コメディ・ライト小説(新)
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.8 )
- 日時: 2019/03/19 17:32
- 名前: Rey (ID: NvHaua1/)
一話 生徒会長は甘いもので釣れる
白く二階建の一軒家に、不釣り合いなヤンキーが入っていく様子を真後ろから見ていたレイは、何度見ても取り立てに来たヤクザだよなぁ、と思う。
考えてみれば、このヤンキー(笑)は意外と喧嘩っぱやく拳で語り合おうという概念を持ってはいるものの、高校生になりネクタイが"白"から"水色"に変わった時に喧嘩はパッタリとなくなった。
それが、これから会うであろう"アイツ"とやらが関係している事は、もう知っている。
というか、レイにしか話していないらしい。
ーーーガチャ……
「っし…ただいまァっと……レイ、荷物とりまリビングに置いといてくれ」
「お邪魔しま〜す。はいはい、りょーかいりょーかい…」
白い木目のついた扉を開ければ、段差付きの玄関が視界に広がり、微かにベルガモットの香水の香りが漂う。
彼が家でつけている香水の香りだ。
エリート校で校則も厳しい故、家でしかつけない香水だが、いつしか彼が"香水が欲しい"とレイに強請った時に買ってあげたプレゼントの一つ。
そんな懐かしい"陸の家の匂い"で昔に帰ったような、そんな複雑な気持ちになりながらも靴を丁寧に揃えて、リビングへとビニール袋を持っていく。
陸はもう冷蔵庫に食材を入れている最中だった。
「…あ〜…アイツ林檎食うかなァ…」
「渡せばいいんじゃん?食べなかったら俺が貰うし」
「…………お前食いたいだけだろ」
「さす陸」
「……意趣返しかったくよォ」
不機嫌そうに唸る陸を横目に、ほら、とビニール袋をリビング中央にある机へと乗せる。
その中から冷蔵庫に入れなければならない生物や、野菜室行きになる野菜や果物を手渡し。
「なぁ、俺が上行こうか?」
と、少し控えめに提案してみた。
この家、八神家の二階にいるであろう"アイツ"とやらは、陸にとって少し厄介な状態になっているらしい。
ならば自分が行った方がいいか、と聞いたわけだが。
「…あー…いや、俺も行くわ。どーせアイツヘッドフォンつけてっから俺ら帰って来てんの知らねェだろうし」
バタム、と冷蔵庫を締めて、こちらを見やる陸の赤い目。
「ちょっと待ってろ。林檎むくから」
だが、その色は、とても悲しげに揺れていた。
コンコンッと控えめに、皿とフォークを持って両手が塞がっている陸の代わりにノックするが、返事は無し。
どうやら、本当にヘッドフォンをつけているらしく、聞こえてないようだ。
チラリと横を見れば、呆れたようにため息をつく陸。
それを、"入っていい"と解釈して、レイは極力静かにドアノブに手をかけた。
ーーーーそこには、美しい青年が座っていた。
薄暗い部屋の中、ランランと光るモニター、ディスプレイに囲まれる、その青年は。
珍しい、雪のように真っ白な髪を後ろに緩く束ねていて、後ろ姿からでもその肌の白さが伺える。
そして、ディスプレイに映った二人を見たのか、青年が"ゲーム・クリア"の文字をディスプレイに表示させた、その時に。
「…レイも来るなら先に言ってよ、"兄さん"」
くるりと振り返った、"陸の弟"は。
ーーーーブルーライトカット入りの、軽く茶色がかった眼鏡と赤いヘッドフォンを外しながら。
血のように赤い瞳をこちらに向けて、静かに微笑んでいた。
「…あ〜……成る程、こりゃ重症だ」
まず口を開いたのはレイ。
目の前に座る陸の弟…八神 飛鳥 (あすか)を見て、第一に思ったこと。
それはーーーー。
「飛鳥、お前今日で"オール何日目"だ?」
白すぎる肌故にくっきりとわかる、酷いクマに、レイはげんなりと質問した。
「うん?………だいたい5日、かな?大会が近くてね、今のうちに出来るだけやっておかないと」
「体調管理ぐらいしっかりしてくれよォ……お陰でヒヤヒヤして夜も寝れねェんだぞォ…?」
「は?学校で授業サボってる癖に何言ってんのさ」
「流石"兄弟"。互いのことわかってるなぁ…」
学校へ行っていない筈の飛鳥からの指摘にぐうの音も出ない陸、その二人を見てレイは遠くの方で思う。
飛鳥、というこの青年は、まごう事なき陸の実弟。
血も繋がり、身内の一人…だが。
………飛鳥は、"アルビノ"なのである。
「兄さんが僕を気にかけてるのは知ってるよ。でも、リンドウへ戻ったって、今更僕の居場所があるわけないし」
自虐的に嗤った、その目は。
アルビノ特有の、赤い目は。
……ただ、全てを諦めて、何もかもを投げ出した飛鳥の生き様を、後悔ではなく徒労で歪ませていた。
ーーーーこの世界、アルビノという限りなく珍しい人種の人間は、この世で最も貴重な人材である。
アルビノだけは元から魔力の性質に縛られず、空気中に漂う"全魔力質"を魔力に変換する事が可能。
故に、アルビノと言うだけで大人達から実験台にされる事も珍しくはない。
だからこそ、飛鳥は家で引き篭もる道を選んだ。
その"天才的な頭脳"を捨て、この世界からの隔絶を望んだのである。
ーーーーだが。
「だからって"ネトゲ"に走るのはどうかと思うぜェ…?」
そう、飛鳥の後ろにあるおびただしい量のモニターを見ながら、陸はため息混じりに言った。
「え、なんで兄さんにそんな事言われなきゃならないのさ」
「実際、飛鳥ってネットじゃ有名過ぎるしなぁ…今更やめろって言ったところでだろ…」
「もォやだ。俺目痛くなってきたァ……」
暗い部屋の中でブルーライトを浴び続けるこの部屋での長居は確かにキツイ、と。
レイは陸がむいた林檎をシャクシャクと食べながら同情した。
何故こんな環境でやってて目が悪くならないのか…そのブルーライトカット眼鏡が優秀なのだろうか。
だとしたら是非欲しいところである。
「別に、僕より強いコアな人達はいっぱいいるよ。僕なんてまだまださ」
「ランキング1位独走状態なゲーマーがなんか言ってる」
「お前巷じゃ"血濡れの梟"って呼ばれてんの知らねェのォ…?」
飛鳥が操るアバター…【紅白の梟】がゲーム内、マイハウスにて優雅にティータイムしている様子を見ながら、内心ため息を吐く。
彼がこうしてネットの世界に塞ぎ込んでもなお、アルビノと自称するあたり、皮肉といえばいいのか、なんというか。
実際のところ、彼の天才的な頭脳はアルビノだから、という理由も入っている。
そのお返しにアバター名にアルビノとつけているのか、まあ置いといて。
「ああ、そうだ。レイ、君また告白されたんだって?」
飛鳥がフォークに林檎を刺しながら言った言葉に、ああ、と肯定しようとしてーーー固まる。
ーーーーなんで、そんな事知ってんだ?
