」
「あれそういえば中崎先生の事前"変なやつ"って和葉ティーチャー言って無かったっけ」
「「「「………………え?」」」」
バッと元凶の元を見るクラスメート全員の目は。
けれどーーーーー。
「……スゥ………」
スヤスヤと静かに、気持ちよさそうに寝息を立てる生徒会長の顔を写すこととなり、またバッと目を背けた。
「(…生徒会長、可愛すぎかよ……!!)」
「ちょ…と…………なんで寝てんのせーとかいちょー……俺の授業始まるぞ…15分押してるけど」
だがものともしない担任こと和葉は気だるげに。
15分押しているという社会の授業を再開しようと声をかけるも。
「えー…もういいじゃないですか和葉ティーチャー。珍しく寝てる玲夜を鑑賞しましょーよ!」
という、生徒(ファンクラブの一人)が声を上げて。
「写メ撮ってもいいかな。盗撮じゃないよね面前なら」
「僕も撮りま〜す」
ドンドンその声が強化されていくのを、和葉は静かに見届けて、一つ呟く。
「……………これ、俺止めた方がいいのかな….……いいや、この授業はせーとかいちょーの写真会になりましたぁ……俺も撮るからなぁ止めるなよぉ………」
ーーーーお前ら共犯な、と。
キラリと光った目に同意するように頷くアインス全生徒(レイを除く)が静かにスマホを掲げ、カメラを起動した………。






二時限目の休み時間……。
「…お〜い起きろせーとかいちょー」
「んぁ……かずはせんせ………」
コツ、と頭を叩かれ、なんだと顔を上げればクマの濃い黒眼鏡のイケメンフェイス。
アインスの担任、斎藤和葉先生が、こちらを呆れ顔で見下ろしていた。
「…授業、終わったんですか……あ〜眠い……」
机にのっぺりとうつ伏せていた体を起こして、目をこすりながらそう問えば。
「あぁ、終わったよ……」
少し、目をそらしながら答えられた。
それに、違和感を感じながらも"授業が終わった"事に、それなりの睡眠が取れたはずだが…と。
何故か、とても休んだ気がしない。
逆に、なんか疲れた気がする…と。
レイは少しボサついた髪を直しながら、三限目の用意を始めた。
「…せーとかいちょーはさ、なんで男無理な訳?」
「………はい?」
ピタ…と聞き逃せない言葉が聞こえた気がして、思わず聞き返してしまった。
"男が無理な理由"
そんなものを問われても………レイは何故そんな事を聞かれたのかわからなかったが、ただ担任は"そういう意味"で言ったわけではない事だけはわかった。
だからこそ、何故…と思うわけだが。
「…強いて言えば、反抗するためですよ」
「はんこう…?」
コテン、とあざとく首をかしげる和葉先生に、絶対わざとだ、と内心確信しながらも、苦笑を貼り付けて。
「俺の両親、俗に言う貴腐人と腐男子で。俺と男子がイチャイチャするのを見るのが好きなんですよ。それが気にくわない、だから誰とも付き合わない……これがもっともな理由ですかね〜」
ただただ、"気のいいようにさせてたまるか"という、意地だけの事だと。
そしてそれが唯一できて初めての"反抗期"故だと。
少し、呆れを含む笑いで、こちらを見下ろすこげ茶色の、ハイライトのない目を見上げた。
「…それじゃ、俺はもう行きますね。流石に、『魔導学』はサボれませんからね〜」
動きを再開して、手早く"魔導書"と"生徒手帳"を手に抱えて、立ち上がったレイ。
ヘラヘラと笑いながら、三限目と四限目にある魔導学園特有の"魔法の授業"を受けるため。
リンドウ学園における四つの講堂……アインス専門の講堂、青龍せいりゅう館と呼ばれる東に位置する建物へと向かう。
つまり、魔導学園を選ぶ理由の大きな理由…普通の学園では受けられない"特別授業"のために、専用講堂へとレイは足を運ぶのだった。






凛影魔導学園、青龍館にて行われるアインス専門の魔導学にて………。
この世界の人口の半分が持っている潜在能力ポテンシャル…魔力の有無にて決まる学園生活。
その中で、魔力を秘めし人材の特権である『魔導学』…魔導学園を選ぶ事で教わる事ができる、魔力の使い方。
読んで字のごとく、魔法を使うための基礎、知識を養うための授業…魔導学は一度休めば置いておかれる事がしばしば。
そんな事を頭の隅で思いながら、レイは講堂の黒板を背に、魔導書を手に熱弁するリンドウ学園アインス担任を見ていた。
魔導学………言わずもがな、魔法を使うための授業である。
リンドウ学園では、アインス、ツヴァイ、ドライと三つに分けられ、各講堂にて魔法の授業を受ける。
ここ、青龍館はアインス専門館。
魔導学だけでなく、他の授業でも使われるこの建物は、アインス専門というだけあり、他のツヴァイ、ドライと比べて施設が充実している。
例えば、わかりやすいものだが生徒席がキチンとした椅子であったり、単純に綺麗だ。
そして、勿論授業内容も違う。
ドライは魔法の基礎知識を重点に、土台を作る授業。
ツヴァイは応用の知識と実技が主な授業。
そして、アインスは更に深く追求した応用の知識実技を教わる、ハイレベルな授業。
流石アインス…高レベルなクラス、と誰もが思うこの授業……。
更に言えば、この魔導学は一つの科目で終わるわけではない。
大きく分ければ三つ。
『攻撃魔法』『身体強化魔法』『召喚魔法』
レイ、そして陸は攻撃魔法科なのだが、飛鳥は名目上は身体強化魔法科である。
「…さて、今回やる攻撃魔法…いや、これは攻撃系ではないが。みな、これを見た事があるかね?」
ふと、講堂の最前線にて手を挙げた講師の手には誰もが見たことのある魔法を使うときに用いる結晶…。
つまり、魔導結晶マナ・クリスタルである。
それも、黒…に近い紫色。
「…"闇"属性の魔導結晶マナ・クリスタル……しかも上位クラスの…」
魔導書から顔を上げて皆講師の手に視線を集める。
魔力量の考え方で色が濃ければ量が多い、これは魔法を扱うこの授業からしたら常識である。
ポツリと呟いたレイの呟きを聞いたかのように話を続ける講師。
「そう、これは闇属性の魔導結晶マナ・クリスタル。今日はこれを使い"幻惑魔法"を教える」
「幻惑魔法…………珍しいな」
アインスの授業にしては珍しく需要性が薄い魔法の授業に怪訝な表情を浮かべるアインス一同に、講師はニヤリと怪しく笑って。
「この魔導結晶マナ・クリスタルに秘められている魔力量は勿論の事、属性も幻惑魔法を使いやすい闇。……そこで、君らには最近の頑張りを評し、少し遊ぼうと思う!」
ギラリと妖艶に光った魔導結晶マナ・クリスタルの如くキラキラとした目でそう言った講師に、レイは。
「………幻惑魔法で遊ぶって大丈夫なのかこれ」
もはや授業と呼べるものなのか、という疑問を持ちつつも、こういうサプライズ的なのもあるからこの魔導学は休めない、と。
特にアインスの授業ならばいくら幻惑魔法といえどその完成度は計り知れない。
これは面白くなりそうだ、と頬を緩ませて妖しく光る闇の魔導結晶マナ・クリスタルをその海のような瞳に写した。




……………結果から先に言おうーーーー。
「うぉあッ!?これなんだ!?イソギンチャクゥ!?」
「ちょぉ!?俺こんな気持ち悪いのや…こっち来んな誰だお前ぇ!?」
「お前虎…ホワイトタイガーじゃねぇか羨ましいなコンチクショッ!」
「ガルルゥッ!?(人間に戻りたいッ!)」
ーーーーー混沌カオスだった。
流石アインス…授業内容がとてもハイなレベルだった。
幻惑魔法、いざとなれば使う事の少ないこの魔法だが、使った魔導結晶マナ・クリスタルがとても有能だったためかその威力は絶大だった。
ある者は体がイソギンチャクのような触手となり。
またある者は世にも珍しいホワイトタイガーになったり。
そしてまたある者は……。
「…あれ、おかしいな…………俺が二人いるッ!?」
「すっげ!俺マジで"玲夜"になってんぞ!?」
「お前…クラスの隣人君じゃねぇか!!なんで俺になってんだややこしい!!」
……高等部生徒会長、皇 玲夜になっていた。
それはもう、ドッペルゲンガーのように。
声、身長そして言わずもがな見た目全て、玲夜その人な別人…レイからしてみれば自分が目の前にいるのだ、正直気持ち悪い。
わちゃわちゃと各自授業のため強制的に幻惑魔法を使って自身を別のものに見せたため、もはや誰が誰だがわからない者も多数。
その内の玲夜(偽物)はキラキラと携帯で自撮りしていたが………。
ふと、何も玲夜(本物)に変化が無いことに気づき、自撮りしていた携帯を降ろした。
無言でレイを見る玲夜……そして、はっと。
まさか…と。



「…お前………生徒会長じゃないな!?」
「正真正銘の玲夜(生徒会長)さんだよッ!?」
同じ思考回路の別人…!?と
同志の気配を察知したのかはわ、と口を抑える玲夜(偽物)に。
堪らず声を張り上げた玲夜(本物)が、バッと頭を抑えながら立ち上がった。
「大体!この魔法自体なりたいものになれる魔法じゃないだろ!だって幻惑魔法なんて初だもんね!?なのになんでお前俺になってんの!?」
「知らねぇよ!気付いたらお前になってたんだよ!?」
「…眼福だ……会長が二人いる……本物は頭抱えてるからわかるな」
側から見れば玲夜が二人いて(本物は何故か頭を抱えている)言い争いしている構図。
ファンクラブ会員ならばそれはもう目に毒だろう。
………………………それは置いといて。
「……本物の生徒会長はさ、なんで頭抱えてんの?頭、痛いの?」
心配した誰か…イソギンチャクは何故、どうやって喋ってるのか心底謎だが、本物の生徒会長を養うようにウヨウヨと触手を伸ばしながらそう言った。
「え、あ…いや痛くはないんだけど……隠してる、的な?」
「ガルルゥ…?(何を?)」
「…この虎なんて言ったんだろ。まぁいいや。生徒会長〜何隠してんの〜?」
「…いや、その………」
「………イソギンチャク!皇に"触手で拘束"だッ!」
「え?あ、お、おうッ!」
「ちょッ!?」
何そのポケ◯ンシステム。
一瞬、誰に言われたのかわからなかったであろうイソギンチャク君は、ワンテンポ遅れてその膨大な量の触手を操り、逃げ遅れたレイの腕を絡め取る。
なす術なく両腕を広げられ、レイが隠していた"何か"が……。



ピョコン、と。



「「「「…………………"ガルゥ"?」」」」
黒髪の中から、フサフサとした、それはもう素晴らしい"猫耳"が。
レイの頭から、見事なまでにピコピコと動いていた。
「うぅ……なんで俺だけ猫耳生えんの……?」
腕を拘束されたままのレイはただ人間の耳の方を赤く染め、俯きながら唸った。
周りは全身変わってんじゃん、なんで俺だけオプションなんだよ、と。
この幻惑魔法…ぜっっったい役に立たない。
そう確信した瞬間だった。
「ガルル!ガルルゥッ!!(やった!仲間がいた!ネコ科仲間!!)」
「ちょっと?なんでこの虎興奮してんの?ムッツリなの???」
「いやネコ科仲間って…俺猫耳生えただけだぞ…これ成功してんのか…?」
「….……あれ?これ生徒会長とホワイトタイガー君会話出来てね?」
「ガルッ!?(本当だ!)」
「…………猫耳ってすげぇな…色んな意味で」
ホワイトタイガー君が感動で震える中、爆笑している講師を置いて、中高大アインス一同は皆揃って携帯を構え。


ーーーパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャーーーー


最近の携帯って連射機能がついてるから便利だな〜と誰かが呟き、それにうんうん、と頷くほぼ全員。
笑い転げ死にそうになっている講師なぞ無視、むしろ死んでもいいよ的な姿勢でただ猫耳という可愛さ百倍増しにする癒しデータを量産すべく携帯の容量を殺していくアインス生徒に。
ただただ写真を撮られるだけの玲夜は、何故か二限目の疲れと同じ倦怠感を感じて…。
いや、それ以前の問題だ、と一番の問題を口にしたーーーー。


……これ、いつ戻んの……?とーーーー

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.16 )
日時: 2019/04/03 10:21
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

三話 生徒会長と学園祭



三限目、四限目と続いた魔導学によってメンタルがボロボロになった玲夜(モノホン)は、ようやく幻惑魔法が解除されて元の姿に戻った隣人をシメながら、昼休み…屋上へと来ていた。
ーーーーそれはもう、言わずもがなのシチュエーションである。
「……なんで俺まで来てんの?要らないよね?」
「いや、告白された後のメンタルケアを頼もうかなぁと」
「メンタルケア…!?………あ、そっか。八神いないから?」
「そ…にしても、屋上の呼び出しは久し振りだなぁ。…少しトラウマが蘇るケド」
屋上には人っ子一人おらず、呼び出し人はあと数分後に来る予定だった。
それも、集合時間よりも早くきてしまうレイの癖である。
そんなレイの隣人君はげっそりとやつれており、スタンバイオーケーと言わんばかりに屋上の屋根に登っている。
側たら見ればヤンキーが授業をサボって寝てるようにしか見えないのは内緒にしておこう。
…ここで、呼び出し人が来るまで高等部一年の頃あった屋上告白のトラウマを掘り返そうと思う。
ーーーーーそう、あの日もこうした天気のいい晴れた日で、今月…六月の、梅雨特有のジメジメ感が少し残った日であった。
勿論の事、呼び出された玲夜は大人しーく待っていたのだが。
……いや、来なかったわけじゃない。
ちゃんと来たのだ、ご本人登場なさったのだが。
その時の告白フレーズが……
「俺、皇さんと付き合わなければここから飛び降ります」
…現に屋上の柵を乗り越えて、フェンスを片手に掴んで、そう言われたのだ。
数秒思考がフリーズして、ようやく事態を把握した………………つまり。
ーーーーー君、それ告白じゃない…………








……………脅迫だーーーーーッ!!!!



サッと青ざめ、飛び降りを阻止しようと伸ばした手は…だが。
「………そう簡単に死なすかよォッ!!!」
"本当に授業をサボっていたヤンキー"が柵に飛び移りその手を引っ張り、鮮やかな救出劇を目の前に繰り広げられていて。
はっと我に帰れば、陸がめんどくさそうな顔で"レイィ……お前あと少しで人殺しだったぞォ…?"と。
もはや何が何だかわからなかったが、とりあえずその殺人罪は免れたらしい、と。
全く手を加えてもないし、言葉も発していないがとりあえず助かったらしい、と。
……飛び降りようとしていた御本人も、何が起こったのかわからず硬直状態だったのは、本当に同情する。
……とまぁ、陸がいなければ本当にスクープになっていたこんなトラウマがフラッシュバックして。
そのメンタルケアと、あわよくば運動神経が良い隣人君に、あの日と同じようにヤンキーのように屋根に登らせて、柵に飛び移れるようにしていたのだが。




「…ぼ、僕…生徒会長の事が好きです!つ、付き合って、とかは言いません…でも、友達…になってください…ませんか…?」
ただただ時間通りに来て、ただただ可愛らしく髪をいじりながら、ただただ、普通に告白された。
むしろ、こんな普通の告白が最近無かった気がして、少しホッとした。
「うん、恋愛的な目では見れないけど、友人としてなら、ウェルカムだよ。改めて、皇玲夜、高等部生徒会長だけど…出来れば玲夜って呼んでほしいかな」
「っ!はいっ!玲夜先輩!僕はひいらぎ冬馬とうまです!高等部一年【アインス】です!」
「あ、やっぱり?どうりで見たことあるなぁって………君、"ホワイトタイガー"君でしょ?」
「はわっ……わかっちゃいました…?」
…三限、四限目の授業を思い出して、苦い思いで対応するが、目の前の…冬馬は、まんざらでもないようで。
「僕、あの時の先輩…友達から写メ送ってもらったんです。ほら、待ち受けに!」
「出来れば消して欲しかったなぁなんて」
「するわけないじゃないですか!これ僕の家宝ですよ!」
「………そっか(ツッコミ放棄)」
それはもう素晴らしい笑みで携帯の待ち受け画面を見させられても…と。
しかもその画像は猫耳の生えたレイの写真である。
俯きがちに、けれど黒い髪の中から見える人間の耳は赤く染まっていて、完璧に照れてるのが丸わかりだった。
第三者として、改めて見ると明らかなる照れで、こちらまで赤くなりそうだ。
…まぁ自分だし。
今更だが、魔導学は高等部全生徒の授業であり、アインスだけで一年から三年までのアインスが合同で行う。
「…あ、もう降りてきていいよ、隣人君」
「へーい……よっと」
軽く忘れていたが、視界の端でヒラヒラと手を振られ、屋根に登っていた隣人君に降りて、と呼びかける。
すると、やはりいるとは思わなかったであろう、冬馬。
「あれ!?な、へ!?ヤンキー!?」
携帯を素早く胸ポケットに入れ、重心を低くし臨時体制を…だが。
「じゃない。俺は生徒会長のメンタルケア係(代理)だ」
食い気味に否定してみせた隣人君……その顔をよく見て、冬馬は''あ、玲夜先輩になってた人?"と訝しげに目を細めた。
「よし、とりあえず昼休みも終わる頃だし、教室に戻ろっか。隣人君も、巻き込んでごめんね」
「いんや、別にいいよ。魔導学の借りって事で」
トン、と屋根から飛び降りた隣人君は、軽やかに着地して、クルクルと屋上の鍵を回し。
「次…五、六限目ってあれだろ?……文化祭の、出し物決めるあれだろ?」
………………ヒュ〜〜〜…………
屋上だからか、少し強い風によって前髪がパサパサとはためき、レイはすぅ……と。
「…そ、だった………遂に、きたのか……地獄の、『リンドウ祭』が………っ」
口から魂がフヨフヨ〜と飛び出したように天を仰いだ。
はぁ、と隣人君がため息を、え?と首を傾げた、冬馬君と。
「あ〜…柊よ、お前編入生か。でもリンドウ祭は知ってんだろ?」
「あ、はい。リンドウ学園の"文化祭"ですよね。…でもなんで玲夜先輩あんな死にそうなんです?」
「…ん〜……なんて言えばいいかなぁ。とりあえず、生徒会長からしたら本当に地獄なんだわ」
「……はぁ……?」
まだピンときていないようだが、これ以上文化祭…『リンドウ祭』の事を掘り下げると、地獄耳を持つレイの魂が本当に天に召される気がしたのでやめておく。
寒くなってきたし、戻ろうぜ、と抜け殻になっていたレイの背を押して、モヤモヤしたままの冬馬を隣に、ひとまず告白イベントは終了した。




「……はい………まぁた、来てしまったな…リンドウ祭が………」
「本当、リンドウ祭なんて無かったらいいのに」
「ちょっと生徒会長もネガティブモードになってんだけど。和葉先生と混ぜたら危険でしょこれ」
死んだ魚の目のアインス担任、斎藤さいとう和葉かずはと、同じく死んだ魚の目の生徒すめらぎ会長れいや
誰かが混ぜたら危険とか、そんな危険な薬物のような扱いをした気がするが、そんな事スルーするようで。
「…いちおー、候補聞くぞ〜………はい、なんかやりたいモノありますかぁ……」
チョークを片手に背後に問うた声に、はい!と元気よく手を挙げた一人が、
女装メイド喫茶ッ!」
「はい却下」
「生徒会長ぉ!?」
案の一つを提案するも、バッサリ切り捨てたレイによって涙声に変わったが、担任は全く気にせずにチョークを削って。
「……………喫茶店、と」
黒板に白く、"喫茶店"と書いた。
「あ、ならお化け屋敷とか?」
「それは他がやんだろ………俺らしか出来ねーことやろーぜ?」
「となると…周りと違う要素って言えば玲夜しかいないよね。…でも」
一斉にレイの方へと向けられる視線は、けれどムッス〜とふくれっ面によって四散した。
絶対にリンドウ祭に参加したくない、という意思表示だが、担任、和葉は問答無用、と。
「………どうせ、高等部門の『女男装コンテスト』に出るんだろせーとかいちょー……メイド喫茶でも変わらないだろー……」
「変わりますよ?ってかまたアレ出るんですか!?嫌ですよ絶対出たくないからな!?」
「いや皇出なかったら誰出るんだよ………女装枠は皇でいいとして、男装枠だが……」
「話進めんなぁ!!」
もはや出し物の話からも脱線している。
まとめ係のレイがボケに回っているようなもので、現状、ツッコミ役は誰一人としていないらしい。
嫌だ、だのふざけんな、だの喚いている生徒会長(笑)をスルーして、ひとまずこのリンドウ学園における文化祭…すなわち、リンドウ祭の詳細を。
リンドウ祭は他の学園における文化祭とは違い、規模が大きく、なおかつ三日続けて行われる一大イベントの一つ。
初日に中学部が文化祭の出し物を出し、構内一色中学部になって高等部と大学部はお客さん係(強制)だ。
ちなみに、二日目ならば高等部、最終日は大学部となる。
勿論、保護者や地域の方々の来訪もあるため、このリンドウ学園には人がてんやわんや。
そんな中、各学年の日程に必ずあるもの…それが、アインス担任の斎藤和葉も言っていた『女男装コンテスト』
略して、ジョダコン。
大体察するが、この学園は一貫して男子校…共学校とは違い、花が無いと思われがちだが、それは男子校の意地で。
"無いのなら作ればいいだろ華やかさ"と。
信長、秀吉、家康も呆れ笑いするであろう五七五を詠いあげた……つまりは。
男装でイケメン感をアップさせ!更に元々顔が良い人を女装させればぁあら不思議ッ!
側から見ればラブラブカップル(テーマによる)が出来上がりぃ!!


