コメディ・ライト小説(新)
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.17 )
- 日時: 2019/04/17 23:03
- 名前: Rey (ID: NvHaua1/)
四話 生徒会長とリンドウ祭 中学編
俺、皇玲夜は朝からテンションだだ下がりであった。
生徒会にて、各ジョダコンのテーマを決めるにあたり出場者の意見等も聞くはずなのだが、何故か、な ぜ か!レイの意見はガン無視された。
全く持って理不尽である。
だがしかし、もはや女装枠で出ろと決定されているので悪あがきにしかならないのだが。
そうして決まった高等部門のテーマ……。
『結婚式』
正直、正気の沙汰無し、そう感じたのは許してほしい。
何が悲しくてんな事しなきゃならないのだ、俺に女装癖は無いぞ。
だが、そんな声が届くはずもなく無事に終わってしまった会議。
その翌日から、授業は午前だけ、午後からは準備の時間となる…のだが。
「……なァ……なんで俺が女装枠やんだよォ」
「知るか。ツヴァイに適役がいなかったのとやりたくない奴しかいなかったんだろ、お前以外」
「ッざけんなァ!俺だってやりたくねェよォ!?」
「俺に言うなってか俺だってやりたくねぇわ!」
……このやり取りは、もう何回になるのだろうか。
耳にタコなぐらいに繰り返した会話だが、全く持って意味はないだろう。
ここでとやかく言っても、決まった事は覆らないのだ、まさに焼け石に水である。
ーーーーー時は進み、梅雨明けの今日この時…。
そう、来て欲しくなかった地獄のリンドウ祭(レイ命名)の初日である。
あの女装枠のやりとりは会議の終わった翌日から今日までずっと行われていたやりとりであり、それこそ飛鳥にすら愚痴ったらしい。
メールで、[兄さんがウザい]とこちらに画像付きで送られてきたのだ。
……枕に顔を埋めて足をバタバタさせている陸(寝巻き)の画像が。
…………まぁ、それは置いといて。
リンドウ祭初日は中学部がメインとなる日であり、前日に配られた日時等が記載されているプリントには、ジョダコンのテーマは『ハロウィン』と書いてあった。
………まだ、そっちの方が良かった。
何故、高等部門だけピンポイントでこう……こう、くるのだろうか。
いや、原因はわかりきっているが。
更に嫌なことに、リンドウ祭とは強制全員参加である。
……"強制全員参加"、大事なことなので、二回言った。
ーーーーーーすなわち。
「もう諦めなよ兄さん。僕だって何故か女装枠でやるんだから」
「お前俺ら以外顔知られてねェだろォ…なんで女装枠でエントリーされてんだよォ…」
陸よりも黒い茶髪のウィッグを被り、前髪で赤い目を片方だけ隠した飛鳥が、抑揚の無い声でそう言った。
まぁ飛鳥の問いにあえて答えるのであれば、八神陸の弟だから、というのが妥当であろう。
それはそれとして、全生徒強制参加、それは引きこもっていても、風邪をひいていたとしても必ず参加させられる。
リンドウ学園の力を発揮する数少ない行事である学園祭では、言わずもがな、クラスの不登校男子と初対面する事がしばしばある。
そのため、誰も女装をやりたがらない場合休んでいる生徒になすりつけ、初めて顔を見たとき………。
「…お、おい………お前、八神飛鳥…か?」
「うん?……まぁ、そうだけど」
「うわマジか…………ヤベェ」
背後から話しかけられ振り返ればポカンと口を開けた、高等部一年【ドライ】のバッジ。
心なしか赤面しているように見えるが……嫌な予感が、的中したらしい。
「あ、あのさ!俺、霧島一東って言うんだけど……せっかくだからさ、文化祭一緒に回んね?同じクラスだし!」
握手をねだり差し出された手を赤い目が射抜く。