怪訝に眉をひそめたレイを見て、察したのか。
「あ、ごめんね。実はーーー」
柔らかい笑みと共に、ディスプレイにチャット画面が表示され。
そこには、こう書いてあった。
"リンドウ学園の生徒会長、昨日また告白されたんだってよ"
"知ってるwしかも連チャンだろ?"
"リンドウ学園って男子校だよな?生徒会長どんだけモテんだよw"
"ん〜…俺も告ろっかなぁ"
"え、お前マジで?"
"うん、正直言って生徒会長の顔がどストライクで"
"あ〜…わかるわ"
"じゃ予行練習だなwほれ、好きって言ってみろw"
"えw…ん〜おけ。それじゃこんなんは?
「俺、入学式の時から先輩の事が好きでした。俺と付き合ってください」"
"おお!いいんじゃね?w"
"っし、んじゃ行ってくるわ"
"いってら〜wフラれるの覚悟で行ってこいよw"
"当たり前だろw"
"噂じゃ会長はノンケらしいしなぁ、ま、頑張れ"
…………………………。
固まるしかない、そのやり取りは…どこか、そのセリフにデジャヴを拭えなくて。
「……今日昼休みに告ってきた中学生じゃん…」
完璧、今日の昼休みに、顔を真っ赤にさせて告白してきた、あの中学生の顔が思い浮かんで、思わずレイはダンッと拳で床を叩いた。
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.9 )
- 日時: 2019/03/20 13:49
- 名前: Rey (ID: NvHaua1/)
二話 生徒会長は料理上手
「と、とりあえず…飛鳥、お前一旦下に降りろや。ロクに飯食ってねェんだから」
「えぇ……でも、まだクエストが途中…」
「飛鳥、俺からも頼む、その画面早く閉じて欲しい。俺のメンタルが死ぬ」
「………………わかったよ…」
「おい飛鳥ァ…」
実兄(陸)は拒否して、レイの願いは聞くようで。
渋々ディスプレイをシャットダウンさせる飛鳥に、恨めしそうに睨む陸はほって置いて。
「…そいや、急にお前来たけどよォ。親は平気なのかァ?」
…いや、ほっておけない事を言っていたから構って。
「あ、忘れてた。…うわ、不在着信8件……」
「それ、だいぶマズイじゃないかい…?」
「昔っから、レイの親御さんは過保護だからなァ…」
カバンから携帯を取り出せば、不在着信8件の文字に、あからさま顔をしかめる。
陸が言う通り、レイの親は過保護中の過保護であり、何処へ行くにもGPSというモノがつきまとう。
まぁ安心安全な事に変わりはないのだが。
陸の家にいる、ということは最先端技術のおかげでわかっているだろう。
なので、この不在着信のコールは……。
「悪い、少し電話してくる」
「おー」
大体察しがつくが、このまま二桁を記録わけにもいかないので、廊下に出て"母"の名前をタップした。
ーーーーprr『玲夜!?貴方今日陸君の家にお泊りするつもりかしら!?』
「いや早い……」
…ワンコールもせずに電話に出た過保護な母に、レイは呆れを含んだ声色で言う。
いや、まぁそんな気はしてたけども。
『晩御飯作る前で良かったわ!それで?泊まるの?泊まらないの?』
「ん〜、どうしようかな。あ、今日の晩御飯次第で」
『貴方ねぇ………今日はハンバーグよ?』
「泊まる」
『……………言うと思ったわ………』
バッサリ切り捨てたレイの晩御飯事情、その一。
レイは、スイーツがとても好きだが、肉が嫌いである。
母が言うハンバーグは90%が豆腐のいわゆる"豆腐ハンバーグ"なのだが、それすらも嫌うという。
本人曰く"肉なんざ獣臭くて食えたもんじゃない"だそうで。
『まぁいいわ。とりあえず、陸君と飛鳥君によろしく、それとお世話かけますって言っておいて?』
「はいはい、わかってるよ………それじゃ」
『ええ、また明日!』
ツー、ツー…と電話が切れた事を確認して、レイは真後ろにある部屋のドアノブに手をかけ。
「…大体理解出来た?」
と、一言。
すると、帰ってきた言葉は。
「おー。今日泊りだろ?服は俺の貸すわ。そのかわり、飯よろしくゥ」
「久しぶりだね、レイがここに泊まるの。ねぇ、一緒にゲームしよう?」
ーーーー筒抜けだった、とイタズラな笑みを浮かべた、二人の嬉しそうな声だった。
「料理担当、やっぱ俺か。んで飛鳥、絶対俺負けるぞ?天下のチャンピオン様に勝てるわけねぇだろっての」
対するレイは少しゲンナリと。
別に料理が出来ないわけではなく、逆に母から根気強く教えられたおかげで出来る系男子な部類だが。
ゲームに関しては、全く歯が立たないのは明瞭だ。
が、キラキラとした目でこちらを見る飛鳥……リンドウ学園高等部"一年"クラス【ドライ】の、"後輩"の目に弱いレイは。
「…わかったよ……そのかわり、手加減してくれよ?」
最低限の力でやってくれ、と。
切実な願いを口にした。
ーーーーが。
「え?ゲームで相手に手加減する…なんて。そんな相手を侮辱するような事、ましてレイ相手にするわけないだろう?」
ーーーーーーどうやら、飛鳥はとんでもなく腹黒いらしい。
隠れドエスという代名詞が似合いそうな、ニヤリと細められた赤い目は。
………正直、吸血鬼のようで、"死んだわ"と内心白目を剥いて倒れさせるのには十分で。
「ぷっ…ふふッ……ど、ドンマイ、レイ…アハハッ!」
飛鳥の隣に座っていた陸にとっては、それがとんでもなくツボに入る出来事だったようで。
「…飯作んないからな」
「「ごめんなさい」」
静かに、料理放棄を宣言すれば仲良く仲直りしたドS兄弟。
ーーーーーご飯って、偉大だなぁby玲夜
そうして、レイの晩御飯クッキングが始まった。
といってもドS兄弟こと八神兄弟は上でゲーム対決をしているようで、全く知らないからレイが独りでに始めた独自コーナーだが。
…深夜テンションに入ってるのは置いといて。
「…あ〜、何作ろ。…オール5日か、身体に優しいやつ………酢和えとかか?肉は俺が嫌いだが…陸は肉食だからなぁ……マスクマスク」
ブツブツ呟いて…というかほぼ普段の声量だが、独りでに喋っているところをリンドウ学園の生徒が見れば二度見するだろうこの光景。
だが、意外とレイはそういう性格である。
温厚でありながらキレると怖い、それでもって物事に集中すると独りでに喋ってしまう、そんなタイプなのである。
だからこれが彼が集中している、という合図のようなものなので、スルーしておこう。
ーーーースチャ、とマスクを装着したのは、衛生的な面で着けたのではなく、ただ肉を焼く時の匂いなど、"そういう"用途のためであり。