…それが、ジョダコンである。
レイが嫌々と首を振るわけも大体わかるだろう。
………つまりは、まぁ……そういうことだ。
しかも、毎年変わるおテーマは生徒会が決めたり…。
ネタバレになるから嫌だby陸
そんな意見もあったりしたが、レイが
「いや、お前まだ生徒会入ってねぇだろ」
ポツリと言ったこの言葉により、あ、そっかと当時の陸(高一)は引き下がったが今回はそうもいかない。
………と、思ったが今日陸休みだった。
「…え〜……それじゃ、もうこれでいいよな……せんせーもう疲れたよ…………」
「異議ナーシ!」
「おっしゃ!なら六限目から作業開始だ!」
ほとんど意識が上の空だったレイだが…どうやら、決まったらしい。
なんとか、マトモな出し物であって欲しいがーーーーーー。



「…………んじゃ、この"グリム童話喫茶"で…けってーい……」
「ちょちょちょちょ待て待て待て待て」
「……せーとかいちょー…もう待ては使えないぞー…………」



考える前に声が口から溢れていた。
いや、結局喫茶店かよ、いやそうじゃない。なんだグリム童話喫茶て。それ、女装メイドと何が変わらないの?と。
原点回帰していた出し物の案に物申す生徒会長をジト目で見る担任。
それは、周りからも似た目だった。
「玲夜……もう、諦めろ。な?」
「決まったことだし…ねぇ?」
「生徒会長の女装………うぇへ、へへへ、えへへへへぇ………」
「おいコラ最後!携帯の容量開けるために保存してた写真とか消すんじゃねぇよ!!あと笑い方!!」
諦めと悟った色、妖しくキラリと光った色、そして絶対良からぬことを考えている色、と。
まさに十人十色……いや、せめて反対の意見をだな…?
さまざまな色がある中で、唯一反対の色を宿している目は、レイの海色だけだったのが予想通り、と。
「…はぁいけってーい……なら、後はジョダコンのしゅつじょーしゃだなー………」
断固拒否するというレイをあっさり切り捨てて、書類に書き込んでいく担任。
…それは、ジョダコンの出場者、女装枠に"皇 玲夜"とも書いていた。
「一人(女装枠)は会長で、男装枠は誰やんの?」
「ねぇなんで俺の意見ガン無視するの?」
「顔がいいなら"隣人"でいいんじゃね?」
「これ新手のいじめ?なぁ俺いじめられてんの?」
「え、俺やるの?男装…って要はコスプレだろ?俺に似合わないと思うけど…」
「…ダメだこいつら全然俺の話聞かねぇ」
「女装もコスプレだろ…明日テーマ決まんだったら男装枠は明日決めてもいいかもなぁ」
「…………もういい。俺はもう寝る」
「あ、玲夜が不貞寝し始めた。また写真会出来るねこれ」
「あーあー何も聞こえな………………おい待て写真会ってなんーーーー」
「よっしゃこれでジョダコンも終わり!って事でグリム童話喫茶のメニュー考えようぜ!」
…流れるようにスルーされまくったレイの末路は。
ただ、自分が不利な状況下に置かれると何が何でも話を聞いてはくれず。
そして、授業中に寝れば、その寝顔が皆の携帯に保存されていた、という…謎の倦怠感の原因を知った事と…。
そして、レイの隣の席にいる生徒こと隣人りんとがジョダコンの男装プリンス枠として出るらしい、という…つまりは女装枠確定(絶望)という………まさに、現実逃避ものの現実リアルだった。





…………………陸のお休み連絡届けないとなぁ(白目



Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.17 )
日時: 2019/04/17 23:03
名前: Rey (ID: NvHaua1/)

四話 生徒会長とリンドウ祭 中学編


俺、皇玲夜は朝からテンションだだ下がりであった。
生徒会にて、各ジョダコンのテーマを決めるにあたり出場者の意見等も聞くはずなのだが、何故か、な ぜ か!レイの意見はガン無視された。
全く持って理不尽である。
だがしかし、もはや女装枠で出ろと決定されているので悪あがきにしかならないのだが。
そうして決まった高等部門のテーマ……。




『結婚式』




正直、正気の沙汰無し、そう感じたのは許してほしい。
何が悲しくてんな事しなきゃならないのだ、俺に女装癖は無いぞ。
だが、そんな声が届くはずもなく無事に終わってしまった会議。
その翌日から、授業は午前だけ、午後からは準備の時間となる…のだが。
「……なァ……なんで俺が女装枠やんだよォ」
「知るか。ツヴァイに適役がいなかったのとやりたくない奴しかいなかったんだろ、お前以外」
「ッざけんなァ!俺だってやりたくねェよォ!?」
「俺に言うなってか俺だってやりたくねぇわ!」
……このやり取りは、もう何回になるのだろうか。
耳にタコなぐらいに繰り返した会話だが、全く持って意味はないだろう。
ここでとやかく言っても、決まった事は覆らないのだ、まさに焼け石に水である。



ーーーーー時は進み、梅雨明けの今日この時…。
そう、来て欲しくなかった地獄のリンドウ祭(レイ命名)の初日である。
あの女装枠のやりとりは会議の終わった翌日から今日までずっと行われていたやりとりであり、それこそ飛鳥にすら愚痴ったらしい。
メールで、[兄さんがウザい]とこちらに画像付きで送られてきたのだ。
……枕に顔を埋めて足をバタバタさせている陸(寝巻き)の画像が。
…………まぁ、それは置いといて。
リンドウ祭初日は中学部がメインとなる日であり、前日に配られた日時等が記載されているプリントには、ジョダコンのテーマは『ハロウィン』と書いてあった。
………まだ、そっちの方が良かった。
何故、高等部門だけピンポイントでこう……こう、くるのだろうか。
いや、原因はわかりきっているが。
更に嫌なことに、リンドウ祭とは強制全員参加である。
……"強制全員参加"、大事なことなので、二回言った。
ーーーーーーすなわち。
「もう諦めなよ兄さん。僕だって何故か女装枠でやるんだから」
「お前俺ら以外顔知られてねェだろォ…なんで女装枠でエントリーされてんだよォ…」
陸よりも黒い茶髪のウィッグを被り、前髪で赤い目を片方だけ隠した飛鳥が、抑揚の無い声でそう言った。
まぁ飛鳥の問いにあえて答えるのであれば、八神陸の弟だから、というのが妥当であろう。
それはそれとして、全生徒強制参加、それは引きこもっていても、風邪をひいていたとしても必ず参加させられる。
リンドウ学園の力を発揮する数少ない行事である学園祭では、言わずもがな、クラスの不登校男子と初対面する事がしばしばある。
そのため、誰も女装をやりたがらない場合休んでいる生徒になすりつけ、初めて顔を見たとき………。
「…お、おい………お前、八神飛鳥…か?」
「うん?……まぁ、そうだけど」
「うわマジか…………ヤベェ」
背後から話しかけられ振り返ればポカンと口を開けた、高等部一年【ドライ】のバッジ。
心なしか赤面しているように見えるが……嫌な予感が、的中したらしい。
「あ、あのさ!俺、霧島きりしま一東かずとって言うんだけど……せっかくだからさ、文化祭一緒に回んね?同じクラスだし!」
握手をねだり差し出された手を赤い目が射抜く。
…………なぁるほど、ふむふむ。…ご愁傷様、飛鳥。俺の気持ちがわかったろ、これでお前もナカーマ。
ぎゅっと目をつぶり、小刻みに震えるドライの霧島君に、飛鳥は、ふう…と静かに息を吐いて。
「…兄さん、少し行ってくるね。改めて、八神やがみ飛鳥あすか、よろしくね霧島君」
「っ!おう!よろしくな八神!」
「…あ、出来れば飛鳥って呼んで。八神だと兄さんと区別がつかないから」
「え、あ、おう…あ、飛鳥…」
「うん、なんだい?」
「いや…よ、呼んだだけだ!ほら、行こうぜ!」
…なんだこのカップルみたいな会話。
耳まで赤くなっている霧島君と対照的にキョトンといつものように調子を崩さない飛鳥に、陸とレイはどうしようもない、複雑な心情を抱えた。
…これが、よくあるのである。
顔を見たことのない不登校生、だがその顔、声、スタイルはどストライク。
それで、この文化祭を通して仲良くなり、不登校も治り……からの〜という、この一連の流れ。
これが毎年あるから、陸はこのリンドウ祭があまり好きではなかった。
ジョダコンは男装枠を意地でも勝ち取っていたため、女装枠は今回が初めてだが………まさか飛鳥まで女装枠とは、思いもよらぬ展開である。
正直、明日のジョダコンであの霧島君のハートはウェディングドレスを着るであろう飛鳥によって滅多刺しだろうな…。
まぁ飛鳥とて同性愛者というわけでも無さそうなので、大丈夫だとは思うが。
「…ま、俺らも回るか。陸、なんか行きたいところある?」
「おー………あ、出し物のたこ焼き食いてェ」
「もう食べ物か…お昼前だぞ、一応」
「昼は昼で食う。だいたい目星はつけてっからよォ、とりあえず適当に回って美味そうなのあったら食おうぜェ」
「ちょ、置いてくなよ!」
切り替えのオンオフがキッチリしているのはいいことだが、はっきりし過ぎて置いていかれるところだった、と。
レイはフラ〜と歩き始めた陸の背を慌ててついていった。
………途中、チラリと小さくなった飛鳥と霧島君を見つめながら。




「………で、何これ」
「シラネェ。俺だってビックリだわ」
体力が少ない陸のため、ところどころ休憩をとりながら回っていたのだが。
キャッチセールスがやけに上手い生徒に捕まり、今に至る。
それは、簡単に言えば喫茶店だった。
小洒落た内装に、テーブルや椅子までも綺麗に飾られて、教卓の上には薔薇が咲いている、"一見お洒落な普通の喫茶店"なのだ。
……だが、メニューがおかしい。
「"カップル専用"メニュー表………いや、普通のは!?」
「…ラブラブジュースに愛のオムライス〜ハートを添えて〜……これさァ…言ったもん勝ちだろォ………」
「要はストロー二つあるソフトドリンクとケチャップでハート書いたオムライスだよねこれ!?」
普通なら男女の熱すぎて熱中症にでもなりそうなカップルが妥当であろう、そのメニュー。
だが記載されている写真を見ても、これはただのオムライスだ。
強いて言えば、メイド喫茶によくある"メイドが目の前でケチャップで絵を描いてくれる"あのオムライス。
味はきっと美味しいだろうが…なんだろう。
……………すんごく、頼みづらい
「…まァ、入っちまったもんはしゃーねェ。飲みもん頼んで出ようぜェ」
「の、飲み物って言ったって………………ソフトドリンクでもストロー二本付いてくるよこれ」
「別にいいんじゃねェ?何も一つの飲み物を二人で飲まなくたっていいだろォ」
だが覚悟などが一丁前の陸、さらっとメニューのコンセプトを否定してソフトドリンクメニューを開く。
まぁ、確かに二本ストローあっても一本だけ使えばいい、それは正論だ。
…だが、それを無視したらこのメニューの意味が………
と、良心が痛むがそもそもの話。




ーーーーーー陸とレイは付き合ってもいないのだからカップルではない。



ならば、こんなメニュー否定しても何も問題なかろう?
「あ、それもそっか。んじゃ陸は何飲む?」
思い切りその考えを肯定し、レイはメニューに書いてあるソフトドリンクーーどれも見慣れた飲み物だが値段がやけに安いーーを頼む。
「…あー、どうしよっかなァ。俺、別に喉乾いてねェし……」
メニューを見ながら呟く陸に、レイ。
「あ、それならスイーツは?」
「え、スイーツって………お前頼まなくていいのかァ?」
いつもだったらヨダレをダバダバと垂らして真っ先に頼むであろう、彼の大好物だが…。
「いや………なんか、これ見たら頼む気失せてさ………」
「ん?」
メニューをパラパラとめくり、書いてあったスイーツの文字。
デカデカと書かれたその文字の下に、数々のスイーツの名前があったのだが。
「…なんだ、これ」
いつもの小文字で伸ばす癖すら無くなるほど、陸はそのメニューに呆気にとられた。
一面スイーツなそのメニューの下、小さくだが、こう書いてあった。
"カップル専用メニュースイーツは、お互いにアーンしましょう。しなかったら倍のお金を払ってもらいます"
………………Oh
「絶対ェスイーツは頼まねェ。っし、んじゃ俺もソフトドリンク頼もォ」
………陸は、その文字を見て何故か急に喉の渇きを自覚して、店員にソフトドリンクを注文した。
ドリンクの値段安いの、このペナルティで稼いでるからか….…………。






「………………あの、さ。霧島君?」
「な、なんだ………あ、すか」
「いや、その………そんなくっつかなくても…たかが文化祭の"お化け屋敷"だよ?」
「うううるせぇ!」
一方その頃、飛鳥、霧島ペアは中学部アインスによって作られた精巧なるお化け屋敷へと出向いていた。
…実のところ、飛鳥は霧島に引っ張られただけだが。
数々のゲームをこなしてきた飛鳥にとってお化け屋敷は一種のホラゲーとして認知しているため、怖がったりはしないのだが。
霧島はホラーが苦手なのか、あるいはただ飛鳥にくっつきたいだけなのか。
飛鳥の左腕にひっしりと絡みつき離れようとはしなかった。
「おおおれはなぁ!お前に!リンドウ学園がすんばらしいところだってのをな!!教えようとだなぁ!!!!」
「…いや、僕が不登校なのは別の理由があるわけで」
「んな事どうでもい……おわぁッ!!!」
「ちょっ…くるし……っ!」
見事なまでのリアクションで霧島は飛鳥に飛びつく。
ビビり過ぎて声量がマックスになっていたのも、声が震えていたのもバレバレだったが、あからさまに飛鳥の首を絞めるように抱きつく霧島に、飛鳥はため息を一つ。
鈍感なわけでもないので、飛鳥にははっきりとわかっている。
霧島が自分に好意を寄せている事くらい、初見で見抜くだろう。



だが、生憎男に興味はない。



「…ねぇ、霧島君」
「ななな…?」
「言葉になってないよ……君はなんで僕と一緒にいるんだい?」
自分で言って意地が悪いというのは自覚している。
だが、彼を突き放す事も出来ない意気地なしというのも、自覚していると。
「え……そりゃ、同じクラスメートだろ…?」
「本当に?………"僕(本当)の事"を知っても、本当にそんな事言えるのかい?」
「な、何言ってんだよ飛鳥……」
…けれど、霧島が自分に向ける、無垢な目に。
「……………いや、忘れてくれ。…お化けさん、後はよろしくね」
「え」
無表情な自分が写っていたのを見て、胸がチクリと痛んだ気がした。
………ああ、ほら。
僕はこうして、彼の腕を振り払って他人事のように置いていくことしか出来ない、どうしようもない人間だ。
…人任せに、彼の意識をそらす事しか、それすら自分は出来ないらしい。
背後でお化けに驚かされ、彼の悲鳴を背に受けながら、飛鳥は一人で黄昏たそがれた。





「…本当、陸って大食いだよな」
「へ?ほうかァ?(え?そうかァ?)」
「食ってから喋れ、行儀悪いなぁ………」
弟がシリアスしてるとはいざ知らず、兄は幼馴染と共に喫茶店から転げ出て出し物の食品を食していた。
焼きそば、たこ焼き、そしてフライドポテトエトセトラエトセトラ………。
校庭に設置された屋外テーブルを覆い尽くすフードの面々にレイは置く場所なくクレープを手に持ちながら目の前の化け物胃袋を見やった。
喫茶店で飲み物しか頼まなかったせいと、時間帯的な問題で腹の虫が鳴ったと途端に買いに走った短距離エースは、今では肉食動物が如く頬張っていて、周りの視線を釘付けにしている。
そんな視線をとばっちりで受けているレイは正直いうとメンタルが着実に減っているのだが。
「…ん゛んっ。まァ腹減ってはナントやらって言うだろォ?ジョダコンは午後からなんだし、中学部の意地を見届けるためにもォ腹ごしらえは大事ってなァ!」
「だからって食い過ぎだろ………あ、このクレープ美味い」
「マジ?後で買おっかなァ」
「お前…予算平気か?」
「ヘーキヘーキ」
食べるては止めず、今はただ食うと視線をまた手元に移した陸。
彼はああ見えてもバイトを掛け持ちしてる。
部活に出向く事も多い中、休日はほとんどバイト漬けの日々なのだが、学生が稼げる額なんてたかがしれている。
だからこそ心配したのだが。