…………なぁるほど、ふむふむ。…ご愁傷様、飛鳥。俺の気持ちがわかったろ、これでお前もナカーマ。
ぎゅっと目をつぶり、小刻みに震えるドライの霧島君に、飛鳥は、ふう…と静かに息を吐いて。
「…兄さん、少し行ってくるね。改めて、八神飛鳥、よろしくね霧島君」
「っ!おう!よろしくな八神!」
「…あ、出来れば飛鳥って呼んで。八神だと兄さんと区別がつかないから」
「え、あ、おう…あ、飛鳥…」
「うん、なんだい?」
「いや…よ、呼んだだけだ!ほら、行こうぜ!」
…なんだこのカップルみたいな会話。
耳まで赤くなっている霧島君と対照的にキョトンといつものように調子を崩さない飛鳥に、陸とレイはどうしようもない、複雑な心情を抱えた。
…これが、よくあるのである。
顔を見たことのない不登校生、だがその顔、声、スタイルはどストライク。
それで、この文化祭を通して仲良くなり、不登校も治り……からの〜という、この一連の流れ。
これが毎年あるから、陸はこのリンドウ祭があまり好きではなかった。
ジョダコンは男装枠を意地でも勝ち取っていたため、女装枠は今回が初めてだが………まさか飛鳥まで女装枠とは、思いもよらぬ展開である。
正直、明日のジョダコンであの霧島君のハートはウェディングドレスを着るであろう飛鳥によって滅多刺しだろうな…。
まぁ飛鳥とて同性愛者というわけでも無さそうなので、大丈夫だとは思うが。
「…ま、俺らも回るか。陸、なんか行きたいところある?」
「おー………あ、出し物のたこ焼き食いてェ」
「もう食べ物か…お昼前だぞ、一応」
「昼は昼で食う。だいたい目星はつけてっからよォ、とりあえず適当に回って美味そうなのあったら食おうぜェ」
「ちょ、置いてくなよ!」
切り替えのオンオフがキッチリしているのはいいことだが、はっきりし過ぎて置いていかれるところだった、と。
レイはフラ〜と歩き始めた陸の背を慌ててついていった。
………途中、チラリと小さくなった飛鳥と霧島君を見つめながら。
「………で、何これ」
「シラネェ。俺だってビックリだわ」
体力が少ない陸のため、ところどころ休憩をとりながら回っていたのだが。
キャッチセールスがやけに上手い生徒に捕まり、今に至る。
それは、簡単に言えば喫茶店だった。
小洒落た内装に、テーブルや椅子までも綺麗に飾られて、教卓の上には薔薇が咲いている、"一見お洒落な普通の喫茶店"なのだ。
……だが、メニューがおかしい。
「"カップル専用"メニュー表………いや、普通のは!?」
「…ラブラブジュースに愛のオムライス〜ハートを添えて〜……これさァ…言ったもん勝ちだろォ………」
「要はストロー二つあるソフトドリンクとケチャップでハート書いたオムライスだよねこれ!?」
普通なら男女の熱すぎて熱中症にでもなりそうなカップルが妥当であろう、そのメニュー。
だが記載されている写真を見ても、これはただのオムライスだ。
強いて言えば、メイド喫茶によくある"メイドが目の前でケチャップで絵を描いてくれる"あのオムライス。
味はきっと美味しいだろうが…なんだろう。
……………すんごく、頼みづらい
「…まァ、入っちまったもんはしゃーねェ。飲み物頼んで出ようぜェ」
「の、飲み物って言ったって………………ソフトドリンクでもストロー二本付いてくるよこれ」
「別にいいんじゃねェ?何も一つの飲み物を二人で飲まなくたっていいだろォ」
だが覚悟などが一丁前の陸、さらっとメニューのコンセプトを否定してソフトドリンクメニューを開く。
まぁ、確かに二本ストローあっても一本だけ使えばいい、それは正論だ。
…だが、それを無視したらこのメニューの意味が………
と、良心が痛むがそもそもの話。
ーーーーーー陸とレイは付き合ってもいないのだからカップルではない。
ならば、こんなメニュー否定しても何も問題なかろう?
