コメディ・ライト小説(新)
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.14 )
- 日時: 2019/03/24 09:08
- 名前: Rey (ID: NvHaua1/)
三章 リンドウ学園の学園風景
一話 生徒会長と噂話
昨日、ヤンキー達に絡まれ、果たし状という紛らわしいラブレターの末、いつも通り告白されてフッて。
ようやく帰ってきた我が家には息子で妄想を捗らせる実の両親に捕まって……。
正直、寝れた気がしない、と寝起きのレイはいつも以上に声のトーン低く"おはよ"とリビングへと降り立った。
ちなみに、この家は八神家と同じように二階建てであり、一階はリビングと両親の部屋…つまりは生活スペースが主であり、二階はベランダとレイの部屋、という構造である。
が、両親の部屋の真上がレイの部屋なため、二人の会話が聞こえることもしばしば……。
それら全て、レイと陸…更には飛鳥も交えた妄想話だった時は毎回悪夢を見る。
「あぁ、おはよう」
「…んぁれ……なんれ父さんいるんだ…」
「おはよう玲夜!ダ〜リン、今日有給とったんですって!だからぁ、今日は一日中家にいるわよぉ!」
「………同性愛についてとやかく言わないけどさ………俺らで変な事考えんのやめよ…?」
意識が半分夢に浸っていたレイだが、父…蓮弥が携帯から顔を上げて軽く微笑んだ、その姿に。
ハテナ?と首を傾げるも、答えたのはキッチンに立つ母、晴香の声で。
…いや、この二人が一日中いたらどうなるのか考えたくもない、と。
どうせ、昨日オンエアされていたアニメを繰り返し見たりだとか、また新しいタイトルのコミックを漁ったりするのだろう。
………出来れば、その集中力を他の事に活かして欲しいが。
「変な事?お前を愛している証拠だ……ろ」
だが、BLを変なこと、と反応した父が口走った言葉に…だんだんと顔が赤くなっていくのを母が携帯で連写しながら。
「あら!?ダ〜リンッデレモード!?」
「忘れろ晴香、俺は何も言ってない漫画の朗読をしただけだ」
「嘘よだってダ〜リンが読む本はそんな少女漫画要素の薄い本って知ってるもの!あ、私今上手いこと言ったかしら!?」
全ての家事を放棄して癒しデータを量産する母親に、くいっと服の袖を引っ張ったレイは。
「…………俺お腹空いたんだけど…」
上目遣いで、ムスッと頬を膨らませ、そう言った。
「……………………」パシャ
「ちょ、何写真撮ーーーー」
「晴香、焼き増しラミネート加工だセブ◯イレブンへ走れ」
「もちのろんよ待ってて財布の有り金全て投資してくるわ」
「え、ちょ、財布持ってどこ行く……朝ごはんはッ!?」
ーーーーこの後、知らんぷりを決め込んだ父を殺意のこもった目で見つめながら、レイは渋々家を出た。
流石に朝抜きというわけにも行かないので、途中みんな大好きマ◯クに寄ってハンバーガーを頬張っていたのはリンドウ学園の生徒が目にしてその日のうちに拡散されたのは言うまでもない。
ーーーー突然だが、このリンドウ学園の生活風景を観察したいと思う。
ここ、【アインス】では今日も机の中にラブレターが仕込んであって朝っぱらから項垂れている生徒会長はとりま置いといて、と。
リンドウ学園は珍しく、担任がほとんどの教科を担当する、いわば小学校と同じ体制をとっている。
…まぁお金がかかるからとかいう大人な事情が絡んでいることは伏せて。
そんな、今日も今日とてホームルームが始まったアインスでは。
……そう、今日も、今日とて……。
「…ぐっどもーにんぐ、しょくん……おれはぐっどじゃないがな…ははっ……」
(((毎度思うが先生は何に追い詰められてんだよ)))
この、無駄に顔がいい癖にクマが取れない、完璧不健康の代名詞である担任の、げっそりとした声で学園生活が始まった…。
思い切りやる気削がれるとか、そんな事はもう今更だ。
学年が上がって二ヶ月経った今…つまり"六月"なわけだが。
…昨日の土砂降りも梅雨だったから、傘を持っていくのを忘れた自分の頭の悪さに反吐が出たが、それはもういい。
過去は過去、今は今だ、と割り切って……ラブレター貰って返事どうしよ………。
と、割り切ろうとしたが割り切れない事情にガンッと頭を打ち付けた生徒会長はおいといて。
「おいそこのせーとかいちょー………眠気を抑えるのであればコーヒー飲めコーヒー……俺はエスプレッソ3杯飲んだぞ〜……」
「いや先生多分玲夜は寝不足じゃないかと」
「ってかエスプレッソ3杯って下手すりゃ死ぬんですが…?」
「まず胃が荒れてヤバいだろ…ってもう慣れて大丈夫か、先生なら」
ビシィ…と指を指されたレイだが、全く顔を上げるそぶりを見せず石像のように動かないレイに、もう慣れたわ、と皆黒板を向く。
唯一隣が"おい、早く起きろよ"とツンツンしているだけで、もう他は授業モードに突入だ。
「…はいこれで授業を終わる……起立、礼…」
「「「ありがとうございました」」」
ーーーキーンコーンカーンコーン……。
チャイムが鳴り一限目が終わると同時に、レイは着席するの事なく教室を出るのを、担任は虚ろな目で。
「…まぁた告白かぁせーとかいちょー」
皮肉か、それとも嫌味なのか。
呂律の回っていない口調で、担任……斎藤和葉は言った。
中性的な名前だが、れっきとした男性教師である。
「先生、頼みますから正気保ってください。どっちが教師なのかわからないですよ………って、なんですかその目。そ〜ですよ、別に今に始まった事じゃないでしょう」
「知ってる。………お前、大変だなぁ。俺ら教師の中でも人気っていう情報…いるかぁ?」
「もうあげてるじゃないですか……え、俺そんなに…って時間やば…それじゃ先生、次の授業もよろしくで〜す」
けれども、これも慣れだ、塩対応塩対応と目すら合わせずに淡々と喋るレイ。
授業は真面目に受けるので眠気は吹き飛んでいるようだ。
パッチリ開かれた海の目は寝不足でハイライトが死んでいるこげ茶色の目を射抜き、ため息混じりにヒラヒラと手を振った。
ガラガラ、と教室の扉を開けて、ラブレターの書いてあった【ドライ】までわざわざ出向く。
普通ラブレター書いた方が行くんじゃねぇの?と思うが、この差出人は意外と賢い。
まさにその通り、だから【ドライ】の生徒を"わざわざ"レイが呼びに行く……となると、周りの目からはレイ"が"ドライの生徒に何かあるのでは?と思うわけで。
ーーーーいやまぁ、この作戦も何回かあったからみんな察して目を合わせてくれないけど
そんなわけで、ドライの扉を開ければ騒めきが一瞬にしてシーン…とお亡くなりなったようで。
ただ一人だけソワソワと顔を赤く染めている男生徒がいたが、きっとあの子だろう。
「…えっと。とりあえず、この手紙の差出人は………」
まあ確認は大事だ、何事も…というかこういう事の確認は大事だろう少なくとも。
そう思ってポケットに忍ばせていた手紙を取り出すと、真っ先に反応した…その差出人。
「僕だよー玲夜くーん(笑)」
ヒラヒラとおちゃらけた風に笑う"ドライの担任"に。
「………はぇ?」
思わぬところから声が上がったため、「はい?」と言おうとしたのだが「え?」と混ざり変な返事になった。
え、待って待ってなんでドライの担任…あ、和葉先生が言ってた事ってこれ…?
「…あの、別に俺じゃなくても良くないですか、これ」
「あはは、これ僕一人じゃどーにも出来なくてさー!いやー助かった助かった(笑)」
「…(笑)ってわざわざ言うのやめません?」
「えー(笑)」
上半身を覆い隠すほどの段ボールを担がされて、生徒会長こと俺はドライの担任兼ラブレター(?)の差出人と、廊下を歩いています。
ーーーー正直、ぶん殴りたくなりましたけど、なんとか持ちこたえてます。
ジト目で隣を歩く高身長眼鏡イケメン(教師)に、レイは重くため息を吐くが、それすらも相手の笑いのツボに入るらしい。
なんともやりづらい相手…レイが苦手とするタイプの一人だ。
「ってか授業始まるんですけど…どうするんですか」
「んー、僕に連れ出されたって言っといてー(笑)」
「だから(笑)って言わないでください。…貴方クラスの担任って立場理解してます?」
「あはは、玲夜くんは厳しいなー(汗)」
「…………もう、ツッコミませんからね」
ようやく見えてきた職員室にホッと息をつくも、束の間の休息。
ガラガラと扉をスライドすれば、ほとんど教師のいないデスクがズラリと目に入る。
そこらへんに置いといてー、と彼も持っていた段ボールを無造作に置き、肩をグルグルと回している。
「…それじゃ、俺もう戻りますからね」
適当に置け、と言われても仮にも職員室なので、彼のデスクに近いところ、かつ邪魔にならないところを探して、中のものが壊れないように(というか中身見てないから何が入ってるのかわからない。でも重かった)そっと降ろして、そう言うレイに。
「………まーもう遅刻は確定だしちょっと付き合ってよー」
「は?………ッ、先生…っ?」
……だが、デスクへと追いやられて両脇を腕で挟まれ、いわゆる机ドン…いや、デスクドンをされた。
ーーーーは…?
「僕ねー、ノンケな筈なのに、玲夜くんだけはなーんかイける気がするんだよねー」
「…ふざけないでくださいよ。俺は誰とも付き合う気はないですし、まず貴方教師でしょう」
「あは、本当マジメだよねー………今日、八神が"休み"だから絶好の機会って思ったんだけどー」
「……………え、あいつ休みだったんですか」
「あれれー?知らなかったのー?」
先生の顔が少し真上にあって、ドアップなこの状況だが、まさか陸が休んでいるとは…。
一限目の休み時間なうだったので気づかなかった。
いや、でも普通に考えたら風邪ひくな…。
忘れていたが、昨日ヤンキーから庇った(?)陸が傘をレイに預け、土砂降りの中突っ立っていたのを思い出した。
あれだけびしょ濡れならば風邪もひくだろう。
ナントカは風邪をひかないとも言うが……それが本当なら、陸はナントカではなさそうだ。
と、現実逃避がてらに考えるも、はっと我に帰る。
ーーーーとりあえず、退いてもらわねば…。
「…先生、俺は先生をそういう目で見た事は無いです。ってか男相手に親愛以外何も持ちません」
「んー…俺もそうだったんだけどねー。実際僕は君にメロメロメロンなわけでー」
「…からかってます?授業始まるんですけど…!」
キッと睨むが、相手にとっては逆効果だったらしく、ドロリと黒い何かが溶けた先生の深緑の瞳が細められる。
ーーーーーこれは、マズイ。
冷や汗が頬を伝い、思考がブレる。
正直、教師まで俺のことを想ってるとは思わなかった。
だが、生徒同士ならば百万歩譲ってオーケーだとしても、教師は駄目だろう教師は。
…いや、生徒でも勿論嫌だが。
ーーーーキーンコーンカーンコーン…。
…………二限目の始め…そのチャイムが鳴った。
「ちょ…!授業サボってるみたいじゃないですか!早く退いてください!」
本格的に焦ってレイが胸元を押すも、ビクともしない。
逆に、触れた時に感じた筋肉にサッと汗をかく。
正直、この先生は見た目が細く華奢なイメージだったので、そこまで力があるわけでもないだろうと思っていたが……。
「あは、僕こー見えても筋肉ついてんだよねー(笑)」
「いや(笑)じゃないですよ!?貴方自分のクラスの授業サボってどうするんですか!」
「あ、二限目は音楽だから僕担当じゃないのー(爆笑)」
「爆笑しないでください俺は社会なんですけど!?」
…教師としての立場が危うい事を盾に逃げようとしたが、よりにもよって"担任が担当する教科外"の音楽…。
あのラブレターに書いてあった、"一限目の休み時間に高二【ドライ】にて待ってます"という言葉にひっかかったが、わざわざ一限目の休み時間と限定したのはこのため………ッ!?
そして、【アインス】では社会…つまり、担任が担当する教科であるからにして。
この目の前にいるドライの担任………レイに二重罠を仕掛けてきやがった、と…。
「あはは………まぁ、もうサボっちゃったから戻っても戻らなくても同じだよねー。…保健室行く?」
「行くわけないでしょう!?……正当防衛で殴りますよ…ッ?」
「わーこわーい(棒)」
「くっそそれチョームカつくんですけど」
ヘラヘラと笑いながらも目は笑っておらず。
心なしか、左右に置かれた手が握りしめるデスクの角はミシミシと音を立てている気がする。
…………マジで股間蹴ろうかな
そう、はんば本気に思った、その時。
「………"中崎"せんせー?俺の生徒になにしてるんですかね…?」
一限目に聞き慣れた、やる気のない死んだ暗いトーンが、この場の空気を粉砕した。
「か、ずは先生……?」
「あっれ、和葉さんじゃないですかー……授業サボるなんてイケナイ人ですねー(笑)」
「いや…中崎せんせーに言われたくないんですけど………俺はただ、生徒会長の戻りが遅くて連れ戻しにきただけですよ………」
はぁ、とわざとらしくため息をつくアインス担任…和葉先生はいつもよりもハッキリとした口調で。
「さっさと離してくれませんかね………生徒会長、困ってるでしょ………それと、授業中断させてるから、残りの生徒を待たすわけにもいかないので………」
珍しく、ハイライトの入ったこげ茶色の瞳をギラつかせて、ドライの担任……中崎大和を一瞥した。
ーーーーはぁ、と。
「わかりましたよー………周りにバラされても困るので引き下がりまーす………でも、諦めるとは言ってないからねー(笑)玲夜くんも、よろしくー」
ようやくデスクドンから解放され、レイは絶対に背だけは見せない、と猫のように警戒しながら後ずさり。
それを見て、中崎大和先生はくすり、と。
「それじゃーねー玲夜くん(笑)和葉さんも、迷惑かけましたー(笑)」
ヒラヒラと手を振って、職員室に備えられているコーヒーメーカーへと足を運んだ。
「…助かりました、和葉先生」
どっと疲れが押し寄せて肩の力を抜く生徒会長を横目に、和葉はただ。
「………いや、止めなかった俺も悪い。教師の中でも、中崎せんせーは群を抜いててな………」
「でしょうね…目が怖かったですもん」
授業が始まり誰もいない廊下、授業を中断してまでも来てくれた担任に、心から敬意を払うレイを置いて、和葉はそっと胸ポケットから携帯を取り出した。
「…先生?」
急に立ち止まり視界の端から消えた和葉を、数歩先から無垢な目で見つめる生徒会長。
「…いや、先に言っててくれ。言い訳を考えているんだ………」
そう言って、またハイライトを消すこげ茶色の瞳で訴えられては、レイは何も言えず【アインス】へと戻る他無かった。
「………今日も、モデルの優等生は告白される…しかもそれはイケメン教師で禁断の関係………でも優等生はフりました、と………」
『ヨモギティーチャー』という名前で呟かれたその言葉は、ネットを通じて全世界へと発信される。
和葉は、自身の呟きがドンドンリツイートされていくのをさも興味なさそうに見た後、プツッと携帯の電源を消した。
ーーーー 一方その頃、皇家の自宅では。
「…あら?………あら!?ちょ、ダ〜リンッ!"ヨモギ先生"が新しく呟いてるわよ!?」
「………教師との禁断の関係…これは新しいネタとして"描かれる"かもしれないな…」
三年も前から愛読してきた"BL本の著者"の呟きにて、騒ぐ男女がいた。
女性……漆喰のような黒髪をストレートロングにしている、皇 晴香と。
男性…ソファにゆったりと腰掛けるイケオヤジ、皇 蓮弥だ。
「それにしても、教師にも告白されちゃうなんて、とんだ罪深い子だこと……一体誰が"ゼロ"のモデルなのかしら………気になるわねぇ」
そう、テレビの中で赤面し、恥じらいながらも小さく喘ぐ"推しキャラ"の名を呼んで、晴香はホゥ…と息をつく。
ゼロ、と呼ばれる男子生徒は画面の中で茶髪のヤンキーと共に……というシーンで。
「だがヨモギ先生は教師なんだろう?だとしたら、"ソラ"のモデルも同じ学校なんだろうな」
その茶髪ヤンキー…ソラがドアップに映る時に、蓮弥はそう言った。
ーーーーいや、まさかねぇ…?
