コメディ・ライト小説(新)

Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.18 )
日時: 2019/05/01 08:32
名前: Rey (ID: 5VHpYoUr)

五話 生徒会長とリンドウ祭 高等部編



「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
「二人でーす」
「ではこちらの席へどうぞ!」
リンドウ祭、二日目。
この学園で行われる一大イベントの文化祭で、高等部が仕切るこの二日目は。
初日よりも、来賓者が多くなっている気がするのは気のせいではない。
ーーーー皆、リンドウの"花"を見に来るのだ。
「…………らっしゃーせー………」
ポップに飾られた店内から聞こえた、そのやる気のない声は、この"グリム童話喫茶"に訪れた人の目を釘付けにした。
林檎のように赤いフード付きのマントを纏い、膝丈のスカートから覗く華奢な足。
そしてフードから垣間見える金色の髪は黄金の生糸のように煌めき、その隙間からは静かな海色の瞳が覗いていた。
この男子校という縛りを諸共せず、全員が息を飲む"美少女"に変貌してみせた、その赤ずきんは………。
「ふ…似合ってるよ生徒会長……っ」
「るっせぇコンクリで固めて日本海に捨てるぞ」
「温厚な生徒会長の口が悪い!こんな赤ずきんは嫌だ!」
言わずもがな、リンドウ学園高等部の生徒会長こと、皇玲夜である。
元の顔が良すぎるのと、こう言ったブロンドヘアーのキャラクターには似合い過ぎてしまう蒼の目だったこともあり、シンデレラではドレスが面倒だから、という理由も相まって赤ずきんに決まった。
ウィッグ、衣装等は全て玲夜の母……皇晴香が監修した為、出来栄えは本物の美少女だ。
………………流石に、身長までは誤魔化せないが。
「俺身長178だぞ……女装にも限度あるだろ…」
「んー…でもまぁ、遠目から見たら普通に女の子だし、お世辞なしでめちゃくちゃ可愛いしノーカンで」
178cmという、四捨五入すれば180とも表記される身長の美少女がジト目で見下ろせばどんな男子もコロッとその顔を赤く染める。
中にはその身長故に短くなったスカートからスマホでお宝画像を撮ろうとした不届き者もいたが、それはレイが踏みつけたのでノープロブレム。
「あ、玲夜ー、後で写真撮らせてー!」
「料金取るけど」
「…おいくらですか」
「一枚1000円で」
「…せめて100で」
「間とって800円な」
「う…………しょうがないっ!」
「ごめん俺が悪かったから財布しまってくれ」
そんなヤンチャ(?)な赤ずきんを写真として残そうと奮闘する生徒は、自身のお小遣いをはたいてカメラを構えようとするのだから、冗談半分で言ったレイは慌ててそのカメラのレンズ部分を掴んだ。
「おーい赤ずきんやーい。そろそろ接客に回ってくれやしないかーい」
「あ、あかずきん………あっはははッ!!」
「う〜〜…っもうどうにでもなれ…!い、いらっしゃいませっ!」
もはやどうこうしたところで変わる現実でもない、と諦めたレイは羞恥心を押し殺して貼り付けた笑みで客を迎える。
赤いフードに隠されたその顔には、早く終われと死んだ深海の瞳が覗いていた。
「…………………陸っ!?」
と、思えば直ぐにハイライトが灯る。
満面の笑みだったのが、瞳に"海賊の衣装"に身を包んだ陸を写すが否や、その顔を一気に驚愕と羞恥で歪ませた。
「……いやァ………まさかここまで化けるとはなァ…………え、お前マジでレイか?」
「失礼だなれっきとした玲夜だよ!ってかお前…海賊………いいなぁ……」
俺も男装したかった、と。
いやまず男が男装ってなんだ、と。
……………とりあえず女装以外やりたかった、と。
目の前の海賊は目を丸くしながら、腰に刺したレイピアに手のひらを乗せながら。
「とりま店入れさせろやァ。俺、なんか甘いモン食いてェ」
「……はいはい、海賊一名ごあんなーいしまーす」
「「「いらっしゃいませ、陸船長!!」」」
接客していた者、テーブルに回っていた者、そして厨房(調理室)にいた者全てが表に出て、声を重ならせた。
これも全て、高等部二年【ツヴァイ】が"海賊率いる出張店"という題材の元、レイが必ず陸がここに来ることを予測して用意していたサプライズだ。
……………まさか、こんな早く来るとは思わなかったが。
「…アインスってノリいい奴らばっかりだなァ………っし。オラァ!船長のご帰還だァ道を開けろォ!!」
唖然とした後、呆れ笑いを含んだ声に乗せられた空気に、陸は腰のレイピアを華麗に抜き去り、その切っ先を天に掲げ、高々と叫んだ。
そしてーーーー。
「「「イエッサーッ!!」」」
我が船長リーダーのご帰還、という設定のもと店員(アインス生徒)は軍の敬礼のようにビシッと手を挙げた。
………………………あれ、ここってグリム童話喫茶だよね?
「さァ船長に出すスイーツは高級じゃねェとなァ?赤ずきん?」
「…………………キャー狼がここにいる〜」
「スイーツ=お前じゃねェよ!!変な誤解されっからやめろォ!!しかもそれお前しか被害ねェじゃねェか!!」
「うん、まぁちょっとムカつくくらいにイケメンだったから」
「理由になってなくネ!?」
ドカッと椅子に座り優雅に足を組んだ海賊………陸は、控えめに言ってイケメンだった。
服は言わずもがなの海賊服…だが、ベルトやチェーンが多用されており、一歩動くだけでチャラリと鳴る。
頭にはチェーンやキラキラと輝く宝石のようなものが散りばめられており、喫茶の明かりに反射してプリズムのように煌めいていた。
陸の染められた赤茶色の髪は後ろに結われ、前髪には宝石がはめ込まれたチェーンが絡まり、赤メッシュと合わさりとてもカラフルだ。
そして、なによりもこのイケメン、何もせずともイケメンな癖して"黒い眼帯"をつけてやがっていた。
元より顔面偏差値がカンストしているイケメンが?更にイケメンになるアイテムを着けるとどうなるか、もうわかるだろう。
「…俺、陸さんのファンクラブ入ろっかな…」
「お前も?あの衣装ズルイよな、八神君の良さがひき立たされ過ぎてもうなんか怖いもん」
「…わかりみがつょぃ」
客として入っていた生徒、そしてアインスまでもが陸のファンクラブ入会希望を口にし始めたのだ。
「陸……お前のファンクラブ会員増えるってよ」
「いらねェ………ってか、店内全員リンドウの生徒だよなこれェ……一般はァ?」
「あと30分後くらいかな。ほら、一般客でいっぱいになると、在校生が入れないから」
「あー、成る程なァ」
はい、と出されたお冷やを煽りながら、陸は窓からリンドウの学園祭を見下ろした。
グラウンドには出店が並び、その一つ一つに列が出来ていて、どれも繁盛しているのは確かだった。
…………そういえば。
「なぁ陸。飛鳥ってなんの出し物やるんだ?」
「ん?……あー、なんだったかなァ……………あ、思い出したァ」
素朴に思った疑問を口に出せば、答えを知る陸が答えたその言葉に。