「あ、それもそっか。んじゃ陸は何飲む?」
思い切りその考えを肯定し、レイはメニューに書いてあるソフトドリンクーーどれも見慣れた飲み物だが値段がやけに安いーーを頼む。
「…あー、どうしよっかなァ。俺、別に喉乾いてねェし……」
メニューを見ながら呟く陸に、レイ。
「あ、それならスイーツは?」
「え、スイーツって………お前頼まなくていいのかァ?」
いつもだったらヨダレをダバダバと垂らして真っ先に頼むであろう、彼の大好物だが…。
「いや………なんか、これ見たら頼む気失せてさ………」
「ん?」
メニューをパラパラとめくり、書いてあったスイーツの文字。
デカデカと書かれたその文字の下に、数々のスイーツの名前があったのだが。
「…なんだ、これ」
いつもの小文字で伸ばす癖すら無くなるほど、陸はそのメニューに呆気にとられた。
一面スイーツなそのメニューの下、小さくだが、こう書いてあった。
"カップル専用メニュースイーツは、お互いにアーンしましょう。しなかったら倍のお金を払ってもらいます"
………………Oh
「絶対ェスイーツは頼まねェ。っし、んじゃ俺もソフトドリンク頼もォ」
………陸は、その文字を見て何故か急に喉の渇きを自覚して、店員にソフトドリンクを注文した。
ドリンクの値段安いの、このペナルティで稼いでるからか….…………。
「………………あの、さ。霧島君?」
「な、なんだ………あ、すか」
「いや、その………そんなくっつかなくても…たかが文化祭の"お化け屋敷"だよ?」
「うううるせぇ!」
一方その頃、飛鳥、霧島ペアは中学部アインスによって作られた精巧なるお化け屋敷へと出向いていた。
…実のところ、飛鳥は霧島に引っ張られただけだが。
数々のゲームをこなしてきた飛鳥にとってお化け屋敷は一種のホラゲーとして認知しているため、怖がったりはしないのだが。
霧島はホラーが苦手なのか、あるいはただ飛鳥にくっつきたいだけなのか。
飛鳥の左腕にひっしりと絡みつき離れようとはしなかった。
「おおおれはなぁ!お前に!リンドウ学園がすんばらしいところだってのをな!!教えようとだなぁ!!!!」
「…いや、僕が不登校なのは別の理由があるわけで」
「んな事どうでもい……おわぁッ!!!」
「ちょっ…くるし……っ!」
見事なまでのリアクションで霧島は飛鳥に飛びつく。
ビビり過ぎて声量がマックスになっていたのも、声が震えていたのもバレバレだったが、あからさまに飛鳥の首を絞めるように抱きつく霧島に、飛鳥はため息を一つ。
鈍感なわけでもないので、飛鳥にははっきりとわかっている。
霧島が自分に好意を寄せている事くらい、初見で見抜くだろう。
だが、生憎男に興味はない。
「…ねぇ、霧島君」
「ななな…?」
「言葉になってないよ……君はなんで僕と一緒にいるんだい?」
自分で言って意地が悪いというのは自覚している。
だが、彼を突き放す事も出来ない意気地なしというのも、自覚していると。
「え……そりゃ、同じクラスメートだろ…?」
「本当に?………"僕(本当)の事"を知っても、本当にそんな事言えるのかい?」
「な、何言ってんだよ飛鳥……」
…けれど、霧島が自分に向ける、無垢な目に。
「……………いや、忘れてくれ。…お化けさん、後はよろしくね」
「え」
無表情な自分が写っていたのを見て、胸がチクリと痛んだ気がした。
………ああ、ほら。
僕はこうして、彼の腕を振り払って他人事のように置いていくことしか出来ない、どうしようもない人間だ。
…人任せに、彼の意識をそらす事しか、それすら自分は出来ないらしい。
背後でお化けに驚かされ、彼の悲鳴を背に受けながら、飛鳥は一人で黄昏た。
「…本当、陸って大食いだよな」
「へ?ほうかァ?(え?そうかァ?)」