皇夫婦は、まさかリンドウ学園に通っている我が息子と幼馴染がモデルなのではないか、という仮説が頭をよぎったが。
…………とりあえず、アニメ見て萌えよう、と。
テレビの音量を無言で大きくし、そのまさかの仮説を胸がキュンとする声によって洗い流した………。
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.15 )
- 日時: 2019/03/29 18:41
- 名前: Rey (ID: NvHaua1/)
二話 生徒会長と魔導授業
逃げるようにアインスに滑り込んだ優等生(笑)を、一同目を丸くして見やる。
だいたい察した者もいるようだが、ただ首をかしげる生徒も多数。
だが、説明する程の事でもないだろう、というか説明したくない、と無言を貫き、レイは自分の机に向かった。
「…おい、大丈夫か?」
唯一隣に座る心優しきクラスメートに心配の声をかけられるも。
「……うん、多分」
「多分…!?ほんと大丈夫か…!?」
更に心配の色を濃くしてしまった。
いや、そんな顔をするな隣人よ、俺の方がそういう顔したいんだ………中崎とかいう教師の頭を心配したいわ…、と。
珍しく授業中に不貞寝を決め込もうと決意したレイなどいざ知らず。
呑気にガラガラ〜と入ってきたアインスの担任、斎藤和葉に皆が一斉に集中スイッチを入れた。
「……悪かったなぁそこのせーとかいちょーが"変なやつ"に絡まれてて助けに行ってたらこんなに時間おしてるとは俺も思わなかったんだぁ…」
トン、と出席簿を肩に乗せてため息をつく担任に、ヒソヒソとどこからか生徒の声。
「…この学年に変なやついたっけ?」
「いや、【ツヴァイ】は八神がいるけど、【ドライ】は一般的じゃね…?先生はおちゃらけてるけど」
「あれそういえば中崎先生の事前"変なやつ"って和葉ティーチャー言って無かったっけ」
「「「「………………え?」」」」
バッと元凶の元を見るクラスメート全員の目は。
けれどーーーーー。
「……スゥ………」
スヤスヤと静かに、気持ちよさそうに寝息を立てる生徒会長の顔を写すこととなり、またバッと目を背けた。
「(…生徒会長、可愛すぎかよ……!!)」
「ちょ…と…………なんで寝てんのせーとかいちょー……俺の授業始まるぞ…15分押してるけど」
だがものともしない担任こと和葉は気だるげに。
15分押しているという社会の授業を再開しようと声をかけるも。
「えー…もういいじゃないですか和葉ティーチャー。珍しく寝てる玲夜を鑑賞しましょーよ!」
という、生徒(ファンクラブの一人)が声を上げて。
「写メ撮ってもいいかな。盗撮じゃないよね面前なら」
「僕も撮りま〜す」
ドンドンその声が強化されていくのを、和葉は静かに見届けて、一つ呟く。
「……………これ、俺止めた方がいいのかな….……いいや、この授業はせーとかいちょーの写真会になりましたぁ……俺も撮るからなぁ止めるなよぉ………」
ーーーーお前ら共犯な、と。
キラリと光った目に同意するように頷くアインス全生徒(レイを除く)が静かにスマホを掲げ、カメラを起動した………。
二時限目の休み時間……。
「…お〜い起きろせーとかいちょー」
「んぁ……かずはせんせ………」
コツ、と頭を叩かれ、なんだと顔を上げればクマの濃い黒眼鏡のイケメンフェイス。
アインスの担任、斎藤和葉先生が、こちらを呆れ顔で見下ろしていた。
「…授業、終わったんですか……あ〜眠い……」
机にのっぺりとうつ伏せていた体を起こして、目をこすりながらそう問えば。
「あぁ、終わったよ……」
少し、目をそらしながら答えられた。
それに、違和感を感じながらも"授業が終わった"事に、それなりの睡眠が取れたはずだが…と。
何故か、とても休んだ気がしない。
逆に、なんか疲れた気がする…と。
レイは少しボサついた髪を直しながら、三限目の用意を始めた。
「…せーとかいちょーはさ、なんで男無理な訳?」
「………はい?」
ピタ…と聞き逃せない言葉が聞こえた気がして、思わず聞き返してしまった。
"男が無理な理由"
そんなものを問われても………レイは何故そんな事を聞かれたのかわからなかったが、ただ担任は"そういう意味"で言ったわけではない事だけはわかった。
だからこそ、何故…と思うわけだが。
「…強いて言えば、反抗するためですよ」
「はんこう…?」
コテン、とあざとく首をかしげる和葉先生に、絶対わざとだ、と内心確信しながらも、苦笑を貼り付けて。
「俺の両親、俗に言う貴腐人と腐男子で。俺と男子がイチャイチャするのを見るのが好きなんですよ。それが気にくわない、だから誰とも付き合わない……これがもっともな理由ですかね〜」
ただただ、"気のいいようにさせてたまるか"という、意地だけの事だと。
そしてそれが唯一できて初めての"反抗期"故だと。
少し、呆れを含む笑いで、こちらを見下ろすこげ茶色の、ハイライトのない目を見上げた。
「…それじゃ、俺はもう行きますね。流石に、『魔導学』はサボれませんからね〜」
動きを再開して、手早く"魔導書"と"生徒手帳"を手に抱えて、立ち上がったレイ。
ヘラヘラと笑いながら、三限目と四限目にある魔導学園特有の"魔法の授業"を受けるため。
リンドウ学園における四つの講堂……アインス専門の講堂、青龍館と呼ばれる東に位置する建物へと向かう。
つまり、魔導学園を選ぶ理由の大きな理由…普通の学園では受けられない"特別授業"のために、専用講堂へとレイは足を運ぶのだった。
凛影魔導学園、青龍館にて行われるアインス専門の魔導学にて………。
この世界の人口の半分が持っている潜在能力…魔力の有無にて決まる学園生活。
その中で、魔力を秘めし人材の特権である『魔導学』…魔導学園を選ぶ事で教わる事ができる、魔力の使い方。
読んで字のごとく、魔法を使うための基礎、知識を養うための授業…魔導学は一度休めば置いておかれる事がしばしば。
そんな事を頭の隅で思いながら、レイは講堂の黒板を背に、魔導書を手に熱弁するリンドウ学園アインス担任を見ていた。
魔導学………言わずもがな、魔法を使うための授業である。
リンドウ学園では、アインス、ツヴァイ、ドライと三つに分けられ、各講堂にて魔法の授業を受ける。
ここ、青龍館はアインス専門館。
魔導学だけでなく、他の授業でも使われるこの建物は、アインス専門というだけあり、他のツヴァイ、ドライと比べて施設が充実している。
例えば、わかりやすいものだが生徒席がキチンとした椅子であったり、単純に綺麗だ。
そして、勿論授業内容も違う。
ドライは魔法の基礎知識を重点に、土台を作る授業。
ツヴァイは応用の知識と実技が主な授業。
そして、アインスは更に深く追求した応用の知識実技を教わる、ハイレベルな授業。
流石アインス…高レベルなクラス、と誰もが思うこの授業……。
更に言えば、この魔導学は一つの科目で終わるわけではない。
大きく分ければ三つ。
『攻撃魔法』『身体強化魔法』『召喚魔法』
レイ、そして陸は攻撃魔法科なのだが、飛鳥は名目上は身体強化魔法科である。
「…さて、今回やる攻撃魔法…いや、これは攻撃系ではないが。みな、これを見た事があるかね?」
ふと、講堂の最前線にて手を挙げた講師の手には誰もが見たことのある魔法を使うときに用いる結晶…。
つまり、魔導結晶である。
それも、黒…に近い紫色。
「…"闇"属性の魔導結晶……しかも上位クラスの…」
魔導書から顔を上げて皆講師の手に視線を集める。
魔力量の考え方で色が濃ければ量が多い、これは魔法を扱うこの授業からしたら常識である。
ポツリと呟いたレイの呟きを聞いたかのように話を続ける講師。
「そう、これは闇属性の魔導結晶。今日はこれを使い"幻惑魔法"を教える」
「幻惑魔法…………珍しいな」
アインスの授業にしては珍しく需要性が薄い魔法の授業に怪訝な表情を浮かべるアインス一同に、講師はニヤリと怪しく笑って。
「この魔導結晶に秘められている魔力量は勿論の事、属性も幻惑魔法を使いやすい闇。……そこで、君らには最近の頑張りを評し、少し遊ぼうと思う!」
ギラリと妖艶に光った魔導結晶の如くキラキラとした目でそう言った講師に、レイは。
「………幻惑魔法で遊ぶって大丈夫なのかこれ」
もはや授業と呼べるものなのか、という疑問を持ちつつも、こういうサプライズ的なのもあるからこの魔導学は休めない、と。
特にアインスの授業ならばいくら幻惑魔法といえどその完成度は計り知れない。
これは面白くなりそうだ、と頬を緩ませて妖しく光る闇の魔導結晶をその海のような瞳に写した。
……………結果から先に言おうーーーー。
「うぉあッ!?これなんだ!?イソギンチャクゥ!?」
「ちょぉ!?俺こんな気持ち悪いのや…こっち来んな誰だお前ぇ!?」
「お前虎…ホワイトタイガーじゃねぇか羨ましいなコンチクショッ!」
「ガルルゥッ!?(人間に戻りたいッ!)」
ーーーーー混沌だった。
流石アインス…授業内容がとてもハイなレベルだった。
幻惑魔法、いざとなれば使う事の少ないこの魔法だが、使った魔導結晶がとても有能だったためかその威力は絶大だった。
ある者は体がイソギンチャクのような触手となり。
またある者は世にも珍しいホワイトタイガーになったり。
そしてまたある者は……。
「…あれ、おかしいな…………俺が二人いるッ!?」
「すっげ!俺マジで"玲夜"になってんぞ!?」
「お前…クラスの隣人君じゃねぇか!!なんで俺になってんだややこしい!!」
……高等部生徒会長、皇 玲夜になっていた。
それはもう、ドッペルゲンガーのように。
声、身長そして言わずもがな見た目全て、玲夜その人な別人…レイからしてみれば自分が目の前にいるのだ、正直気持ち悪い。
わちゃわちゃと各自授業のため強制的に幻惑魔法を使って自身を別のものに見せたため、もはや誰が誰だがわからない者も多数。
その内の玲夜(偽物)はキラキラと携帯で自撮りしていたが………。
ふと、何も玲夜(本物)に変化が無いことに気づき、自撮りしていた携帯を降ろした。
無言でレイを見る玲夜……そして、はっと。
まさか…と。
「…お前………生徒会長じゃないな!?」
「正真正銘の玲夜(生徒会長)さんだよッ!?」
同じ思考回路の別人…!?と
同志の気配を察知したのかはわ、と口を抑える玲夜(偽物)に。
堪らず声を張り上げた玲夜(本物)が、バッと頭を抑えながら立ち上がった。
「大体!この魔法自体なりたいものになれる魔法じゃないだろ!だって幻惑魔法なんて初だもんね!?なのになんでお前俺になってんの!?」
「知らねぇよ!気付いたらお前になってたんだよ!?」
「…眼福だ……会長が二人いる……本物は頭抱えてるからわかるな」
側から見れば玲夜が二人いて(本物は何故か頭を抱えている)言い争いしている構図。
ファンクラブ会員ならばそれはもう目に毒だろう。
………………………それは置いといて。
「……本物の生徒会長はさ、なんで頭抱えてんの?頭、痛いの?」
心配した誰か…イソギンチャクは何故、どうやって喋ってるのか心底謎だが、本物の生徒会長を養うようにウヨウヨと触手を伸ばしながらそう言った。
「え、あ…いや痛くはないんだけど……隠してる、的な?」
「ガルルゥ…?(何を?)」
「…この虎なんて言ったんだろ。まぁいいや。生徒会長〜何隠してんの〜?」
「…いや、その………」
「………イソギンチャク!皇に"触手で拘束"だッ!」
「え?あ、お、おうッ!」
「ちょッ!?」
何そのポケ◯ンシステム。
一瞬、誰に言われたのかわからなかったであろうイソギンチャク君は、ワンテンポ遅れてその膨大な量の触手を操り、逃げ遅れたレイの腕を絡め取る。
なす術なく両腕を広げられ、レイが隠していた"何か"が……。
ピョコン、と。
「「「「…………………"耳"?」」」」
黒髪の中から、フサフサとした、それはもう素晴らしい"猫耳"が。
レイの頭から、見事なまでにピコピコと動いていた。
「うぅ……なんで俺だけ猫耳生えんの……?」
腕を拘束されたままのレイはただ人間の耳の方を赤く染め、俯きながら唸った。
周りは全身変わってんじゃん、なんで俺だけオプションなんだよ、と。
この幻惑魔法…ぜっっったい役に立たない。
そう確信した瞬間だった。
「ガルル!ガルルゥッ!!(やった!仲間がいた!ネコ科仲間!!)」
「ちょっと?なんでこの虎興奮してんの?ムッツリなの???」
「いやネコ科仲間って…俺猫耳生えただけだぞ…これ成功してんのか…?」
「….……あれ?これ生徒会長とホワイトタイガー君会話出来てね?」
「ガルッ!?(本当だ!)」
「…………猫耳ってすげぇな…色んな意味で」
ホワイトタイガー君が感動で震える中、爆笑している講師を置いて、中高大アインス一同は皆揃って携帯を構え。
ーーーパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャーーーー
最近の携帯って連射機能がついてるから便利だな〜と誰かが呟き、それにうんうん、と頷くほぼ全員。
笑い転げ死にそうになっている講師なぞ無視、むしろ死んでもいいよ的な姿勢でただ猫耳という可愛さ百倍増しにする癒しデータを量産すべく携帯の容量を殺していくアインス生徒に。
ただただ写真を撮られるだけの玲夜は、何故か二限目の疲れと同じ倦怠感を感じて…。
いや、それ以前の問題だ、と一番の問題を口にしたーーーー。
……これ、いつ戻んの……?とーーーー
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.16 )
- 日時: 2019/04/03 10:21
- 名前: Rey (ID: NvHaua1/)
三話 生徒会長と学園祭
三限目、四限目と続いた魔導学によってメンタルがボロボロになった玲夜(モノホン)は、ようやく幻惑魔法が解除されて元の姿に戻った隣人をシメながら、昼休み…屋上へと来ていた。
ーーーーそれはもう、言わずもがなのシチュエーションである。
「……なんで俺まで来てんの?要らないよね?」
「いや、告白された後のメンタルケアを頼もうかなぁと」
「メンタルケア…!?………あ、そっか。八神いないから?」
「そ…にしても、屋上の呼び出しは久し振りだなぁ。…少しトラウマが蘇るケド」
屋上には人っ子一人おらず、呼び出し人はあと数分後に来る予定だった。
それも、集合時間よりも早くきてしまうレイの癖である。
そんなレイの隣人君はげっそりとやつれており、スタンバイオーケーと言わんばかりに屋上の屋根に登っている。
側たら見ればヤンキーが授業をサボって寝てるようにしか見えないのは内緒にしておこう。
…ここで、呼び出し人が来るまで高等部一年の頃あった屋上告白のトラウマを掘り返そうと思う。
ーーーーーそう、あの日もこうした天気のいい晴れた日で、今月…六月の、梅雨特有のジメジメ感が少し残った日であった。
勿論の事、呼び出された玲夜は大人しーく待っていたのだが。
……いや、来なかったわけじゃない。
ちゃんと来たのだ、ご本人登場なさったのだが。
その時の告白フレーズが……
「俺、皇さんと付き合わなければここから飛び降ります」
…現に屋上の柵を乗り越えて、フェンスを片手に掴んで、そう言われたのだ。
数秒思考がフリーズして、ようやく事態を把握した………………つまり。
ーーーーー君、それ告白じゃない…………
……………脅迫だーーーーーッ!!!!