ビニール手袋も然り。
よしっと力強く頷いて、レイは陸が買ってきた大量の肉の一つ、鶏胸肉のパックを取り出して、ビリビリとラップを外す。
眉をひそめるレイだが、ここに泊まらせてもらう以上、作らなければ何も始まらない。
そういえば、八神兄弟の親からの了承はいいのか、と思う人がいるだろうか。
その回答としてはーーーー。
二人の親は、他界している、という事だ。
なので、ここ八神家にお邪魔して家事を手伝う事自体、珍しい事でも何でもない。
だからこそ、レイは料理を母に教えてくれと頼んだわけなのだから。
ちなみに、今日の献立はというと、レイが初めて作った海外料理であり、初めて二人に振る舞った料理である。
ーーー今日の晩御飯の献立は、シンガポールチキンライスと、サムゲダン、きゅうりともやしの中華風酢和えサラダ
そして、それらの献立が、ガッチリ兄弟の胃袋を掴んだのは言うまでもない。
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.10 )
- 日時: 2019/03/20 23:23
- 名前: Rey (ID: NvHaua1/)
三話 生徒会長とお遊戯
食後のデザートとしてスーパーのおばさんから貰ったケーキを"至高…ッ!"と言いながら食べ終えたレイは。
この後の事を考え、一瞬で逆上せた頭が冷えていくの感じた。
ーーーー飛鳥が、ずっとこちらを見ている。
それはもう、穴が開くくらい、じぃぃぃ〜〜〜〜〜〜っとこちらを見つめている。
ガン見して、そろそろ気まずくなるくらい、凝視してる。
いや、理由はわかっている。遊ぼう!ゲームしよう!と尻尾を振っている事は、重々承知している…が。
そんな可愛い幼馴染の弟は、ネットに名を轟かすプロゲーマー。
ただのデジタルゲームで勝てる気がしない。
というか、レイはそのゲームをやっていない。
だから、飛鳥がアバターを貸してあげるよ、と言い出すのも予想はしている。
ーーーーけれども、完全なる初心者なレイがプロゲーマーのアバターを使うなど言語道断だろう。
まして、【紅白の梟谷】の正式アバターだと?
…………プレッシャーが凄い。
それに、レイは先程のチャット画面を見た時に、なんとな〜く察したのだ。
ーーーーこのゲーム。リンドウ学園の生徒が多そう、と。
ともすれば、このゲーム内でレイに告白するぞ、と意気込んでいる生徒がいるかもしれない。
現に、こうして今日の昼休み告白事件はここで会議が行われていたようだし。
いや、先がわかるからいいんじゃね?とも思いはするが。
ーーーーーどちらにせよ、レイはその告白を一刀両断するのだ、先が見えていようがいまいが関係ないだろう。
ーーーー以上の理由により。
「飛鳥、ゲームはアナログゲームにしよう」
デジタルゲームでは、レイのメンタルが色んな原因により死にかねない、と。
これだけは譲れないと強い意志を宿したレイの海色の瞳は。
「ああ、そういうこと。構わないよ、兄さんもいいよね?」
「おー…ま、どーせ俺ァ歯が立たねェだろうがな…」
ちゃんとこの二人に届いたようで、ひとまずは安心して良さそうだ。
ーーーーーと、思っていた自分をぶん殴り飛ばしたい。
デジタルじゃなくアナログゲームにしただけで、飛鳥の頭脳に勝てるわけが無かった。
いや、そもそもゲームと命名されるものすべてにおいて勝てると思えるわけ無かったのだ。
時計の短針が8時を過ぎ、なおも続くこのゲーム。
アナログだから、と用意された数々のゲームに。
レイは…完膚なきまで負かされていた。
麻雀、ブラックジャック、インディアン・ポーカー………神経衰弱すら、一度の勝ちが無い。
もはや、引き分け狙いで応じる現在のこのゲーム…それは。
「………飛鳥ァ……テメェなんで微動だにしねェんだよォ…」
「兄さん、これくらいの"ポーカーフェイス"は出来て当然だよ」
ーーーートランプでのギャンブルの王道、ポーカーである。
ジョーカーを抜く52枚の絵柄のカードを用いり始まるこのゲームは、同じ数字、または同じマークでのペアを作り、その強さを競うゲーム。
いわゆる、運ゲーと評されるこのゲーム…だが。
"イカサマ"をするとするならば、その勝ちはほぼ100%にまで達する。
ーーーーが。
「…なぁ、これマジでイカサマしてねぇの?」
「あは、僕が不正するわけ無いだろう?これも、僕の実力の内さ」
「嘘つけェ………場に出されて捨てられたカード"全暗記"とかありえねェだろォ…」
「…兄さん、僕を愚弄しているのかい?これくらい、どうって事無いだろう?」
嘲笑うかのように細められた血の瞳は、苦悩に顔を歪ませるレイただ一人を写し、"それこそ"を望んでいるかのように見えた。
ーーーもとより勝つ気など失せたこのポーカー。
けれど、このポーカーは"7ターン目"であり…。
それら全てが飛鳥の勝ちに終わっている。
しかも、このポーカー以前のゲームも全て。ーーーにも関わらず、こうしてゲームに応じている、その訳は………。
(…………飛鳥を超える"策"…俺が持ってるって期待してる……なぁ……)
ーーーーこの、陸の目である。
ターンが終わる毎にこちらを見る、飛鳥と同じような、血の赤に。
………勝ってくれ、と。
………シリアスな雰囲気になりそうだから、一つ言っておくと。
陸がそう願う理由は、ただ単に。
ーーーー勝たなければ、飛鳥が寝ないだけ、である。
そう、このゲームを終わらす唯一の方法。
もとより五徹目だと言う飛鳥………相当のハンデ持ちだというのに、この強さである。
陸とレイが共闘したとしても、勝てるかどうかも危うい。
だが、この場にいる三人の睡眠時間が刻々と縮まる中、第三者がいたとしたならば、こうは言うだろう。
ーーーーんなもん気にしないで寝りゃいいじゃん、と。
いや確かにその通り、全くもってのド正論である。
だがしかしーーーーッ!と。
力強く、飛鳥を知り尽くす兄が言うには、こうなのだ。
…飛鳥は、絶対に勝負を降りる、なんて事はしないのである。
第一、レイが手加減してくれ、と言ったのに"そんな無粋な真似出来ない"と言い。
それを有言実行している、このコアゲーマーに、何を言おうが、そして何をしようがゲームを中断する事はないだろう。
ーーーーカチリ
……時計の短針が、9を過ぎた、この時。
「…俺は、もう寝たい。……だからな、飛鳥。ーーーーこっからはマジで行くぞ」
伏せていた顔を上げ、その海色の瞳に"光彩"を散りばめて、レイはそう"宣言"した。