………察したくはないが、飛鳥がゲーム大会で賞金を貰ってる可能性。
それも少なからずある気がするのだが。


「………ん?なぁ陸。あれって飛鳥じゃ…」
人集りの中、チラリと見えた焦げ茶色の髪の毛は見覚えのあるもので。
前髪に隠れて尚こちらを見つけて合った赤の瞳は、間違いなく飛鳥のものだった。
「マジで?…あれ、アイツ連れはァ……とォ…」
「霧島ね陸」
「そォ霧島!…一人だしなんか暗くねェ?」
「……………なんかあったのかな」
お互いに居場所がわかっているはずなのに、飛鳥はこちらに来るのを躊躇っているようだった。
…それに、心なしか俯きがちだ。
「おー………ちょっと行ってくらァ」
「あ、うん……いってらっしゃい」
ガタン、と席を立ちたこ焼きを口に咥えたまま歩き出した陸を置いて、目線だけ追う。
荷物のこともあるし、兄弟ぐるみでの事もあるだろう。
クレープを頬張りながら特にする事もないので、改めて周りを見渡す。
リンドウ祭……有名なエリート校の文化祭ともなれば、大勢の者がここに訪れ、リンドウ学園が大々的に新聞に取り上げられる程有名なものだ。
そのうち、皇玲夜というツァオベライ・アローの全国大会優勝者も居るし、八神陸という短距離エースだっている。
そんな有名人を一目見ようと訪れる人も多々おり、レイは正直言ってリンドウ祭が大嫌いだった。
………もっともジョダコンやグリム童話喫茶というコスプレもしなくてはならないから、という理由も大部分占めてはいるが。
「………はぁ…」
クレープが無くなると、レイは半端無意識にため息を吐いた。
今日の午後…後もう少しで、中学部のジョダコンが始める。
お手並み拝見、と見れればよいのだが………。
なにぶん、今までレイに告白した男子生徒の中でも中学部は多くいたため、ジョダコンで女装していたりしたら何とも気まずいのである。
…………いや明日のジョダコンの方が気まずいけれども。
「……なぁ、あれってあの皇玲夜じゃ…」
「うわ、マジだ………生だとカッケェ…」
「ありゃ惚れるわ……いいな〜俺もリンドウ学園入りたかった〜」
「お前じゃ無理だろ。……ってか本当イケメンだな……噂じゃ八神陸と幼馴染らしいな」
「ん?八神陸ってあの短距離エースだろ?さっき茶髪の男子と居たぜ?」
後ろの方でチラチラと聞こえるその声に聞き耳を立て、その賞賛の言葉に紛れた陸との関係性のワードに反応した。
ーーーー茶髪の子と居たぜ?
…いや、別に陸が誰といようと勝手じゃねぇ?と。
ただの幼馴染、ただの親友以外の何者でもないのだから、誰と連もうが個人の自由のはずなのだが?
付き合ってもないからそんな浮気みたいな言い方しないでくださる???と
他校の生徒らしい、真っ黒の制服を着こなした男子数名をチラリと見て、目で訴えるも。
「お、おい!こっち見てんぞ…!」
「ヤッベ………イケメン過ぎて倒れそ……」
まっっっったく届くはずもなく、乙女らしく顔を赤らめて足早に立ち去ってしまった。
…いや、結果オーライか
「あ、あのぉ…」
「………はい?」
一難去ってまた一難……成る程、こういう事を言うんだな。
ようやく一人静かにマップを広げて次のスイーツの目星をつけようとしていたというのに、数人の女性がこちらに駆け寄ってきた。
「よければ、私達と文化祭回りませんかぁ?」
「皇玲夜君だよね?私大ファンなの!」
「お願いします!サイン…いえ握手だけでも…っ!」
「スイーツ好きって聞いたからクレープとか、シュークリームとか売ってる場所見つけたから、行きませんかぁ?」
「え、と………俺、人待ってるんだよね……そいつ帰ってきてからでいい?」
男子校ゆえ、女性に言い寄られる事が少ないリンドウ学園生徒だが、文化祭などの行事に限っては女性も来るからまぁ機会があるっちゃあるのだが。
全国大会優勝者(玲夜)としてはそれこそ今更、だと狼狽えもしないが、陸の了承………というか飛鳥の方の了承を取った方がいいだろう、そう思って回答を渋ったのだが。
「いいじゃないですかぁ、その人に連絡入れればぁ」
…….…全くもってその通りである。
「あ〜………まぁ、そうなんだけど………」
「それじゃ行きましょ、玲夜さん!」
「ちょ、ちょちょちょ……!」
無理矢理に腕を引っ張られ、食べ終わったクレープの包み紙が地面に落ちた。
思い切り引かれたせいで態勢が崩れ、重心が前に、足が後ろで動かずに、目線がガクンと落ちる。
あ、と思った時にはもう遅く、手をつける場所も存在せず、重力のままに体が地面に吸い込まれーーーーー。



「っととォ………あっぶねェ…間に合ったなァ」



グイ、と腹部に圧迫感を感じたと思えば、迫っていた地面には自分の足がつき、背には少し息を切らしている陸の声。
一瞬で何が起こったかわからなかったが、視線を落として自身の腹に回されている陸の腕を見て、なんとなく理解した。
倒れこむ寸前に、陸が駆け寄り体を支えてくれたらしい。
「…でェ、テメェらレイのなんだァ?逆ナンなら他所当たれやァ……………なァ?」
「ひ…っ!」
「は、早く行こっ」
ドスの聞いた低音ボイスで凄まれてしまった女性達は顔を青く染めながら走り去る。
陸の顔は見えなかったが、伊達に幼馴染やっているわけではないので、大体わかる。
瞳孔が開き顔は笑っているが目が笑っていない、あの笑みを浮かべたのだろう。
「陸ぅ……お前あんま威嚇すんなよ、人いなくなるだろ」
「シラネ。ってかお前も少しは拒否しろよォ?俺がいるからいいけどよォ」
「拒否したっての…って、飛鳥は?」
「………あー……飲み物買いに行ったァ」
回された腕を外して向かい合えば、汗を伝せた陸の顔が目の前に来て、少し仰け反った。
「陸…?」
「………………んー……やっぱ、お前イケメンだよなァ」
「は?」
真面目な顔して何言ってんだ。
そう、一つ物申すと細く細められた海の瞳は、陸の後ろからぬっと現れた"ペットボトル"が写り。



ーーーーーーピトッ
「ひゃゥッ!?」
「…………ふ、ははっ!に、さん……変な声…あははっ!」
「テッメェッ飛鳥ァ!!!」
見事なまでの不意打ちに上擦った声で悲鳴をあげた陸の背後、滅多に声に出して笑わない飛鳥が腹を抱え笑っていた。
怒りマークを頭に5個程つけた陸が怒鳴るも飛鳥は笑い続け、いつしかその目にはうっすらと水の膜が張りキラキラと輝いている。
こんな風に笑っているのを見るのはいつぶりだろうか。
アルビノという"他と違う事"をコンプレックスとしている飛鳥が、外で、大笑いしている。
それが、どんな理由であれ、レイは昔を見ているようで懐かしいような、嬉しいような……。
……………いや、またシリアスになるからやめよう。
ようやく良い空気に戻ったというのに、これでまたシリアスさんが出動する事になるのは避けたい。
「あっはは……もう、兄さん面白過ぎ…!」
「そォかよ俺はテメェをぶん殴りたい過ぎだコノヤロォ」
「陸、日本語おかしい。それと飛鳥は笑い過ぎ、そろそろ笑うのをやめてくれないとこっちに移る」
「ふ、は……ごめんね……こんなに笑ったのいつぶりだろう…?ふふっ」
「俺の覚えてる限りでは数年前だな」
「………レイが曖昧な答え出すって相当だろォ…俺ですらはっきりと思い出せ……いや、まァいいかァ」
流石の陸も察したのか、未だにクスクスと笑っている飛鳥を見て言葉を濁した。
冷やされたペッドボトルに当てられた首筋には、汗とは違い結露した水滴がポツポツと乗っていて、それがツゥ……と肌を撫でる。
それに気づいたレイが胸ポケットに入れていたハンカチを取り出して。
「制服濡れる〜……あ、じっとしてろよ陸」
「は?」
訳もわからず、言われた通りにじっとしていたらハンカチを首に当てられ、なおもハテナマークが飛び交っている目の前の幼馴染を置いて、レイは。
「…………あれ、そいや今何時?」
ふと、ジョダコンが始まる時間がいつだったかを思い出して、ポロリと口に出したその問いに、いち早く反応したのはようやく笑いが収まった飛鳥で。
「…えっと….……あ、これ結構マズイかも」
「あ?マジでェ?」
「ジョダコン開始まで………あと五分しかない」
「………………………ごふん?」
ーーーーーーーーそれ、だいぶヤバくなぁい?
「…あッ!!見つけたぞ飛鳥!!お前俺を置いていきやがってこんにゃろ〜!!」
「あ、ごめん霧島君。今それどころじゃないんだよね。今から走るよ」
「…………ぱーどぅん?」
ひょっこり現れたのは忘れかけていた霧島きりしま一東かずと氏。
鬼の形相で飛鳥の肩を掴み揺さぶっていたが、そんな飛鳥の一言にカチンと固まった。
今から走る?どゆこと?と
「陸、わかってるな」
「おー。こっからだと全力で2分ってとこだなァ…あー、人が邪魔だから3分半くれェかなァ」
「どっちでもいいよ兄さん。ここからだと北北西に460m、そこから南東590mが最短かな」
「りょーかい。んじゃ霧島君、君も巻き込むけど我慢してね、とりま一緒に逃げよう」
「…はい?え、ちょっと待って?なんで生徒会長……あれ???」
「時間ねェからもう行くぜェ!?」
唖然とする霧島は話の輪の外。
話がついた時には、もう陸が駆け出していてあとの三人は慌ててその背を追うことになった。
ーーーージョダコンが始まると、何故かゲストとして皇玲夜と八神陸ペアが毎年衣装を着せられて舞台ステージに立たされるため、こうして逃げている訳だ。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.18 )
日時: 2019/05/01 08:32
名前: Rey (ID: 5VHpYoUr)

五話 生徒会長とリンドウ祭 高等部編



「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
「二人でーす」
「ではこちらの席へどうぞ!」
リンドウ祭、二日目。
この学園で行われる一大イベントの文化祭で、高等部が仕切るこの二日目は。
初日よりも、来賓者が多くなっている気がするのは気のせいではない。
ーーーー皆、リンドウの"花"を見に来るのだ。
「…………らっしゃーせー………」
ポップに飾られた店内から聞こえた、そのやる気のない声は、この"グリム童話喫茶"に訪れた人の目を釘付けにした。
林檎のように赤いフード付きのマントを纏い、膝丈のスカートから覗く華奢な足。
そしてフードから垣間見える金色の髪は黄金の生糸のように煌めき、その隙間からは静かな海色の瞳が覗いていた。
この男子校という縛りを諸共せず、全員が息を飲む"美少女"に変貌してみせた、その赤ずきんは………。
「ふ…似合ってるよ生徒会長……っ」
「るっせぇコンクリで固めて日本海に捨てるぞ」
「温厚な生徒会長の口が悪い!こんな赤ずきんは嫌だ!」
言わずもがな、リンドウ学園高等部の生徒会長こと、皇玲夜である。
元の顔が良すぎるのと、こう言ったブロンドヘアーのキャラクターには似合い過ぎてしまう蒼の目だったこともあり、シンデレラではドレスが面倒だから、という理由も相まって赤ずきんに決まった。
ウィッグ、衣装等は全て玲夜の母……皇晴香が監修した為、出来栄えは本物の美少女だ。
………………流石に、身長までは誤魔化せないが。
「俺身長178だぞ……女装にも限度あるだろ…」
「んー…でもまぁ、遠目から見たら普通に女の子だし、お世辞なしでめちゃくちゃ可愛いしノーカンで」
178cmという、四捨五入すれば180とも表記される身長の美少女がジト目で見下ろせばどんな男子もコロッとその顔を赤く染める。
中にはその身長故に短くなったスカートからスマホでお宝画像を撮ろうとした不届き者もいたが、それはレイが踏みつけたのでノープロブレム。
「あ、玲夜ー、後で写真撮らせてー!」
「料金取るけど」
「…おいくらですか」
「一枚1000円で」
「…せめて100で」
「間とって800円な」
「う…………しょうがないっ!」
「ごめん俺が悪かったから財布しまってくれ」
そんなヤンチャ(?)な赤ずきんを写真として残そうと奮闘する生徒は、自身のお小遣いをはたいてカメラを構えようとするのだから、冗談半分で言ったレイは慌ててそのカメラのレンズ部分を掴んだ。
「おーい赤ずきんやーい。そろそろ接客に回ってくれやしないかーい」
「あ、あかずきん………あっはははッ!!」
「う〜〜…っもうどうにでもなれ…!い、いらっしゃいませっ!」
もはやどうこうしたところで変わる現実でもない、と諦めたレイは羞恥心を押し殺して貼り付けた笑みで客を迎える。
赤いフードに隠されたその顔には、早く終われと死んだ深海の瞳が覗いていた。
「…………………陸っ!?」
と、思えば直ぐにハイライトが灯る。
満面の笑みだったのが、瞳に"海賊の衣装"に身を包んだ陸を写すが否や、その顔を一気に驚愕と羞恥で歪ませた。
「……いやァ………まさかここまで化けるとはなァ…………え、お前マジでレイか?」
「失礼だなれっきとした玲夜だよ!ってかお前…海賊………いいなぁ……」
俺も男装したかった、と。
いやまず男が男装ってなんだ、と。
……………とりあえず女装以外やりたかった、と。
目の前の海賊は目を丸くしながら、腰に刺したレイピアに手のひらを乗せながら。
「とりま店入れさせろやァ。俺、なんか甘いモン食いてェ」
「……はいはい、海賊一名ごあんなーいしまーす」
「「「いらっしゃいませ、陸船長!!」」」
接客していた者、テーブルに回っていた者、そして厨房(調理室)にいた者全てが表に出て、声を重ならせた。
これも全て、高等部二年【ツヴァイ】が"海賊率いる出張店"という題材の元、レイが必ず陸がここに来ることを予測して用意していたサプライズだ。
……………まさか、こんな早く来るとは思わなかったが。
「…アインスってノリいい奴らばっかりだなァ………っし。オラァ!船長のご帰還だァ道を開けろォ!!」
唖然とした後、呆れ笑いを含んだ声に乗せられた空気に、陸は腰のレイピアを華麗に抜き去り、その切っ先を天に掲げ、高々と叫んだ。
そしてーーーー。
「「「イエッサーッ!!」」」
我が船長リーダーのご帰還、という設定のもと店員(アインス生徒)は軍の敬礼のようにビシッと手を挙げた。
………………………あれ、ここってグリム童話喫茶だよね?
「さァ船長に出すスイーツは高級じゃねェとなァ?赤ずきん?」
「…………………キャー狼がここにいる〜」
「スイーツ=お前じゃねェよ!!変な誤解されっからやめろォ!!しかもそれお前しか被害ねェじゃねェか!!」
「うん、まぁちょっとムカつくくらいにイケメンだったから」
「理由になってなくネ!?」
ドカッと椅子に座り優雅に足を組んだ海賊………陸は、控えめに言ってイケメンだった。
服は言わずもがなの海賊服…だが、ベルトやチェーンが多用されており、一歩動くだけでチャラリと鳴る。
頭にはチェーンやキラキラと輝く宝石のようなものが散りばめられており、喫茶の明かりに反射してプリズムのように煌めいていた。
陸の染められた赤茶色の髪は後ろに結われ、前髪には宝石がはめ込まれたチェーンが絡まり、赤メッシュと合わさりとてもカラフルだ。
そして、なによりもこのイケメン、何もせずともイケメンな癖して"黒い眼帯"をつけてやがっていた。
元より顔面偏差値がカンストしているイケメンが?更にイケメンになるアイテムを着けるとどうなるか、もうわかるだろう。
「…俺、陸さんのファンクラブ入ろっかな…」
「お前も?あの衣装ズルイよな、八神君の良さがひき立たされ過ぎてもうなんか怖いもん」
「…わかりみがつょぃ」
客として入っていた生徒、そしてアインスまでもが陸のファンクラブ入会希望を口にし始めたのだ。
「陸……お前のファンクラブ会員増えるってよ」
「いらねェ………ってか、店内全員リンドウの生徒だよなこれェ……一般はァ?」
「あと30分後くらいかな。ほら、一般客でいっぱいになると、在校生が入れないから」
「あー、成る程なァ」
はい、と出されたお冷やを煽りながら、陸は窓からリンドウの学園祭を見下ろした。
グラウンドには出店が並び、その一つ一つに列が出来ていて、どれも繁盛しているのは確かだった。
…………そういえば。
「なぁ陸。飛鳥ってなんの出し物やるんだ?」
「ん?……あー、なんだったかなァ……………あ、思い出したァ」
素朴に思った疑問を口に出せば、答えを知る陸が答えたその言葉に。




「アイツ、確か"コスプレゲーム大会"っていう"個人的に立ち上げた店"やってるぜェ?」



ーーーーーーはぁ?と
ただただ、アインス生徒が持ってきたスイーツに目をキラキラさせる海賊を訝しげに見ることしか出来なかった。








ーーーー高等部一年【ドライ】クラスにて。
カーテンを閉め切ったそのクラスは、控えめに言って暗かった。
遮光カーテンだったっけ?と首をかしげる生徒もチラホラいたが、カーテンの端に小さく"八神飛鳥"と書いていたため、"……持参!?"と驚きのリアクションを取る生徒もチラホラ………。
そんな薄暗い部屋の中心、爛々と光るディスプレイは、双方の顔をユラユラと照らしだしていた。
「くっそぉ………強すぎんだろぉ……!」
「うっそだろ…あいつが負けるなんて…」
「………え、これって現実?」
互いに向かい合う形で座っていた男二人…そのうち、一人は悔しげに呻き、机に突っ伏し、その様子を傍観していた友人らしき男性数人は、この現実を受け入れずに困惑した。
…………"あのゲーマーが負けた"なんて、と。
「す、スッゲェ!飛鳥!お前ナニモンだよ!?」
静かに息を吐いた、向かい側の男性……いや、ただしくは青年は暗闇の中、赤色の双眸を騒がしく吠えるクラスメートに向け。
「…別に、ただゲームが好きなだけなのだけれど」
耳を覆っていたトレードマークのような黒と赤のヘッドフォンを首にかけ、さも当たり前とキョトン顔。
「いやいや!?好きなだけでここまでやれるか!?お前実は天才ちゃんだろ!?いや天才くんか!?」
だがしかし、そんなキョトン顔をスルーするかのようにヒートアップ。
「…とりあえず煩いから黙って、霧島君」
「……うぃっす」
…赤色の瞳の筈が、その色は氷のように凍てついていた。
高等部一年【ドライ】クラスにて行われているゲーム大会という名の独壇場。
ネット業界において敗北を知らずに天才ゲーマーと噂される紅白アルビノ・アウルその人が相手する、この出し物は。
言わずもがな、挑んできたゲーマー達を生徒、成人男性、そして女性に関わらず全員伏して見せた。
そんなドライクラス代表、八神飛鳥は正式な紅白の梟ではなく、また非公式のサブアカウント……つまり、ネット上には晒しておらずオフラインで淡々と育てあげたキャラクターを使用し、交戦していた。
その名を【闇夜オンブル・白鳩レイヨン
公式アバターを紅白と明るく、けれど梟という闇のイメージを持たせる夜行性の鳥を使った紅白アルビノ・アウルと真逆の名前ハンドルネーム
それは、先の見えないような闇夜オンブルを跳ぶ白鳩レイヨン、飛鳥にとっての陸と玲夜。
そのため、アバターの見た目は目が赤く髪色は漆黒というルックスに、前髪に赤色のメッシュを入れたイケメンキャラクターだ。
服装に限っては、一週間ほど前に陸からどんな服が好きか、と聞いた時に。
ーーーー「好きな服ゥ?……………あー、ローブとかかっこいいよなァ。ところどころ破れてて、武器は短剣二丁とかァ?」ーーーー
薄汚れボロボロのローブに、相手を必ず死に追いやる短剣二丁……そして漆黒の髪から覗く血の赤は、まさしく暗殺者アサシンと呼べる。
……そんなアバターの服装、及び髪や目の色等々、全て完全再現したのが現状、コアなゲーマーを負かした飛鳥のビジュアルである。
忘れることなかれ、ここは"コスプレゲーム大会"である。
ちゃんと、飛鳥もコスプレしているのだ…服やウィッグは玲夜の母、皇晴香にry
「…まぁ、いい。これで俺もまだまだって事がわかったしな……対戦、ありがとう白鳩("レイ"ヨン)」
「いえ、こちらこそ……またえる事を祈ってるよ獅子リオン
悔しげに笑った、獅子リオンと呼ばれたその男性は、カタンッと立ち上がり後ろで傍観していた友人を連れて、教室から姿を消した。
ーーーーー静まり返った、この空間。
ただPCから聞こえるBGMだけが空気を揺らし、静寂を破っているだけの、この時間に。
ーーーーガラリと音を立てて、暗闇を差す光に二つの影が浮かんだ。
一人は赤色のマントを纏い、そのフードは取られブロンドの髪が綺麗に流されて、その奥に見える海のような瞳は少量の光を反射してキラキラと輝いていた。
そして、その隣は現代において映画でしか見たことのないような海賊服を着て、その腰にはキラリと白銀のレイピアが輝く。
三角の焦げ茶色の帽子からは赤茶色の髪が覗き、前髪に絡んだ宝石が輝くチェーンや、服にもつけられているチェーンは彼が動くとチャラリと鳴って、その音はとても心地いい。
黒い眼帯で左目を隠した海賊と赤ずきんという不思議な二人が、扉を開けて佇んでいた。
「…………暗っ!?」
「やっぱドライってここだったなァ……開けようか迷ったぜェ……」
「…あれ、兄さん。………と……レイ…?」
紛れもなく、それは八神(実の)陸(兄)と幼馴染の生徒(皇)会長(玲夜)の筈なのに、飛鳥は思わず声を出した。
その様子が面白かったのか、陸は吹き出して。
「あっははッ!レイィ、お前ホンットよく言われるなァ!!」
「るっせ!何、俺って黒髪じゃないと俺って認識されねぇの!?」
「…わ……本当化けたね………一瞬誰かと」
「え?え?え??待って…せ、生徒会長…なのか!?あの赤ずきん!?」
「あ、霧島君だ。君もコスプレしてるのか……ゲームでチラッと見た気がする…受付のキャラクター?」
「あ、そ、そうっす!あの…昨日はすいませんでした……俺、会長に気付かず…」
「はははッ!!あ、あの赤ずきん……ふはッ!」
「…………兄さん笑い過ぎ」
………温度差が凄い。
八神兄弟とレイ、霧島きりしま一東かずとの会話は別々で。
笑い転げている陸はもはやスルー、飛鳥は死んだ目で実兄を睨むも笑い声は止まることを知らず。
というか、ここに来るまでに何度言われたことか、とレイは慣れつつあった。
「…それで、ここはゲーム大会っていうのをやってるんだよね………なんか、カ◯プロみたい」
「え!生徒会長カゲ◯ロ知ってるんですか!?俺も大好きなんですよ!特に電磁少女のエーーーー」
「それは置いといて。兄さんが使い物にならないし、そろそろジョダコンの準備時間だろう?早く行かないと、メイク担当が怒るかも」
ーーーーーーーわっつ?
「え、準備時間…………それって、まだ時間あるんじゃ」
「うん?ジョダコン出場者は開始時間より一時間前に集合だろう?特に、高等部(僕達)は気合入れられるみたいだし、二時間前くらいが丁度いいよ」
「ああ、そういう事…」
てっきり時間を間違えて遅れたのかと思った…。
そう青ざめた顔を元に戻してレイはため息混じりに呟いた。
そんな生徒会長は未だに赤ずきんの格好ゆえ、ドライのクラスを少し覗きに来た生徒が騒めくのを背に感じる。
こうもざわめかれるのはきっと、誰かが皇玲夜が赤ずきんのコスプレをしている、というのを拡散されたのかも知れない。
これは、確かに控え室に行かなければ人集りもあるし遅刻する可能性も出てきた。
「それじゃそろそろ行くかぁ。おい、陸早く行くぞ」
「ひーィ……あー笑った笑ったァ……んでもう行くのかァ?」
「兄さん全く話聞いてなかったよね。…まぁいいけど。早く控え室行くよ」
涙を浮かべる程笑い転げていたのか、話を聞く素振りを見せてなかったのもあり、全くもって理解していない様子。
そんな兄に呆れを通り越して笑いが出てしまう飛鳥。
そんなこんなで廊下にはゲーム内のアバターのイケメン、受付のキャラクター、赤ずきんに海賊という、世にも奇妙な四人組が現れ皆携帯にしっかりと記録させたとかなんとか……………。