サッと青ざめ、飛び降りを阻止しようと伸ばした手は…だが。
「………そう簡単に死なすかよォッ!!!」
"本当に授業をサボっていた陸"が柵に飛び移りその手を引っ張り、鮮やかな救出劇を目の前に繰り広げられていて。
はっと我に帰れば、陸がめんどくさそうな顔で"レイィ……お前あと少しで人殺しだったぞォ…?"と。
もはや何が何だかわからなかったが、とりあえずその殺人罪は免れたらしい、と。
全く手を加えてもないし、言葉も発していないがとりあえず助かったらしい、と。
……飛び降りようとしていた御本人も、何が起こったのかわからず硬直状態だったのは、本当に同情する。
……とまぁ、陸がいなければ本当にスクープになっていたこんなトラウマがフラッシュバックして。
そのメンタルケアと、あわよくば運動神経が良い隣人君に、あの日と同じようにヤンキーのように屋根に登らせて、柵に飛び移れるようにしていたのだが。
「…ぼ、僕…生徒会長の事が好きです!つ、付き合って、とかは言いません…でも、友達…になってください…ませんか…?」
ただただ時間通りに来て、ただただ可愛らしく髪をいじりながら、ただただ、普通に告白された。
むしろ、こんな普通の告白が最近無かった気がして、少しホッとした。
「うん、恋愛的な目では見れないけど、友人としてなら、ウェルカムだよ。改めて、皇玲夜、高等部生徒会長だけど…出来れば玲夜って呼んでほしいかな」
「っ!はいっ!玲夜先輩!僕は柊冬馬です!高等部一年【アインス】です!」
「あ、やっぱり?どうりで見たことあるなぁって………君、"ホワイトタイガー"君でしょ?」
「はわっ……わかっちゃいました…?」
…三限、四限目の授業を思い出して、苦い思いで対応するが、目の前の…冬馬は、まんざらでもないようで。
「僕、あの時の先輩…友達から写メ送ってもらったんです。ほら、待ち受けに!」
「出来れば消して欲しかったなぁなんて」
「するわけないじゃないですか!これ僕の家宝ですよ!」
「………そっか(ツッコミ放棄)」
それはもう素晴らしい笑みで携帯の待ち受け画面を見させられても…と。
しかもその画像は猫耳の生えたレイの写真である。
俯きがちに、けれど黒い髪の中から見える人間の耳は赤く染まっていて、完璧に照れてるのが丸わかりだった。
第三者として、改めて見ると明らかなる照れで、こちらまで赤くなりそうだ。
…まぁ自分だし。
今更だが、魔導学は高等部全生徒の授業であり、アインスだけで一年から三年までのアインスが合同で行う。
「…あ、もう降りてきていいよ、隣人君」
「へーい……よっと」
軽く忘れていたが、視界の端でヒラヒラと手を振られ、屋根に登っていた隣人君に降りて、と呼びかける。
すると、やはりいるとは思わなかったであろう、冬馬。
「あれ!?な、へ!?ヤンキー!?」
携帯を素早く胸ポケットに入れ、重心を低くし臨時体制を…だが。
「じゃない。俺は生徒会長のメンタルケア係(代理)だ」
食い気味に否定してみせた隣人君……その顔をよく見て、冬馬は''あ、玲夜先輩になってた人?"と訝しげに目を細めた。
「よし、とりあえず昼休みも終わる頃だし、教室に戻ろっか。隣人君も、巻き込んでごめんね」
「いんや、別にいいよ。魔導学の借りって事で」
トン、と屋根から飛び降りた隣人君は、軽やかに着地して、クルクルと屋上の鍵を回し。
「次…五、六限目ってあれだろ?……文化祭の、出し物決めるあれだろ?」
………………ヒュ〜〜〜…………
屋上だからか、少し強い風によって前髪がパサパサとはためき、レイはすぅ……と。
「…そ、だった………遂に、きたのか……地獄の、『リンドウ祭』が………っ」
口から魂がフヨフヨ〜と飛び出したように天を仰いだ。
はぁ、と隣人君がため息を、え?と首を傾げた、冬馬君と。
「あ〜…柊よ、お前編入生か。でもリンドウ祭は知ってんだろ?」
「あ、はい。リンドウ学園の"文化祭"ですよね。…でもなんで玲夜先輩あんな死にそうなんです?」
「…ん〜……なんて言えばいいかなぁ。とりあえず、生徒会長からしたら本当に地獄なんだわ」
「……はぁ……?」
まだピンときていないようだが、これ以上文化祭…『リンドウ祭』の事を掘り下げると、地獄耳を持つレイの魂が本当に天に召される気がしたのでやめておく。
寒くなってきたし、戻ろうぜ、と抜け殻になっていたレイの背を押して、モヤモヤしたままの冬馬を隣に、ひとまず告白は終了した。
「……はい………まぁた、来てしまったな…リンドウ祭が………」
「本当、リンドウ祭なんて無かったらいいのに」
「ちょっと生徒会長もネガティブモードになってんだけど。和葉先生と混ぜたら危険でしょこれ」
死んだ魚の目のアインス担任、斎藤和葉と、同じく死んだ魚の目の生徒会長。
誰かが混ぜたら危険とか、そんな危険な薬物のような扱いをした気がするが、そんな事スルーするようで。
「…いちおー、候補聞くぞ〜………はい、なんかやりたいモノありますかぁ……」
チョークを片手に背後に問うた声に、はい!と元気よく手を挙げた一人が、
「女装喫茶ッ!」
「はい却下」
「生徒会長ぉ!?」
案の一つを提案するも、バッサリ切り捨てたレイによって涙声に変わったが、担任は全く気にせずにチョークを削って。
「……………喫茶店、と」
黒板に白く、"喫茶店"と書いた。
「あ、ならお化け屋敷とか?」
「それは他がやんだろ………俺らしか出来ねーことやろーぜ?」
「となると…周りと違う要素って言えば玲夜しかいないよね。…でも」
一斉にレイの方へと向けられる視線は、けれどムッス〜とふくれっ面によって四散した。
絶対にリンドウ祭に参加したくない、という意思表示だが、担任、和葉は問答無用、と。
「………どうせ、高等部門の『女男装コンテスト』に出るんだろせーとかいちょー……メイド喫茶でも変わらないだろー……」
「変わりますよ?ってかまたアレ出るんですか!?嫌ですよ絶対出たくないからな!?」
「いや皇出なかったら誰出るんだよ………女装枠は皇でいいとして、男装枠だが……」
「話進めんなぁ!!」
もはや出し物の話からも脱線している。
まとめ係のレイがボケに回っているようなもので、現状、ツッコミ役は誰一人としていないらしい。
嫌だ、だのふざけんな、だの喚いている生徒会長(笑)をスルーして、ひとまずこのリンドウ学園における文化祭…すなわち、リンドウ祭の詳細を。
リンドウ祭は他の学園における文化祭とは違い、規模が大きく、なおかつ三日続けて行われる一大イベントの一つ。
初日に中学部が文化祭の出し物を出し、構内一色中学部になって高等部と大学部はお客さん係(強制)だ。
ちなみに、二日目ならば高等部、最終日は大学部となる。
勿論、保護者や地域の方々の来訪もあるため、このリンドウ学園には人がてんやわんや。
そんな中、各学年の日程に必ずあるもの…それが、アインス担任の斎藤和葉も言っていた『女男装コンテスト』
略して、ジョダコン。
大体察するが、この学園は一貫して男子校…共学校とは違い、花が無いと思われがちだが、それは男子校の意地で。
"無いのなら作ればいいだろ華やかさ"と。
信長、秀吉、家康も呆れ笑いするであろう五七五を詠いあげた……つまりは。
男装でイケメン感をアップさせ!更に元々顔が良い人を女装させればぁあら不思議ッ!
側から見ればラブラブカップル(テーマによる)が出来上がりぃ!!
…それが、ジョダコンである。
レイが嫌々と首を振るわけも大体わかるだろう。
………つまりは、まぁ……そういうことだ。
しかも、毎年変わるお題は生徒会が決めたり…。
ネタバレになるから嫌だby陸
そんな意見もあったりしたが、レイが
「いや、お前まだ生徒会入ってねぇだろ」
ポツリと言ったこの言葉により、あ、そっかと当時の陸(高一)は引き下がったが今回はそうもいかない。
………と、思ったが今日陸休みだった。
「…え〜……それじゃ、もうこれでいいよな……せんせーもう疲れたよ…………」
「異議ナーシ!」
「おっしゃ!なら六限目から作業開始だ!」
ほとんど意識が上の空だったレイだが…どうやら、決まったらしい。
なんとか、マトモな出し物であって欲しいがーーーーーー。
「…………んじゃ、この"グリム童話喫茶"で…けってーい……」
「ちょちょちょちょ待て待て待て待て」
「……せーとかいちょー…もう待ては使えないぞー…………」
考える前に声が口から溢れていた。
いや、結局喫茶店かよ、いやそうじゃない。なんだグリム童話喫茶て。それ、女装と何が変わらないの?と。
原点回帰していた出し物の案に物申す生徒会長をジト目で見る担任。
それは、周りからも似た目だった。
「玲夜……もう、諦めろ。な?」
「決まったことだし…ねぇ?」
「生徒会長の女装………うぇへ、へへへ、えへへへへぇ………」
「おいコラ最後!携帯の容量開けるために保存してた写真とか消すんじゃねぇよ!!あと笑い方!!」
諦めと悟った色、妖しくキラリと光った色、そして絶対良からぬことを考えている色、と。
まさに十人十色……いや、せめて反対の意見をだな…?