「食ってから喋れ、行儀悪いなぁ………」
弟がシリアスしてるとはいざ知らず、兄は幼馴染と共に喫茶店から転げ出て出し物の食品を食していた。
焼きそば、たこ焼き、そしてフライドポテトエトセトラエトセトラ………。
校庭に設置された屋外テーブルを覆い尽くすフードの面々にレイは置く場所なくクレープを手に持ちながら目の前の化け物胃袋を見やった。
喫茶店で飲み物しか頼まなかったせいと、時間帯的な問題で腹の虫が鳴ったと途端に買いに走った短距離エースは、今では肉食動物が如く頬張っていて、周りの視線を釘付けにしている。
そんな視線をとばっちりで受けているレイは正直いうとメンタルが着実に減っているのだが。
「…ん゛んっ。まァ腹減ってはナントやらって言うだろォ?ジョダコンは午後からなんだし、中学部の意地を見届けるためにもォ腹ごしらえは大事ってなァ!」
「だからって食い過ぎだろ………あ、このクレープ美味い」
「マジ?後で買おっかなァ」
「お前…予算平気か?」
「ヘーキヘーキ」
食べるては止めず、今はただ食うと視線をまた手元に移した陸。
彼はああ見えてもバイトを掛け持ちしてる。
部活に出向く事も多い中、休日はほとんどバイト漬けの日々なのだが、学生が稼げる額なんてたかがしれている。
だからこそ心配したのだが。
………察したくはないが、飛鳥がゲーム大会で賞金を貰ってる可能性。
それも少なからずある気がするのだが。
「………ん?なぁ陸。あれって飛鳥じゃ…」
人集りの中、チラリと見えた焦げ茶色の髪の毛は見覚えのあるもので。
前髪に隠れて尚こちらを見つけて合った赤の瞳は、間違いなく飛鳥のものだった。
「マジで?…あれ、アイツ連れはァ……とォ…」
「霧島ね陸」
「そォ霧島!…一人だしなんか暗くねェ?」
「……………なんかあったのかな」
お互いに居場所がわかっているはずなのに、飛鳥はこちらに来るのを躊躇っているようだった。
…それに、心なしか俯きがちだ。
「おー………ちょっと行ってくらァ」
「あ、うん……いってらっしゃい」
ガタン、と席を立ちたこ焼きを口に咥えたまま歩き出した陸を置いて、目線だけ追う。
荷物のこともあるし、兄弟ぐるみでの事もあるだろう。
クレープを頬張りながら特にする事もないので、改めて周りを見渡す。
リンドウ祭……有名なエリート校の文化祭ともなれば、大勢の者がここに訪れ、リンドウ学園が大々的に新聞に取り上げられる程有名なものだ。
そのうち、皇玲夜というツァオベライ・アローの全国大会優勝者も居るし、八神陸という短距離エースだっている。
そんな有名人を一目見ようと訪れる人も多々おり、レイは正直言ってリンドウ祭が大嫌いだった。
………もっともジョダコンやグリム童話喫茶というコスプレもしなくてはならないから、という理由も大部分占めてはいるが。
「………はぁ…」
クレープが無くなると、レイは半端無意識にため息を吐いた。
今日の午後…後もう少しで、中学部のジョダコンが始める。
お手並み拝見、と見れればよいのだが………。
なにぶん、今までレイに告白した男子生徒の中でも中学部は多くいたため、ジョダコンで女装していたりしたら何とも気まずいのである。
…………いや明日のジョダコンの方が気まずいけれども。
「……なぁ、あれってあの皇玲夜じゃ…」
「うわ、マジだ………生だとカッケェ…」
「ありゃ惚れるわ……いいな〜俺もリンドウ学園入りたかった〜」
「お前じゃ無理だろ。……ってか本当イケメンだな……噂じゃ八神陸と幼馴染らしいな」
「ん?八神陸ってあの短距離エースだろ?さっき茶髪の男子と居たぜ?」
後ろの方でチラチラと聞こえるその声に聞き耳を立て、その賞賛の言葉に紛れた陸との関係性のワードに反応した。
ーーーー茶髪の子と居たぜ?