ーーーー青龍館にて。
「んー、やっぱパツキンにした方が可愛いなぁ」
「青色の目だとどうしても金髪になるよなぁ。赤ずきんと被るがウェディングドレスだろ?メリーな感じ出すなら白似合う色だし」
「あ、腰くらいまでのウィッグにする?それで編み込んだら綺麗になるんじゃない?」
「「「それだ」」」
ファンデ、チーク、下地、アイライナーにアイシャドウ………コンシーラーまでも武装したアインス生徒数名。
手先の器用な代表を集めたメイク担当に囲まれて、玲夜はただ座るだけの簡単なお仕事を全うしていた。
頭上から聞こえるその声に、俺は一体どうなるんだ、と冷や汗をかきそうになるが気合で引っ込める。
「なーんか足りないな………………胸詰める?」
「いや、ドレスがどんなのかで決まるだろ」
「逆にドレスに仕込むか?」
「え、でもドレスって借りもんだろ?」
背後で布の擦れる音を聞いて、それが本物のウェディングドレスだと嫌でも思い込まされる。
まさか、この歳で、さらに言えば男だというのに真っ白なウェディングドレスを着る事になるとは思わなかった。
だがそれはきっと陸(向こう)も同じ事だろう。
…………さらに言えば飛鳥もだが。
ここまで無言を貫き通し、俯き続けた玲夜の上と後ろでは、色々な会議ミーティングがされており、自分が次にどうお人形にされるのかが聞こえてくる。
次はドレスを仮で着させて出来栄えを見ようだとか、髪は下ろすか括るかだとか、胸は詰めるか否やだとか。
正直最後の案に限ってはやってほしくないのだが。
けれどもそんな事を言ったところで素直に「はいやめます」と引き下がるメイク担当でもないだろう。
「……はぁ………」
「ちょっと玲夜くーん?ため息つくと幸せ逃げるんだぞー」
「今から結婚式ジョダコンなのになぁ?」
「うるせぇ…何が悲しくて花嫁やらなきゃならねぇんだよ……本当ジョダコン考えたやつ殺したい」
「………荒ぶってんなぁ」
真顔で淡々と愚痴を垂らし続ける生徒会長に、ここまで病むとは思わなかったとメイク担当。
御機嫌取りのスイーツも、きっと今は機嫌を現状維持にしか出来ないだろうと。
もはや、こんなに死んだ魚の目になるとは思わなかったのだから、これでジョダコンに出られても………………。
ーーーーーーいや、それはそれでいいかもな。

「あり、そういえば花婿(隣人)は?」


ピタ、と全ての動きが止まった。
さながら、某スタンド使いの無駄無駄言っている、ディー様のワールドのように。
それはもう、素晴らしいほどに静止した。
静かに控え室となったアインス専用館、青龍館を見渡し。
そして備え付けられた時計にも視線を送り。
ポツリ、呟いた。

「…………あと、30分きってるぞ」


ーーーーーーーへぇ………。
玲夜一人のメイクに一時間半もかかってたんだ〜それはびっくりだ〜。
その甲斐あってかとんでも美少女になってるよ生徒会長これは優勝狙えますわ〜。




……………じゃ、花婿のメイク時間いくらかかる????



「おいぃぃ!!!これもう花婿のメイク出来なくねぇ!?ってか花婿役いねぇじゃん!?」
「待て待て待て待てッ!!これはマジでシャレにならんぞ!?」
あの静寂が嘘のように騒がしくなった青龍館で、鏡と向き合っている玲夜は内心ガッツポーズ。
「(っしゃ……ッ!これはもしかしなくともトラブルからの中止イベントパターン…………ジョダコン出なくて済むかも…!)」
キラリとハイライトの灯った明るい目で、鏡の中にいる"美少女"を射止める。
客観的に見てこの"美少女"は綺麗だ。
いや、綺麗という言葉で片付けていいものなのかとも思う。
可憐、美しい、可愛い……女性の褒め言葉の全てが当てはまるような、いわば二次元から飛び出してきたような、そんな少女だった。
そんな美少女を作り上げたメイク担当、花婿(男装)役(枠)の隣人もとんでもイケメンになるに違いないだろうが………。


ーーーーーガチャ……


「……おーい……せーとかいちょー…そろそろ体育館にいけよー…………」


青龍館の扉が開き、ヒョッコリと顔を出したのは、青白い肌にクッキリと目立つ隈のアインス担任…斎藤さいとう和葉かずはだった。
カチャリと眼鏡をクイッした斎藤和葉担任に、メイク担当は。
「………やるか」
「嗚呼、これはもう運命さだめだ」
「抗うことの出来ぬ、世のことわり………担任だろうが容赦はせん、覚悟せよ先生(斎藤和葉)」
「………………んー?……なんかすごい不穏な空気を察知した和葉せんせーがここにいるぞー………?」
「…………………まさか」
片手にアイシャドウ、アイライナー、チーク、筆……それを両手に携えたメイク担当数人がジリジリと和葉に近付く。
元が青白い彼の肌は、この先の最悪極まり無い未來を見据え更に青ざめた。
……………同じく、玲夜も嘘だろ…と呟きガツンと即席テーブルに額を打ち付け、慌ててメイク担当の一人がスイーツを買いに走ったのを最後に、お人形第2号と化した和葉は為すがままに椅子に座らされ。
「はーいではまずスーツを脱がしまーすネクタイ取りますよー先生案外イケメンなんだからワックスで前髪あげますねー」
「短髪だが括れない事もないってことでゴムプリーズメイクの邪魔だ」
「華奢な体を補うために肩パッド入れるか。んじゃ顔メイク担当よろしく頼むぜ」
「よしきた任せろ。とんでもイケメンにしてやらぁ」
教え子達に髪をあげられ追い剥ぎに遭われ、呆然とメイクが施されイケメンになっていく様を見つめた…………。





「さぁ始まってまいりましたリンドウ学園高等部による女男装コンテストッ!各クラスと代表二人は一体どんな美男美女になってしまうのでしょうかッ!?」
ーーーーオォーーーーーーッッ!!!
体育館を揺らすかのごとく発せられた群衆の歓声に、司会者の声が遮られる。
マイク越しとはいえかなりの声量の筈だがそれすらをも超える程の大歓声。
このリンドウ祭、三日間あるうちの一番の大盛り上がりである。
「今回のテーマはズバリ『結婚式』!!女装はウェディングドレスに男装はタキシードッ!本物のドレスを使用しておりその姿はまさに絶世の美女でありますッ!!!」
「「「ォオオォーーーーーーッッッ!!!」」」
轟く雷鳴、形容するに値するその言葉がふと頭に思い浮かんだ高等部二年アインス代表女装枠こと皇玲夜は、持たされた白薔薇のブーケを手に転がしていた。
ジョダコンのステージに立つ順番は一ヶ月前に決められているので、今はヒマな時間である。
勿論、玲夜は一番最後の番号を引き当てた。
何者かの陰謀を漂わせるその場の雰囲気に、玲夜は抗議しようと口を開きかけたが、皆の"お前は絶対に最後だから"という目に心がポキっと折れたので、唇を引き結ぶしか無かった。
そのお陰で、今こうしてウェディングドレスを着せられ、がっつりメイクを施され、白薔薇のブーケを持たされているわけなのだが。
今更どうこう言ってもこの現実は変わらない。
それをわかって悪あがきをしないのが懸命だというのなら、きっとアイツは馬鹿なんだろう。
……………いや、実際馬鹿か。
「いーやーだー!俺ァ絶対ェ出ねェからなァ!!」
「諦めろ八神。あの時お前が休んだのが悪い。あとクソ似合ってるな結婚してくーーーー」
「誰がするかボケェ!!俺は八神陸!男なんだよアンダースタンしとけェゴルァ!!」
「いやアンダースタンしてる。理解して言ってる。今夜は月が綺麗だな」
「今日曇りですけどォ!?お前透視でも出来んのかクソ野朗ォッ!!」
「こらこら花嫁がクソなんて言ったらダメだろう。お仕置きだな、結婚だな」
「お前脳味噌詰まってるかァ!?」
ギャーギャー騒ぐ騒音の元凶、純白のドレスに身を包んだ高身長の美女……否、美男の八神陸。
相方だろうが、髪をオールバックにキメたその生徒も、負けず劣らずのイケメンで、誰がどう見てもお似合いの新郎夫婦である。
ぶっちゃけ、あの海賊とこの花嫁が同一人物だとか考えたくないのだが。
染められた赤茶色の髪は降ろされていてその頭にはキラキラと輝くダイヤのティアラ。
ヴェールに隠されたその顔を除けば、ルビーのように煌めく瞳。
………喋らなければ本当に美しい女性なのになぁ。
この裏方にいる全ての生徒がハモった瞬間だった。
「ぁさて!次は皆様お待ちかねッ!いつもは陸上短距離で汗水垂らすイケメンの我らが風紀委員長………その花嫁姿をその目に焼き付けなぁッ!!!」
「「「プリンセス八神陸ゥ!!!!」」」
「あ゛ァ!?誰がプリンセスだボケェ!」
怒りマークをティアラを覆い隠さんとつけた陸が飛び出そうとするのを必死に抑え込む相方。
その後ろでは、"プリンセス八神陸"でツボった玲夜の姿。
「くっふふ……ぷ、ぷりんせす……ぷりんせすて……ッ」
隠そうともせずに笑っている幼馴染に怒りの矛先は向けられ。
「ぅオイィ!!テメェだってプリンセス呼ばわりされっかもしんねェんだぞォ!?もしそうだったら腹抱えて笑ってやっからな覚悟しろよォッ!!」
ビシッと指(矛先)を向けられた玲夜は、未だ笑ったまま、了承の意を込めて手をヒラヒラと振った。




白薔薇や百合で囲まれたステージは、純白のウエディングドレスと同色、けれども花嫁の存在感を消さず、見事にその存在を調和させていた。
スポットライトが当たりキラキラと光るティアラに、白いヴェールが素顔を隠す。
赤茶色の髪は綺麗に結われており、薔薇のコサージュで留められていた。
隣を歩く花婿も花嫁に負けず劣らずの美貌。
誰もが息を呑む、完璧なる美男美女の結婚式がそこにはあった。
ーーーーーだが、一方裏方で。
「………あれ、兄さんって女の人だっけ」
「言うな飛鳥。俺は認めない。舞台上がったらあんな美人になるとは思ってなかった。俺は絶対に認めない」
ステージに立つ花嫁が実兄というのを現実逃避して顔を背けた飛鳥と、腕を組んで裏方から見る玲夜。
その顔には、まさしく"これは夢に違いない"と書いていた。
「お、おーい飛鳥…もうすぐ俺らの番だぞ…?」
「霧島君………うん、そっか。僕も行くんだよね……はぁ……」
「何のためのドレスアップだよ………」
「飛鳥、頑張れお前なら帰ってこれる」
「露骨な死亡フラグやめてよレイ……」
ハイライトの消えた赤い目は、くるりとこちらを振り返った実兄を写し、完璧にその色を濁らせた。
…それほど嫌なのか?ああ嫌だとも。
なにが悲しくて女装しなければならないのだ、第1こっちは不登校者だぞ。
やりたくない役を押し付け知らん顔をしているクラスメートに嫌気がさしながらも、こうなっては仕方がない。
逆に考えて、こうも似合ってしまったウェディングドレスなど、誰も予想していないだろう。
だから、完璧な花嫁になった飛鳥を見てあんぐり口を開けるかもしれない、いや確実にそうなる。
………まぁ、それもそれで面白いかもね。
いわば、逆ドッキリ。
飛鳥はこの現実を少しでも面白くしようと独自の解釈を加え、このジョダコンの趣向を一人だけ履き違えて理解した。





思った通り、皆驚いて声も出ないらしい。
八神陸という二年のエースの弟というだけで美少年だというのは暗黙の了解。
多くの人は陸と同じようにヤンチャなムードメーカーを思っただろうが………。
今、この舞台に立つ陸の弟は、どうだ。
ムードメーカーの「ム」の字もない、その青年は。
純白ではなく、パステルカラー、薄い水色のドレスを纏い、対照的に燃える赤の瞳は、淡いヴェールに隠れて幻想的に光っていた。
腕を組む霧島きりしま一東かずとは紅潮した頬を隠そうとせず、堂々と"飛鳥は俺の嫁"感をオール。
羨望の眼差しをビシバシと感じながらも、それを嫌だと思わないのが恋のチカラである。
「…………霧島君」
「……へ?え、あ、何?」
惚けていた霧島に、鶴の一声。
一瞬にして現実に引き戻された霧島に、絡まった腕が少し震えているのに気付く。
「ごめん………人前に出るの、あまり好きじゃなくて………」
はっきりと顔が見れるほど至近距離だからヴェール越しの青い顔が見て取れた。
確かに不登校だというのにこの仕打ちはないだろう。
だが、正直に言おう、飛鳥にとって不謹慎だろうが、自分に素直になってみる。



ーーーー震えて腕にしがみついてる飛鳥がドチャクソ可愛い………ッッッ!!!!



なんなんだこの可愛い生き物プルプル震えて天使か!?ドレス着てる所為でもはや女神なんだがいやこれは女神という言葉で収めていいのか!?ああなんかもう羽が見えてきry
「…霧島君……?」
「いいいやなんでもななな………なッ?」
「…うん?」
ーーーーーギギギ、と音がつきそうなくらい、ゆっくりと飛鳥の顔を見たこの瞳は。
不安げにこちらを見上げる、天使の表情があって。
………身長差があまりなかったが故厚底の靴を履いてこちらが僅差で背が高くなっているためか必然的に上目遣いになっているし。
さらに言えば、コテン、と首を傾げてるし。
これはもう、言葉が出ないほどの天使ですわ。
ーーーーーバタンッ
「え…………え?ちょ、霧島君!?霧島君ッ!?」
吐血した幻が見え、霧島はキャパオーバーした脳内故に、体が機能停止。
…最後に、グッと親指を空に立てて、霧島は意識を失った………。


「…えぇ………これ、次(最後)俺だろ……?この空気の中やれって…!?」
ズルズルと引き摺られていく霧島を裏方で見ながら、玲夜は顔を青く染めていた。
このシーンとした、冷たい空気の中を優雅に歩く、という至難の業。
なんでも出来る生徒会長ならいけるだろ、という無言の圧がヒシヒシと後ろから伝わってくる。
「…………せーとかいちょー……もう腹くくるしかなさそーだぞー…………」
「いや腹くくるって結構厳しく無いですかね」
「俺だってこのくーきのなかやりたくないよ…………でもお前の相方いなくなるし………せーとかいちょー、なんかやった?」
「なんかってなんです!?俺は何もやってませんが!?」
「あー!ほらほら!もう時間だよお二人さん!早くステージ出て!!」




「キャワーーィィ!!あ〜ん見てダ〜リンッ!私達の子があんなにも可愛いわぁ〜ん!!」
「全くだ、その隣にいる……あれは担任の和葉先生か?………………和玲か」
「…………あら?玲和に決まってるわよねダ〜リン?それ以外は認めないわよ?」
「……ほう。晴香、お前とはマズイ酒になりそうだ」
「こっちの台詞よダ〜リン」
……………ステージに上がったら上がったでとんでも夫婦が目に飛び込んできた。
このウェディングドレスを貸し出し、メイクやウィッグ等も援助した、皇夫妻である。
サングラスを外し、視界制限を突破したすめらぎ晴香はるかは、ナチュラルメイクにも関わらずにとてもいい意味で目立っている。
その隣に腕を組んでいるイケオヤジことすめらぎ蓮弥れんや
事情の知らない第三者からしてみれば、ただの美男美女夫婦なのだが。
………中身が残念なのである。
「…………せーとかいちょー…お前の親御さん、個性強いなー…………」
「…いや、先生に言われたく無いんですけど」
無理やり組まされた腕を今すぐに離したい衝動を抑え込んで、玲夜は唸る。
この状況、先程の飛鳥、霧島ペアの空気を一変させ、今や玲夜ファンが熱狂、或いは涙を浮かべて信仰する女性も見えた。
一般人でさえ魅了する玲夜(男)は、いつにもなく魔性のオーラをダダ漏れだったらしい。
ヒラヒラの純白ドレスが足に絡まり、とてもじゃないが歩けないが、さりげなくエスコートしてくれる担任がいるあたり、アインスで良かったとちょっと思ったり。
いつもボサボサの黒髪を教え子達にオールバックにされ、クマをコンシーラー等で隠されたアインス担任は、間近で見てもいつものやつれた面影が無い。
………これまた、化けたなぁ先生。
この体育館を埋めつくさんと蠢くジョダコンの審査員こと客席からは悲鳴やらなんやらが飛び続け。
ようやく終わった頃には、参加者全員やつれきっていた。