さまざまな色がある中で、唯一反対の色を宿している目は、レイの海色だけだったのが予想通り、と。
「…はぁいけってーい……なら、後はジョダコンのしゅつじょーしゃだなー………」
断固拒否するというレイをあっさり切り捨てて、書類に書き込んでいく担任。
…それは、ジョダコンの出場者、女装枠に"皇 玲夜"とも書いていた。
「一人(女装枠)は会長で、男装枠は誰やんの?」
「ねぇなんで俺の意見ガン無視するの?」
「顔がいいなら"隣人"でいいんじゃね?」
「これ新手のいじめ?なぁ俺いじめられてんの?」
「え、俺やるの?男装…って要はコスプレだろ?俺に似合わないと思うけど…」
「…ダメだこいつら全然俺の話聞かねぇ」
「女装もコスプレだろ…明日テーマ決まんだったら男装枠は明日決めてもいいかもなぁ」
「…………もういい。俺はもう寝る」
「あ、玲夜が不貞寝し始めた。また写真会出来るねこれ」
「あーあー何も聞こえな………………おい待て写真会ってなんーーーー」
「よっしゃこれでジョダコンも終わり!って事でグリム童話喫茶のメニュー考えようぜ!」
…流れるようにスルーされまくったレイの末路は。
ただ、自分が不利な状況下に置かれると何が何でも話を聞いてはくれず。
そして、授業中に寝れば、その寝顔が皆の携帯に保存されていた、という…謎の倦怠感の原因を知った事と…。
そして、レイの隣の席にいる生徒こと隣人がジョダコンの男装枠として出るらしい、という…つまりは女装枠確定(絶望)という………まさに、現実逃避ものの現実だった。
…………………陸のお休み連絡届けないとなぁ(白目
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.17 )
- 日時: 2019/04/17 23:03
- 名前: Rey (ID: NvHaua1/)
四話 生徒会長とリンドウ祭 中学編
俺、皇玲夜は朝からテンションだだ下がりであった。
生徒会にて、各ジョダコンのテーマを決めるにあたり出場者の意見等も聞くはずなのだが、何故か、な ぜ か!レイの意見はガン無視された。
全く持って理不尽である。
だがしかし、もはや女装枠で出ろと決定されているので悪あがきにしかならないのだが。
そうして決まった高等部門のテーマ……。
『結婚式』
正直、正気の沙汰無し、そう感じたのは許してほしい。
何が悲しくてんな事しなきゃならないのだ、俺に女装癖は無いぞ。
だが、そんな声が届くはずもなく無事に終わってしまった会議。
その翌日から、授業は午前だけ、午後からは準備の時間となる…のだが。
「……なァ……なんで俺が女装枠やんだよォ」
「知るか。ツヴァイに適役がいなかったのとやりたくない奴しかいなかったんだろ、お前以外」
「ッざけんなァ!俺だってやりたくねェよォ!?」
「俺に言うなってか俺だってやりたくねぇわ!」
……このやり取りは、もう何回になるのだろうか。
耳にタコなぐらいに繰り返した会話だが、全く持って意味はないだろう。
ここでとやかく言っても、決まった事は覆らないのだ、まさに焼け石に水である。
ーーーーー時は進み、梅雨明けの今日この時…。
そう、来て欲しくなかった地獄のリンドウ祭(レイ命名)の初日である。
あの女装枠のやりとりは会議の終わった翌日から今日までずっと行われていたやりとりであり、それこそ飛鳥にすら愚痴ったらしい。
メールで、[兄さんがウザい]とこちらに画像付きで送られてきたのだ。
……枕に顔を埋めて足をバタバタさせている陸(寝巻き)の画像が。
…………まぁ、それは置いといて。
リンドウ祭初日は中学部がメインとなる日であり、前日に配られた日時等が記載されているプリントには、ジョダコンのテーマは『ハロウィン』と書いてあった。
………まだ、そっちの方が良かった。
何故、高等部門だけピンポイントでこう……こう、くるのだろうか。
いや、原因はわかりきっているが。
更に嫌なことに、リンドウ祭とは強制全員参加である。
……"強制全員参加"、大事なことなので、二回言った。
ーーーーーーすなわち。
「もう諦めなよ兄さん。僕だって何故か女装枠でやるんだから」
「お前俺ら以外顔知られてねェだろォ…なんで女装枠でエントリーされてんだよォ…」
陸よりも黒い茶髪のウィッグを被り、前髪で赤い目を片方だけ隠した飛鳥が、抑揚の無い声でそう言った。
まぁ飛鳥の問いにあえて答えるのであれば、八神陸の弟だから、というのが妥当であろう。
それはそれとして、全生徒強制参加、それは引きこもっていても、風邪をひいていたとしても必ず参加させられる。
リンドウ学園の力を発揮する数少ない行事である学園祭では、言わずもがな、クラスの不登校男子と初対面する事がしばしばある。
そのため、誰も女装をやりたがらない場合休んでいる生徒になすりつけ、初めて顔を見たとき………。
「…お、おい………お前、八神飛鳥…か?」
「うん?……まぁ、そうだけど」
「うわマジか…………ヤベェ」
背後から話しかけられ振り返ればポカンと口を開けた、高等部一年【ドライ】のバッジ。
心なしか赤面しているように見えるが……嫌な予感が、的中したらしい。
「あ、あのさ!俺、霧島一東って言うんだけど……せっかくだからさ、文化祭一緒に回んね?同じクラスだし!」
握手をねだり差し出された手を赤い目が射抜く。
…………なぁるほど、ふむふむ。…ご愁傷様、飛鳥。俺の気持ちがわかったろ、これでお前もナカーマ。
ぎゅっと目をつぶり、小刻みに震えるドライの霧島君に、飛鳥は、ふう…と静かに息を吐いて。
「…兄さん、少し行ってくるね。改めて、八神飛鳥、よろしくね霧島君」
「っ!おう!よろしくな八神!」
「…あ、出来れば飛鳥って呼んで。八神だと兄さんと区別がつかないから」
「え、あ、おう…あ、飛鳥…」
「うん、なんだい?」
「いや…よ、呼んだだけだ!ほら、行こうぜ!」
…なんだこのカップルみたいな会話。
耳まで赤くなっている霧島君と対照的にキョトンといつものように調子を崩さない飛鳥に、陸とレイはどうしようもない、複雑な心情を抱えた。
…これが、よくあるのである。
顔を見たことのない不登校生、だがその顔、声、スタイルはどストライク。
それで、この文化祭を通して仲良くなり、不登校も治り……からの〜という、この一連の流れ。
これが毎年あるから、陸はこのリンドウ祭があまり好きではなかった。
ジョダコンは男装枠を意地でも勝ち取っていたため、女装枠は今回が初めてだが………まさか飛鳥まで女装枠とは、思いもよらぬ展開である。
正直、明日のジョダコンであの霧島君のハートはウェディングドレスを着るであろう飛鳥によって滅多刺しだろうな…。
まぁ飛鳥とて同性愛者というわけでも無さそうなので、大丈夫だとは思うが。
「…ま、俺らも回るか。陸、なんか行きたいところある?」
「おー………あ、出し物のたこ焼き食いてェ」
「もう食べ物か…お昼前だぞ、一応」
「昼は昼で食う。だいたい目星はつけてっからよォ、とりあえず適当に回って美味そうなのあったら食おうぜェ」
「ちょ、置いてくなよ!」
切り替えのオンオフがキッチリしているのはいいことだが、はっきりし過ぎて置いていかれるところだった、と。
レイはフラ〜と歩き始めた陸の背を慌ててついていった。
………途中、チラリと小さくなった飛鳥と霧島君を見つめながら。
「………で、何これ」
「シラネェ。俺だってビックリだわ」
体力が少ない陸のため、ところどころ休憩をとりながら回っていたのだが。
キャッチセールスがやけに上手い生徒に捕まり、今に至る。
それは、簡単に言えば喫茶店だった。
小洒落た内装に、テーブルや椅子までも綺麗に飾られて、教卓の上には薔薇が咲いている、"一見お洒落な普通の喫茶店"なのだ。
……だが、メニューがおかしい。
「"カップル専用"メニュー表………いや、普通のは!?」
「…ラブラブジュースに愛のオムライス〜ハートを添えて〜……これさァ…言ったもん勝ちだろォ………」
「要はストロー二つあるソフトドリンクとケチャップでハート書いたオムライスだよねこれ!?」
普通なら男女の熱すぎて熱中症にでもなりそうなカップルが妥当であろう、そのメニュー。
だが記載されている写真を見ても、これはただのオムライスだ。
強いて言えば、メイド喫茶によくある"メイドが目の前でケチャップで絵を描いてくれる"あのオムライス。
味はきっと美味しいだろうが…なんだろう。
……………すんごく、頼みづらい
「…まァ、入っちまったもんはしゃーねェ。飲み物頼んで出ようぜェ」
「の、飲み物って言ったって………………ソフトドリンクでもストロー二本付いてくるよこれ」
「別にいいんじゃねェ?何も一つの飲み物を二人で飲まなくたっていいだろォ」
だが覚悟などが一丁前の陸、さらっとメニューのコンセプトを否定してソフトドリンクメニューを開く。
まぁ、確かに二本ストローあっても一本だけ使えばいい、それは正論だ。
…だが、それを無視したらこのメニューの意味が………
と、良心が痛むがそもそもの話。
ーーーーーー陸とレイは付き合ってもいないのだからカップルではない。
ならば、こんなメニュー否定しても何も問題なかろう?
「あ、それもそっか。んじゃ陸は何飲む?」
思い切りその考えを肯定し、レイはメニューに書いてあるソフトドリンクーーどれも見慣れた飲み物だが値段がやけに安いーーを頼む。
「…あー、どうしよっかなァ。俺、別に喉乾いてねェし……」
メニューを見ながら呟く陸に、レイ。
「あ、それならスイーツは?」
「え、スイーツって………お前頼まなくていいのかァ?」
いつもだったらヨダレをダバダバと垂らして真っ先に頼むであろう、彼の大好物だが…。
「いや………なんか、これ見たら頼む気失せてさ………」
「ん?」
メニューをパラパラとめくり、書いてあったスイーツの文字。
デカデカと書かれたその文字の下に、数々のスイーツの名前があったのだが。
「…なんだ、これ」
いつもの小文字で伸ばす癖すら無くなるほど、陸はそのメニューに呆気にとられた。
一面スイーツなそのメニューの下、小さくだが、こう書いてあった。
"カップル専用メニュースイーツは、お互いにアーンしましょう。しなかったら倍のお金を払ってもらいます"
………………Oh
「絶対ェスイーツは頼まねェ。っし、んじゃ俺もソフトドリンク頼もォ」
………陸は、その文字を見て何故か急に喉の渇きを自覚して、店員にソフトドリンクを注文した。
ドリンクの値段安いの、このペナルティで稼いでるからか….…………。
「………………あの、さ。霧島君?」
「な、なんだ………あ、すか」
「いや、その………そんなくっつかなくても…たかが文化祭の"お化け屋敷"だよ?」
「うううるせぇ!」
一方その頃、飛鳥、霧島ペアは中学部アインスによって作られた精巧なるお化け屋敷へと出向いていた。
…実のところ、飛鳥は霧島に引っ張られただけだが。
数々のゲームをこなしてきた飛鳥にとってお化け屋敷は一種のホラゲーとして認知しているため、怖がったりはしないのだが。
霧島はホラーが苦手なのか、あるいはただ飛鳥にくっつきたいだけなのか。
飛鳥の左腕にひっしりと絡みつき離れようとはしなかった。
「おおおれはなぁ!お前に!リンドウ学園がすんばらしいところだってのをな!!教えようとだなぁ!!!!」
「…いや、僕が不登校なのは別の理由があるわけで」
「んな事どうでもい……おわぁッ!!!」
「ちょっ…くるし……っ!」
見事なまでのリアクションで霧島は飛鳥に飛びつく。
ビビり過ぎて声量がマックスになっていたのも、声が震えていたのもバレバレだったが、あからさまに飛鳥の首を絞めるように抱きつく霧島に、飛鳥はため息を一つ。
鈍感なわけでもないので、飛鳥にははっきりとわかっている。
霧島が自分に好意を寄せている事くらい、初見で見抜くだろう。
だが、生憎男に興味はない。
「…ねぇ、霧島君」
「ななな…?」
「言葉になってないよ……君はなんで僕と一緒にいるんだい?」
自分で言って意地が悪いというのは自覚している。
だが、彼を突き放す事も出来ない意気地なしというのも、自覚していると。
「え……そりゃ、同じクラスメートだろ…?」
「本当に?………"僕(本当)の事"を知っても、本当にそんな事言えるのかい?」
「な、何言ってんだよ飛鳥……」
…けれど、霧島が自分に向ける、無垢な目に。
「……………いや、忘れてくれ。…お化けさん、後はよろしくね」
「え」
無表情な自分が写っていたのを見て、胸がチクリと痛んだ気がした。
………ああ、ほら。
僕はこうして、彼の腕を振り払って他人事のように置いていくことしか出来ない、どうしようもない人間だ。
…人任せに、彼の意識をそらす事しか、それすら自分は出来ないらしい。
背後でお化けに驚かされ、彼の悲鳴を背に受けながら、飛鳥は一人で黄昏た。
「…本当、陸って大食いだよな」
「へ?ほうかァ?(え?そうかァ?)」
「食ってから喋れ、行儀悪いなぁ………」
弟がシリアスしてるとはいざ知らず、兄は幼馴染と共に喫茶店から転げ出て出し物の食品を食していた。
焼きそば、たこ焼き、そしてフライドポテトエトセトラエトセトラ………。
校庭に設置された屋外テーブルを覆い尽くすフードの面々にレイは置く場所なくクレープを手に持ちながら目の前の化け物胃袋を見やった。
喫茶店で飲み物しか頼まなかったせいと、時間帯的な問題で腹の虫が鳴ったと途端に買いに走った短距離エースは、今では肉食動物が如く頬張っていて、周りの視線を釘付けにしている。
そんな視線をとばっちりで受けているレイは正直いうとメンタルが着実に減っているのだが。
「…ん゛んっ。まァ腹減ってはナントやらって言うだろォ?ジョダコンは午後からなんだし、中学部の意地を見届けるためにもォ腹ごしらえは大事ってなァ!」
「だからって食い過ぎだろ………あ、このクレープ美味い」
「マジ?後で買おっかなァ」
「お前…予算平気か?」
「ヘーキヘーキ」
食べるては止めず、今はただ食うと視線をまた手元に移した陸。
彼はああ見えてもバイトを掛け持ちしてる。
部活に出向く事も多い中、休日はほとんどバイト漬けの日々なのだが、学生が稼げる額なんてたかがしれている。
だからこそ心配したのだが。
………察したくはないが、飛鳥がゲーム大会で賞金を貰ってる可能性。
それも少なからずある気がするのだが。
「………ん?なぁ陸。あれって飛鳥じゃ…」
人集りの中、チラリと見えた焦げ茶色の髪の毛は見覚えのあるもので。
前髪に隠れて尚こちらを見つけて合った赤の瞳は、間違いなく飛鳥のものだった。
「マジで?…あれ、アイツ連れはァ……とォ…」
「霧島ね陸」
「そォ霧島!…一人だしなんか暗くねェ?」
「……………なんかあったのかな」
お互いに居場所がわかっているはずなのに、飛鳥はこちらに来るのを躊躇っているようだった。
…それに、心なしか俯きがちだ。
「おー………ちょっと行ってくらァ」
「あ、うん……いってらっしゃい」
ガタン、と席を立ちたこ焼きを口に咥えたまま歩き出した陸を置いて、目線だけ追う。
荷物のこともあるし、兄弟ぐるみでの事もあるだろう。
クレープを頬張りながら特にする事もないので、改めて周りを見渡す。
リンドウ祭……有名なエリート校の文化祭ともなれば、大勢の者がここに訪れ、リンドウ学園が大々的に新聞に取り上げられる程有名なものだ。
そのうち、皇玲夜というツァオベライ・アローの全国大会優勝者も居るし、八神陸という短距離エースだっている。
そんな有名人を一目見ようと訪れる人も多々おり、レイは正直言ってリンドウ祭が大嫌いだった。
………もっともジョダコンやグリム童話喫茶というコスプレもしなくてはならないから、という理由も大部分占めてはいるが。
「………はぁ…」
クレープが無くなると、レイは半端無意識にため息を吐いた。
今日の午後…後もう少しで、中学部のジョダコンが始める。
お手並み拝見、と見れればよいのだが………。
なにぶん、今までレイに告白した男子生徒の中でも中学部は多くいたため、ジョダコンで女装していたりしたら何とも気まずいのである。
…………いや明日のジョダコンの方が気まずいけれども。
「……なぁ、あれってあの皇玲夜じゃ…」
「うわ、マジだ………生だとカッケェ…」
「ありゃ惚れるわ……いいな〜俺もリンドウ学園入りたかった〜」
「お前じゃ無理だろ。……ってか本当イケメンだな……噂じゃ八神陸と幼馴染らしいな」
「ん?八神陸ってあの短距離エースだろ?さっき茶髪の男子と居たぜ?」
後ろの方でチラチラと聞こえるその声に聞き耳を立て、その賞賛の言葉に紛れた陸との関係性のワードに反応した。
ーーーー茶髪の子と居たぜ?