「アイツ、確か"コスプレゲーム大会"っていう"個人的に立ち上げた店"やってるぜェ?」



ーーーーーーはぁ?と
ただただ、アインス生徒が持ってきたスイーツに目をキラキラさせる海賊を訝しげに見ることしか出来なかった。








ーーーー高等部一年【ドライ】クラスにて。
カーテンを閉め切ったそのクラスは、控えめに言って暗かった。
遮光カーテンだったっけ?と首をかしげる生徒もチラホラいたが、カーテンの端に小さく"八神飛鳥"と書いていたため、"……持参!?"と驚きのリアクションを取る生徒もチラホラ………。
そんな薄暗い部屋の中心、爛々と光るディスプレイは、双方の顔をユラユラと照らしだしていた。
「くっそぉ………強すぎんだろぉ……!」
「うっそだろ…あいつが負けるなんて…」
「………え、これって現実?」
互いに向かい合う形で座っていた男二人…そのうち、一人は悔しげに呻き、机に突っ伏し、その様子を傍観していた友人らしき男性数人は、この現実を受け入れずに困惑した。
…………"あのゲーマーが負けた"なんて、と。
「す、スッゲェ!飛鳥!お前ナニモンだよ!?」
静かに息を吐いた、向かい側の男性……いや、ただしくは青年は暗闇の中、赤色の双眸を騒がしく吠えるクラスメートに向け。
「…別に、ただゲームが好きなだけなのだけれど」
耳を覆っていたトレードマークのような黒と赤のヘッドフォンを首にかけ、さも当たり前とキョトン顔。
「いやいや!?好きなだけでここまでやれるか!?お前実は天才ちゃんだろ!?いや天才くんか!?」
だがしかし、そんなキョトン顔をスルーするかのようにヒートアップ。
「…とりあえず煩いから黙って、霧島君」
「……うぃっす」
…赤色の瞳の筈が、その色は氷のように凍てついていた。
高等部一年【ドライ】クラスにて行われているゲーム大会という名の独壇場。
ネット業界において敗北を知らずに天才ゲーマーと噂される紅白アルビノ・アウルその人が相手する、この出し物は。
言わずもがな、挑んできたゲーマー達を生徒、成人男性、そして女性に関わらず全員伏して見せた。
そんなドライクラス代表、八神飛鳥は正式な紅白の梟ではなく、また非公式のサブアカウント……つまり、ネット上には晒しておらずオフラインで淡々と育てあげたキャラクターを使用し、交戦していた。
その名を【闇夜オンブル・白鳩レイヨン
公式アバターを紅白と明るく、けれど梟という闇のイメージを持たせる夜行性の鳥を使った紅白アルビノ・アウルと真逆の名前ハンドルネーム
それは、先の見えないような闇夜オンブルを跳ぶ白鳩レイヨン、飛鳥にとっての陸と玲夜。
そのため、アバターの見た目は目が赤く髪色は漆黒というルックスに、前髪に赤色のメッシュを入れたイケメンキャラクターだ。
服装に限っては、一週間ほど前に陸からどんな服が好きか、と聞いた時に。
ーーーー「好きな服ゥ?……………あー、ローブとかかっこいいよなァ。ところどころ破れてて、武器は短剣二丁とかァ?」ーーーー
薄汚れボロボロのローブに、相手を必ず死に追いやる短剣二丁……そして漆黒の髪から覗く血の赤は、まさしく暗殺者アサシンと呼べる。
……そんなアバターの服装、及び髪や目の色等々、全て完全再現したのが現状、コアなゲーマーを負かした飛鳥のビジュアルである。
忘れることなかれ、ここは"コスプレゲーム大会"である。
ちゃんと、飛鳥もコスプレしているのだ…服やウィッグは玲夜の母、皇晴香にry
「…まぁ、いい。これで俺もまだまだって事がわかったしな……対戦、ありがとう白鳩("レイ"ヨン)」
「いえ、こちらこそ……またえる事を祈ってるよ獅子リオン
悔しげに笑った、獅子リオンと呼ばれたその男性は、カタンッと立ち上がり後ろで傍観していた友人を連れて、教室から姿を消した。