……………こうして、ようやくリンドウ祭二日目が終わった。
ーーーーちなみに、優勝者は皇玲夜と斎藤和葉ペアだった。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.19 )
日時: 2019/05/06 07:37
名前: Rey (ID: jFPmKbnp)

六話 生徒会長とリンドウ祭 大学部


リンドウ祭、最終日。
地獄とも言えるこの文化祭の最後の日。
ようやく終わりが見えたこの祭に、玲夜は死んだ目で訪れていた。
と、いうのも。
「あ!皇先輩!昨日のジョダコン見ましたよ!優勝おめでとうございます!」
「よぉプリンセス。昨日は可愛かったぜ?」
「生徒会長、ジョダコンお疲れ様でした」
「………………ぅん、ありがと………ございます………」
二日目にして行われた高等部の女男装コンテスト、略してジョダコン。
結婚式というテーマで行われたそのコンテストで、玲夜は実の母、すめらぎ晴香はるかの力もあり、純白のウェディングドレスを着て見事優勝。
そのお祝いの言葉と、中には花束を抱えてやってくる生徒、そしてたんに玲夜のファンである一般市民の方々。
あっという間に両手が華やかになり、前が見えなくなるほどの極彩色である。
「あ、あの!生徒会長、これ僕から…受け取ってください!」
「ん…?」
ガーベラと胡蝶蘭の間から見えた紅潮した顔の手には、また新しく玲夜の手(仲間)に加わろうとしている白薔薇。
……………………これ以上花などを贈られても困るだけなのだが。
かといって、彼の気持ちを無下にすることも出来ない。
「…あぁ、ありがとうね。悪いけどその薔薇、俺の胸ポケットに入れてくれるかな」
「へ!?」
「いや、もうこの通り手が使えないし、更に花が増えると本当に持てないから……」
「あ、成る程…?……………それじゃ、お言葉に甘えて………」
純粋無垢な目で見つめる、その白薔薇が。
そっと、リンドウ学園の校章バッジが刺繍されている胸ポケットへと刺さった。
ふわりと香る薔薇の香りに、自然と頬が緩み。
「…ん、ありがとう」
頭を撫でられないのが悔やまれるが、その代わり海のような青い瞳を細め、優しく微笑んだ。
「〜〜〜〜っ!い、いえ!そ、そそれじゃぼくもういきますねっ!!」
ズッキュンと心を撃ち抜かれたであろう男子生徒は、ユデダコのように顔を赤く染め、その場を立ち去った。
その様子に、玲夜は一人。
「…………告白される回数増えそうだなぁ」
胸に飾られた白薔薇、花言葉は【尊敬】などと言われるもの。
また、両手から零れ落ちそうな程抱えられた花束の中には紫色の綺麗なキキョウや紅色で花弁が何重にも重なっているラナンキュラスといった花が。
そのどれもが全て[愛を伝える花言葉]を持つ花々である事は、見て見ぬ振りをしたかったーーーーーー。





「…うっわァ…………ナニ?お前将来の夢、花屋さんだったかァ?」
「うるせぇ陸。ちょっと手伝え」
仕方なくフラフラ彷徨っていたら、"りんご飴"を片手に持った陸と遭遇エンカウント
飛鳥は?と聞けばシラネと返された。
そんな能天気にこの花束を分け合いっこしようと提案したのが運の尽きだったのかも知れない。
「えェ………ったく、しゃーなし手伝ってやらァ。ほれ、その白薔薇寄越せ」
「お前手伝うの意味知ってる?」
スポンッと綺麗に胸ポケットから白薔薇を抜き取り口に咥えた陸を殴りたくとも殴れないこの衝動(怒り)が脳に走る。
手が出せなかった(物理的に)ので、静かに、己の体幹を信じて陸のスネを思い切り蹴り上げた。
「ッてェ…!? 」
「自業自得だ、馬鹿」
痛みに顔を歪める陸、けれど手に持った白薔薇とりんご飴だけは死守している。
「…ててェ…………ったく……わーァったよ…………けど俺見たトーリ両手塞がってんだわァ」
「白薔薇返せ。あとりんご飴を秒で食え」
「…………………レイ、お前ドSってレッテル貼られてねェ?」
「は?……………え、そんなレッテル貼られてんの?」
「いや……………俺が背中に貼っとくわァ」
「やめろ」
こいつなら本当にやりそうだ、と後ずさった玲夜に、陸はジョーダンと笑う。
長年の付き合いだが、陸のジョークは洒落に聞こえないものだから。
毎回毎回警戒させられるこちらの身になってほしいものだ。
そう、ジト目で"反省しろ"と訴えたのだが、それをスルーした陸は渋々胸ポケットに白薔薇を戻し花束の半分を抱えこんだ。
「……結構キツイなァ……………よく持てたわこれェ…」
「そんなお前はプレゼントとか貰ってねぇのな」
「おー………………貰ったけどよォ……………実のところ、飛鳥の方が多いんだよなァ………」
「え、飛鳥が?」
「何でも、あいつのファンクラブを俺の弟ってだけでも密かに俺のファンクラブ派生らが作ってたらしいんだけどよォ、昨日のジョダコンの所為で公式に発表したんだとよォ」
「……………遂に飛鳥のファンクラブ出来たか…」
「噂だと会員ナンバーワンは霧島らしいぞォ」
「流石だな霧島君…………」
顔が引きつっているのがわかる。
この文化祭で、飛鳥のファンクラブが出来た………普段不登校者のファンクラブ………考えただけでも、ゲッソリだ。
兄である陸を尾行して突き止められた家に飛鳥へのプレゼントがしこたま送られてくる未来しか見えない。


ーーーーあれ、そういえば。



「なァレイ。……………お前、確か魔弓科の見世物、今日じゃねェ?」
「そうだけど、なんか俺は出なくていいよって言われたんだよな」
「…………テレビ局の奴らがうるせェからか」
「らしいな………ま、確かに俺はあんまり目立ちたくないし、有難いんだが…」
チラリと見えたチラシにあった"魔弓科より"と書かれたプログラム。
高等部、魔弓科エースは大丈夫なのか、と聞いたら全くもって問題なし、と返された。
忘れがちだが、この皇玲夜という陸の幼馴染は全国優勝者だ。
数々の大会を制覇し、世界中にファンが渦巻くツァオベライ・アローの世界では大スターだ。
そんな玲夜が文化祭で彼の魔弓………エーテル・タキオンを担いだらどうなるか、安易に未来を想像出来るだろう。
テレビ局のカメラマン、レポーターが押し寄せリンドウ学園に人がごった返すだろうと。
「…………………そいや、大学部はジョダコンとはまた別にダンスの発表…?みたいなのやるんだっけ」
「おー。パイセンがどんなダンスすんのか見ものだわァ…」
花が落ちそうになって慌てて抱え直しながら、玲夜はポツリと呟いた。
どうやら、そのダンス発表は各クラスの代表者数名でやるものらしい。
…………再来年、俺たちもやるのかと思ったら少し気分が落ち込むなぁと思ったのは言わないでおこう。
そんな陸は思いっきり嫌な笑みでプログラム表を睨んでいる。
きっと、あの遅れた生徒会会議の時、大学部の生徒会長に批判された事を未だ根に持っているのだろう。
代表者、というだけあってきっと居るはずだから、と。
恥をかく事を望んでいる赤い目に、玲夜は知らねーと両手に抱えている花束へと顔を埋めた。







• • • • • • • •



「………………これ何………」
「知りませんよ、ボクだって知りたいです。ってか貴方…衣装似合い過ぎじゃありません?一瞬誰かわからなかったんですけど」
「…………………そ……アンタも似合ってる…………」
「え!?本当です!?やったー!」
「…………………うるさ………」
「ちょっ!?ツンデレも大概にしてくださいよ、ボク泣きますよ!?」
「…………………面倒くさい……」
「そんな心底うざいみたいな顔しないでくださいよ……っ!?」
「……………………行くぞ…そろそろ、時間……」
「……もぉいいですよ、後で綿あめ奢ってくださいね!」
「……………………わかった……」




• • • • • • • •





「…んー………レイィ、お前どこ行こうとしてるんだァ…?」
「え、体育館」
「……だよなァ………あんさァ一つ言うぜェ?」
「…?……おう?」
「………………体育館、反対方向なんだけどよォ」
「…………………あれ?」
電話して母、すめらぎ晴香はるかに花束全てを押し付け、フラフラと彷徨っていたら、在校生にも関わらず迷った。
人混みのせいだと主張する玲夜に、呆れて笑いすら出てこない陸。
後ろを振り返ればリンドウ祭を満喫している生徒や一般客の波。
………とてもじゃないが、体育館に行ける気がしない。
「陸、これどうすればいいと思う?」
「………お前、これ俺がどうこうしてなる問題じゃねェってわかってんだろォ…………とりあえず、校舎経由で行くかァ?」
「りょーかい……なんかごめん」
「いや、俺も悪かったわァ……お前、地理苦手だったなァ……スマホの地図アプリ見ても迷うもんなァ………………」
「う………………」
ちょうど目の前に高等部の校舎があったのが不幸中の幸いだろう。
上履き制じゃないのが功を制し、見慣れた校舎へと足を踏み入れた。


「………あれって兄さんとレイかな……なんでここに…」
「飛鳥ー?どうしたー?」
「あ、いや………って、霧島君また買ってきたのかい?……………よく食べるね」
そんな迷子(玲夜が元凶)の二人の背を見た八神やがみ飛鳥あすか
焦げ茶のウィッグを被った彼の隣には、トタトタ走ってきた霧島きりしま一東かずと
その手にはりんご飴とぶどう飴があった。
「いや、りんご飴はお前用なんだけど…」
「え、僕に?」
「昨日さ、コソッと陸さんが"飛鳥は甘い物結構好きだぞ"って………」
「…………あんの馬鹿兄……」
肌が白い飛鳥の頬がわかりやすく赤に染まる。
口では愚痴をこぼしていても、満更でもなさそうで。
「………まぁ、君の好意として貰うよ、ありがとう」
躊躇いなく差し出された右手に、満面の笑みでりんご飴を手渡す霧島。
そういえば、兄さんもりんご飴を持っていたな………。
変なところで似ているのが兄弟というものである。
兄である陸は体育会系の勉強がからっきしのバーサーカータイプなのに対して。
弟である飛鳥は優等生系の運動がからっきしのサポータータイプ。
運動と勉強という点に着目してみると、対の関係だ。
だというのに、根本的な面……………意外と甘党だったり、あと少し流行に流されたりだとか。
陸が世間一般の流行に敏感でよく服を買いに行ったり、飛鳥はゲーム内のイベント衣装やアップデートで追加された武器などをいち早くゲットしたり。
…………こういう、少し着眼点が違うけれども根は同じなところが兄弟だな、と思わされる事なのだが。
「………………あ、そうだ。霧島君、体育館でやるダンス見るかい?」
「え?…あ〜、大学部全員集合してるあれか」
「うん。僕は行こうと思ってるのだけれど、良かったらーーーーーー」
「今すぐ行こうぜッ!!俺も見てーって思ってたから!」
「え、あ、うん?ありがとう…?」
ぶどう飴をなめていた霧島は飛鳥最優先スイッチをオンにして、雪の様に白い手を掴んで駆け出した。
………きっと、レイと兄さんの二人で一番ダンスを楽しみしてるのは兄さんの方なんだろうなぁ。
そんな事を考えながら、飛鳥は大人しく手を引かれた。






リンドウ学園、体育館。
重い幕が垂れ下がってステージを隠している、この中で。
ゼェゼェと息を乱す者がいた。
「はァ……はァー……ッ………ま、にあったァ……」
「…はぁ……疲れた……」
「元はと、言えば……お前が迷うからっだろォ………ッ!」
「ごめんって………ふぅ……あと五分か…本当ギリギリだったなぁ……」
言わずもがな、ほとんど反対にいた陸、玲夜ペア(なお、死にかけてるのは陸のみ)だ。
短距離で持久力が壊滅的に無い彼にとって、この長距離ダッシュは応えたのか、パイプ椅子の背もたれに背中を押し付け、酸欠の頭に酸素を取り込む作業に没頭していた。
薄暗い中で、隣に座る玲夜も隣からの熱気に当てられ、少しだけ乱れた呼吸を整える。
パタパタと手で仰いでいたら、ツンツンと陸とは反対側の席から突かれ。
なんだ、と顔だけ振り向けば、そこには悪戯に目を細めるプロゲーマーの顔。


「飛鳥…?」
「大丈夫かい?兄さんもだけど、よく高等部校舎から来れたね」
大丈夫か、と聞かれてるはずなのに、何故だろう。
大丈夫じゃない、と知って言われているようで………小馬鹿にされた気がする。
「……なんでそれ知ってんの」
「たまたま見かけたんだよ。まぁ僕は霧島君の後をついていっただけなんだけれど」
不機嫌なのを感じたのか、玲夜から視線を外してカタリと背もたれに体を預けた飛鳥。
………見えた奥の席、ハッと目を逸らされたが、見覚えのある顔に。
「………霧島君?」
「ひぃ!」
「…えっと………なんで俺怯えられてんの…?」
声をかけたら小さく悲鳴を上げられ、飛鳥の後ろ(ほぼ見えてるが)に隠れた。
「それが僕にもよく分からないんだよね。………あ、そろそろ時間じゃない?」
「お、もうか。………陸、息大丈夫か?」
「はァー………まァなんとかなァ………って、なんで飛鳥がここにいんだァ?」
「今気づいたんだね兄さん。二人が来る前からいたんだけれど」
「おー…?……………ん?お前霧島かァ?」
ようやく呼吸が落ち着いたところで、陸の赤い目に移ったのは極限まで背中を反らしている霧島の姿。
そんな海老反り君は、陸の声に異様なほどビクついて、こちらを見ようともしない。
「………陸、お前なんかやったか?」
「は?別になんもしてねェけど…………マジで身に覚えねェんだけど」
「霧島君、兄さんが珍しく困惑してるから、もうちょっと海老反りで無視してて貰ってもいい?」
「オイ飛鳥テメェ何吹き込んでやがんだァ?」
「別に、何でもないけれど」
「あァ?」
「ちょっと俺挟んで喧嘩すんのだけはやめてくれないかなメンタル豆腐からするとだいぶ心に来るんだけど」
喧嘩っ早い兄弟の板挟みだけはやめてくれ、と若干涙声になった玲夜の声に、きゅっと口を閉じた左右。
………だが依然として睨み合いは続いている。


と、ここでようやく時計の針がピッタリ10時30分になり、会場のざわめきがピタッと止んだ。
つられて八神兄弟もステージを見て、その幕がだんだんと上がっていくのを見つめている。


「………………おぉ………っ!」
「スゲ……これ手作りかァ……!?」
「わぁ……凄い時間かかってそうだね………でも、綺麗だ」
「…………こ、これが大学部の力………」
思わず声が出てしまうほどのクオリティ。
そこは、リンドウ学園の体育館のステージなはずなのに………いつも見慣れている木目のフローリングなはずなのに。



ーーーーーそこは、完璧なる砂漠だった。
サァ…と何処からか風が吹けば、チリチリと黄金の砂が舞い、照りつける太陽の光はスポットライトの筈なのに、外の太陽と同じような熱量を感じる。
まるで、ステージと客席の境にあった幕が二つを完璧に遮断した別世界のようで、玲夜は無意識に息を呑んだ。
ふと、左に座る飛鳥が静かになってこの砂漠を凝視する。
彼の目はスポットライトの光に反射し、林檎のように赤く染まっていた。
「………何重にも張られた魔法陣……砂漠化及び幻惑魔法もかなりの名手………アインス生徒かな……」
ボソボソと独り言を呟く飛鳥、その言葉を聞いた玲夜は、あぁ…と納得する。
アルビノ特有、全形質の魔力の帯を見ることのできる飛鳥は、この砂漠を展開する全ての魔法陣が見えているようだ。
文化祭…リンドウ祭において、魔法の使用は禁止されていない。
ジョダコンのステージも、出店の飾りもそのほとんどが魔法によって造られたものだ。
だが、この規模の魔法となると相当の魔力が失われている筈だった。
にも関わらず、こうして維持されて、暴走もないのだから、流石は大学部、と言ったところか。
「…代表者数名って………他の生徒は舞台ステージを構築するための稼働者って事か……」
「これなら代表者として踊ったほうが楽かもねぇ………まぁ、僕はまっぴらごめんだけれど」
「お前らさっきっから日本語喋ってっかァ…?」
「「日本語しか喋ってないけど」」
右隣から呆れたような声で言われるも、左隣と声をハモらせて答える。
だが、忘れそうだがこれはダンス発表会だ。
ステージに砂漠を選んだ時点で、だいたい想像はつくが、この砂の上では踊りにくいだろうし、何より砂がこのスポットライトで熱せられてとてもじゃないが暑さで倒れそうになるだろう。



ーーーーータンッ



ーーーーーー突如、この人工的に作られた狭い砂漠に、紫のヴェールを纏った青年が黄金の上を駆けた。
ヒラヒラと動くたびに靡くそのヴェールの中には、新緑のような緑の双眸。
華奢な体に巻きつくそれらの布は、黄色の世界とのコントラストでとても目立つ。
皆、呆気にとられその青年を見つめる。
…………ふと、この体育館に音楽が鳴り響いた。
それは、誰もが瞬間理解するであろう音で、完全なる"アラビアン"な曲。
ヴェールを翻しながら舞うその青年の黒のような茶髪がライトに照らされ光る。
衣装に散りばめられた宝石の煌めきは、薄暗くなっている体育館の天井、床に色とりどりのハナを咲かせた。
腰をくねらせ、腕を振り上げ、ヴェールが舞う。
たった一人の踊り子と、砂漠の世界がこの体育館全ての時を変えた。


ーーーーー不意に曲調が変わった。
ヴェールを纏った青年は最後、右手を上げ…降ろす、礼の仕草を一つして、裏へと回ってしまった。
けれども反対側から見えたその新しき青年に、皆の目が釘付けになった。
グレーの髪に赤色のターバンを巻き、上半身は露出の高い黄色の羽織。
少しダボついているくすんだ白のズボンを履いた、その青年の瞳は。
淡白な黄色と、真っ白のオッドアイであった。
誰もが息を呑むアラビアンナイトの王子の登場に、会場は大盛り上がり。
傲慢な態度を取るその王子の周りを、様々なパステルカラーのヴェールを纏った青年が舞う。
いつのまにか、背景は砂漠ではなく王宮になっており、赤い絨毯の上を跳ねる踊り子の姿に皆同じく心が踊っていた。


ーーーー最後、王子と紫ヴェールの踊り子が出会い、共に舞うシーン。
踊り子の身長が低く、そして王子の身長が高い故、遠目から見れば踊り子が女性に思えるほどだったが、それはそれで良いと。
クライマックスの音楽に合わせて足を踏み、体を捻り、ターンして。
時を忘れさせる、その踊りを終える頃には、ダンサーは汗だくになっていた。
けれども、晴れ晴れした笑顔に、観客席……玲夜達も含めた全員がスタンディングオベーション。
ダンスの中にストーリー性を織り込み、背景を魔法で展開させた、この演技は。
あの陸でさえも、感嘆と賞賛の声を漏らすほどだった。
……………ふと、誰かが言った。