…いや、別に陸が誰といようと勝手じゃねぇ?と。
ただの幼馴染、ただの親友以外の何者でもないのだから、誰と連もうが個人の自由のはずなのだが?
付き合ってもないからそんな浮気みたいな言い方しないでくださる???と
他校の生徒らしい、真っ黒の制服を着こなした男子数名をチラリと見て、目で訴えるも。
「お、おい!こっち見てんぞ…!」
「ヤッベ………イケメン過ぎて倒れそ……」
まっっっったく届くはずもなく、乙女らしく顔を赤らめて足早に立ち去ってしまった。
…いや、結果オーライか
「あ、あのぉ…」
「………はい?」
一難去ってまた一難……成る程、こういう事を言うんだな。
ようやく一人静かにマップを広げて次のスイーツの目星をつけようとしていたというのに、数人の女性がこちらに駆け寄ってきた。
「よければ、私達と文化祭回りませんかぁ?」
「皇玲夜君だよね?私大ファンなの!」
「お願いします!サイン…いえ握手だけでも…っ!」
「スイーツ好きって聞いたからクレープとか、シュークリームとか売ってる場所見つけたから、行きませんかぁ?」
「え、と………俺、人待ってるんだよね……そいつ帰ってきてからでいい?」
男子校ゆえ、女性に言い寄られる事が少ないリンドウ学園生徒だが、文化祭などの行事に限っては女性も来るからまぁ機会があるっちゃあるのだが。
全国大会優勝者(玲夜)としてはそれこそ今更、だと狼狽えもしないが、陸の了承………というか飛鳥の方の了承を取った方がいいだろう、そう思って回答を渋ったのだが。
「いいじゃないですかぁ、その人に連絡入れればぁ」
…….…全くもってその通りである。
「あ〜………まぁ、そうなんだけど………」
「それじゃ行きましょ、玲夜さん!」
「ちょ、ちょちょちょ……!」
無理矢理に腕を引っ張られ、食べ終わったクレープの包み紙が地面に落ちた。
思い切り引かれたせいで態勢が崩れ、重心が前に、足が後ろで動かずに、目線がガクンと落ちる。
あ、と思った時にはもう遅く、手をつける場所も存在せず、重力のままに体が地面に吸い込まれーーーーー。
「っととォ………あっぶねェ…間に合ったなァ」
グイ、と腹部に圧迫感を感じたと思えば、迫っていた地面には自分の足がつき、背には少し息を切らしている陸の声。
一瞬で何が起こったかわからなかったが、視線を落として自身の腹に回されている陸の腕を見て、なんとなく理解した。
倒れこむ寸前に、陸が駆け寄り体を支えてくれたらしい。
「…でェ、テメェらレイのなんだァ?逆ナンなら他所当たれやァ……………なァ?」
「ひ…っ!」
「は、早く行こっ」
ドスの聞いた低音ボイスで凄まれてしまった女性達は顔を青く染めながら走り去る。
陸の顔は見えなかったが、伊達に幼馴染やっているわけではないので、大体わかる。
瞳孔が開き顔は笑っているが目が笑っていない、あの笑みを浮かべたのだろう。
「陸ぅ……お前あんま威嚇すんなよ、人いなくなるだろ」
「シラネ。ってかお前も少しは拒否しろよォ?俺がいるからいいけどよォ」
「拒否したっての…って、飛鳥は?」
「………あー……飲み物買いに行ったァ」
回された腕を外して向かい合えば、汗を伝せた陸の顔が目の前に来て、少し仰け反った。
「陸…?」
「………………んー……やっぱ、お前イケメンだよなァ」
「は?」
真面目な顔して何言ってんだ。
そう、一つ物申すと細く細められた海の瞳は、陸の後ろからぬっと現れた"ペットボトル"が写り。
ーーーーーーピトッ
「ひゃゥッ!?」
「…………ふ、ははっ!に、さん……変な声…あははっ!」
「テッメェッ飛鳥ァ!!!」
見事なまでの不意打ちに上擦った声で悲鳴をあげた陸の背後、滅多に声に出して笑わない飛鳥が腹を抱え笑っていた。
怒りマークを頭に5個程つけた陸が怒鳴るも飛鳥は笑い続け、いつしかその目にはうっすらと水の膜が張りキラキラと輝いている。
こんな風に笑っているのを見るのはいつぶりだろうか。
アルビノという"他と違う事"をコンプレックスとしている飛鳥が、外で、大笑いしている。
それが、どんな理由であれ、レイは昔を見ているようで懐かしいような、嬉しいような……。
……………いや、またシリアスになるからやめよう。
ようやく良い空気に戻ったというのに、これでまたシリアスさんが出動する事になるのは避けたい。
「あっはは……もう、兄さん面白過ぎ…!」
「そォかよ俺はテメェをぶん殴りたい過ぎだコノヤロォ」
「陸、日本語おかしい。それと飛鳥は笑い過ぎ、そろそろ笑うのをやめてくれないとこっちに移る」
「ふ、は……ごめんね……こんなに笑ったのいつぶりだろう…?ふふっ」
「俺の覚えてる限りでは数年前だな」
「………レイが曖昧な答え出すって相当だろォ…俺ですらはっきりと思い出せ……いや、まァいいかァ」
流石の陸も察したのか、未だにクスクスと笑っている飛鳥を見て言葉を濁した。
冷やされたペッドボトルに当てられた首筋には、汗とは違い結露した水滴がポツポツと乗っていて、それがツゥ……と肌を撫でる。
それに気づいたレイが胸ポケットに入れていたハンカチを取り出して。
「制服濡れる〜……あ、じっとしてろよ陸」
「は?」
訳もわからず、言われた通りにじっとしていたらハンカチを首に当てられ、なおもハテナマークが飛び交っている目の前の幼馴染を置いて、レイは。
「…………あれ、そいや今何時?」
ふと、ジョダコンが始まる時間がいつだったかを思い出して、ポロリと口に出したその問いに、いち早く反応したのはようやく笑いが収まった飛鳥で。
「…えっと….……あ、これ結構マズイかも」
「あ?マジでェ?」
「ジョダコン開始まで………あと五分しかない」
「………………………ごふん?」
ーーーーーーーーそれ、だいぶヤバくなぁい?
「…あッ!!見つけたぞ飛鳥!!お前俺を置いていきやがってこんにゃろ〜!!」
「あ、ごめん霧島君。今それどころじゃないんだよね。今から走るよ」
「…………ぱーどぅん?」
ひょっこり現れたのは忘れかけていた霧島一東氏。
鬼の形相で飛鳥の肩を掴み揺さぶっていたが、そんな飛鳥の一言にカチンと固まった。
今から走る?どゆこと?と
「陸、わかってるな」
「おー。こっからだと全力で2分ってとこだなァ…あー、人が邪魔だから3分半くれェかなァ」
「どっちでもいいよ兄さん。ここからだと北北西に460m、そこから南東590mが最短かな」
「りょーかい。んじゃ霧島君、君も巻き込むけど我慢してね、とりま一緒に逃げよう」
「…はい?え、ちょっと待って?なんで生徒会長……あれ???」
「時間ねェからもう行くぜェ!?」
唖然とする霧島は話の輪の外。
話がついた時には、もう陸が駆け出していてあとの三人は慌ててその背を追うことになった。
ーーーージョダコンが始まると、何故かゲストとして皇玲夜と八神陸ペアが毎年衣装を着せられて舞台に立たされるため、こうして逃げている訳だ。
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.18 )
- 日時: 2019/05/01 08:32
- 名前: Rey (ID: 5VHpYoUr)
五話 生徒会長とリンドウ祭 高等部編
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
「二人でーす」
「ではこちらの席へどうぞ!」
リンドウ祭、二日目。
この学園で行われる一大イベントの文化祭で、高等部が仕切るこの二日目は。
初日よりも、来賓者が多くなっている気がするのは気のせいではない。
ーーーー皆、リンドウの"花"を見に来るのだ。
「…………らっしゃーせー………」
ポップに飾られた店内から聞こえた、そのやる気のない声は、この"グリム童話喫茶"に訪れた人の目を釘付けにした。
林檎のように赤いフード付きのマントを纏い、膝丈のスカートから覗く華奢な足。
そしてフードから垣間見える金色の髪は黄金の生糸のように煌めき、その隙間からは静かな海色の瞳が覗いていた。
この男子校という縛りを諸共せず、全員が息を飲む"美少女"に変貌してみせた、その赤ずきんは………。
「ふ…似合ってるよ生徒会長……っ」
「るっせぇコンクリで固めて日本海に捨てるぞ」
「温厚な生徒会長の口が悪い!こんな赤ずきんは嫌だ!」
言わずもがな、リンドウ学園高等部の生徒会長こと、皇玲夜である。
元の顔が良すぎるのと、こう言ったブロンドヘアーのキャラクターには似合い過ぎてしまう蒼の目だったこともあり、シンデレラではドレスが面倒だから、という理由も相まって赤ずきんに決まった。
ウィッグ、衣装等は全て玲夜の母……皇晴香が監修した為、出来栄えは本物の美少女だ。
………………流石に、身長までは誤魔化せないが。
「俺身長178だぞ……女装にも限度あるだろ…」
「んー…でもまぁ、遠目から見たら普通に女の子だし、お世辞なしでめちゃくちゃ可愛いしノーカンで」
178cmという、四捨五入すれば180とも表記される身長の美少女がジト目で見下ろせばどんな男子もコロッとその顔を赤く染める。
中にはその身長故に短くなったスカートからスマホでお宝画像を撮ろうとした不届き者もいたが、それはレイが踏みつけたのでノープロブレム。
「あ、玲夜ー、後で写真撮らせてー!」
「料金取るけど」
「…おいくらですか」
「一枚1000円で」
「…せめて100で」
「間とって800円な」
「う…………しょうがないっ!」
「ごめん俺が悪かったから財布しまってくれ」
そんなヤンチャ(?)な赤ずきんを写真として残そうと奮闘する生徒は、自身のお小遣いをはたいてカメラを構えようとするのだから、冗談半分で言ったレイは慌ててそのカメラのレンズ部分を掴んだ。
「おーい赤ずきんやーい。そろそろ接客に回ってくれやしないかーい」
「あ、あかずきん………あっはははッ!!」
「う〜〜…っもうどうにでもなれ…!い、いらっしゃいませっ!」
もはやどうこうしたところで変わる現実でもない、と諦めたレイは羞恥心を押し殺して貼り付けた笑みで客を迎える。
赤いフードに隠されたその顔には、早く終われと死んだ深海の瞳が覗いていた。
「…………………陸っ!?」
と、思えば直ぐにハイライトが灯る。
満面の笑みだったのが、瞳に"海賊の衣装"に身を包んだ陸を写すが否や、その顔を一気に驚愕と羞恥で歪ませた。
「……いやァ………まさかここまで化けるとはなァ…………え、お前マジでレイか?」
「失礼だなれっきとした玲夜だよ!ってかお前…海賊………いいなぁ……」
俺も男装したかった、と。
いやまず男が男装ってなんだ、と。
……………とりあえず女装以外やりたかった、と。
目の前の海賊は目を丸くしながら、腰に刺したレイピアに手のひらを乗せながら。
「とりま店入れさせろやァ。俺、なんか甘いモン食いてェ」
「……はいはい、海賊一名ごあんなーいしまーす」
「「「いらっしゃいませ、陸船長!!」」」
接客していた者、テーブルに回っていた者、そして厨房(調理室)にいた者全てが表に出て、声を重ならせた。
これも全て、高等部二年【ツヴァイ】が"海賊率いる出張店"という題材の元、レイが必ず陸がここに来ることを予測して用意していたサプライズだ。
……………まさか、こんな早く来るとは思わなかったが。
「…アインスってノリいい奴らばっかりだなァ………っし。オラァ!船長のご帰還だァ道を開けろォ!!」
唖然とした後、呆れ笑いを含んだ声に乗せられた空気に、陸は腰のレイピアを華麗に抜き去り、その切っ先を天に掲げ、高々と叫んだ。
そしてーーーー。
「「「イエッサーッ!!」」」
我が船長のご帰還、という設定のもと店員(アインス生徒)は軍の敬礼のようにビシッと手を挙げた。
………………………あれ、ここってグリム童話喫茶だよね?