…いや、別に陸が誰といようと勝手じゃねぇ?と。
ただの幼馴染、ただの親友以外の何者でもないのだから、誰と連もうが個人の自由のはずなのだが?
付き合ってもないからそんな浮気みたいな言い方しないでくださる???と
他校の生徒らしい、真っ黒の制服を着こなした男子数名をチラリと見て、目で訴えるも。
「お、おい!こっち見てんぞ…!」
「ヤッベ………イケメン過ぎて倒れそ……」
まっっっったく届くはずもなく、乙女らしく顔を赤らめて足早に立ち去ってしまった。
…いや、結果オーライか
「あ、あのぉ…」
「………はい?」
一難去ってまた一難……成る程、こういう事を言うんだな。
ようやく一人静かにマップを広げて次のスイーツの目星をつけようとしていたというのに、数人の女性がこちらに駆け寄ってきた。
「よければ、私達と文化祭回りませんかぁ?」
「皇玲夜君だよね?私大ファンなの!」
「お願いします!サイン…いえ握手だけでも…っ!」
「スイーツ好きって聞いたからクレープとか、シュークリームとか売ってる場所見つけたから、行きませんかぁ?」
「え、と………俺、人待ってるんだよね……そいつ帰ってきてからでいい?」
男子校ゆえ、女性に言い寄られる事が少ないリンドウ学園生徒だが、文化祭などの行事に限っては女性も来るからまぁ機会があるっちゃあるのだが。
全国大会優勝者(玲夜)としてはそれこそ今更、だと狼狽えもしないが、陸の了承………というか飛鳥の方の了承を取った方がいいだろう、そう思って回答を渋ったのだが。
「いいじゃないですかぁ、その人に連絡入れればぁ」
…….…全くもってその通りである。
「あ〜………まぁ、そうなんだけど………」
「それじゃ行きましょ、玲夜さん!」
「ちょ、ちょちょちょ……!」
無理矢理に腕を引っ張られ、食べ終わったクレープの包み紙が地面に落ちた。
思い切り引かれたせいで態勢が崩れ、重心が前に、足が後ろで動かずに、目線がガクンと落ちる。
あ、と思った時にはもう遅く、手をつける場所も存在せず、重力のままに体が地面に吸い込まれーーーーー。
「っととォ………あっぶねェ…間に合ったなァ」
グイ、と腹部に圧迫感を感じたと思えば、迫っていた地面には自分の足がつき、背には少し息を切らしている陸の声。
一瞬で何が起こったかわからなかったが、視線を落として自身の腹に回されている陸の腕を見て、なんとなく理解した。
倒れこむ寸前に、陸が駆け寄り体を支えてくれたらしい。
「…でェ、テメェらレイのなんだァ?逆ナンなら他所当たれやァ……………なァ?」
「ひ…っ!」
「は、早く行こっ」
ドスの聞いた低音ボイスで凄まれてしまった女性達は顔を青く染めながら走り去る。
陸の顔は見えなかったが、伊達に幼馴染やっているわけではないので、大体わかる。
瞳孔が開き顔は笑っているが目が笑っていない、あの笑みを浮かべたのだろう。
「陸ぅ……お前あんま威嚇すんなよ、人いなくなるだろ」
「シラネ。ってかお前も少しは拒否しろよォ?俺がいるからいいけどよォ」
「拒否したっての…って、飛鳥は?」
「………あー……飲み物買いに行ったァ」
回された腕を外して向かい合えば、汗を伝せた陸の顔が目の前に来て、少し仰け反った。
「陸…?」
「………………んー……やっぱ、お前イケメンだよなァ」
「は?」
真面目な顔して何言ってんだ。
そう、一つ物申すと細く細められた海の瞳は、陸の後ろからぬっと現れた"ペットボトル"が写り。