ーーーーー静まり返った、この空間。
ただPCから聞こえるBGMだけが空気を揺らし、静寂を破っているだけの、この時間に。
ーーーーガラリと音を立てて、暗闇を差す光に二つの影が浮かんだ。
一人は赤色のマントを纏い、そのフードは取られブロンドの髪が綺麗に流されて、その奥に見える海のような瞳は少量の光を反射してキラキラと輝いていた。
そして、その隣は現代において映画でしか見たことのないような海賊服を着て、その腰にはキラリと白銀のレイピアが輝く。
三角の焦げ茶色の帽子からは赤茶色の髪が覗き、前髪に絡んだ宝石が輝くチェーンや、服にもつけられているチェーンは彼が動くとチャラリと鳴って、その音はとても心地いい。
黒い眼帯で左目を隠した海賊と赤ずきんという不思議な二人が、扉を開けて佇んでいた。
「…………暗っ!?」
「やっぱドライってここだったなァ……開けようか迷ったぜェ……」
「…あれ、兄さん。………と……レイ…?」
紛れもなく、それは八神(実の)陸(兄)と幼馴染の生徒(皇)会長(玲夜)の筈なのに、飛鳥は思わず声を出した。
その様子が面白かったのか、陸は吹き出して。
「あっははッ!レイィ、お前ホンットよく言われるなァ!!」
「るっせ!何、俺って黒髪じゃないと俺って認識されねぇの!?」
「…わ……本当化けたね………一瞬誰かと」
「え?え?え??待って…せ、生徒会長…なのか!?あの赤ずきん!?」
「あ、霧島君だ。君もコスプレしてるのか……ゲームでチラッと見た気がする…受付のキャラクター?」
「あ、そ、そうっす!あの…昨日はすいませんでした……俺、会長に気付かず…」
「はははッ!!あ、あの赤ずきん……ふはッ!」
「…………兄さん笑い過ぎ」
………温度差が凄い。
八神兄弟とレイ、霧島きりしま一東かずとの会話は別々で。
笑い転げている陸はもはやスルー、飛鳥は死んだ目で実兄を睨むも笑い声は止まることを知らず。
というか、ここに来るまでに何度言われたことか、とレイは慣れつつあった。
「…それで、ここはゲーム大会っていうのをやってるんだよね………なんか、カ◯プロみたい」
「え!生徒会長カゲ◯ロ知ってるんですか!?俺も大好きなんですよ!特に電磁少女のエーーーー」
「それは置いといて。兄さんが使い物にならないし、そろそろジョダコンの準備時間だろう?早く行かないと、メイク担当が怒るかも」
ーーーーーーーわっつ?
「え、準備時間…………それって、まだ時間あるんじゃ」
「うん?ジョダコン出場者は開始時間より一時間前に集合だろう?特に、高等部(僕達)は気合入れられるみたいだし、二時間前くらいが丁度いいよ」
「ああ、そういう事…」
てっきり時間を間違えて遅れたのかと思った…。
そう青ざめた顔を元に戻してレイはため息混じりに呟いた。
そんな生徒会長は未だに赤ずきんの格好ゆえ、ドライのクラスを少し覗きに来た生徒が騒めくのを背に感じる。
こうもざわめかれるのはきっと、誰かが皇玲夜が赤ずきんのコスプレをしている、というのを拡散されたのかも知れない。
これは、確かに控え室に行かなければ人集りもあるし遅刻する可能性も出てきた。
「それじゃそろそろ行くかぁ。おい、陸早く行くぞ」
「ひーィ……あー笑った笑ったァ……んでもう行くのかァ?」
「兄さん全く話聞いてなかったよね。…まぁいいけど。早く控え室行くよ」
涙を浮かべる程笑い転げていたのか、話を聞く素振りを見せてなかったのもあり、全くもって理解していない様子。
そんな兄に呆れを通り越して笑いが出てしまう飛鳥。
そんなこんなで廊下にはゲーム内のアバターのイケメン、受付のキャラクター、赤ずきんに海賊という、世にも奇妙な四人組が現れ皆携帯にしっかりと記録させたとかなんとか……………。