「さァ船長に出すスイーツは高級じゃねェとなァ?赤ずきん?」
「…………………キャー狼がここにいる〜」
「スイーツ=お前じゃねェよ!!変な誤解されっからやめろォ!!しかもそれお前しか被害ねェじゃねェか!!」
「うん、まぁちょっとムカつくくらいにイケメンだったから」
「理由になってなくネ!?」
ドカッと椅子に座り優雅に足を組んだ海賊………陸は、控えめに言ってイケメンだった。
服は言わずもがなの海賊服…だが、ベルトやチェーンが多用されており、一歩動くだけでチャラリと鳴る。
頭にはチェーンやキラキラと輝く宝石のようなものが散りばめられており、喫茶の明かりに反射してプリズムのように煌めいていた。
陸の染められた赤茶色の髪は後ろに結われ、前髪には宝石がはめ込まれたチェーンが絡まり、赤メッシュと合わさりとてもカラフルだ。
そして、なによりもこのイケメン、何もせずともイケメンな癖して"黒い眼帯"をつけてやがっていた。
元より顔面偏差値がカンストしているイケメンが?更にイケメンになるアイテムを着けるとどうなるか、もうわかるだろう。
「…俺、陸さんのファンクラブ入ろっかな…」
「お前も?あの衣装ズルイよな、八神君の良さがひき立たされ過ぎてもうなんか怖いもん」
「…わかりみがつょぃ」
客として入っていた生徒、そしてアインスまでもが陸のファンクラブ入会希望を口にし始めたのだ。
「陸……お前のファンクラブ会員増えるってよ」
「いらねェ………ってか、店内全員リンドウの生徒だよなこれェ……一般はァ?」
「あと30分後くらいかな。ほら、一般客でいっぱいになると、在校生が入れないから」
「あー、成る程なァ」
はい、と出されたお冷やを煽りながら、陸は窓からリンドウの学園祭を見下ろした。
グラウンドには出店が並び、その一つ一つに列が出来ていて、どれも繁盛しているのは確かだった。
…………そういえば。
「なぁ陸。飛鳥ってなんの出し物やるんだ?」
「ん?……あー、なんだったかなァ……………あ、思い出したァ」
素朴に思った疑問を口に出せば、答えを知る陸が答えたその言葉に。
「アイツ、確か"コスプレゲーム大会"っていう"個人的に立ち上げた店"やってるぜェ?」
ーーーーーーはぁ?と
ただただ、アインス生徒が持ってきたスイーツに目をキラキラさせる海賊を訝しげに見ることしか出来なかった。
ーーーー高等部一年【ドライ】クラスにて。
カーテンを閉め切ったそのクラスは、控えめに言って暗かった。
遮光カーテンだったっけ?と首をかしげる生徒もチラホラいたが、カーテンの端に小さく"八神飛鳥"と書いていたため、"……持参!?"と驚きのリアクションを取る生徒もチラホラ………。
そんな薄暗い部屋の中心、爛々と光るディスプレイは、双方の顔をユラユラと照らしだしていた。
「くっそぉ………強すぎんだろぉ……!」
「うっそだろ…あいつが負けるなんて…」
「………え、これって現実?」
互いに向かい合う形で座っていた男二人…そのうち、一人は悔しげに呻き、机に突っ伏し、その様子を傍観していた友人らしき男性数人は、この現実を受け入れずに困惑した。
…………"あのゲーマーが負けた"なんて、と。
「す、スッゲェ!飛鳥!お前ナニモンだよ!?」
静かに息を吐いた、向かい側の男性……いや、ただしくは青年は暗闇の中、赤色の双眸を騒がしく吠えるクラスメートに向け。
「…別に、ただゲームが好きなだけなのだけれど」
耳を覆っていたトレードマークのような黒と赤のヘッドフォンを首にかけ、さも当たり前とキョトン顔。
「いやいや!?好きなだけでここまでやれるか!?お前実は天才ちゃんだろ!?いや天才くんか!?」
だがしかし、そんなキョトン顔をスルーするかのようにヒートアップ。
「…とりあえず煩いから黙って、霧島君」
「……うぃっす」
…赤色の瞳の筈が、その色は氷のように凍てついていた。
高等部一年【ドライ】クラスにて行われているゲーム大会という名の独壇場。
ネット業界において敗北を知らずに天才ゲーマーと噂される紅白の梟その人が相手する、この出し物は。
言わずもがな、挑んできたゲーマー達を生徒、成人男性、そして女性に関わらず全員伏して見せた。
そんなドライクラス代表、八神飛鳥は正式な紅白の梟ではなく、また非公式のサブアカウント……つまり、ネット上には晒しておらずオフラインで淡々と育てあげたキャラクターを使用し、交戦していた。
その名を【闇夜の白鳩】
公式アバターを紅白と明るく、けれど梟という闇のイメージを持たせる夜行性の鳥を使った紅白の梟と真逆の名前。
それは、先の見えないような闇夜を跳ぶ白鳩、飛鳥にとっての陸と玲夜。
そのため、アバターの見た目は目が赤く髪色は漆黒というルックスに、前髪に赤色のメッシュを入れたイケメンキャラクターだ。
服装に限っては、一週間ほど前に陸からどんな服が好きか、と聞いた時に。
ーーーー「好きな服ゥ?……………あー、ローブとかかっこいいよなァ。ところどころ破れてて、武器は短剣二丁とかァ?」ーーーー
薄汚れボロボロのローブに、相手を必ず死に追いやる短剣二丁……そして漆黒の髪から覗く血の赤は、まさしく暗殺者と呼べる。
……そんなアバターの服装、及び髪や目の色等々、全て完全再現したのが現状、コアなゲーマーを負かした飛鳥のビジュアルである。
忘れることなかれ、ここは"コスプレゲーム大会"である。
ちゃんと、飛鳥もコスプレしているのだ…服やウィッグは玲夜の母、皇晴香にry
「…まぁ、いい。これで俺もまだまだって事がわかったしな……対戦、ありがとう白鳩("レイ"ヨン)」
「いえ、こちらこそ……また戦える事を祈ってるよ獅子」
悔しげに笑った、獅子と呼ばれたその男性は、カタンッと立ち上がり後ろで傍観していた友人を連れて、教室から姿を消した。
ーーーーー静まり返った、この空間。
ただPCから聞こえるBGMだけが空気を揺らし、静寂を破っているだけの、この時間に。
ーーーーガラリと音を立てて、暗闇を差す光に二つの影が浮かんだ。
一人は赤色のマントを纏い、そのフードは取られブロンドの髪が綺麗に流されて、その奥に見える海のような瞳は少量の光を反射してキラキラと輝いていた。
そして、その隣は現代において映画でしか見たことのないような海賊服を着て、その腰にはキラリと白銀のレイピアが輝く。
三角の焦げ茶色の帽子からは赤茶色の髪が覗き、前髪に絡んだ宝石が輝くチェーンや、服にもつけられているチェーンは彼が動くとチャラリと鳴って、その音はとても心地いい。
黒い眼帯で左目を隠した海賊と赤ずきんという不思議な二人が、扉を開けて佇んでいた。
「…………暗っ!?」
「やっぱドライってここだったなァ……開けようか迷ったぜェ……」
「…あれ、兄さん。………と……レイ…?」
紛れもなく、それは八神(実の)陸(兄)と幼馴染の生徒(皇)会長(玲夜)の筈なのに、飛鳥は思わず声を出した。
その様子が面白かったのか、陸は吹き出して。
「あっははッ!レイィ、お前ホンットよく言われるなァ!!」
「るっせ!何、俺って黒髪じゃないと俺って認識されねぇの!?」
「…わ……本当化けたね………一瞬誰かと」
「え?え?え??待って…せ、生徒会長…なのか!?あの赤ずきん!?」
「あ、霧島君だ。君もコスプレしてるのか……ゲームでチラッと見た気がする…受付のキャラクター?」
「あ、そ、そうっす!あの…昨日はすいませんでした……俺、会長に気付かず…」
「はははッ!!あ、あの赤ずきん……ふはッ!」
「…………兄さん笑い過ぎ」
………温度差が凄い。
八神兄弟とレイ、霧島一東の会話は別々で。
笑い転げている陸はもはやスルー、飛鳥は死んだ目で実兄を睨むも笑い声は止まることを知らず。
というか、ここに来るまでに何度言われたことか、とレイは慣れつつあった。
「…それで、ここはゲーム大会っていうのをやってるんだよね………なんか、カ◯プロみたい」
「え!生徒会長カゲ◯ロ知ってるんですか!?俺も大好きなんですよ!特に電磁少女のエーーーー」
「それは置いといて。兄さんが使い物にならないし、そろそろジョダコンの準備時間だろう?早く行かないと、メイク担当が怒るかも」
ーーーーーーーわっつ?
「え、準備時間…………それって、まだ時間あるんじゃ」
「うん?ジョダコン出場者は開始時間より一時間前に集合だろう?特に、高等部(僕達)は気合入れられるみたいだし、二時間前くらいが丁度いいよ」
「ああ、そういう事…」
てっきり時間を間違えて遅れたのかと思った…。
そう青ざめた顔を元に戻してレイはため息混じりに呟いた。
そんな生徒会長は未だに赤ずきんの格好ゆえ、ドライのクラスを少し覗きに来た生徒が騒めくのを背に感じる。
こうもざわめかれるのはきっと、誰かが皇玲夜が赤ずきんのコスプレをしている、というのを拡散されたのかも知れない。
これは、確かに控え室に行かなければ人集りもあるし遅刻する可能性も出てきた。
「それじゃそろそろ行くかぁ。おい、陸早く行くぞ」
「ひーィ……あー笑った笑ったァ……んでもう行くのかァ?」
「兄さん全く話聞いてなかったよね。…まぁいいけど。早く控え室行くよ」
涙を浮かべる程笑い転げていたのか、話を聞く素振りを見せてなかったのもあり、全くもって理解していない様子。
そんな兄に呆れを通り越して笑いが出てしまう飛鳥。
そんなこんなで廊下にはゲーム内のアバターのイケメン、受付のキャラクター、赤ずきんに海賊という、世にも奇妙な四人組が現れ皆携帯にしっかりと記録させたとかなんとか……………。
ーーーー青龍館にて。
「んー、やっぱパツキンにした方が可愛いなぁ」
「青色の目だとどうしても金髪になるよなぁ。赤ずきんと被るがウェディングドレスだろ?メリーな感じ出すなら白似合う色だし」
「あ、腰くらいまでのウィッグにする?それで編み込んだら綺麗になるんじゃない?」
「「「それだ」」」
ファンデ、チーク、下地、アイライナーにアイシャドウ………コンシーラーまでも武装したアインス生徒数名。
手先の器用な代表を集めたメイク担当に囲まれて、玲夜はただ座るだけの簡単なお仕事を全うしていた。
頭上から聞こえるその声に、俺は一体どうなるんだ、と冷や汗をかきそうになるが気合で引っ込める。
「なーんか足りないな………………胸詰める?」
「いや、ドレスがどんなのかで決まるだろ」
「逆にドレスに仕込むか?」
「え、でもドレスって借りもんだろ?」
背後で布の擦れる音を聞いて、それが本物のウェディングドレスだと嫌でも思い込まされる。
まさか、この歳で、さらに言えば男だというのに真っ白なウェディングドレスを着る事になるとは思わなかった。
だがそれはきっと陸(向こう)も同じ事だろう。
…………さらに言えば飛鳥もだが。
ここまで無言を貫き通し、俯き続けた玲夜の上と後ろでは、色々な会議がされており、自分が次にどうお人形にされるのかが聞こえてくる。
次はドレスを仮で着させて出来栄えを見ようだとか、髪は下ろすか括るかだとか、胸は詰めるか否やだとか。
正直最後の案に限ってはやってほしくないのだが。
けれどもそんな事を言ったところで素直に「はいやめます」と引き下がるメイク担当でもないだろう。
「……はぁ………」
「ちょっと玲夜くーん?ため息つくと幸せ逃げるんだぞー」
「今から結婚式なのになぁ?」
「うるせぇ…何が悲しくて花嫁やらなきゃならねぇんだよ……本当ジョダコン考えたやつ殺したい」
「………荒ぶってんなぁ」
真顔で淡々と愚痴を垂らし続ける生徒会長に、ここまで病むとは思わなかったとメイク担当。
御機嫌取りのスイーツも、きっと今は機嫌を現状維持にしか出来ないだろうと。
もはや、こんなに死んだ魚の目になるとは思わなかったのだから、これで式に出られても………………。
ーーーーーーいや、それはそれでいいかもな。
「あり、そういえば花婿(隣人)は?」
ピタ、と全ての動きが止まった。
さながら、某スタンド使いの無駄無駄言っている、ディー様のワールドのように。
それはもう、素晴らしいほどに静止した。
静かに控え室となったアインス専用館、青龍館を見渡し。
そして備え付けられた時計にも視線を送り。
ポツリ、呟いた。
「…………あと、30分きってるぞ」
ーーーーーーーへぇ………。
玲夜一人のメイクに一時間半もかかってたんだ〜それはびっくりだ〜。
その甲斐あってかとんでも美少女になってるよ生徒会長これは優勝狙えますわ〜。
……………じゃ、花婿のメイク時間いくらかかる????
「おいぃぃ!!!これもう花婿のメイク出来なくねぇ!?ってか花婿役いねぇじゃん!?」
「待て待て待て待てッ!!これはマジでシャレにならんぞ!?」
あの静寂が嘘のように騒がしくなった青龍館で、鏡と向き合っている玲夜は内心ガッツポーズ。
「(っしゃ……ッ!これはもしかしなくともトラブルからの中止イベントパターン…………ジョダコン出なくて済むかも…!)」
キラリとハイライトの灯った明るい目で、鏡の中にいる"美少女"を射止める。
客観的に見てこの"美少女"は綺麗だ。
いや、綺麗という言葉で片付けていいものなのかとも思う。
可憐、美しい、可愛い……女性の褒め言葉の全てが当てはまるような、いわば二次元から飛び出してきたような、そんな少女だった。
そんな美少女を作り上げたメイク担当、花婿(男装)役(枠)の隣人もとんでもイケメンになるに違いないだろうが………。
ーーーーーガチャ……
「……おーい……せーとかいちょー…そろそろ体育館にいけよー…………」
青龍館の扉が開き、ヒョッコリと顔を出したのは、青白い肌にクッキリと目立つ隈のアインス担任…斎藤和葉だった。
カチャリと眼鏡をクイッした斎藤和葉担任に、メイク担当は。
「………やるか」
「嗚呼、これはもう運命だ」
「抗うことの出来ぬ、世の理………担任だろうが容赦はせん、覚悟せよ先生(斎藤和葉)」
「………………んー?……なんかすごい不穏な空気を察知した和葉せんせーがここにいるぞー………?」
「…………………まさか」
片手にアイシャドウ、アイライナー、チーク、筆……それを両手に携えたメイク担当数人がジリジリと和葉に近付く。
元が青白い彼の肌は、この先の最悪極まり無い未來を見据え更に青ざめた。
……………同じく、玲夜も嘘だろ…と呟きガツンと即席テーブルに額を打ち付け、慌ててメイク担当の一人がスイーツを買いに走ったのを最後に、お人形第2号と化した和葉は為すがままに椅子に座らされ。
「はーいではまずスーツを脱がしまーすネクタイ取りますよー先生案外イケメンなんだからワックスで前髪あげますねー」
「短髪だが括れない事もないってことでゴムプリーズメイクの邪魔だ」
「華奢な体を補うために肩パッド入れるか。んじゃ顔メイク担当よろしく頼むぜ」
「よしきた任せろ。とんでもイケメンにしてやらぁ」
教え子達に髪をあげられ追い剥ぎに遭われ、呆然とメイクが施されイケメンになっていく様を見つめた…………。
「さぁ始まってまいりましたリンドウ学園高等部による女男装コンテストッ!各クラスと代表二人は一体どんな美男美女になってしまうのでしょうかッ!?」
ーーーーオォーーーーーーッッ!!!