ーーーー途端に。
「っ……?」
空気が圧力をかけ、飛鳥の思考を揺らした。
それはまさしく"魔力"の胎動によって起こる引力であり、同じく魔力を持っている八神兄弟の力と共鳴。
磁石の極が反対ならば引き合うように、レイの魔力と二人の魔力が引き合って起こる、その"目眩"に、思わず目を見開く飛鳥。
ーーーーーだが。
「…成る程ね…………」
崩れたポーカーフェイスをまた取り繕って、ニヤリと妖しく嗤う。
ーーーつまり、自分の持てる"全ての力"を使って、負かしてみせる。
それが、レイの下した判断であり、それがルール適合内であると同時に。
ーーーーそれこそが、飛鳥(天才)をも超える方法である、と。
「……でも、僕だって"魔法は使える"よ……あまり、なめないでほしいかな…ッ!」
けれどその判断こそを嘲笑う飛鳥の瞳は、この部屋を赤く染め上げる程の異彩を放ち。
ーーーーアルビノの特権である"全形質"…つまり、全ての属性の魔力をこの一帯から吸い上げ………。
ーーーー世界を、静止させた。
ピタリと音もなく止まった、このモノクロの空間。
ただ一人、時の止まった世界に住まう飛鳥だけは、目の前に座り、伏せたカードに"魔法"を使ったとされるレイの姿を永久とも言える中に見た。
魔法とは、読んで字のごとく…"魔"を操る方"法"であり、それは魔力を消費…利用する事で起きる"非科学的現象"
本来ならばあり得ない筈の事を平然と起こす、いわば人類の"奇跡"の力…だが。
自身の宿す魔力の性質と、同質である魔力しか見えない、というのが欠点である。
要約すれば、レイは水属性の魔力を産まれながらに持っているため、その目に映る"魔力の帯"は青系等…つまりは水属性の魔力しか見えない。
ーーーーと、いう事は。
何の属性にも当てはまらず、そして全ての属性に当てはまるアルビノだけは、全ての魔力の帯を目視する事が可能。
だからこそ、飛鳥は嗤った。
魔法を使えば、相応の魔力が体外へと放出される。その後を追って、"どう使われた"かを"分析"する。
………結果、レイがトランプの数字を意図的に"変える"魔法を使った事がわかるのだ。
イカサマなど、バレれば一発で負けが確定する行為………だが、魔法を使えばどうとでもなるのは間違いない。
現に、レイは自身の手札だけでなく、捨てられた札と山札にも瞬時に魔法をかけ、全ての数字を"自然"になるよう仕掛けた。
つまり、レイだけの手札が変わっていたとしても、それは捨てられた札にあればイカサマだとバレるが、その捨てられた札もろとも書き換え、"被る"可能性を消した。
その証拠に、レイの魔力である水色の帯がモノクロの世界にはっきりとトランプにまとわりついているのが視覚からの信号でわかる。
ーーーーレイも、魔法の腕を上げたなぁ
静かに賞賛する声は、けれども静止した世界では届かず。
ただ、心の中で謳っただけの言葉となったが、それはそれで良い。
ただ、自分はアルビノであり、周りと…世間一般から"バケモノ"と呼ばれるだけの…それだけの事。
だからこそ、カジノやギャンブルで魔法を使ったイカサマなど瞬時に見破って"ペテン師"呼ばわりされるのだろう?
そう、自傷に笑った飛鳥は、ふっと息を吐き……。
ーーー世界に、音と色が戻ると同時。
「手札を開こうか」
そう言って、静かに魔法を魔法で重ねた"ロイヤルストレートフラッシュ"を表に返して。
………そして、レイが返した手札に………。
「…はい、ワンペア♪」
ーーーーたった二枚しか同じ数字の無い、5枚の手札に、文字通り絶句した。
ーーー何故…ッ!?魔法を使ったのは確定…だというのに…ッ!?
瞬時に脳内がありとあらゆる可能性を思考し始め、飛鳥はポーカーフェイスなど忘れたかのように冷や汗を流した。
ーーーどういう事だ、何故レイは魔法を使いながらも最弱の手札にした…ッ!!
わからない、と苦悩に喘ぐ中、一つの声が全ての思考を強制シャットダウンさせた。
「…奇遇ゥ♪俺"も"、ロイヤルストレートフラッシュだァ♪」
ーーーー意気揚々と手札を開示する、兄に。
今度こそ、飛鳥は目の前の現実が"非現実"なのでは無いか、と正気を疑った。
………どうやって、兄の手札が最強のものになった……ッ!?
「…どうしてって顔だな、飛鳥」
だが、その思考を読んだように言い放ったレイの次の言葉に、飛鳥は二度目の硬直をする。
「簡単な事だ。俺が変えたのは俺の手札じゃなく………陸の手札だった、ただそれだけ♪」
ーーーーーあり得ない、そんな事……兄さんの手札に"帯は無かった"……それなのに…
あり得ない、考えられない、方法がわからない、と頭がエラーで埋め尽くされる中、陸はため息混じりに。
「あァ……五徹しててよかったァ……万全の状態だったら"こんな手"通じねェよォ……」
心の底からほっとした、その声を聞いて、飛鳥は呆然とその兄の姿を見つめた。
…………………まさか。
「…陸の手札は元々あと一枚でロイヤルストレートフラッシュになるまでになってたんだ。それを魔法使って知った俺は、自分の手札にも魔法をかけ、更に捨て札にも魔法をかけた♪」
「それがァ、"イカサマを隠すためのカムフラージュ"って信じる事に賭けてェ、本命はァ………"捨て札に近く、唯一外れた手札をロイヤルストレートフラッシュになるようにする為の魔法"ってわけだ、わかったか石頭ァ♪」
……………ギャンブルのセオリーに縛られた、この末路は。
きっと、こうして全ての有り金をむしりとられていくのだろうか、と。
飛鳥は、自分の頭のかたさをこの二人に痛感させられ、そんな事を思った。
ーーーー捨て札に魔法をかけたのは、陸の外れた手札を当たりにするための、カムフラージュ。
そんな事、思いもしなかったなぁ、と。
飛鳥は、静止した世界で口にした言葉をーーー。
「…レイ、本当に魔法の腕を上げたね…」
この現実世界でも、"告白"した。
かくして、"引き分け"に持ち込んだこの第7ターンを持って、この悪魔的なゲームの数々から脱出して陸とレイは。
とりあえず、遅いけどシャワー浴びるか、と無言で頷き、陸はレイの着替え用に自室へ。
レイは魔法を使った反動で怠い身体を引きずるようにして、階段を降りていった。
「…………あ、明日も告白されるって事、言うの忘れてたなぁ……まぁ、レイの事だしフるからいっか」
二人が部屋から出て、一人になった飛鳥は、ふと思い出した事を独り言として口に出したが………。
まぁ、言ったところでなんとやら。
結果は変わらないだろう、と。