ーーーー青龍館にて。
「んー、やっぱパツキンにした方が可愛いなぁ」
「青色の目だとどうしても金髪になるよなぁ。赤ずきんと被るがウェディングドレスだろ?メリーな感じ出すなら白似合う色だし」
「あ、腰くらいまでのウィッグにする?それで編み込んだら綺麗になるんじゃない?」
「「「それだ」」」
ファンデ、チーク、下地、アイライナーにアイシャドウ………コンシーラーまでも武装したアインス生徒数名。
手先の器用な代表を集めたメイク担当に囲まれて、玲夜はただ座るだけの簡単なお仕事を全うしていた。
頭上から聞こえるその声に、俺は一体どうなるんだ、と冷や汗をかきそうになるが気合で引っ込める。
「なーんか足りないな………………胸詰める?」
「いや、ドレスがどんなのかで決まるだろ」
「逆にドレスに仕込むか?」
「え、でもドレスって借りもんだろ?」
背後で布の擦れる音を聞いて、それが本物のウェディングドレスだと嫌でも思い込まされる。
まさか、この歳で、さらに言えば男だというのに真っ白なウェディングドレスを着る事になるとは思わなかった。
だがそれはきっと陸(向こう)も同じ事だろう。
…………さらに言えば飛鳥もだが。
ここまで無言を貫き通し、俯き続けた玲夜の上と後ろでは、色々な会議ミーティングがされており、自分が次にどうお人形にされるのかが聞こえてくる。
次はドレスを仮で着させて出来栄えを見ようだとか、髪は下ろすか括るかだとか、胸は詰めるか否やだとか。
正直最後の案に限ってはやってほしくないのだが。
けれどもそんな事を言ったところで素直に「はいやめます」と引き下がるメイク担当でもないだろう。
「……はぁ………」
「ちょっと玲夜くーん?ため息つくと幸せ逃げるんだぞー」
「今から結婚式ジョダコンなのになぁ?」
「うるせぇ…何が悲しくて花嫁やらなきゃならねぇんだよ……本当ジョダコン考えたやつ殺したい」
「………荒ぶってんなぁ」
真顔で淡々と愚痴を垂らし続ける生徒会長に、ここまで病むとは思わなかったとメイク担当。
御機嫌取りのスイーツも、きっと今は機嫌を現状維持にしか出来ないだろうと。
もはや、こんなに死んだ魚の目になるとは思わなかったのだから、これでジョダコンに出られても………………。
ーーーーーーいや、それはそれでいいかもな。