「なぁ………あの踊り子と王子ってさ。【しろ百合ゆり】と【紫陽花あじさい】だよな?」


Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.20 )
日時: 2019/05/08 17:44
名前: Rey (ID: so77plvG)

一話 生徒会長と先輩


地獄のリンドウ祭が終わりを告げ、夏らしく半袖がメジャーになり始めた、ここ凛影りんえい魔導まどう学園がくえん、通称リンドウ学園。
漆黒の髪が太陽の熱でこんがりと熱くなっているのを感じながら歩く一人の生徒会長がここにいた。
「……あっつ………」
海のような深い青の瞳を持つイケメン生徒会長こと、すめらぎ玲夜れいや
[ツァオベライ・アロー]という競技において屈指の人気を誇る彼は、全国優勝者という肩書きを持っており、またその容姿と相まって業界では【魔貴公子】と呼ばれているとかいないとか。
そんな玲夜は、リンドウ学園の紺色のブレザーを脱ぎ、カッターシャツでの登校……つまりは夏服での登校だった。
それもこれも、この太陽のせいである。
まだ七月だというのに、気温28度越え。
熱中症が怖いため水分を多めに持たされいつもより重い水筒。
軽装備なシャツのくせに荷物が重装備でプラマイゼロどころかマイナスである。
さらに言えば玲夜の気分もマイナスである。
意識が刈り取られそうなほど熱せられたアスファルトを永遠と歩き続けた玲夜の視界にようやくリンドウ学園の門が見えた。
「おはようございます……」
汗を流して仁王立ちしている警備員さんに会釈して、グラウンドの土を踏みしめる。
…………警備員さん、倒れなきゃいいけどなぁ。
この暑さで水分補給はするだろうが日陰というものがない中、ずっと仁王立ちする警備員に、同情と心配の色が玲夜の顔に浮かんだ。
と、そんな玲夜を嘲笑うかの如く周りの生徒は意気揚々と校舎へと入っていく。
汗を垂らしながらも笑顔で登校する様に、信じられんとボヤきながら、直射日光がない分少しだけ涼しくなった廊下を歩いた。





「…………陸お前何やらかした」
「なァんも?………俺もセンコウに行けって言われただけだしィ、用も聞いてねェわァ」
「それはそれでどうかと思うぞ?…………いやツヴァイの担任、ホワホワしていい先生だけども」
「あー……ドライの担任に襲われかけたんだったかァ?俺がチョード休んでる時になァにやってんだかァ」
「……………うっせ」
隣を歩く幼馴染、八神やがみりくにゲッソリしながら目的の"大学校舎"へと向かう二人。
何でも、合わせたい人らがいるとかなんとか。
それを誰か、と限定して聞けなかったのがモヤモヤしているが、担任からのご指名であり、尚且つ陸も同伴ならばいつしかのドライ担任、中崎なかざき大和やまとのようにならないだろう。
そう、予測を立てて臨んでいる未知への遭遇。
正直、大学部にも玲夜のファンはいるわけで、さらに言えば大学部は陸のファンの方が多かったりする。
よくわからないが、アインス生徒であれば合同の【魔導学】で何度も顔を合わせているからわかるのだが。
同じくツヴァイであれば陸がわかる筈………なのだが。
恐らく、陸は授業を真面目に聞いていないから顔は見たことあるけど名前知らねェがオチだろう。
それか、魔導学にも選択があるため、別のコースを行ったか。
「ま、お説教ってわけじゃァねェだろォ。気楽に行こうやァ」
「お前は楽観的過ぎるんだよ…………………ん、来ちゃったよ大学部……」
なんやかんやで着いてしまった大学専用校舎。
中高と比べて比較的大きなレンガ作りのは、いつ見ても壮観である。
周りからは"何故ここに高等生徒会長と八神陸が?"という目がビシビシ刺さってきて正直なところ心が折れそうだ。
この中を歩け、という地獄のような現実に、玲夜は成すすべなく陸に手を引かれ、悪夢のような廊下を歩むことになる…………。




リンドウ学園、大学部一年【ツヴァイ】クラス。
気づけば案内されていたそのクラスに、担任が言っていた"合わせたい人"とやらがいた。
正式に言えば"二人に会いたがっている人"らしいが。
「…………ん?あれェ、"明日斗パイセン"と"彗パイセン"じゃないっすかァ。どうしたんすかァ?」
「……ん?」
ツヴァイに入って数秒。
教卓の前で仁王立ちしている一人の大学一年のツヴァイ生徒と、教卓に座っているツヴァイ生徒二人の名を、陸は口にした。
あの陸が名前を覚えている…?ではなく。
なんか凄いイケメンだぞこの二人……でもなく。
ーーーーーあれ、なんか見たことあるぞこの二人、である。
「ようこそ大学一年【ツヴァイ】へ!ボクは柴崎しばさきけい!今年で18アダルト解禁年!陸クンとは言わずもがな先輩後輩でありお友達なのですよ!」
「あ、はぁ………?」
「そしてそして!こちらは長月ながつき明日斗あすと!ボクの大大大親友なのです!」
「…………………………よろしく………」
「あ、はい………御存知かと思いますが、高等部生徒会長、皇玲夜です…こちらこそよろしくお願い致しま……す………?」
「あ〜もぉ!敬語なんて堅っ苦しいですよぅ!あ!ボクの事は気軽に"彗"でいいですからね!」
「………………………彗……皇が困ってる……そこまでだ……」
「アダッ……!?」
「あっはは!!あいも変わらず仲良いっすねェパイセン方ァ…!」
ーーーーーーマシンガントーク過ぎない???
怒涛の勢いで自己紹介されて、玲夜は相槌を打つ暇もなく流れに沿って自己紹介したが。
いやでもそれはちょっと待ってほしい、と。
キラキラとした"オッドアイ"でこちらを覗き込まれ………178ある玲夜でさえも見下ろせてしまう高身長。
切れ長の目には確かに左右で色の違う虹彩……いわゆるオッドアイ、希少な逸材だろうが。
グレーの髪がピョコピョコ飛んでいて、見ようによっては犬の耳に見えなくもない。
そんな高身長(後で聞いたら188cmだった、解せぬ)のオッドアイイケメン………柴崎しばさきけい
彼から流れるように紹介された親友とやら、長月ながつき明日斗あすとは、教卓から降りて、いつのまにか陸の隣に立っている。
暗いところでは問答無用で黒髪に見えそうな髪だが、光が当たればキチンと茶色が混じっているのがわかる。
肩まで伸びたその髪の中、緑の燐光りんこうが玲夜の目を射抜いた。
「……………………なんだ……?」
「あ、いえ…………その……」
「明日斗パイセン。多分、身長低いなこの先輩とか思ってますぜェ?」
「陸?」
「…………ワリィ」
怒ると怖い、それを重々に承知している陸はすぐさまバツの悪そうな顔で謝罪を述べる。
が、言ってしまったことの撤回が少し遅かったのか。
「……………………彗がデカイだけだ………」
少し、ムスッとした表情でそっぽを向いた明日斗に。
「あ、いえ…俺は別にそんなこと思ってなーーーー」
慌てて弁解しようと紡いだ言葉は…だが。
「あっはは!明日斗もついに後輩にまでチビ呼ばわりですか!いやぁ18にもなって165cmは低いですよね!分かりますよ玲夜……ったぁいッ!?」
思い切り爆笑して被せられた彗によって遮られ、カチンときたのかスネを思い切り蹴り上げた。
笑顔から一変、苦痛に顔を歪ませる彗をゴミを見るような目で見下ろしたあと、ポツリ。
「…………………こいつは、すぐにいらないことを言う…………頭にきたら蹴るなり殴るなり好きにしていいぞ…………」
彗の上に立ち、腕を組んでこちらを見る明日斗に、どうしていいかわからずに、とりあえず頷く。
いや、助けたいのは山々なのだが。
あいにく、命を無下に扱うのだけは許せない性分なので、と。
救助活動をしたら、真っ先にこちらの生命活動を停止させられるような気がして、玲夜は無意識に伸ばしていた手を引っ込めた。
そして、ようやく聞きたいことを聞ける、と。
「…文化祭で踊ってたのって、彗先輩と明日斗先輩ですよね?」
「はいそうですよ!あ、もしかしてもしかしなくとも惚れちゃいました!?いやぁ困っちゃいますねあの玲夜がボクに惚れちゃうなんて!」
「あ、いや惚れたとかそういうんじゃなくて」
「…………………俺は、正真正銘の男だ……あれは衣装が悪い………」
「いや明日斗先輩が女に見えたわけでもなくて…………」
キラキラした目で見てくる彗を落ち着かせ、心なしか周りの空気が重くなった気がする明日斗を宥め。
この二人、性格といい真逆すぎない?と思いながらも、玲夜は。
「………お二人の演技、とても素晴らしかったので。それが言いたかっただけですよ」
あのステージで踊りを披露していた、王子と踊り子の賞賛の言葉を笑顔で言った。
ーーーーーーが。
「おー。しょーじき、俺も一瞬誰かわからなかったですモン。明日斗パイセンとかマジで女に見えたしィ」
「…陸、お前はトリ頭か?」
パァ…と明るくなった彗はいいとして、この陸の言葉で明日斗は上げて落とすを体感した。
……………一度、上げてから落とすほど地下深くに埋まるものはない。
比べるに値しないほど、ドス黒い空気がここツヴァイに広がり始めた、その時に。
「あぁもぉ!明日斗!そんな不機嫌にならないでくださいよ!陸だって悪気があったわけじゃないんですから!」
ヒシッ!と。
勢いをつけすぎて、明日斗が後ろに倒れそうになるほどのタックルをかました彗。
ガルルル………と声が聞こえそうな程、ジト目でこちらを見る明日斗を宥めようと抱きつきながら頭を撫でる、その様子は。
……………何故だろう。
凄く、兄弟感が強かった。
身長差のせいか、彗がとても大人びて見え、明日斗が幼く見えるのだが。
いやでも待てよ、と。
冷静に考えれば、内面…つまり精神年齢的にはきっと………。


ーーー明日斗の方が年上だろうな………。


切れ目で目つきの悪い彗の中身がホワホワして誰にでも尻尾を振る犬系男子なのに対して。
眠そうに半目な明日斗は見かけによらずクールビューティ。
まるで対なる存在だ。
「…って、すっかり本題忘れてましたね。すいません、つい盛り上がっちゃって……」
ようやく機嫌が直りかけたのか明日斗がポンポンと彗の頭を撫で、振り返ったオッドアイの瞳が陸と玲夜を写す。
あ、そういえば、と。
ここ、ツヴァイに来たのは二人が陸と玲夜に用があるから、という名目だったのをすっかり忘れていた。
「別にいいっすよォ。んで、パイセンら、どうしたんすかァ?」
ヘラヘラと頭の後ろで手を組んだ陸が問う。
それに答えたのは、明日斗の声。
「………………実はーーーーーーー」
だが、続きは聞こえることがなかった。



ーーーーキーンコーンカーンコーン………。



話そうとしていた明日斗の口が、静かに閉じられる。
それを機に、ツヴァイの生徒は誰一人として喋らず、物音すら立てずにクラスは静寂に包まれた。
ーーーガララ………
「はーい皆おはよー(笑)…ってあれ?なんでここに玲夜くん……と八神がいるんだー?(爆笑)」
…タイミング悪く、このツヴァイに入ってきたのは、いつしか玲夜を襲いかけた中崎なかざき大和やまとだった。
「…………おいこら"中崎"センコー、なんで俺だけ呼び捨てなんだよォ」
怒りマークを額につけた陸が凄むも、中崎は全く動じず。
「もう授業始まってるよー(笑)これ、二人とも遅刻確定だねー(爆笑)」
逆に、嘲笑うかのように口を三日月にした、中崎に。
ぐっと拳を握り睨む陸の手を引いて、玲夜は静かに。
「…とりあえず、話は今日の放課後にしましょう。中崎先生、授業中、失礼しました」
「はーい(笑)寂しくなったらいつでもドライに来てねー(笑)」
だァれが行くかよこのヘンタイ教師ィ」
対照的に、ヘラヘラ笑い続ける中崎に、扉を閉める直前陸が中指を立てて煽ったのを、玲夜は見逃さなかった…………。




もはや遅刻は確定。
そう、クラスへ戻ってもしょうがないと結論付けた陸は、玲夜の手を取り屋上へと連れ出した。
そんな中、アインス担任である斎藤さいとう和葉かずはは、そんな遅刻者である"生徒会長"と"風紀委員長"をチラリと廊下で見かけ。
「(…………大学一年のツヴァイは中崎せんせー持ってたよな…捕まったから遅刻したのか……ごしゅーしょーさまだな、せーとかいちょー……とふうきいいんちょー………あー寝不足、カフェイン足りないコーヒー飲みたい……)」
大学は、高校と中学の教師が共に教える、という謎過ぎるシステムゆえに、こうして鉢合わせしたのだろうが、と。
次の授業で使うプリントを片手に、スッと空いてる手で携帯を立ち上げ。
"モデルのヤンキーと優等生、授業サボって屋上なうw正直美味しいネタ提供過ぎて草止まらんwwそして妄想も止まらんwwwww"
と、某青い鳥サイトで呟いた。
ドンドン"いいね"とリツイートが増えていくなか、PCと睨めっこしていた目が悲鳴を上げてきたので、携帯の電源を落とす。
ため息を一つついた後、静かに屋上へ続く階段から背を向け、眠すぎてあまり働かない頭を動かし、職員室までの道のりを辿り始めた…………。




「んで、授業サボってまで言いたいことってなんだよ陸」
ヒューと風が心地よく吹くここはリンドウ学園の屋上。
二メートル程の鉄柵に囲まれたこの屋上では、自殺者なども出ることもなく、至って普通の屋上である。
だがなんと言ってもリンドウの花こと皇玲夜は、告白の際に何度もお世話になっているため。
少し、屋上についてはトラウマものの記憶がチラホラとあったり。
……例えば、告白を承諾しなかったら飛び降りるとか脅迫されたあの男子生徒だったりとか。
まあそれは過ぎた話だ、今じゃ笑って話せるネタに過ぎない。
その過去を今は忘れ、隣に座る幼馴染へと問いかけたのだが。
「…いやァ、明日斗パイセンと彗パイセンさ。なんか今日様子おかしかったんだよなァ」
「…いや、そんな事俺に言われても」
「彗パイセンは俺の直属の先輩だ。陸上の長距離エースの白百合だぜェ」
「…………え?白百合って彗先輩の事だったのか!?」
「でェ、"魔研"の紫陽花こと明日斗パイセン」
「……………異名しか知らなかった…」
急なカミングアウトについていけず、玲夜は目がクルクルと回り始めた。
彗が陸の直属の先輩だったとは…。
そんな事より、"異名"持ちの二人とつい先程まで駄弁っていたとは、信じ難い事である。
ーーーーここ、リンドウ学園において、有名なのは生徒会長である皇玲夜の他、短距離エースの八神陸。
そして、異名持ちの"白百合"、"紫陽花"の四人だ。
異名の命名者は不明、けれどもその花の名に恥じない行いと佇まいからして、誰もが納得する異名だろう。
白百合の花言葉は【尊敬】【純潔】といったものから、【威厳】という意味まである。
噂によると、彗は普段は敬語でとても礼儀正しいが、キレると手がつけられないほどの狂犬となるらしい。
また、大学一年だというのに、真剣場になるとどこか頭一つ抜いた緊張感とカリスマを醸し出すことから名付けられたそうだ。
紫陽花こと長月ながつき明日斗あすと
紫陽花の花言葉に【あなたは美しいが冷淡だ】【無情】という、普段のクールビューティな彼からしたらピッタリの花言葉。
けれど、【辛抱強い愛情】という意味すら持ち合わせている。
いつも周りを尻尾振って歩く彗を鬱陶しそうに眺め、時には暴力を振るったりする明日斗だが。
けれども縁を切らないその思いやりと優しさから名付けられた異名。
どちらも、異名しか知らねば意味が理解できない事だろうが、会ってみてようやくわかった気がする。
ちなみに、魔研とは【魔導研究部】の略称であり、明日斗は魔研の"召喚科"の部長をしていると聞いた事がある。
何故こうもイケメンは事ごとのトップに立つのだろう、不思議なものである。
だが、そんな"凄い人"である先輩二人の様子がおかしい、とは確かに気になることだ。
「………彗パイセンがさ、少しだけ声のトーン低くすんのって、大事な事ある時なんだよなァ………」
「それって陸が部活サボってたからとかじゃなく?」
「ちげェよッ!…いや、あれは多分マジだぜ」
「……………放課後、一気に待ち遠しくなったなぁ…」
そう、神妙な顔で青空を仰ぐ陸の顔にはいつもの笑顔は無く。
…心なしか、だんだんと嫌な予感がしてきた、と。
玲夜も、心の淵に出来始めた不安が心を蝕み始めたのを、見て見ぬ振りをした。


ーーーー始めて会った有名な先輩方と会ってシリアス展開とか、シャレにならん……と。

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.21 )
日時: 2019/05/19 13:07
名前: Rey (ID: ZFLyzH3q)

二話 生徒会長はシリアスが嫌い



静かにスライド式のドアを開けた、二人は。
文字通り、目を疑った。
青く海のような瞳は見開かれ、赤い林檎のような瞳は静かに伏せられた。


ーーーーー何故、こうなってしまったのだろう。
後悔なんて言葉じゃ言い表せない、この感情が、頭と胸を行ったり来たり。
カチ割れそうな痛みの中、瞬きすら忘れ見入る目の前の"彼"を。
痛々しく包帯が巻かれ、痣が見え隠れする腕からは点滴の管が通され。
…………彼、五十嵐いがらし隣人りんとは、あのリンドウ祭二日目に、"ある事件"に巻き込まれ、こうして意識を失っていたーーーー




ーーーー1時間前ーーーーー


「あァー……ようやく放課後だァ…………」
「えっと…確か西門前だったよな…」
「ってこたァあっちだなァ。…レイ、反対な…」
「……………あれ?」
思い切り反対方向を行っていた幼馴染(方向音痴)にため息ひとつ零した陸は、ガシガシと赤茶色に染められ、赤メッシュの入った髪を掻いた。
悪気無くこちらを振り返る玲夜の手を引き、西門へと歩みを進める。
………去り際にボソリと呟かれた明日斗の言葉。
"放課後、西門に来い"
何故と問うまでもなく玲夜によって連れ出されたので詳細は不明だが、それでも"何か"があるのは確か。
それが、玲夜の告白と言うことでは無いことを祈るが………。



ふと気がつけば、西門にもたれかかっているグレーのくせ毛と、八割黒の茶髪が見えた。
「…あ!ようやく来ましたか!…もぉ、僕達だいぶ待ちましたよ!?」
「……………………まだ三分しか経ってないが………」
「いいや三分"も"待ちました!僕達の方が先輩なので言うことは絶対です!」
「…………………陸、玲夜。お前達に来てもらった、その理由だが……………」
「ちょぉ!?無視しないでくださいよぉ!?」
キャンキャン吠える大学一年【ツヴァイ】の柴崎彗。
ガクガクと冷静に話を進める長月明日斗の肩を揺さぶるも、全く動じていない。
流石に止めた方がいいのか?と隣にいる陸に目配せしたが。
"ほっとけ"と返されたので、黙っていることにした。
「…はっ!あ、えーとそれでですね………あれ、どこまで話しましたっけ?」
「……………………話がある、というところまで、だな………」
「全く話進んでないじゃないですか!もぉ明日斗なんで進行係サボってんです!?」
「………………………コブラ、ツイスト…っ」
「あだだだだだだッッ!?ぎ、ギブギブです明日斗これ解いてくださいぃ!!!あああぁぁぁあぁッッ!!!!」