飛鳥は二人が帰宅した際に閉じたゲームを開き、途中だったクエストを再開すべく、キーボードとコントローラーを手に取った………。
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.11 )
- 日時: 2019/03/21 12:18
- 名前: Rey (ID: NvHaua1/)
四話 生徒会長と委員会
………視界に広がる、陸の顔でモーニングを迎えた事については、もはや言葉が出なかった。
昨日の記憶が飛んでいる、とかそんな訳はなく、一線は断じて超えてない…のだが。
毎度毎度、こうしてレイが泊まりに来ると寂しさなのか知らないが"抱き枕"にされるのはいつもの事だけれど。
ーーーー背中も熱い…。
もう考えられるの一つしかないだろう、こんなの。
………飛鳥も、腹に手を回して抱きついている、それはもうがっしりと。
天才的な頭脳を持っている飛鳥と、驚異的な運動神経を持っている兄…けれど"逆"は否。
飛鳥は運動なんてからっきしだし、陸はツヴァイにギリギリ食いついているような成績だ。
けれど、やはり兄弟というものは、根本的なもので似ているらしい。
「……んー……」
「ぉ、わ……っ」
と、そんな事を考えていたら、まだ寝ているであろう陸がレイを引き寄せ、更に体が密着。
ーーー思わず声が出たが、起きてはこないようだ。
だが、お陰で飛鳥のホールドが少し緩んだ気がする。
…………でも陸のホールドが強固になった気がする、と。
プラマイゼロ…どころかマイナスな展開に、レイは白目を剥きたかった。
なんせ、ここに泊まらせてもらっている身、ご飯担当はまさしくレイだ。
早めに起きて支度をしようと思ったのだがこれでは身動き一つ取れない。
ため息一つこぼしたくなるこの状況に、レイは。
「……ぉ〜ぃ……」
小声で、トントン陸の胸元を叩いた。
声で起きるわけないので叩いたりしたわけなのだが。
「…ん……っせェ…」
「…………………………………」
"うるせェ"と一喝、そしてもはや腕すら動かせない程の距離までまた抱き寄せられた。
ーーーーーなんなのコイツ
ピキピキと血管が浮かび上がりそうな程キレる寸前のレイだが、とりあえず殴るのはよそう、と上を見上げた。
人工的に染められた明るい茶色に前髪メインに入れられた赤色のメッシュ。
瞳は閉じていれど、その長い睫毛が主張して、どちらにせよイケメンフェイスがあったのは言うまでもない。
ーーーーいやいや、何してんだ時間がヤバいだろ
視界の端に入った電子時計の示す現時刻は6時24分…もうすぐで半になるが、朝ごはんの用意すらまともに用意できていない。
だというのに、レイ合わせた三人は寝巻きで完全に休日モードだ。
ーーーーー正当防衛だ、俺に非はない。
完璧にため息をついて、ロクに動かせない腕をモゾモゾと動かして、多少なりとも動かせるスペースを作り、大きく息を吸ってーーー。
「…….…起きろ寝坊助共ぉッッ!!!」
「ぐっふゥッ!?」
「ひゃいッ!?」
陸には鳩尾に一発、飛鳥(と、もれなく陸)には大声のアラームで、文字通り"叩き(殴り)"起こした。
「ガハッ…ゴホッ……おま、レイィ………みぞおちは、だめだろォ…」
「び、びっくりした……しんぞう、とまるかとおもった………っ」
「問答無用だコノヤロウ。さっさと着替えて下に来いよ〜、速攻でトースト作ってやるからな〜」
「お、ォ……りょ、かい……」
勢いよく咳き込む陸の腕から脱し、レイは陸の部屋から抜け出す。
ちなみに、陸の部屋はベッドではなく布団なので、抜け出すのは簡単で。
未だ後ろが色んな意味で悶えている中、三度目のため息をつきながら、レイは部屋の扉をパタリと閉じた。
時計の短針が7を少し超えたリビングでは、速攻で作った朝ごはんというなのトーストとサラダを食べ終わり、それぞれの支度をしている二人の姿があった。
飛鳥はもとより不登校なため、今日も一日ゲーム漬けだろうが、まぁ睡眠は摂っていたようなので100歩譲ってオーケーと。
問題はレイなのでは、と少しだけおもった人、静かに心の中で挙手なさい。
突発的に"泊まる"と言ったレイは、勿論学校の用意など昨日のままであり、授業平気…?となるだろう。
だがしかし、リンドウ学園はエリート校。
授業の大半は"タブレット"などの電子機器を用いるものなので、大したものはいらないのである。
よって、カバンには予備用のノート数冊と筆箱さえあれば、なんとかなるのである。
だから、こうしてのんびり支度しているわけなのだが。
ーーーーふと、陸がポツリと呟いた言葉。
「………あれ、今日って委員会会議の日じゃねェ?」
"委員会会議"という、そのワードを口にした途端に、陸とレイは揃ってリビングの時計を見た。
学園の門が開くのは7時から。
そして、会議が始まるのは………。
ーーーー7時30分から、である。
対して今この家の壁掛け時計が示す時刻は……。
ーーーー7時26分……である。
……………………………あ。
「あああッ!!完璧に忘れてたぁッ!!」
「ちょォ!あと4分…いや3分になったァ!?ぉ、おいレイ早く出るぞッ!また変なレッテル貼られるぞォッ!?」
「嫌だッ!"男子生徒に告られてフるエセホモ"っていうレッテルの他、もういらないッ!」
「そのレッテル早く剥がせよいつまで貼ってんだァッ!?ってんな事してる場合じゃなかったァ!飛鳥!テメもう徹夜なんかすんじゃねェぞ!?走れレイィ!」
「言われなくてもぉッ!!んじゃまた今度な飛鳥!体調管理は大事だぞ睡眠ちゃんととれなぁッ!!!」
一変しバタバタと駆け回る"先輩"二人に、飛鳥は思わず笑ってしまって。
「はいはい。自重してるから、君達こそ気をつけてね」
苦笑いを含めた微笑みで、ヒラヒラと手を振りながら玄関を飛び出した二人を見送った。
凛影魔導学園、生徒会室にて。
ここはこのリンドウ学園を仕切る"各生徒会"が集まる会議室の役割を担う教室。
リンドウ学園は中高大一貫であり、生徒会も中学部、高等部、大学部と三つあるのが特徴的だろう。
「…で、高等部の席が空いているのは、何故だろうな?」
そう、威圧的な声で周りのざわめきを沈めた、その人は。
ーーーー大学部の生徒会長、その人である。
「か、彼が遅刻とは珍しい……何かよっぽどのことがあったのでしょう……」
リンドウ学園、生徒上のトップという肩書きを持つ彼に、周りの生徒会はヘコヘコと頭を下げる他ない。
ーーーー何してんだよ高等部生徒会ぃ…!