「あり、そういえば花婿(隣人)は?」


ピタ、と全ての動きが止まった。
さながら、某スタンド使いの無駄無駄言っている、ディー様のワールドのように。
それはもう、素晴らしいほどに静止した。
静かに控え室となったアインス専用館、青龍館を見渡し。
そして備え付けられた時計にも視線を送り。
ポツリ、呟いた。

「…………あと、30分きってるぞ」


ーーーーーーーへぇ………。
玲夜一人のメイクに一時間半もかかってたんだ〜それはびっくりだ〜。
その甲斐あってかとんでも美少女になってるよ生徒会長これは優勝狙えますわ〜。




……………じゃ、花婿のメイク時間いくらかかる????



「おいぃぃ!!!これもう花婿のメイク出来なくねぇ!?ってか花婿役いねぇじゃん!?」
「待て待て待て待てッ!!これはマジでシャレにならんぞ!?」
あの静寂が嘘のように騒がしくなった青龍館で、鏡と向き合っている玲夜は内心ガッツポーズ。
「(っしゃ……ッ!これはもしかしなくともトラブルからの中止イベントパターン…………ジョダコン出なくて済むかも…!)」
キラリとハイライトの灯った明るい目で、鏡の中にいる"美少女"を射止める。
客観的に見てこの"美少女"は綺麗だ。
いや、綺麗という言葉で片付けていいものなのかとも思う。
可憐、美しい、可愛い……女性の褒め言葉の全てが当てはまるような、いわば二次元から飛び出してきたような、そんな少女だった。
そんな美少女を作り上げたメイク担当、花婿(男装)役(枠)の隣人もとんでもイケメンになるに違いないだろうが………。