体育館を揺らすかのごとく発せられた群衆の歓声に、司会者の声が遮られる。
マイク越しとはいえかなりの声量の筈だがそれすらをも超える程の大歓声。
このリンドウ祭、三日間あるうちの一番の大盛り上がりである。
「今回のテーマはズバリ『結婚式』!!女装はウェディングドレスに男装はタキシードッ!本物のドレスを使用しておりその姿はまさに絶世の美女でありますッ!!!」
「「「ォオオォーーーーーーッッッ!!!」」」
轟く雷鳴、形容するに値するその言葉がふと頭に思い浮かんだ高等部二年アインス代表女装枠こと皇玲夜は、持たされた白薔薇のブーケを手に転がしていた。
ジョダコンのステージに立つ順番は一ヶ月前に決められているので、今はヒマな時間である。
勿論、玲夜は一番最後の番号を引き当てた。
何者かの陰謀を漂わせるその場の雰囲気に、玲夜は抗議しようと口を開きかけたが、皆の"お前は絶対に最後だから"という目に心がポキっと折れたので、唇を引き結ぶしか無かった。
そのお陰で、今こうしてウェディングドレスを着せられ、がっつりメイクを施され、白薔薇のブーケを持たされているわけなのだが。
今更どうこう言ってもこの現実は変わらない。
それをわかって悪あがきをしないのが懸命だというのなら、きっとアイツは馬鹿なんだろう。
……………いや、実際馬鹿か。
「いーやーだー!俺ァ絶対ェ出ねェからなァ!!」
「諦めろ八神。あの時お前が休んだのが悪い。あとクソ似合ってるな結婚してくーーーー」
「誰がするかボケェ!!俺は八神陸!男なんだよアンダースタンしとけェゴルァ!!」
「いやアンダースタンしてる。理解して言ってる。今夜は月が綺麗だな」
「今日曇りですけどォ!?お前透視でも出来んのかクソ野朗ォッ!!」
「こらこら花嫁がクソなんて言ったらダメだろう。お仕置きだな、結婚だな」
「お前脳味噌詰まってるかァ!?」
ギャーギャー騒ぐ騒音の元凶、純白のドレスに身を包んだ高身長の美女……否、美男の八神陸。
相方だろうが、髪をオールバックにキメたその生徒も、負けず劣らずのイケメンで、誰がどう見てもお似合いの新郎夫婦である。
ぶっちゃけ、あの海賊とこの花嫁が同一人物だとか考えたくないのだが。
染められた赤茶色の髪は降ろされていてその頭にはキラキラと輝くダイヤのティアラ。
ヴェールに隠されたその顔を除けば、ルビーのように煌めく瞳。
………喋らなければ本当に美しい女性なのになぁ。
この裏方にいる全ての生徒がハモった瞬間だった。
「ぁさて!次は皆様お待ちかねッ!いつもは陸上短距離で汗水垂らすイケメンの我らが風紀委員長………その花嫁姿をその目に焼き付けなぁッ!!!」
「「「プリンセス八神陸ゥ!!!!」」」
「あ゛ァ!?誰がプリンセスだボケェ!」
怒りマークをティアラを覆い隠さんとつけた陸が飛び出そうとするのを必死に抑え込む相方。
その後ろでは、"プリンセス八神陸"でツボった玲夜の姿。
「くっふふ……ぷ、ぷりんせす……ぷりんせすて……ッ」
隠そうともせずに笑っている幼馴染に怒りの矛先は向けられ。
「ぅオイィ!!テメェだってプリンセス呼ばわりされっかもしんねェんだぞォ!?もしそうだったら腹抱えて笑ってやっからな覚悟しろよォッ!!」
ビシッと指(矛先)を向けられた玲夜は、未だ笑ったまま、了承の意を込めて手をヒラヒラと振った。
白薔薇や百合で囲まれたステージは、純白のウエディングドレスと同色、けれども花嫁の存在感を消さず、見事にその存在を調和させていた。
スポットライトが当たりキラキラと光るティアラに、白いヴェールが素顔を隠す。
赤茶色の髪は綺麗に結われており、薔薇のコサージュで留められていた。
隣を歩く花婿も花嫁に負けず劣らずの美貌。
誰もが息を呑む、完璧なる美男美女の結婚式がそこにはあった。
ーーーーーだが、一方裏方で。
「………あれ、兄さんって女の人だっけ」
「言うな飛鳥。俺は認めない。舞台上がったらあんな美人になるとは思ってなかった。俺は絶対に認めない」
ステージに立つ花嫁が実兄というのを現実逃避して顔を背けた飛鳥と、腕を組んで裏方から見る玲夜。
その顔には、まさしく"これは夢に違いない"と書いていた。
「お、おーい飛鳥…もうすぐ俺らの番だぞ…?」
「霧島君………うん、そっか。僕も行くんだよね……はぁ……」
「何のためのドレスアップだよ………」
「飛鳥、頑張れお前なら帰ってこれる」
「露骨な死亡フラグやめてよレイ……」
ハイライトの消えた赤い目は、くるりとこちらを振り返った実兄を写し、完璧にその色を濁らせた。
…それほど嫌なのか?ああ嫌だとも。
なにが悲しくて女装しなければならないのだ、第1こっちは不登校者だぞ。
やりたくない役を押し付け知らん顔をしているクラスメートに嫌気がさしながらも、こうなっては仕方がない。
逆に考えて、こうも似合ってしまったウェディングドレスなど、誰も予想していないだろう。
だから、完璧な花嫁になった飛鳥を見てあんぐり口を開けるかもしれない、いや確実にそうなる。
………まぁ、それもそれで面白いかもね。
いわば、逆ドッキリ。
飛鳥はこの現実を少しでも面白くしようと独自の解釈を加え、このジョダコンの趣向を一人だけ履き違えて理解した。
思った通り、皆驚いて声も出ないらしい。
八神陸という二年のエースの弟というだけで美少年だというのは暗黙の了解。
多くの人は陸と同じようにヤンチャなムードメーカーを思っただろうが………。
今、この舞台に立つ陸の弟は、どうだ。
ムードメーカーの「ム」の字もない、その青年は。
純白ではなく、パステルカラー、薄い水色のドレスを纏い、対照的に燃える赤の瞳は、淡いヴェールに隠れて幻想的に光っていた。
腕を組む霧島一東は紅潮した頬を隠そうとせず、堂々と"飛鳥は俺の嫁"感をオール。
羨望の眼差しをビシバシと感じながらも、それを嫌だと思わないのが恋のチカラである。
「…………霧島君」
「……へ?え、あ、何?」
惚けていた霧島に、鶴の一声。
一瞬にして現実に引き戻された霧島に、絡まった腕が少し震えているのに気付く。
「ごめん………人前に出るの、あまり好きじゃなくて………」
はっきりと顔が見れるほど至近距離だからヴェール越しの青い顔が見て取れた。
確かに不登校だというのにこの仕打ちはないだろう。
だが、正直に言おう、飛鳥にとって不謹慎だろうが、自分に素直になってみる。
ーーーー震えて腕にしがみついてる飛鳥がドチャクソ可愛い………ッッッ!!!!
なんなんだこの可愛い生き物プルプル震えて天使か!?ドレス着てる所為でもはや女神なんだがいやこれは女神という言葉で収めていいのか!?ああなんかもう羽が見えてきry
「…霧島君……?」
「いいいやなんでもななな………なッ?」
「…うん?」
ーーーーーギギギ、と音がつきそうなくらい、ゆっくりと飛鳥の顔を見たこの瞳は。
不安げにこちらを見上げる、天使の表情があって。
………身長差があまりなかったが故厚底の靴を履いてこちらが僅差で背が高くなっているためか必然的に上目遣いになっているし。
さらに言えば、コテン、と首を傾げてるし。
これはもう、言葉が出ないほどの天使ですわ。
ーーーーーバタンッ
「え…………え?ちょ、霧島君!?霧島君ッ!?」
吐血した幻が見え、霧島はキャパオーバーした脳内故に、体が機能停止。
…最後に、グッと親指を空に立てて、霧島は意識を失った………。
「…えぇ………これ、次(最後)俺だろ……?この空気の中やれって…!?」
ズルズルと引き摺られていく霧島を裏方で見ながら、玲夜は顔を青く染めていた。
このシーンとした、冷たい空気の中を優雅に歩く、という至難の業。
なんでも出来る生徒会長ならいけるだろ、という無言の圧がヒシヒシと後ろから伝わってくる。
「…………せーとかいちょー……もう腹くくるしかなさそーだぞー…………」
「いや腹くくるって結構厳しく無いですかね」
「俺だってこのくーきのなかやりたくないよ…………でもお前の相方いなくなるし………せーとかいちょー、なんかやった?」
「なんかってなんです!?俺は何もやってませんが!?」
「あー!ほらほら!もう時間だよお二人さん!早くステージ出て!!」
「キャワーーィィ!!あ〜ん見てダ〜リンッ!私達の子があんなにも可愛いわぁ〜ん!!」
「全くだ、その隣にいる……あれは担任の和葉先生か?………………和玲か」
「…………あら?玲和に決まってるわよねダ〜リン?それ以外は認めないわよ?」
「……ほう。晴香、お前とはマズイ酒になりそうだ」
「こっちの台詞よダ〜リン」
……………ステージに上がったら上がったでとんでも夫婦が目に飛び込んできた。
このウェディングドレスを貸し出し、メイクやウィッグ等も援助した、皇夫妻である。
サングラスを外し、視界制限を突破した皇晴香は、ナチュラルメイクにも関わらずにとてもいい意味で目立っている。
その隣に腕を組んでいるイケオヤジこと皇蓮弥。
事情の知らない第三者からしてみれば、ただの美男美女夫婦なのだが。
………中身が残念なのである。
「…………せーとかいちょー…お前の親御さん、個性強いなー…………」
「…いや、先生に言われたく無いんですけど」
無理やり組まされた腕を今すぐに離したい衝動を抑え込んで、玲夜は唸る。
この状況、先程の飛鳥、霧島ペアの空気を一変させ、今や玲夜ファンが熱狂、或いは涙を浮かべて信仰する女性も見えた。
一般人でさえ魅了する玲夜(男)は、いつにもなく魔性のオーラをダダ漏れだったらしい。
ヒラヒラの純白ドレスが足に絡まり、とてもじゃないが歩けないが、さりげなくエスコートしてくれる担任がいるあたり、アインスで良かったとちょっと思ったり。
いつもボサボサの黒髪を教え子達にオールバックにされ、クマをコンシーラー等で隠されたアインス担任は、間近で見てもいつものやつれた面影が無い。
………これまた、化けたなぁ先生。
この体育館を埋めつくさんと蠢くジョダコンの審査員こと客席からは悲鳴やらなんやらが飛び続け。
ようやく終わった頃には、参加者全員やつれきっていた。
……………こうして、ようやくリンドウ祭二日目が終わった。
ーーーーちなみに、優勝者は皇玲夜と斎藤和葉ペアだった。
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.19 )
- 日時: 2019/05/06 07:37
- 名前: Rey (ID: jFPmKbnp)
六話 生徒会長とリンドウ祭 大学部
リンドウ祭、最終日。
地獄とも言えるこの文化祭の最後の日。
ようやく終わりが見えたこの祭に、玲夜は死んだ目で訪れていた。
と、いうのも。
「あ!皇先輩!昨日のジョダコン見ましたよ!優勝おめでとうございます!」
「よぉプリンセス。昨日は可愛かったぜ?」
「生徒会長、ジョダコンお疲れ様でした」
「………………ぅん、ありがと………ございます………」
二日目にして行われた高等部の女男装コンテスト、略してジョダコン。
結婚式というテーマで行われたそのコンテストで、玲夜は実の母、皇晴香の力もあり、純白のウェディングドレスを着て見事優勝。
そのお祝いの言葉と、中には花束を抱えてやってくる生徒、そしてたんに玲夜のファンである一般市民の方々。
あっという間に両手が華やかになり、前が見えなくなるほどの極彩色である。
「あ、あの!生徒会長、これ僕から…受け取ってください!」
「ん…?」
ガーベラと胡蝶蘭の間から見えた紅潮した顔の手には、また新しく玲夜の手(仲間)に加わろうとしている白薔薇。
……………………これ以上花などを贈られても困るだけなのだが。
かといって、彼の気持ちを無下にすることも出来ない。
「…あぁ、ありがとうね。悪いけどその薔薇、俺の胸ポケットに入れてくれるかな」
「へ!?」
「いや、もうこの通り手が使えないし、更に花が増えると本当に持てないから……」
「あ、成る程…?……………それじゃ、お言葉に甘えて………」
純粋無垢な目で見つめる、その白薔薇が。
そっと、リンドウ学園の校章バッジが刺繍されている胸ポケットへと刺さった。
ふわりと香る薔薇の香りに、自然と頬が緩み。
「…ん、ありがとう」
頭を撫でられないのが悔やまれるが、その代わり海のような青い瞳を細め、優しく微笑んだ。
「〜〜〜〜っ!い、いえ!そ、そそれじゃぼくもういきますねっ!!」
ズッキュンと心を撃ち抜かれたであろう男子生徒は、ユデダコのように顔を赤く染め、その場を立ち去った。
その様子に、玲夜は一人。
「…………告白される回数増えそうだなぁ」
胸に飾られた白薔薇、花言葉は【尊敬】などと言われるもの。
また、両手から零れ落ちそうな程抱えられた花束の中には紫色の綺麗なキキョウや紅色で花弁が何重にも重なっているラナンキュラスといった花が。
そのどれもが全て[愛を伝える花言葉]を持つ花々である事は、見て見ぬ振りをしたかったーーーーーー。
「…うっわァ…………ナニ?お前将来の夢、花屋さんだったかァ?」
「うるせぇ陸。ちょっと手伝え」
仕方なくフラフラ彷徨っていたら、"りんご飴"を片手に持った陸と遭遇。
飛鳥は?と聞けばシラネと返された。
そんな能天気にこの花束を分け合いっこしようと提案したのが運の尽きだったのかも知れない。
「えェ………ったく、しゃーなし手伝ってやらァ。ほれ、その白薔薇寄越せ」
「お前手伝うの意味知ってる?」
スポンッと綺麗に胸ポケットから白薔薇を抜き取り口に咥えた陸を殴りたくとも殴れないこの衝動(怒り)が脳に走る。
手が出せなかった(物理的に)ので、静かに、己の体幹を信じて陸のスネを思い切り蹴り上げた。
「ッてェ…!? 」
「自業自得だ、馬鹿」
痛みに顔を歪める陸、けれど手に持った白薔薇とりんご飴だけは死守している。
「…ててェ…………ったく……わーァったよ…………けど俺見たトーリ両手塞がってんだわァ」
「白薔薇返せ。あとりんご飴を秒で食え」
「…………………レイ、お前ドSってレッテル貼られてねェ?」
「は?……………え、そんなレッテル貼られてんの?」
「いや……………俺が背中に貼っとくわァ」
「やめろ」
こいつなら本当にやりそうだ、と後ずさった玲夜に、陸はジョーダンと笑う。
長年の付き合いだが、陸のジョークは洒落に聞こえないものだから。
毎回毎回警戒させられるこちらの身になってほしいものだ。