…………………黙って見てて良いのだろうか。


「………あー、これがあの二人の普通なんだわァ。あんま気にしない方がいいと思うぜェ」
「…慣れてんな、お前」
高等部二年、アインスとツヴァイきってのイケメン二人は、どちらも同じくハイライトの消えた死んだ目をして目の前で繰り広げられているお手本のようなコブラツイストを見届けた。
ゴギバギと鳴っちゃいけないような音が彗のいたるところから聞こえたが、結局、明日斗から解放されたのは初めに固められた時から三分経った後だった。
「はぁ…はぁーー………ッ。もぉ…死ぬかと思いましたよぉ………」
「…………………自業自得だ……さて、話を進めるが…」
未だに蹲っている彗を足蹴に、明日斗はケロリと抑揚のない声で続ける。
新緑の双眼は、静かに玲夜と陸を射抜いていた。
「……………単刀直入に、言う。………玲夜、お前のクラスの五十嵐いがらし隣人りんと………そいつが、今入院している………」
淡々と、けれど少し言いにくそうに顔を歪めながら言い放った言葉に、思考が止まった。
五十嵐、隣人………まさしく、高等部二年、アインスの生徒であり、玲夜の隣席の男子だ。
「な、なんで隣人君が……」
「いってて………か、簡単に言うと、不良に絡まれたらしく全身打撲と脳震盪のうしんとうらしいんです………僕の兄が見つけたんです」
ヨロヨロと立ち上がった彗が、ピョンピョン跳ねた髪を抑えながら言う。
…全身打撲………のう、しんとう……?
うわ言のように口から出るその言葉に、どうしても現実感を覚えられない。
何故、どうして隣人が。
グルグルと頭の中を駆け巡るそんな子供のような疑問に、けれど。
………それを言ったところで、誰が答えると言うのか。
「……なァ彗パイセン。それって…………」
ふと、陸が恐ろしいほど静かに問うた声。
少し、違和感を感じて顔を上げると、見えたその顔はーーーー。
「……はい、恐らくは。犯行手順、そして犯行現場等々………間違い無いと思いますよ。極め付け、辺りに漂っていた魔力の帯はジャストビンゴだったので」
「…………………………そォかよ……」
目の奥に何の意思を宿していない、ドス黒い赤の目。
……ヒュ、と喉がなった気がした。
玲夜は、この目を幾度も見たことがある。
飛鳥がアルビノだと何処かで情報が漏れ、捉えようとした大人達を睨んだ目。
玲夜が複数人の覆面に拉致られそうになった時、何人かを殴り飛ばしていた、その目。
………数ヶ月前、彼の後輩が他校の生徒によりリンチに合い、大会に出場出来なくなってしまった時。
病室で、静かに後輩の痛々しい体を見たときの、その目。
…………………八神陸が、怒りを通り越して"無"となった時の、その目だった。
「やられたのはリンドウ祭二日目のジョダコン前らしいんです」
「……………………リンドウ祭は一般公開されていた。……おそらく、五十嵐隣人という生徒を呼び出してリンチにしたのに、理由はない………」
「強いて言うなら、気を引くためでしょうね。………奴らの目的が、少しだけわかった気がします」
只ならぬ陸の気配を感じたのか、共鳴するように抑揚のない、冷たい声で言い放つ大学部一年の異名持ち二人。
…………白百合と、紫陽花。


ーーーー今の二人は、黒百合と青紫陽花だろうが。


キレて無感情になった陸、そして彗と明日斗。
一般人であれば卒倒する程の威圧感が占めるこの空気…だが。
「………彗、先輩……隣人君が運ばれた病院……どこか、わかりますか……」
四人のうち、三人が怒りと殺気で思考が停止したが、玲夜は悲しみと悔しみで思考がショートした。
唯一、怒りよりも悲しみが勝った玲夜は、光が差さない深海のような暗い目をして、ボソリと呟くように言った。





中央病院、1026号室。
個室で、尚且つ普通の病室よりも一回り大きいその部屋に、五十嵐隣人は横たわっていた。
数日前までは、元気に笑っていた口は、酸素マスクに覆われ。
目尻が垂れ、子犬のようにくしゃりと笑う目は、硬く閉ざされていた。
部屋に入るまで、もしかしたら嘘なんじゃあないか、そんな夢を妄想していた玲夜も、言葉が出ることはなく。
………ただ、これが現実だと目から入る情報を脳が拒否しているのを、抑え込むしか無かった。
「……見たとおり、意識不明の重体です。たまたま僕の兄が校外で見つけたこと……それが不幸中の幸いでした」
「………………………こいつの兄は、見つけて直ぐ応急処置を施したらしい………そのお陰か、命に別状は無い………」
淡白のオッドアイが、悲しみに暮れた玲夜と無表情の陸を移す。
少し夕日が空を赤く染め始めたこの時間で、純白の病室はオレンジ色に光り始めた。
五十嵐隣人に背を向け、こちらと面と向き合って話す彗と明日斗、二人の顔は逆光で見えないが、見ずともわかる。
………そして、玲夜は五十嵐隣人をこの目で見て、ようやく陸と彗が言っていた事を理解した。
…犯行手順、場所、無差別なリンチ……そして、それによる"大会ジョダコン不出場"。
ーーーーーーまさ、か。
「……間違いねェ。これは、俺の後輩ボコった奴等の仕業だァ………ッ」
そう、聴く者の心を恐怖でふるわす、地響きのような声で、陸は握り込んだ拳の中、爪が皮膚を切り裂きタラリと流れ出す血を物ともせずに、ダンッ!と力強く……八つ当たりのように、壁を叩いたーーーー。




「…………………いいのか、伝えなくて……」
二人が去った、五十嵐隣人の病室。
残った彗と明日斗の二人は、静かに備え付けの椅子へと腰をかけた。
何も写っていないような、無情の新緑に、だが彗は何の変化なく。
「ええ、いいんです。……"アレ"は、言うなってお兄ちゃんに言われちゃってますから」
…けれど、少しだけ哀愁を含んだ声色で、言った。
少なからず、彗はこんな事態になってしまったことに対して焦燥を感じぜずにはいられなかった。
兄が見つけ、応急処置をしたとはいえ意識不明の重体。
…それが、"ただ見つけただけ"だったならどれだけ良かったか。
「…今回は五十嵐隣人だけだったのが良かったです。ジョダコンも和葉先生が代理で出ましたし」
「……………………彗」
「それでも、あの時五十嵐隣人を止める人が居たとしたらこんな事にはならなかったかもしれないです」
「…………彗」
「でも……でも…っ!…そないな事考えとっても五十嵐隣人が目ぇ覚まして怪我完治なおるなんーーーーー」
「彗ッ!」
………明るいはずの彗が、自問自答して、"お国言葉"になる、それが何を意味するのか、明日斗はよく知っていた。
普段クールビューティで無口な彼が、病室いっぱいに響く声を出したのは、紛れも無い"親友"のため。
「…………お前が、何をどう思おうが勝手、好きにすればいい…………だが、それを俺にぶつけるな…」
「………すいま、へん……」
「……………………お前が、そんな感情的になるのは、"これが初めてだからじゃ無い"からだ………だが、だからこそ、落ち着け。お前はそんな"馬鹿"じゃないだろう」
「………はい」
苦しそうに話す、明日斗の表情に、彗は冷水を被ったように思考がクリーンになっていく。
…………あぁ、またやってしまった。
感情に任せて、他人を怖がらせないようにと繕っていた"敬語"が外れた。
明日斗だったから良かったものの、これが玲夜や陸だとしたら、どうなっていたか。
「………………彗、どうするつもりだ……あの二人、意地でも奴等を見つけるつもりだぞ………」
ふう、とため息をついた明日斗が静かに項垂れる彗の頭を撫でながら、聞いた。
髪を梳かれる感覚に、心が落ち着いていくのを感じながら、彗は。
「…なら、こちらはできる限りのサポート、です。お兄ちゃんには、もう連絡入れてますし………」
「…………………そう、か…………なら、俺らも出よう……帰り、少し寄りたいところがある…」
「……もぉ…わかりましたよぅ、付き合います!」
"いつもの笑顔"を貼り付け、"いつもの口調"で空気を和ませた。
それが、今彼が出来る最大の"ポジティブ"だった。
ーーーーブー…ブー……。
制服のポケットに入れた携帯のバイブレーション。
それに気がついて画面を明るくし、メールに"未読"の文字。
送り主、"お兄ちゃん"と表示されたその文面はーーーーー。



"了解"




もうすっかり空に青色が無くなった帰り道。
似たように、携帯のバイブレーションから気がついた陸宛のメール。
派手なスマホケースから現れた単調な文面に、隣から、歩きスマホやめろと言われるも、生返事で返す。
宛先は兄、そして送り主は飛鳥。
メールボックスの未読に指を這わせ、飛び込んできた文章に、陸は玲夜の手を掴んで走り出した。
「は!?ちょ、おい陸!?」
「黙ってついてこいレイ!…飛鳥が"掴んだ"ぞォ…ッ!!」
「え、いやだから何がぁ!?」
全く予想外の事態にワーワー喚きながらも短距離エースの足に必死に食らいつく。
掴んでるのは俺の腕だろうが、そんな事を端で考えながらも、何を言っても聞かない今の陸には意味がないだろう。
数分も走り続け、持久力が乏しい彼にしてはやけに長持ちするな、と心の端で思いながらも、その足は一向に緩める気配が無かった。
中央病院から陸の家まで、三分の二ほど走ってついた家に、陸はバダンッと大きな音を立てて、転がり込んだ。
バタバタと煩く家を駆ける陸に、辺りはスクールバッグが放られ、暑いと投げ出されたブレザーが散乱し、悲惨なことになっている。
そんな廊下を見届けた玲夜は、二階から陸の声が聞こえてきて、慌てて階段を上がる。
説明すらなんもされていない身からすれば、何があったのかなど想像もつかないが。
………まさか、飛鳥が次のターゲットになってんじゃ…………。
そう、最悪の未来が頭をよぎり、ゾッと青ざめる。
二階、飛鳥の部屋の扉が開けっぱなしになっており、さらに冷や汗が背中を伝う。
「飛鳥ッ!」
同じく邪魔だとスクールバッグを突き当たりの廊下へと放り出して転がり込んだ飛鳥の部屋。
………だが。
「…あれ?どうしたんだい、そんなに汗だくになって」
「……………………ぁえ?」
キョトンと、こちらを見つめるアルビノ特有の赤い目。
目立った外傷も無く、至って普通の八神やがみ飛鳥あすか
………え???
「飛鳥ァ!早く"防犯カメラの映像ォ"!」
「もう、兄さんって本当せっかちだよねぇ…待って、今流すから」
「おう!ほらレイ、早くこっち来いよォ!」
「え、え、え」
「はい、頼まれた映像…確かに、バッチリ映ってるよ。兄さんにしては頭切れるじゃない」
「兄さんにしてはって余計だろォが飛鳥ァ!」
「え、隣人君!?待ってこれなんの映像…って防犯カメラ!?マジで言ってんのか!?」
シリアス展開から一変、ウェルカムシリアルと声を荒げて飛鳥の肩に手を置き、爛々と光るディスプレイの光に目を細める。
そのディスプレイには、飛鳥と陸が言うには防犯カメラの映像らしいが…。
「僕がハッキングしたんだよ。いくら防犯カメラって言ってもリンドウが持ってるカメラだったら、セキュリティ硬くて疲れたよ…」
「はぁ!?ハッキングぅ!?そんなのバレたら退学どころじゃ…いやまずどうやった!?」
「はァ?何お前誰の弟だと思ってんノ?俺様の弟だぞォ?だいたい、こいつネトゲのキャラの個人情報ハッキングで盗み見るようなやつだぜェ?」
「ちょ待てそれ初耳だぞ!?」
驚きの連続とはこのことだ。
数珠繋ぎに驚きが連なって、もはや隣人が入院していたあの苦しい空気と顔は無かった。
ハッキング?キャラ本人の個人情報を盗み見た??



ーーーーいや、それ犯罪だろ!?


「まぁ、それは置いといて」
いや、何を置いとくんですか飛鳥さん。
何故か言葉が出てこなくて脳内でグルグルと息巻いただけの文字になってしまった一言。
だがそんな玲夜をスルーして、飛鳥はドンドン話を進めていく。
「まず、この映像はリンドウの東門の警備室から撮られたものなんだけれど。この時間帯、ちょうど警備員が席を外していてね」
「……………ザル過ぎない???」
「警備員も人間だからねぇ…席を外すことは許しても良いんじゃないかい?」
「いやでもいなかったから隣人君は…」
苦虫を噛み潰したような顔でディスプレイの中、明るくリンドウ祭を楽しんでいる一般客の波を、無人の警備室越しに見た。
そんな玲夜を見上げて、キーボードをタンッと叩く飛鳥。
キュルキュルと映像が早送りにされ、人が忙しなく動いていく。
……………そこで、違和感が芽生えた。
「…?…飛鳥、これどのくらい早送りにした?」
「…………約一時間だよ」
「一時間!?待ってくれ………もうこの時間じゃジョダコンは始まってるぞ!?」
画面の端、日時を示す白い数字を指差してみると、そこには確かに6/26 13:14:26と表示されている。
ジョダコン開始時刻は13時から。
となると、やはり今流れている映像はジョダコン最中の映像である。
「彗パイセンらは、ジョダコン開始前につってたがァ………どういう事だァ……?」
呟くように言われたその言葉は、飛鳥によって拾われた。
「……ジョダコン開始前?そう、言っていたのかい?」
「あ?お、おう」
「………………………ちょっと、待ってね」
一瞬、考え込むそぶりを見せた飛鳥に、ハテナマークが頭に浮かぶ陸。
また、カチリとキーボードを叩いて映像を早送りにする。
タン、と停止のキーを押した飛鳥が口を開き、声に出したのは…。
「…………僕が東門の防犯カメラを見せてる理由なんだけれど…」
そこで一度切って、俯く。
両隣にいる二人の視線が、ディスプレイに呆然と釘付になっているのを感じ、飛鳥は重々しく言葉を紡いだ。




「………ジョダコン"最中"……誰もいない東門から、五十嵐隣人が校外へ連れ出されるその瞬間が写っていたから、なんだよ……」




そこには、確かに所々制服のブレザーが擦り切れ、口を切っているのか、口元に血が付着し、見るからに怪我を負っている五十嵐隣人の姿があった。
慌てて画面の端を見ると、確かにそれはジョダコン真っ最中の時間。
…そして、思えばこの時間帯は陸と飛鳥、そして玲夜が連続してステージに上がった、いわば高等部のジョダコン、一番の見せ場である。
殆どの人が体育館に集まったからか、周り誰もいないのをいいことに、五十嵐隣人は"他校の生徒"によって校外へと連れ出されていた。
「……なんで…パイセンは嘘ついたんだ……?」
震える声で、そう問うた陸に。
「……まず、なんでそれを信じたのか聞いていいかい?」
「は…?」
即答で、問いを問いで返された。
怪訝そうに兄を見上げる弟、それを横から見て、玲夜は、はっと顔を上げ。
「そうだ……確かに、そうだ。なんで俺気づかなかったんだろ…!」
「は?…何が…ァ?」
「はぁ………一瞬でも頭が切れたなんて思った僕が馬鹿だったよ…いや、馬鹿は兄さんか…」
「はァ!?」
うわ言のように自問自答を繰り返し始めた玲夜をほって置いて、飛鳥はわざとらしくため息をつく。
流石の陸もカチンときたのか、飛鳥の座る椅子の背もたれが陸の手によってギシギシと唸り始めた。
「……あのね?馬鹿な兄さんに一つずつ、丁寧に教えてあげるから、ちゃんと聞いとくんだよ?」
「んッだよ早く言えってのォ!」
「陸、これはマジで聞いたほうがいい。…正直、俺は信じたくないが…」
軽蔑、懇願、その違う目に魅入られた陸は、言いたげな口を閉ざし、静かになった。
「………まず、その彗パイセンとやら、だいぶ嘘をつくのが得意なようで。ジョダコン開始前って、どうしてわかったんだい?」
何も気にしてなどいなかった、その言葉に、陸は言葉を詰まらす。
「はァ?……それ、は……」
「その彗パイセンとやらが現場を目撃したか、それとも見た人が居て教えてくれたか、その二択だろうけれど…」
「でも、隣人君が見つかったのは校外。それも彗先輩の兄が見つけた。となると、俺が言うのもなんだけど、先輩の兄がリンドウ祭から出るか、入るかで見つけたんだろうが…………そんな時間帯じゃないだろ、これ」
「仮にそうだとしても、五十嵐隣人が暴行を受けたのはジョダコン前とも限らないよね。最中だったかも知れないし」
ツラツラと並んで行く不可思議な点。
違和感を感じていたとしても、全く見当もつかなかったのが、飛鳥がハッキングした映像と、ズバ抜けた彼の頭によってスルスルと解けていく。
「わざわざ校外に連れて行ったのが少し気になるけれど…………人の目につくのは校内よりも校外だろうし…」
顎に手を当て考え込む飛鳥の左隣。
海の目を細めて、意を決したように口を開いたその言葉に。
「……………あのさ、先輩の兄が見つけたのが校外で、この時間に外に連れ出されたんなら…」
………………陸は、静かに目を見開いた。






「校外で隣人君を見つけたのはジョダコン後で………この映像を見る限りまだ軽傷みたいだし、校外でまたリンチにされて………その最中に、お兄さんが見つけたんじゃ………」

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.22 )
日時: 2019/06/06 07:38
名前: Rey (ID: SsbgW4eU)

三話 生徒会長とスピリット・パーソナリティ



五十嵐隣人、高等部一年【アインス】の生徒。
中央病院で入院している彼は、飛鳥がハッキングして手に入れた防犯カメラの映像により、どこの生徒にやられたのか、検討がついた。
翌日、落ち込む気持ちに鞭を打ち、学校へと赴いた玲夜は、隣の空席をじっと見つめていた。
ーーーーキーンコーンカーンコーン……
チャイムと同時、アインス担任、斎藤さいとう和葉かずはが入り、だがその顔はいつにも増して酷いものだった。
「…リンドウ祭から、ずっと休みが続いていた我らがリンジンこと五十嵐隣人だが………病院で、入院している、という事を最初に伝える……」
その言葉に、クラス全体が騒めき始める。
その中、玲夜だけはじっと沈黙を貫いていた。
青く綺麗な瞳は、何の光を写さずまるで深海のように。
俯いた顔からは、悔しみと悲しみが入り混じり下唇を噛んでいる。
あたりでなんで、どうして、と言った声が上がる中、静かに斎藤は。
「……がくえんちょーセンセーが、俺のクラスだけ言っていいってな………何でも、他校生徒の暴力のターゲットになったらしい」
いつもより濃いクマの顔を歪ませながらそう答えた。
その答えに納得のいかない生徒数名がガタリと机を揺らしながら立ち上がって…。
「…やめろ」
だが、ずっと黙っていた玲夜の声によって静止した。
「隣人君の事は、俺らじゃどうしようも出来ない。先生に問い続けても、はっきりとした答えは出ないぞ」
「でもよ生徒会長!」
「でももだっても無い。………俺らに出来るのは、隣人君の見舞いくらいだ」
俯いた顔は上げられず、玲夜がどんな顔をしているのかはわからない。
だが、どんな顔をしていようなど、それを問うのは愚問だろう。
漆黒の髪はしなやかに垂れ、彼の表情を隠し、その感情を表に出さない。
だが、人一倍悲しみ、悔しんでいるのは確かだった。
「……….…そーだな…せーとかいちょーの言う通り、俺らは放課後、行きたい奴らだけ連れて、中央病院に行くことになった…って事で」
少しだけ下にずれた眼鏡をクイッと上げた斎藤に、皆も黙る。
心の中では何故、どうしての疑問が渦巻いているだろう、だが。
それを口にしたところで、現状が変わる事はない。
「………それじゃー、一限目……急遽予定変更で、道徳の授業ー………五十嵐隣人のお見舞いに行く奴、んで見舞いの品考えるぞー……」
けれど、口にして変わる事実もあると。
斎藤は、少しでも五十嵐隣人と、その家族の気持ちを軽くしよう、と。
他の生徒を巻き込み、彼の見舞いを豪華にしよう、と疲れ切った顔でニヤァ…と笑った。
その意図に気がついたアインス生徒。
言葉はいらず、同じようにニヤァ……。
「……ん?え、待って何なんでこっち見てんの…?」
と、玲夜を見つめた。
わけもわからず、ただキョロキョロと周りを見渡すしかない生徒会長に、斎藤は。
「…え、だってせーとかいちょーは行くの確定だろー……?だからまー………ほら、その地位使って"予算パクってー"…な?」
「な?じゃないですよ何考えてんですか!?」
「いいだろ皇!減るもんじゃねぇんだし!」
「減るだろ色々と!俺の人権やらパクられた予算やらが!!」
「「「まぁまぁ」」」
「まぁまぁ!?」
一体どこが良いのだと抗議の色濃く声を荒げる玲夜をスルーして、何を持っていく?やっぱ王道はフルーツか、と真剣な表情で会議を始めた我らが同胞アインスに。
「……常識は、一体何処へ……!?」
もはやこちらがおかしいのか、と洗脳され沈んだ青い瞳に映るはやつれ、けれどとてもいい笑顔の担任、斎藤さいとう和葉かずはで。
「……ここは、常識やろーが非常識やろーだ……覚えとけ、せーとかいちょー……」
背後で繰り広げられる、バレたら即退学級の話が花を咲かせている花園(話し合い)に暖かな目を向けて。
ーーーー成る程、俺は非常識人だったのか…と。
もはや弁解する気力なく、ただただ自分が悪いと思い込んで、こんなアインスが高等部の特待生クラスなんだなぁ……不思議だなぁ…と。
ーーーーなんで俺、ここにいるんだろうな……。
生徒会長という立場でありながらきっての頭脳持ち、簡単に天才と呼べる玲夜は、その頭脳を生かして、何度目かわからない現実逃避に意識をくらませた。