ーーーーーガチャ……


「……おーい……せーとかいちょー…そろそろ体育館にいけよー…………」


青龍館の扉が開き、ヒョッコリと顔を出したのは、青白い肌にクッキリと目立つ隈のアインス担任…斎藤さいとう和葉かずはだった。
カチャリと眼鏡をクイッした斎藤和葉担任に、メイク担当は。
「………やるか」
「嗚呼、これはもう運命さだめだ」
「抗うことの出来ぬ、世のことわり………担任だろうが容赦はせん、覚悟せよ先生(斎藤和葉)」
「………………んー?……なんかすごい不穏な空気を察知した和葉せんせーがここにいるぞー………?」
「…………………まさか」
片手にアイシャドウ、アイライナー、チーク、筆……それを両手に携えたメイク担当数人がジリジリと和葉に近付く。
元が青白い彼の肌は、この先の最悪極まり無い未來を見据え更に青ざめた。
……………同じく、玲夜も嘘だろ…と呟きガツンと即席テーブルに額を打ち付け、慌ててメイク担当の一人がスイーツを買いに走ったのを最後に、お人形第2号と化した和葉は為すがままに椅子に座らされ。
「はーいではまずスーツを脱がしまーすネクタイ取りますよー先生案外イケメンなんだからワックスで前髪あげますねー」
「短髪だが括れない事もないってことでゴムプリーズメイクの邪魔だ」
「華奢な体を補うために肩パッド入れるか。んじゃ顔メイク担当よろしく頼むぜ」
「よしきた任せろ。とんでもイケメンにしてやらぁ」
教え子達に髪をあげられ追い剥ぎに遭われ、呆然とメイクが施されイケメンになっていく様を見つめた…………。





「さぁ始まってまいりましたリンドウ学園高等部による女男装コンテストッ!各クラスと代表二人は一体どんな美男美女になってしまうのでしょうかッ!?」
ーーーーオォーーーーーーッッ!!!
体育館を揺らすかのごとく発せられた群衆の歓声に、司会者の声が遮られる。
マイク越しとはいえかなりの声量の筈だがそれすらをも超える程の大歓声。
このリンドウ祭、三日間あるうちの一番の大盛り上がりである。
「今回のテーマはズバリ『結婚式』!!女装はウェディングドレスに男装はタキシードッ!本物のドレスを使用しておりその姿はまさに絶世の美女でありますッ!!!」
「「「ォオオォーーーーーーッッッ!!!」」」
轟く雷鳴、形容するに値するその言葉がふと頭に思い浮かんだ高等部二年アインス代表女装枠こと皇玲夜は、持たされた白薔薇のブーケを手に転がしていた。
ジョダコンのステージに立つ順番は一ヶ月前に決められているので、今はヒマな時間である。
勿論、玲夜は一番最後の番号を引き当てた。
何者かの陰謀を漂わせるその場の雰囲気に、玲夜は抗議しようと口を開きかけたが、皆の"お前は絶対に最後だから"という目に心がポキっと折れたので、唇を引き結ぶしか無かった。
そのお陰で、今こうしてウェディングドレスを着せられ、がっつりメイクを施され、白薔薇のブーケを持たされているわけなのだが。
今更どうこう言ってもこの現実は変わらない。
それをわかって悪あがきをしないのが懸命だというのなら、きっとアイツは馬鹿なんだろう。
……………いや、実際馬鹿か。
「いーやーだー!俺ァ絶対ェ出ねェからなァ!!」
「諦めろ八神。あの時お前が休んだのが悪い。あとクソ似合ってるな結婚してくーーーー」
「誰がするかボケェ!!俺は八神陸!男なんだよアンダースタンしとけェゴルァ!!」
「いやアンダースタンしてる。理解して言ってる。今夜は月が綺麗だな」
「今日曇りですけどォ!?お前透視でも出来んのかクソ野朗ォッ!!」
「こらこら花嫁がクソなんて言ったらダメだろう。お仕置きだな、結婚だな」
「お前脳味噌詰まってるかァ!?」
ギャーギャー騒ぐ騒音の元凶、純白のドレスに身を包んだ高身長の美女……否、美男の八神陸。
相方だろうが、髪をオールバックにキメたその生徒も、負けず劣らずのイケメンで、誰がどう見てもお似合いの新郎夫婦である。
ぶっちゃけ、あの海賊とこの花嫁が同一人物だとか考えたくないのだが。
染められた赤茶色の髪は降ろされていてその頭にはキラキラと輝くダイヤのティアラ。
ヴェールに隠されたその顔を除けば、ルビーのように煌めく瞳。
………喋らなければ本当に美しい女性なのになぁ。
この裏方にいる全ての生徒がハモった瞬間だった。
「ぁさて!次は皆様お待ちかねッ!いつもは陸上短距離で汗水垂らすイケメンの我らが風紀委員長………その花嫁姿をその目に焼き付けなぁッ!!!」
「「「プリンセス八神陸ゥ!!!!」」」
「あ゛ァ!?誰がプリンセスだボケェ!」
怒りマークをティアラを覆い隠さんとつけた陸が飛び出そうとするのを必死に抑え込む相方。
その後ろでは、"プリンセス八神陸"でツボった玲夜の姿。
「くっふふ……ぷ、ぷりんせす……ぷりんせすて……ッ」
隠そうともせずに笑っている幼馴染に怒りの矛先は向けられ。
「ぅオイィ!!テメェだってプリンセス呼ばわりされっかもしんねェんだぞォ!?もしそうだったら腹抱えて笑ってやっからな覚悟しろよォッ!!」
ビシッと指(矛先)を向けられた玲夜は、未だ笑ったまま、了承の意を込めて手をヒラヒラと振った。