そう、ジト目で"反省しろ"と訴えたのだが、それをスルーした陸は渋々胸ポケットに白薔薇を戻し花束の半分を抱えこんだ。
「……結構キツイなァ……………よく持てたわこれェ…」
「そんなお前はプレゼントとか貰ってねぇのな」
「おー………………貰ったけどよォ……………実のところ、飛鳥の方が多いんだよなァ………」
「え、飛鳥が?」
「何でも、あいつのファンクラブを俺の弟ってだけでも密かに俺のファンクラブ派生らが作ってたらしいんだけどよォ、昨日のジョダコンの所為で公式に発表したんだとよォ」
「……………遂に飛鳥のファンクラブ出来たか…」
「噂だと会員ナンバーワンは霧島らしいぞォ」
「流石だな霧島君…………」
顔が引きつっているのがわかる。
この文化祭で、飛鳥のファンクラブが出来た………普段不登校者のファンクラブ………考えただけでも、ゲッソリだ。
兄である陸を尾行して突き止められた家に飛鳥へのプレゼントがしこたま送られてくる未来しか見えない。
ーーーーあれ、そういえば。
「なァレイ。……………お前、確か魔弓科の見世物、今日じゃねェ?」
「そうだけど、なんか俺は出なくていいよって言われたんだよな」
「…………テレビ局の奴らがうるせェからか」
「らしいな………ま、確かに俺はあんまり目立ちたくないし、有難いんだが…」
チラリと見えたチラシにあった"魔弓科より"と書かれたプログラム。
高等部、魔弓科エースは大丈夫なのか、と聞いたら全くもって問題なし、と返された。
忘れがちだが、この皇玲夜という陸の幼馴染は全国優勝者だ。
数々の大会を制覇し、世界中にファンが渦巻くツァオベライ・アローの世界では大スターだ。
そんな玲夜が文化祭で彼の魔弓………エーテル・タキオンを担いだらどうなるか、安易に未来を想像出来るだろう。
テレビ局のカメラマン、レポーターが押し寄せリンドウ学園に人がごった返すだろうと。
「…………………そいや、大学部はジョダコンとはまた別にダンスの発表…?みたいなのやるんだっけ」
「おー。パイセンがどんなダンスすんのか見ものだわァ…」
花が落ちそうになって慌てて抱え直しながら、玲夜はポツリと呟いた。
どうやら、そのダンス発表は各クラスの代表者数名でやるものらしい。
…………再来年、俺たちもやるのかと思ったら少し気分が落ち込むなぁと思ったのは言わないでおこう。
そんな陸は思いっきり嫌な笑みでプログラム表を睨んでいる。
きっと、あの遅れた生徒会会議の時、大学部の生徒会長に批判された事を未だ根に持っているのだろう。
代表者、というだけあってきっと居るはずだから、と。
恥をかく事を望んでいる赤い目に、玲夜は知らねーと両手に抱えている花束へと顔を埋めた。
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「………………これ何………」
「知りませんよ、ボクだって知りたいです。ってか貴方…衣装似合い過ぎじゃありません?一瞬誰かわからなかったんですけど」
「…………………そ……アンタも似合ってる…………」
「え!?本当です!?やったー!」
「…………………うるさ………」
「ちょっ!?ツンデレも大概にしてくださいよ、ボク泣きますよ!?」
「…………………面倒くさい……」
「そんな心底うざいみたいな顔しないでくださいよ……っ!?」
「……………………行くぞ…そろそろ、時間……」
「……もぉいいですよ、後で綿あめ奢ってくださいね!」
「……………………わかった……」
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「…んー………レイィ、お前どこ行こうとしてるんだァ…?」
「え、体育館」
「……だよなァ………あんさァ一つ言うぜェ?」
「…?……おう?」
「………………体育館、反対方向なんだけどよォ」
「…………………あれ?」
電話して母、皇晴香に花束全てを押し付け、フラフラと彷徨っていたら、在校生にも関わらず迷った。
人混みのせいだと主張する玲夜に、呆れて笑いすら出てこない陸。
後ろを振り返ればリンドウ祭を満喫している生徒や一般客の波。
………とてもじゃないが、体育館に行ける気がしない。
「陸、これどうすればいいと思う?」
「………お前、これ俺がどうこうしてなる問題じゃねェってわかってんだろォ…………とりあえず、校舎経由で行くかァ?」
「りょーかい……なんかごめん」
「いや、俺も悪かったわァ……お前、地理苦手だったなァ……スマホの地図アプリ見ても迷うもんなァ………………」
「う………………」
ちょうど目の前に高等部の校舎があったのが不幸中の幸いだろう。
上履き制じゃないのが功を制し、見慣れた校舎へと足を踏み入れた。
「………あれって兄さんとレイかな……なんでここに…」
「飛鳥ー?どうしたー?」
「あ、いや………って、霧島君また買ってきたのかい?……………よく食べるね」
そんな迷子(玲夜が元凶)の二人の背を見た八神飛鳥。
焦げ茶のウィッグを被った彼の隣には、トタトタ走ってきた霧島一東。
その手にはりんご飴とぶどう飴があった。
「いや、りんご飴はお前用なんだけど…」
「え、僕に?」
「昨日さ、コソッと陸さんが"飛鳥は甘い物結構好きだぞ"って………」
「…………あんの馬鹿兄……」
肌が白い飛鳥の頬がわかりやすく赤に染まる。
口では愚痴をこぼしていても、満更でもなさそうで。
「………まぁ、君の好意として貰うよ、ありがとう」
躊躇いなく差し出された右手に、満面の笑みでりんご飴を手渡す霧島。
そういえば、兄さんもりんご飴を持っていたな………。
変なところで似ているのが兄弟というものである。
兄である陸は体育会系の勉強がからっきしのバーサーカータイプなのに対して。
弟である飛鳥は優等生系の運動がからっきしのサポータータイプ。
運動と勉強という点に着目してみると、対の関係だ。
だというのに、根本的な面……………意外と甘党だったり、あと少し流行に流されたりだとか。
陸が世間一般の流行に敏感でよく服を買いに行ったり、飛鳥はゲーム内のイベント衣装やアップデートで追加された武器などをいち早くゲットしたり。
…………こういう、少し着眼点が違うけれども根は同じなところが兄弟だな、と思わされる事なのだが。
「………………あ、そうだ。霧島君、体育館でやるダンス見るかい?」
「え?…あ〜、大学部全員集合してるあれか」
「うん。僕は行こうと思ってるのだけれど、良かったらーーーーーー」
「今すぐ行こうぜッ!!俺も見てーって思ってたから!」
「え、あ、うん?ありがとう…?」
ぶどう飴をなめていた霧島は飛鳥最優先スイッチをオンにして、雪の様に白い手を掴んで駆け出した。
………きっと、レイと兄さんの二人で一番ダンスを楽しみしてるのは兄さんの方なんだろうなぁ。
そんな事を考えながら、飛鳥は大人しく手を引かれた。
リンドウ学園、体育館。
重い幕が垂れ下がってステージを隠している、この中で。
ゼェゼェと息を乱す者がいた。
「はァ……はァー……ッ………ま、にあったァ……」
「…はぁ……疲れた……」
「元はと、言えば……お前が迷うからっだろォ………ッ!」
「ごめんって………ふぅ……あと五分か…本当ギリギリだったなぁ……」
言わずもがな、ほとんど反対にいた陸、玲夜ペア(なお、死にかけてるのは陸のみ)だ。
短距離で持久力が壊滅的に無い彼にとって、この長距離ダッシュは応えたのか、パイプ椅子の背もたれに背中を押し付け、酸欠の頭に酸素を取り込む作業に没頭していた。
薄暗い中で、隣に座る玲夜も隣からの熱気に当てられ、少しだけ乱れた呼吸を整える。
パタパタと手で仰いでいたら、ツンツンと陸とは反対側の席から突かれ。
なんだ、と顔だけ振り向けば、そこには悪戯に目を細めるプロゲーマーの顔。
「飛鳥…?」
「大丈夫かい?兄さんもだけど、よく高等部校舎から来れたね」
大丈夫か、と聞かれてるはずなのに、何故だろう。
大丈夫じゃない、と知って言われているようで………小馬鹿にされた気がする。
「……なんでそれ知ってんの」
「たまたま見かけたんだよ。まぁ僕は霧島君の後をついていっただけなんだけれど」
不機嫌なのを感じたのか、玲夜から視線を外してカタリと背もたれに体を預けた飛鳥。
………見えた奥の席、ハッと目を逸らされたが、見覚えのある顔に。
「………霧島君?」
「ひぃ!」
「…えっと………なんで俺怯えられてんの…?」
声をかけたら小さく悲鳴を上げられ、飛鳥の後ろ(ほぼ見えてるが)に隠れた。
「それが僕にもよく分からないんだよね。………あ、そろそろ時間じゃない?」
「お、もうか。………陸、息大丈夫か?」
「はァー………まァなんとかなァ………って、なんで飛鳥がここにいんだァ?」
「今気づいたんだね兄さん。二人が来る前からいたんだけれど」
「おー…?……………ん?お前霧島かァ?」
ようやく呼吸が落ち着いたところで、陸の赤い目に移ったのは極限まで背中を反らしている霧島の姿。
そんな海老反り君は、陸の声に異様なほどビクついて、こちらを見ようともしない。
「………陸、お前なんかやったか?」
「は?別になんもしてねェけど…………マジで身に覚えねェんだけど」
「霧島君、兄さんが珍しく困惑してるから、もうちょっと海老反りで無視してて貰ってもいい?」
「オイ飛鳥テメェ何吹き込んでやがんだァ?」
「別に、何でもないけれど」
「あァ?」
「ちょっと俺挟んで喧嘩すんのだけはやめてくれないかなメンタル豆腐からするとだいぶ心に来るんだけど」
喧嘩っ早い兄弟の板挟みだけはやめてくれ、と若干涙声になった玲夜の声に、きゅっと口を閉じた左右。
………だが依然として睨み合いは続いている。
と、ここでようやく時計の針がピッタリ10時30分になり、会場のざわめきがピタッと止んだ。
つられて八神兄弟もステージを見て、その幕がだんだんと上がっていくのを見つめている。
「………………おぉ………っ!」
「スゲ……これ手作りかァ……!?」
「わぁ……凄い時間かかってそうだね………でも、綺麗だ」
「…………こ、これが大学部の力………」
思わず声が出てしまうほどのクオリティ。
そこは、リンドウ学園の体育館のステージなはずなのに………いつも見慣れている木目のフローリングなはずなのに。
ーーーーーそこは、完璧なる砂漠だった。
サァ…と何処からか風が吹けば、チリチリと黄金の砂が舞い、照りつける太陽の光はスポットライトの筈なのに、外の太陽と同じような熱量を感じる。
まるで、ステージと客席の境にあった幕が二つを完璧に遮断した別世界のようで、玲夜は無意識に息を呑んだ。
ふと、左に座る飛鳥が静かになってこの砂漠を凝視する。
彼の目はスポットライトの光に反射し、林檎のように赤く染まっていた。
「………何重にも張られた魔法陣……砂漠化及び幻惑魔法もかなりの名手………アインス生徒かな……」
ボソボソと独り言を呟く飛鳥、その言葉を聞いた玲夜は、あぁ…と納得する。
アルビノ特有、全形質の魔力の帯を見ることのできる飛鳥は、この砂漠を展開する全ての魔法陣が見えているようだ。
文化祭…リンドウ祭において、魔法の使用は禁止されていない。
ジョダコンのステージも、出店の飾りもそのほとんどが魔法によって造られたものだ。
だが、この規模の魔法となると相当の魔力が失われている筈だった。
にも関わらず、こうして維持されて、暴走もないのだから、流石は大学部、と言ったところか。
「…代表者数名って………他の生徒は舞台を構築するための稼働者って事か……」
「これなら代表者として踊ったほうが楽かもねぇ………まぁ、僕はまっぴらごめんだけれど」
「お前らさっきっから日本語喋ってっかァ…?」
「「日本語しか喋ってないけど」」
右隣から呆れたような声で言われるも、左隣と声をハモらせて答える。
だが、忘れそうだがこれはダンス発表会だ。
ステージに砂漠を選んだ時点で、だいたい想像はつくが、この砂の上では踊りにくいだろうし、何より砂がこのスポットライトで熱せられてとてもじゃないが暑さで倒れそうになるだろう。
ーーーーータンッ
ーーーーーー突如、この人工的に作られた狭い砂漠に、紫のヴェールを纏った青年が黄金の上を駆けた。
ヒラヒラと動くたびに靡くそのヴェールの中には、新緑のような緑の双眸。
華奢な体に巻きつくそれらの布は、黄色の世界とのコントラストでとても目立つ。
皆、呆気にとられその青年を見つめる。
…………ふと、この体育館に音楽が鳴り響いた。
それは、誰もが瞬間理解するであろう音で、完全なる"アラビアン"な曲。
ヴェールを翻しながら舞うその青年の黒のような茶髪がライトに照らされ光る。
衣装に散りばめられた宝石の煌めきは、薄暗くなっている体育館の天井、床に色とりどりのハナを咲かせた。
腰をくねらせ、腕を振り上げ、ヴェールが舞う。
たった一人の踊り子と、砂漠の世界がこの体育館全ての時を変えた。
ーーーーー不意に曲調が変わった。
ヴェールを纏った青年は最後、右手を上げ…降ろす、礼の仕草を一つして、裏へと回ってしまった。
けれども反対側から見えたその新しき青年に、皆の目が釘付けになった。
グレーの髪に赤色のターバンを巻き、上半身は露出の高い黄色の羽織。
少しダボついているくすんだ白のズボンを履いた、その青年の瞳は。
淡白な黄色と、真っ白のオッドアイであった。
誰もが息を呑むアラビアンナイトの王子の登場に、会場は大盛り上がり。
傲慢な態度を取るその王子の周りを、様々なパステルカラーのヴェールを纏った青年が舞う。
いつのまにか、背景は砂漠ではなく王宮になっており、赤い絨毯の上を跳ねる踊り子の姿に皆同じく心が踊っていた。
ーーーー最後、王子と紫ヴェールの踊り子が出会い、共に舞うシーン。
踊り子の身長が低く、そして王子の身長が高い故、遠目から見れば踊り子が女性に思えるほどだったが、それはそれで良いと。
クライマックスの音楽に合わせて足を踏み、体を捻り、ターンして。
時を忘れさせる、その踊りを終える頃には、ダンサーは汗だくになっていた。
けれども、晴れ晴れした笑顔に、観客席……玲夜達も含めた全員がスタンディングオベーション。
ダンスの中にストーリー性を織り込み、背景を魔法で展開させた、この演技は。
あの陸でさえも、感嘆と賞賛の声を漏らすほどだった。
……………ふと、誰かが言った。
「なぁ………あの踊り子と王子ってさ。【白百合】と【紫陽花】だよな?」