皆、声にこそ出さないが一斉に口を揃えてそう言ったのは、大体察した。
と、その時。
ーーーバタンッ!!
「はッ…はぁ……こ、高等部…生徒会長の、皇玲夜…………遅れて、申し訳ありません、でした……ッ!」
生徒会室の扉が大きな音を立てて開き、そこには息を乱し立っている高等部生徒会長の姿。
元凶の一人の生徒会長に、恨めしい目と安堵の目が注がれる中、生徒会の一人がポツリ。
「…………あれ?"もう一人"は?」
と、高等部生徒会の…"二つ空いていた席"を見て、そう言った。
そして、その声に応えるようにして聞こえた、同じく生徒会室の扉からの声は。
「…………はァ……はァーーッ………高等部、生徒会……"風紀委員長"の、八神陸ゥ………生徒会長共々遅れて、サーセンっしたァ……はは……ッ」
やけに弱々しく、元凶の一人……"風紀委員長"は全く悪びれるそぶりを見せずに、謝ってみせた……。
「全く、お前は見た目的に風紀違反の常習犯だろう。時間さえ守らないとは、いよいよ委員会を降りる時が迫ってきたな」
「ちょォ……パイセン、俺急いだのによォ…」
「急いで10分遅れはアウトだ馬鹿が」
「……………はァい…」
トゲトゲしい言葉の数々に滅多刺しにされる隣を見やり、レイは一人で目の前の書類に目を通した。
……全てなかったことにしようだなんて、思ってる訳ないじゃ〜ん、と。
周りからのその視線に、ただ目だけでニッコリスマイル。
すぐさま手元の資料を見て、会議へと身を投じる変わり身の早さに。
ーーーーハリボテの生徒会長、様になってんな…と。
会議中では無かったら口揃えて言っていただろうその言葉を何とか飲み込んで、全生徒会(陸を除く)は会議の話へと耳を傾けた。
「…さて、最近では地域の苦情が多数耳にすることがある。それはもう耳にタコが出来るほどだ」
大学部の生徒会長が重々しく言ったその言葉に、無意識のうちに唾を飲み込む。
「が、それは我々リンドウ学園の生徒では無い。他校の生徒の仕業だが………関係ない、とも言い切れん」
「ァ、もしかして中学部三年のリンチ事件ですかァ?」
ーーーー風紀委員長、交代した方がいい気がする。
レイを含めた生徒会全員が思ったことだった。
中学部三年のリンチ事件?……いやいや……軽すぎねぇ!?と。
「…八神風紀委員長。軽々しい発言はよせ」
陸の発言を指摘したリンドウ学園生徒代表は、生徒会全員が思ったことを代表的に発言してくれた。
流石、生徒会長様。
「別に、軽々しいわけじゃねェですよ。ただ、ボコられたウチの生徒………"俺の後輩"なわけでェ。ーーーー正直、お相手さんをぶっ殺してェなァって所存ですがァ?」
「人を殺すなど、軽率な発言を控えろと言っているんだ。八神風紀委員長、君は感情的に物事を推し進めがちだが、周りの事をよく考えて行動する事を学んだらどうだ」
ギラリ、と怒りに似た"殺意"を渦巻かせる陸の赤い瞳に、けれどもその目を射抜き返した大学部生徒会長。
売られた喧嘩は買う主義の陸からしてみれば、それは安っぽい"煽り"である事は確か…だが。
「陸、問題を起こすのはよそう。今度こそ降ろされるぞ?」
「………チッ」
すんでのところでレイが仲介に入り、喧嘩勃発という事態はなんとか避けられた。
だが、陸の怒りは未だに絶頂にある。
何か、発言や行動がトリガーになって爆発でもしたら取り返しがつかない事になるのはわかるだろう。
「………君達生徒会には、下校の際単独で帰るのは極力控えるように、と注意喚起を起こしてほしい。それが、とりあえずの対処法だ」
パタン、と資料を閉じ、解散と告げる声に。
ようやく、この重苦しい空気から解放される!と生徒会室を後にした全生徒。
………だが、陸とレイだけは残ったままだった。
「………………やられてからじゃァ遅ェだろォが…………」
「でも、俺らだけじゃどうしようも無いのは確かだろ。一人より人数いれば襲われる可能性も減る、な…」
「雑魚は何人いようが雑魚のままだろォが……あんのヘボ生徒会長……ッ!」
「仮にも先輩だ、口を慎め陸」
「仮にもつってる時点でテメェも似たようなもんじゃねェか!」
怒りを隠そうともせず、机に拳を叩きつける陸を、ただ隣にいるだけのレイ。
けれども、レイだって感情が無いわけではなく、むしろ怒りを通り越しての"無"になっているだけだった。
確かに、あの生徒会長が言っている事が現状維持として大切な事に変わりはない。
………だが陸の言い分も正しい。
事が終わった後で対処しても、何の意味もない。
事前に防ぐ事こそ、今すべきことだろうが…。
「犯人がどこの奴等かわからない以上、下手に動けば返り討ちに、な……」
「クッソ………俺一人で帰りゃ襲ってくれるかァ…?」
「それで入院したら飛鳥はどうなる。そういうとこだぞ、陸」
「ぐ……」
感情のままに動く癖………喧嘩っ早い陸の行動は高等部に上がって少なくはなったが"無くなった訳ではない"
今日のように、誰彼構わず怒りをぶつける、なんて事もあるのだ。
だからこそ、レイはこの状態の彼の側を離れるわけにいかない。
「………まぁ、今はただ生徒会長が言った事をやるだけだろ。今のところ、新しい被害は出てないみたいだし」
「チッ………うぜェなあのパイセンよォ…」
「目の敵にすんなよ陸………あ〜ぁ、なんで俺コイツを生徒会に入れちゃったんだろ」
「俺の実力のおかげだ。…さっさとクラス行こうぜェ、ツヴァイの奴等に冷やかされる前に行かねェと」
不機嫌そうな声を残してさっさと生徒会室を出てしまった陸に。
レイは、一人彼を生徒会へと入れた、その当時を思い出していたーーーーー。
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.12 )
- 日時: 2019/03/21 18:09
- 名前: Rey (ID: NvHaua1/)
五話 生徒会長と予想外の事態 前編
陸が風紀委員長になった理由としては、ただレイが推薦した、という簡単なものなんだが。
じゃ何故推薦したのか、という問題が残るが。
ーーーーそれこそ、レイが頭を抱える問題になる、元凶である。
凛影魔導学園、高等部一年、クラス【アインス】だった当時のレイは。
中学部…以前からの付き合いからだった陸の"わがまま"を聞かされ続け、死人のようにげっそりしていた。
「なァなァ!生徒会長候補のお前ならやれるだろォ"推薦"ー!俺を是非風紀委員長にィ!」
ガシッと肩にまとわりついてギャーギャー騒ぐ陸に、レイは声を荒げ。