白薔薇や百合で囲まれたステージは、純白のウエディングドレスと同色、けれども花嫁の存在感を消さず、見事にその存在を調和させていた。
スポットライトが当たりキラキラと光るティアラに、白いヴェールが素顔を隠す。
赤茶色の髪は綺麗に結われており、薔薇のコサージュで留められていた。
隣を歩く花婿も花嫁に負けず劣らずの美貌。
誰もが息を呑む、完璧なる美男美女の結婚式がそこにはあった。
ーーーーーだが、一方裏方で。
「………あれ、兄さんって女の人だっけ」
「言うな飛鳥。俺は認めない。舞台上がったらあんな美人になるとは思ってなかった。俺は絶対に認めない」
ステージに立つ花嫁が実兄というのを現実逃避して顔を背けた飛鳥と、腕を組んで裏方から見る玲夜。
その顔には、まさしく"これは夢に違いない"と書いていた。
「お、おーい飛鳥…もうすぐ俺らの番だぞ…?」
「霧島君………うん、そっか。僕も行くんだよね……はぁ……」
「何のためのドレスアップだよ………」
「飛鳥、頑張れお前なら帰ってこれる」
「露骨な死亡フラグやめてよレイ……」
ハイライトの消えた赤い目は、くるりとこちらを振り返った実兄を写し、完璧にその色を濁らせた。
…それほど嫌なのか?ああ嫌だとも。
なにが悲しくて女装しなければならないのだ、第1こっちは不登校者だぞ。
やりたくない役を押し付け知らん顔をしているクラスメートに嫌気がさしながらも、こうなっては仕方がない。
逆に考えて、こうも似合ってしまったウェディングドレスなど、誰も予想していないだろう。
だから、完璧な花嫁になった飛鳥を見てあんぐり口を開けるかもしれない、いや確実にそうなる。
………まぁ、それもそれで面白いかもね。
いわば、逆ドッキリ。
飛鳥はこの現実を少しでも面白くしようと独自の解釈を加え、このジョダコンの趣向を一人だけ履き違えて理解した。





思った通り、皆驚いて声も出ないらしい。
八神陸という二年のエースの弟というだけで美少年だというのは暗黙の了解。
多くの人は陸と同じようにヤンチャなムードメーカーを思っただろうが………。
今、この舞台に立つ陸の弟は、どうだ。
ムードメーカーの「ム」の字もない、その青年は。
純白ではなく、パステルカラー、薄い水色のドレスを纏い、対照的に燃える赤の瞳は、淡いヴェールに隠れて幻想的に光っていた。
腕を組む霧島きりしま一東かずとは紅潮した頬を隠そうとせず、堂々と"飛鳥は俺の嫁"感をオール。
羨望の眼差しをビシバシと感じながらも、それを嫌だと思わないのが恋のチカラである。
「…………霧島君」
「……へ?え、あ、何?」
惚けていた霧島に、鶴の一声。
一瞬にして現実に引き戻された霧島に、絡まった腕が少し震えているのに気付く。
「ごめん………人前に出るの、あまり好きじゃなくて………」
はっきりと顔が見れるほど至近距離だからヴェール越しの青い顔が見て取れた。
確かに不登校だというのにこの仕打ちはないだろう。
だが、正直に言おう、飛鳥にとって不謹慎だろうが、自分に素直になってみる。



ーーーー震えて腕にしがみついてる飛鳥がドチャクソ可愛い………ッッッ!!!!