ーーーーーーピトッ
「ひゃゥッ!?」
「…………ふ、ははっ!に、さん……変な声…あははっ!」
「テッメェッ飛鳥ァ!!!」
見事なまでの不意打ちに上擦った声で悲鳴をあげた陸の背後、滅多に声に出して笑わない飛鳥が腹を抱え笑っていた。
怒りマークを頭に5個程つけた陸が怒鳴るも飛鳥は笑い続け、いつしかその目にはうっすらと水の膜が張りキラキラと輝いている。
こんな風に笑っているのを見るのはいつぶりだろうか。
アルビノという"他と違う事"をコンプレックスとしている飛鳥が、外で、大笑いしている。
それが、どんな理由であれ、レイは昔を見ているようで懐かしいような、嬉しいような……。
……………いや、またシリアスになるからやめよう。
ようやく良い空気に戻ったというのに、これでまたシリアスさんが出動する事になるのは避けたい。
「あっはは……もう、兄さん面白過ぎ…!」
「そォかよ俺はテメェをぶん殴りたい過ぎだコノヤロォ」
「陸、日本語おかしい。それと飛鳥は笑い過ぎ、そろそろ笑うのをやめてくれないとこっちに移る」
「ふ、は……ごめんね……こんなに笑ったのいつぶりだろう…?ふふっ」
「俺の覚えてる限りでは数年前だな」
「………レイが曖昧な答え出すって相当だろォ…俺ですらはっきりと思い出せ……いや、まァいいかァ」
流石の陸も察したのか、未だにクスクスと笑っている飛鳥を見て言葉を濁した。
冷やされたペッドボトルに当てられた首筋には、汗とは違い結露した水滴がポツポツと乗っていて、それがツゥ……と肌を撫でる。
それに気づいたレイが胸ポケットに入れていたハンカチを取り出して。
「制服濡れる〜……あ、じっとしてろよ陸」
「は?」
訳もわからず、言われた通りにじっとしていたらハンカチを首に当てられ、なおもハテナマークが飛び交っている目の前の幼馴染を置いて、レイは。
「…………あれ、そいや今何時?」
ふと、ジョダコンが始まる時間がいつだったかを思い出して、ポロリと口に出したその問いに、いち早く反応したのはようやく笑いが収まった飛鳥で。
「…えっと….……あ、これ結構マズイかも」
「あ?マジでェ?」
「ジョダコン開始まで………あと五分しかない」
「………………………ごふん?」
ーーーーーーーーそれ、だいぶヤバくなぁい?
「…あッ!!見つけたぞ飛鳥!!お前俺を置いていきやがってこんにゃろ〜!!」
「あ、ごめん霧島君。今それどころじゃないんだよね。今から走るよ」
「…………ぱーどぅん?」
ひょっこり現れたのは忘れかけていた霧島一東氏。
鬼の形相で飛鳥の肩を掴み揺さぶっていたが、そんな飛鳥の一言にカチンと固まった。
今から走る?どゆこと?と
「陸、わかってるな」
「おー。こっからだと全力で2分ってとこだなァ…あー、人が邪魔だから3分半くれェかなァ」
「どっちでもいいよ兄さん。ここからだと北北西に460m、そこから南東590mが最短かな」
「りょーかい。んじゃ霧島君、君も巻き込むけど我慢してね、とりま一緒に逃げよう」
「…はい?え、ちょっと待って?なんで生徒会長……あれ???」
「時間ねェからもう行くぜェ!?」
唖然とする霧島は話の輪の外。
話がついた時には、もう陸が駆け出していてあとの三人は慌ててその背を追うことになった。
ーーーージョダコンが始まると、何故かゲストとして皇玲夜と八神陸ペアが毎年衣装を着せられて舞台に立たされるため、こうして逃げている訳だ。