「やれるわけねぇだろ!大体俺は生徒会長じゃないから出来ねぇの!わかるだろ!?お前そこまで馬鹿じゃな………ぁ」
つい口走ってしまった言葉に、慌てて飲み込もうとしたが、それを陸が思いっきり引っ張り上げて。
「あーあーそうですよ【ドライ】な俺ですけどォ!?」
開き直って腕の力を込めて、窒息死寸前まで追い込んだのだが。
ーーーこの頃の高等部一年、八神陸は最下位クラスの【ドライ】
逆に、一年から【アインス】だったレイは、中学部の生徒、教師からの推薦で生徒会長が決定している、と噂される程………。
いや、実際そうだったのだが。
だからこそ、陸は生徒会長の推薦という、絶対的なものに頼ってレイにまとわりついているわけなのだし。
この学園の委員会は、生徒からの推薦で決まる"生徒会長"と、その生徒会長が自ら推薦する"委員長"で構成される。
生徒会長枠はレイで確定、ならばレイが今、一年生である"最期の二ヶ月"というこの二月にするべき事こそ。
ーーーー委員長の、推薦候補を絞ること、である。
「なァー………絶対ェ推薦してくれよォ…?」
「風紀委員長になりたい理由が"髪を染める許可を出したいから"とかいうお前を推薦したらこっちがバッシングくらうんだよわかれ馬鹿」
だが陸、お前だけは論外だ、と。
自分勝手すぎる理由で風紀委員長として推薦してくれ、と強請る幼馴染に胃がキリキリと痛くなり始めたレイ。
顔をしかめ、うざったい、と肩をまわされた腕を払って、アインスの扉を開きかけた、レイに。
ーーー「俺と勝負して、俺が勝ったら推薦!それなら文句ねェだろ!」
けれど、すんでのところで肩を掴み、陸はそう叫んだ。
「…………………………………は?」
固まった思考を絞り出して出した声は、ただの一文字だけだった。
「だからァ!俺とレイが勝負して!それで、俺が勝ったら風紀委員長推薦!これでいいだろォ!?」
「いやいやいやなんでそうなった!?大体なんで俺がそんな勝負に応じなきゃなんねぇの!?」
「そ、そんなん俺の為以外ねェだろォ!?」
訳がわからず喚き散らす生徒会長(候補)に、摑みかかるヤンキー…のような性格のドライの生徒。
中学から二人を知っている人ならば"またか"とジト目で済むだろうが、高校からの編入生からしてみれば、困っているようにしか見えないだろう。
実際困っているから当たっているけれど。
それでも、心の底からウザイと思っているわけでもないので、事情を知っている人達が止めに入ろうとする生徒を抑え込むのである。
「……は〜……わかったよ…勝負な、勝負…」
「ッしゃァ!!流石俺の自慢の幼馴染だぜェ!略してさすレイッ!」
「略すな略すなッ!」
何を言っても無駄だと、先に心が折れたレイは。
渋々その勝負を受け……。
ーーーーー負けた。
絶対に負けないと思っていた、その勝負に。
勝負内容は、とても簡単で単純なもの。
ーーーー二年のクラス、陸が【ツヴァイ】に入れたら、推薦する事。
元より成績が学年の最底辺だった陸がツヴァイに入れる訳ない、と馬鹿馬鹿しく思った、レイの過小評価故の敗北だった。
陸は、あの二ヶ月で教師を始め生徒全員から驚異の目で見られるほど、成績がうなぎのぼりした。
このリンドウ学園は三学期と呼ばれるこの最期の時期の成績が次の学年のクラスに響くシステムである。
なので、陸は三学期のテストと授業に全てを投資し、あの飛鳥すらドン引きする程の勉強量を積み重ねたらしい。
"本当、世界が滅亡するのかと思ったよ"
そう、呆れ笑いと苦笑いを交えた笑みで飛鳥は語ったのを、レイは引きつった笑みで返したのを今でも覚えている。
そうして勝ち取った風紀委員長の座は、生徒会長となったレイが推薦したものと知っても誰も何も言わなかった。
勉強し、成績が上がり、誰からもその頑張りを認めてもらったからこその推薦だと。
ーーーーーだが、今では後悔している、と当時を知る生徒は思った。
陸が風紀委員長になって、髪を奇抜な色で無ければ染めてオッケー!と宣言した時から、学園の生徒の茶髪率がとても目立つようになり。
さらに委員長本人は"赤メッシュ"である。
さらに言えば"ピアスもオーケー"になっているのである(委員長だけ)
本人曰く"委員長だから多少いいだろォ?"らしい。
ーーーーーは?
全生徒(レイも含む)が思った。
だが、そんな独裁者のように好き勝手やっているのか、というわけでもない。
振られた仕事はキチンとするし、今回の会議だって忘れていただけでいつもはちゃんと来ている。
だが、茶髪になった事(赤メッシュ入り)とピアスのせいで一気にヤンキー感が増した陸を指差して"あれ、俺らの風紀委員長"といえば、他校からなんと言われるか大体予想出来るだろう。
ーーーーーえ、あのヤンキーが?である
そんな会話をレイは一体何回聞いた事だろう。
ーーーそして、時は現在…今朝の会議の事が頭を占領し授業内容がすっ飛んで訪れた放課後。
今日は降水確率が高い、という予報だったらしく外はザザ降りの大雨。
全く、朝の会議に遅れるわ、その内容がクソ過ぎるわ、ついてない…と。
わかりやすく肩を落とすレイに、八神家にお邪魔したツケが回ってきた。
ーーーーー傘持ってきてない〜………。
天気予報を見る前に飛び出したから借りる事すらしてない。
走って帰るか…とアインスから出た時。
「…よォ、遅かったなぁ、居残りかァ?」
…目に痛い茶髪赤メッシュが、教室のすぐそばの廊下に背中を預けてこちらを見ていた。
「なんでいるんだよ…部活……は休みか」
「おー…流石にコーチもそこまで鬼じゃねェよ」
「だよなぁ……俺も今日は弓道部が【雪月花】使ってるからオフ」
リンドウ学園の外部活は雨や雪、雷などの天候の場合は休みになる。
校舎を走る、トレーニングをするなどといった選択肢はないのだ。
それに少し謎を感じたレイが教師に問うたところ。
"んな事したら校舎が汗臭くなるだろ"と真顔で返された。
そんなこんなで陸上部短距離エースさんはこの生徒会長の魔弓科がオフと知って、ここに出待ちしていたらしい。
今日はオフ、と言えば"知ってる"とイタズラ顔で笑われたので、デコピンをお見舞いした。
「って、俺ら傘ないの忘れてたぁ……」
「ん?傘ならあるぜェ?」
「え」
「え」
お互いの顔を見合わせて、おうむ返しに返した「え」を連呼した後、待て待て…と。
「なんで傘持ってんの…?」
「飛鳥から連絡あったんだよ…ほら」
と、何食わぬ顔で携帯の画面を見せてくる陸。
ーーーー兄さんへ。
今日、雨が降るらしいから傘"転送"しておくね。レイも持ってないだろうから、送ってってあげたら?