なんなんだこの可愛い生き物プルプル震えて天使か!?ドレス着てる所為でもはや女神なんだがいやこれは女神という言葉で収めていいのか!?ああなんかもう羽が見えてきry
「…霧島君……?」
「いいいやなんでもななな………なッ?」
「…うん?」
ーーーーーギギギ、と音がつきそうなくらい、ゆっくりと飛鳥の顔を見たこの瞳は。
不安げにこちらを見上げる、天使の表情があって。
………身長差があまりなかったが故厚底の靴を履いてこちらが僅差で背が高くなっているためか必然的に上目遣いになっているし。
さらに言えば、コテン、と首を傾げてるし。
これはもう、言葉が出ないほどの天使ですわ。
ーーーーーバタンッ
「え…………え?ちょ、霧島君!?霧島君ッ!?」
吐血した幻が見え、霧島はキャパオーバーした脳内故に、体が機能停止。
…最後に、グッと親指を空に立てて、霧島は意識を失った………。


「…えぇ………これ、次(最後)俺だろ……?この空気の中やれって…!?」
ズルズルと引き摺られていく霧島を裏方で見ながら、玲夜は顔を青く染めていた。
このシーンとした、冷たい空気の中を優雅に歩く、という至難の業。
なんでも出来る生徒会長ならいけるだろ、という無言の圧がヒシヒシと後ろから伝わってくる。
「…………せーとかいちょー……もう腹くくるしかなさそーだぞー…………」
「いや腹くくるって結構厳しく無いですかね」
「俺だってこのくーきのなかやりたくないよ…………でもお前の相方いなくなるし………せーとかいちょー、なんかやった?」
「なんかってなんです!?俺は何もやってませんが!?」
「あー!ほらほら!もう時間だよお二人さん!早くステージ出て!!」




「キャワーーィィ!!あ〜ん見てダ〜リンッ!私達の子があんなにも可愛いわぁ〜ん!!」
「全くだ、その隣にいる……あれは担任の和葉先生か?………………和玲か」
「…………あら?玲和に決まってるわよねダ〜リン?それ以外は認めないわよ?」
「……ほう。晴香、お前とはマズイ酒になりそうだ」
「こっちの台詞よダ〜リン」
……………ステージに上がったら上がったでとんでも夫婦が目に飛び込んできた。
このウェディングドレスを貸し出し、メイクやウィッグ等も援助した、皇夫妻である。
サングラスを外し、視界制限を突破したすめらぎ晴香はるかは、ナチュラルメイクにも関わらずにとてもいい意味で目立っている。
その隣に腕を組んでいるイケオヤジことすめらぎ蓮弥れんや
事情の知らない第三者からしてみれば、ただの美男美女夫婦なのだが。
………中身が残念なのである。
「…………せーとかいちょー…お前の親御さん、個性強いなー…………」
「…いや、先生に言われたく無いんですけど」
無理やり組まされた腕を今すぐに離したい衝動を抑え込んで、玲夜は唸る。
この状況、先程の飛鳥、霧島ペアの空気を一変させ、今や玲夜ファンが熱狂、或いは涙を浮かべて信仰する女性も見えた。
一般人でさえ魅了する玲夜(男)は、いつにもなく魔性のオーラをダダ漏れだったらしい。
ヒラヒラの純白ドレスが足に絡まり、とてもじゃないが歩けないが、さりげなくエスコートしてくれる担任がいるあたり、アインスで良かったとちょっと思ったり。
いつもボサボサの黒髪を教え子達にオールバックにされ、クマをコンシーラー等で隠されたアインス担任は、間近で見てもいつものやつれた面影が無い。
………これまた、化けたなぁ先生。
この体育館を埋めつくさんと蠢くジョダコンの審査員こと客席からは悲鳴やらなんやらが飛び続け。
ようやく終わった頃には、参加者全員やつれきっていた。




……………こうして、ようやくリンドウ祭二日目が終わった。
ーーーーちなみに、優勝者は皇玲夜と斎藤和葉ペアだった。