「………柴崎彗…長月明日斗………大学部一年【ツヴァイ】クラスで仲の良い、いたって普通の優等生、ねぇ………異名持ちがあの二人とは驚いたけれど………そこまで騒ぐほど凄いとも思えないんだよねぇ……」
無機質なブルーライトに照らされる白銀の髪は、赤い髪ゴムで緩く束ねられサラリと肩に靡いている。
八神家の二階、中々に広い部屋だったはずのルームは、ディスプレイやゲームの資料などでかさばり、なんともお世辞にも広いとは言えなくなっていた。
そんな"飛鳥の部屋"は、文字通り、八神飛鳥の部屋である。
今日も今日とて、不登校を貫き、携帯のバイブレーションが文化祭以降、霧島きりしま一東かずととかいうクラスメートからのメールが絶えずきているのを無視して。
というか、そのせいでバッテリーが減ってしまう、と充電ケーブルに繋いだままの携帯を睨む始末なのだが。
まぁそれはそれ、これはこれと。
玲夜にまで発覚してしまったハッキング能力を活かして盗み見ているリンドウ学園の個人情報。
ここまで来たらもうハッキングで食っていける気がするが、犯罪に変わりないしそんな事を陸がオーケーするわけもなく。
この現状はゲームの賞金でも食べていけてるので、これは予備知識、と。
デスクの端に置いていたペットボトルを掴んで、水を口に含みながらデスクトップの画面に映し出されているその画像と資料を睨む。
にこやかに写真に写っているグレーの髪と、珍しい瞳、オッドアイの柴崎しばさきけい
対して、九割黒の茶髪、緑の双眼で冷徹な目でカメラを睨み殺してしまいそうな顔の長月ながつき明日斗あすと
「……………なんというか、個性が強い、というか……あ、僕らも大概か……」
備考欄で、箇条書きとして書かれている文に目を通しての感想。
"個性強い"
いやお前もな、という声が聞こえた気がして、思わず声に出してしまった"僕らも"。
「………ん…?」
ふと目に留まった彗の備考欄、その内の兄がいるという言葉の下。
………気になる大学の名前が書いてあり、横に並び光っているデスクトップの画面に視線を滑らせる。
ペットボトルを置いて、右手でキーボードを叩き、情報を深く確かなものへ変える。
一番大きなディスプレイに資料を写しながら横に出る資料の多くの情報を照らし合わせて、やはり…と頷いた。
「………柴崎彗の兄って…………成る程ねぇ…そりゃ連なる恨みも多いわけだ」
"柴崎薫"
そう書かれた名前に、飛鳥は一人でに呟く。
これは、この事件は。
やはり、思っていたようになるべくして起こったものだったらしい、と。





「…………お前さァ…」
「何も言うなよ陸。俺だって猛反対したさ…でも俺は非常識らしいからな…」
「おい誰だレイを洗脳した奴出て来いやァ」
「…………やべー……俺ガメオベラするかもー……」
「その時はみんなで嘲笑わらってあげますよ先生」
「…………せーとかいちょー…?」
結局、ここ中央病院に見舞いに来たのはアインス担任、斎藤さいとう和葉かずはと生徒会長、すめらぎ玲夜れいや、そして風紀委員長の八神やがみりくの三人だけになった。
理由としては、そう大人数で押しかけても病院側からしてみれば迷惑きわまりない事。
そして、事実を知っている、という事を知っている和葉が決めたこと。
…じゃなんであんな会議したんだろね、俺わからないや。
常識人だと思っていたのが、周りから非常識人だと言われたことが案外傷になっているらしく。
ポケ〜と歩いてきた玲夜の隣に寄り添う陸は、深くため息をついた。
「だいたいよォ、俺ァ言ったんだぜェ?犠牲者増やす前に手ェ打てってよォ………あんの生徒会長ォ…!」
「………………ぅん」
「あ゛。いや、違うって大学の生徒会長のこと言って……レイィ!戻ってこォい!!」
"生徒会長"という言葉ワードに反応したらしい玲夜のあからさまなテンションダウン。
慌てて弁解の言葉を紡ぐも、玲夜のテンション右肩下がりのグラフさながら、上がることは無かった。
そんな仲良しこよし(第三者目線)の二人を一歩後ろで見届ける和葉。
すっと音もなく携帯を手に持ち、高速でメモアプリに文字を記入していく。
忘れるなかれ、この教師。


ーーーー"BL漫画家"あることを。


某青い鳥で呟いたその文章に[いいね!]がドンドンついていくのを見届けた和葉は、また音もなく携帯の電源を切り。
「……あんま喧嘩すんなよー………びょーいんに迷惑かけたら怒られるの俺なんだからなー………」
「「…はーい」」
呆れて言葉も出ない、という雰囲気を纏わせながら腰に手をつき一言、迷惑かけんな。
それで大人しく声をハモらせてオーケーと承諾する教え子とその友人。


ーーーー嗚呼、妄想が捗る…ありがとーなー…


もはや隠す気がない脳内妄想。
自身が描き続けている漫画のモデルが目の前でイチャイチャしてるのは正直目の保養以外の何者でもないのだが。
自分の立場的な意味で考えると、移動や暇を持たされればこの光景を二度と見ることが出来なくなる。
と、すればする事はただ一つ。
「……きっと我らがリンジンもお前らが来たら喜ぶだろーなー………」
"表向き"は良い教師を演じ、そしてそれなりに教師としての鑑を全うする。
生徒の反感を買う事なく、円滑に事を進めれば学年が変わっても同じ学園の教師ならば会う事は可能。
そう、和葉は内心ニヤリと笑って目の前、一歩先を歩く"推しカプ"二人(見舞い用のフルーツ等を持っている)を微笑ましく見守った。
「………なぁ、陸」
「あ?どしたァ?」
「いや………和葉先生さ、なんで俺らの後ろにいるんだ?」
「さァ?後ろは俺に任せろ的なヤツじゃねェ?」
「それどこのアクション漫画だよ………なんか、視線が俺の両親のと似てる気がしてさ…………」
「おー…………よくわかんねェわァ」
そんなアインス担任を横目に、明らかに怪しんでいる陸と玲夜の二人。
さっき迷惑をかけるなという言葉の通り、コソコソと極力小さな声で会話をするため、必然的に顔が寄るのだが。
「(………さーびすしょっとー………これは、使える……このままキスとか……いやでも…なー……)」
和葉ビジョンには、全く怪しんでいる様子は写っていない様子。
それどころか、ネタにまでされそうな勢いだ(というか多分なっている)
滅多に表情が顔に出ない和葉だからこその芸(?)
やましい事を考えていても、それが全く顔に出ないため、周りからはただやつれている先生としか思わないだろうが。
実際は、こんなことやあんなことを考えたりしているので、玲夜の父…すめらぎ蓮弥れんやとなんら変わりはない。
この病院内の患者、および見舞客や看護師までも不思議なものを見た、という目でこちらを凝視する中。
ようやくたどり着いた、五十嵐いがらし隣人りんとの病室。
意識が回復した、という知らせが届いていないから、きっとまだ眠っているだろうが。
なるべく痛まないようなフルーツを持ってきたため、大丈夫だろう。
ーーーーガラ……
スライド式の白いドアを開け、潔白なイメージである白の部屋が視界に入り、ベットを囲う白いカーテンが揺れた。


ーーーーーぁ……ぇ……!


………ほんの小さく、声が聞こえた。
それに気づいた陸が足早にベットに近づき、白いカーテンをシャッと開ける。
「…わッ!?び、ビックリした〜……」
「………………………………俺も………」
「あ、明日斗パイセン…!?なんでここにーーーー」
「隣人君!意識戻ってたのか!?一体いつ!?」
「……あれー…?……連絡きてないぞー…?」
「あ!フルーツめっちゃあんじゃん!やったー!サンキュー玲夜!あと八神とセンセも☆!」
「……………俺、ついでなのか……これでもちょー頑張ったんだぞー……?」
「オイコラ、俺をオマケみてェに言うなよ五十嵐隣人ォ」
…………話が、ややこしくなる^^
誰が誰なのか、イマイチわからなくなりそうな会話の連続。
キッパリとわかるのは、明日斗がここにいる事、そして隣人の意識が戻ったこと、そして見舞いは玲夜だけで良かったのか、という事だ。
隣人が意識を戻したという連絡が来ていなかったらしい和葉はただ首を傾げていたが、その横の玲夜(フルーツ持ち)をみた隣人は目をキラキラとさせて。
子犬みたいだなぁ、と現実逃避し始めた玲夜を置いて明日斗と陸は互いに顔を見合わせ。
「……………………なんで、お前らがここに……?」
「いや最初に言ったっすよね俺ェ!?」
指すら指されて問われた問いにずっこけそうになりながら陸はなんとか言葉を返す。
長月明日斗………彼特有の、マイペースに巻き込まれないよう、至って必死の回答である。
「…ま、まぁ……とりあえず、隣人君が目を覚まして良かったよ……怪我の調子は?」
コントのような会話を繰り広げている二人を置いて、玲夜はベットに上半身だけ起こした五十嵐隣人へと話しかける。
フルーツを腕に抱え、綻んだ顔を見れば大事なさそうに見えるが………


「ん?あ〜っとね。医者からは足骨折、背骨ヒビ入って打撲多数だと☆!マジビビるわ〜!」



…………….………………ぅん?



あれれ〜おっかしいぞ〜?↑
何やらとんでもない言葉が聞こえた気がするな〜?と。
目を開き貼り付けたままの笑顔で固まった玲夜に、追い討ちをかけるかのごとく、隣人。
「いや〜まいったね〜☆!今こうして痛み止め打ってもらってるけど、切れたらマジヤバたにえんって感じ〜☆!?」
……………………きの、せいだろうか
隣人……性格キャラ変わってね!?
「ちょっと待てェ!!おい五十嵐隣人!テメェそんなキャラじゃなかったろォ!?」
「え!?マジ寄りのマジ?俺元々こんなキャラだぜ〜☆!?」
「うっそだろお前………うっそだろお前ェ!?」
明日斗との会話に勤しんでいた陸も、流石に気がついたのか。
慌ててベットに駆け寄り隣人の肩を掴むが否や、ガクンガクン揺さぶる勢いで問いただした…が。
やはり、かえってきたのは"いつもの俺じゃん何言ってんの"である。
このキャラの変わりようは古代ローマ、暴君とも呼ばれた賢帝三代目、カリグラさんもビックリ。
というか、まさしくカリグラのそれ過ぎて玲夜は軽く目眩を覚えた。
(追記:カリグラという三代目ローマ皇帝は、賢帝だったのにも関わらず、高熱で倒れ生死を彷徨った挙句、奇跡的に復帰したのち性格が激変。それから暴君へとなってしまったキャラ変わり過ぎて草生える系皇帝である)
頭を抱えて唸り始めた玲夜の後ろ。
静かにその惨事を見守っていたアインス担任こと斎藤和葉。
五十嵐隣人が目を覚ましたという連絡が来ず、一体何があったと困惑していたら何かと話が進んでいて少し混乱状態。
はっと意識を現実へと引き戻した彼は、まぁ落ち着けヨモギティーチャー、お前はそんな慌てるキャラじゃないさ、と。
ふう、とため息一つ、そこからキリッと目筋を正し(?)、一言発した。
「………とりあえず、おちつけー……」と…。





いつまでそうしていたか。
五十嵐隣人にはよくわからなかったが、最後の記憶が名も知らず顔すらもわからない男の声だったのは確かだった。
身体中が悲鳴をあげ、身じろぎすら出来ないあの状況下で。
「……こら、マズイかもしれへんな…早う病院に連れていかな…」
ボソリと呟かれたその言葉に重い瞼を持ち上げて、"彼"の顔を見る。
ボンヤリと見えた顔は、どんよりと曇る雲のような灰色の髪と、赤と青のオッドアイ。
声を発し、手を伸ばし、彼に今先ほどの出来事を伝えようと奮闘したが、ただ身体がミリ単位で動いただけになってしまう。
そんな隣人を見て、彼は見えずとも苦々しく顔を歪めたのか。
「…………いける。次に目ぇ覚ましたら病院やさかい。あんたの友人も見舞いに来てるやろう」
少しだけトーンの下がった声で、けれども優しい声と一緒に身体がフワリと浮き上がる感覚。
背中と膝に差し込まれた長くたくましい腕は、こんな傷だらけ、血だらけの身体を気にする様子もなくしっかりと隣人を抱きとめる。
一歩を踏み出すたびに揺れ、軋む痛みに顔を歪めるも、"彼"はなるべくそっと歩いているつもりだろう。
必要以上の揺れが起きず、隣人は痛みとそれ以上の安堵感を覚えて、自然と瞼が下がる。
………本当に、なんでこうなったんだか……
未だに、自分が大怪我しているという現実を受け入れられず、夢だったらいいのにと。
こうして目を閉じ、次に目を開ければ暖かな我が家で。いつものベッドから飛び起きて、ヤバイ遅刻だと。
そんな、いつもの日常が来ればいいのに。
叶うことのない事だと知りながらも、隣人は名前も知らない"彼"の言葉を聞き、今度こそ眠りの世界へと旅立った。
「………ほんに、すいまへんなぁ……」





「って事があったんだよ☆!も〜滅茶滅茶かっこよくね〜☆!?俺マジ惚れたわ〜☆!」
「…コイツ本当に怪我人かァ…?」
「……おちつけーっていう俺の言葉聞こえてたー………?」
「あ、林檎剥く?果物ナイフあるから食べれるよ、隣人君」
「マジ☆!?あざ〜っす☆!」
「……………………………ちゃらい……」
キラキラとした目で語ってくる人格が変わった五十嵐隣人。
ジト目で本当にそんな重傷か?と疑う八神陸。
はぁ、とため息をついて眼鏡をくいっとあげる斎藤和葉。
そんな彼らをスルーして林檎と果物ナイフを手に皇玲夜、そして心底嫌そうな顔をしている、長月明日斗。
全くカオスな病室である。
骨折やらヒビが入ったやらで重傷アピールしている隣人の回想話に、陸は。
「………コイツ、頭も重傷じゃねェ…?」
と、まさしくその通りな言葉が出てきたときは、アインス担任である和葉でさえも頷いてしまった。
そんな担任に、ひどくねー☆!?っとギャンギャン吠える隣人。
………笑えないレベルで、心配なんだが、と。
玲夜はクルクルと林檎を回し、器用に赤い皮を剥いていきながら思った。
もしも、このまま彼の人格が戻らなければ、アインスのクラスメートは勿論のこと。
彼の家族や友人にだって迷惑と心配をかける事になる。
リンドウ学園の不祥事とはいえ、やはりそれだけは避けたいところだ。
サクサクと気持ちの良い音を奏でながら淡い暖色の果実を切る。
一応、と持ってきていた紙皿に切った林檎を並べて、ベッドに備え付けられた即席のテーブルに置く。
「うまそ〜!いったっきま〜っす☆!!」
途端に飛びついてきた隣人を生暖かな目で見つめながら、玲夜。
「…………さて、とりあえず隣人君が目を覚ましたのは良いことだ、そうに違いない。…………だから次は彼をこんな目に合わせた奴等をどうするか、決めよう」
一変して、冷たく光る深海の瞳に、陸は無言で頷いた。
…シャクシャクと林檎を食べながら。
「らいはい、こんはいのじけんは、あふかがじょうほぉもっへるし、なんとかなるだろォ」
「食ってから喋れ、行儀悪いな…」
本人達は至って真剣なのだから、咎める人などいるわけもなし。
和葉でさえも、口を出さずにただじっと沈黙していた。
「ん、んんっ。んでェ?生徒会長サマはどう考えてんだよォ」
大人しく林檎を飲み込んだ陸が問うたのは、このメンツでもっとも頭が切れるであろう玲夜の案。
「……正直、俺らがどうこうしてなるような問題じゃないから、最終的には警察任せかな」
「……まー、それが安全だしなー……しょーじき、俺はあんまり関わりたくなーい……」
「おいアンタ教師だろォ…」
「…命に関わる問題なら誰でもパスするにきまってんじゃーん……ねー、せーとかいちょー…?」
「あ、先生は前線で頑張ってくださいね」
「………………………んー…?」
ぱーどぅん?と。
キョトン顔でこちらを見つめる担任(和葉)に、玲夜は無慈悲に。
「このメンツで唯一の大人なんですから、頑張ってくださいね、先生」
ニッコリスマイル。
まさしく死の宣告とも言える死神の笑顔である。
これはシャレにならんぞ、と和葉は冷や汗がタラリと背中に伝うのを感じ、鳥肌が立った。
一教師として生徒を守るのは当たり前であるが、命が関わったら話は別だろう…?
そんな淡い期待も虚しく、これは本当に逃してはくれない様子。
「…….….……….…なぁ……」
ふと、聞こえたハスキーボイス。
冷淡な口調で言葉を発したのは、今まで黙っていた明日斗だった。
「…………………アンタら、犯人わかってる…のか………?」
ーーーーーーん?
「おー。目星はついてるっちゃついてるよなァ?」
「…まぁ、今回は飛鳥に感謝かなぁ…いやでも"アレ"はダメな気が…」
「いやいや、レイよォ、利用できるモンは全部利用しちまおうぜェ?」
「…………まって…せんせー何言ってるか理解できてなーい……どゆことー…?」
「…………………斎藤先生に、同じ……」
「そして俺もノットアンダースターン☆!え、何玲夜、犯人わかっちゃってるカンジ〜!?マジやばたにえんなんですけど〜っ☆!!」
口調から察したであろう明日斗。
陸と玲夜の二人の会話は、あたかも犯人がわかっているような話だった。
ともすれば、後から続々と知りたい知りたいと野次が飛んでくるのは承知。
そこで、二人は。
「犯人の目星はたってるから、対策も出来るはず。だから先生は前線(職員会議)で頑張ってくださいね♪」
「ソユコト。頑張れェセンコォ♪」
びっくりするくらいいい笑顔で"先生、貴方だけは逃さん"と。
警察と大人任せな作戦だという事を話し…。
ーーーー和葉は、黙って気絶した。