ーーーーーー弟、いいなぁ……。
柄にもなくそんな事を思う、目の前の兄弟愛の具現化のようなメールに、思わず目を細めた。
このツンデレのような対応、全く俺の親父のような飛鳥だぜ、と。
会社で奮闘しているであろう実の父が脳内にこんにちはして、慌てて頭を振り思考を変える。
「転送って……飛鳥も思い切ったことするな…」
「おー…でも、転送場所は"下駄箱"だとよォ……わからなくもねェが、他にあったろォ…」
「それ」
二人が言っている、転送とやらは文字通り"傘を学園へ送る"と、デリバリーのようなものである。
………魔法での転送だから、時間はコンマ数秒だが。
その反動で、同じ属性の魔力を持つ生徒がざわつくので、あまり転送はしないのだが。
だから下駄箱を転送場所に選んだのだろうが…と。
今更だが、リンドウ学園は上履き制である。
バレンタインデー、ホワイトデー、クリスマスにハロウィンは、この下駄箱が魔性の箱と化すのは言うまでもない。
「ちょっと待っててくれ、傘取ってくるわァ」
「りょーかい。んじゃ靴履いて待ってるな」
「おー」
ツヴァイの下駄箱へと向かった陸の背を見て、レイもアインスの下駄箱へと足を運んだ。
"【アインス】レイ"と書かれた金属製の小さな扉についた取っ手を掴み、手前に引いて靴を取り出そうとして……。
ハラリと中から紙が踊り出て、レイは開けっ放しにしたまましゃがんだ。
「なんだこれ………封筒?」
…封筒らしい、その紙を拾って、差出人が書かれていないのを確認する。
誰が、どうして、などこの際はどうだっていい。
ーーーー大体、下駄箱に入っている謎の封筒とすれば内容がわかるので。
「…ん?レイィ、何して………」
「あ、陸………うん」
「あー…お前も大変だなァ……」
折りたたみ傘を手に、こちらに歩み寄る陸も、同じくしゃがんで察したらしい。
同情の声を上げる真隣の幼馴染に、苦い思いで返答するが、封を開けーーーーーー。
「は……?」
「おま…これ…ッ!」
そこに書いてあった………"果たし状"という文字に、思考が真っ白に吹き飛んだ。
あ〜…なんと予想斜めな………確かに、これもラブレターの一種なのか……?
全くもって予想外の出来事に、続いて殴り書かれた文に……今度こそ、目のハイライトが消えた。
ーーーーーー凛"英"魔導学園の、校舎裏にて待つ
もはやどっから突っ込んでいいのかわからない。
ただ、この二つ言わせてくれ、と。
まず、リンドウ学園は凛"影"魔導学園であり………。
最大の音量でいいたいのは、これである。
ーーーー土砂降りの中待たせてごめんッ!!
- Re: 男子校の生徒会長は今日も男子生徒に告られる ( No.13 )
- 日時: 2019/03/22 09:00
- 名前: Rey (ID: NvHaua1/)
六話 生徒会長と予想外の事態 後編
下校時に見つけてしまった果たし状に、どうしていいか分からず、けれども一応校舎裏に行かなければ差出人はずっと放置されたままだろう、という事で。
ーーーー陸と相合傘をしながら、"屋根のない"校舎裏へと向かっています。
正直、震えるほど怖いです。
いやだって、果たし状だよ?俺なんもしてない善良な一般市民のうちの一人よ??
ワンオブリンドウ学園生徒よ???
なんで果たし状が下駄箱に入ってるの!?と
誰にぶつけていいかもわからない、悲痛の叫びを噛み殺して、レイはただ無言に、パチャパチャと水たまりに足を踏み入れる毎になるその音を聞きながら、重々しくため息をついた。
ーーーーこの角を曲がれば、校舎裏である。
隣で傘を持つ陸の手も、少し強張った。
果たし状と書かれた紙はレイのポケットにある。
普通に考えて、果たし状といえばヤクザあたりが突きつけてくる宣戦布告の意思表示だ。
と、いうことは。
もしかしたら、この果たし状と書かれた紙の差出人は、陸の後輩である中学部のリンチ事件(命名、陸)の犯人かもしれない。
そう思って、陸は傘の取っ手を握り潰すように、硬く、強く握って、気持ちを落ち着かせた。
ーーーー傘が喋れるとしたら"なんでや俺関係ないやろ"とでも言いそうだ。
そんなこんなで、覚悟を決め、校舎裏へと続く角を曲がると………。
ーーーーーそこには、傘もささずに仁王立ちで背を向ける、学ラン姿の男五人。
真ん中に佇む、やけに大柄な男は金色に髪を染めており、周りにいる四人は、なんとなく舎弟のようなオーラを醸し出していた。
ーーーーーつまりは、完璧ヤンキーな五人組だった。
ふらりと倒れそうになるレイを支え、陸は静かに。
「………よォ。テメェらが果たし状の差出人かァ?」
けれども、隠された殺意で威圧的に放たれた言葉を。
………傘に当たる雨音だけが、耳に響く中。
数秒の沈黙をもって、リーダーらしき男が、静かに振り返った。
「……………貴様は……玲夜さんの、なんなのだ……?」
ーーー切れ長の瞳には、怒りが隠され、レイは無意識のうちに一歩後ずさり…肩が、雨に濡れた。
「あァ?………簡単に幼馴染かァ?」
「幼馴染…………相合傘、する程の仲が、幼馴染………?」
「は?相合傘する程って……別にィ、俺とレイは恋人でもなんでもなーーーーー」
「恋人だとォッ!?」
プルプルと震えていた男が、一際声を荒げたのは、"恋人"というワードらしい。
めんどくせェと顔に書いてある陸の横顔を見れば、こんな奴らにアイツはやられたのか、と悔しさに歯を噛んでいた。
「貴様ァ!玲夜さんと恋人などと抜かしおってェ!!」
だが、その表情を相手は"嘲笑い"とでも見えたのか、怒りに顔を赤く染めて、拳を握りながらこちらへと駆けてきた。
それにいち早く反応した陸は。
「はァ!?ッチィ!レイ傘持ってろッ!!」
「は?え、え!?」
カバンを投げ捨て、傘を強引にレイに手渡して、同じく拳を握り、反撃の体勢をとった。
陸よりも一回り大きな体を持つ男の拳が陸に振りかざされ。
「陸ッッ!!」
思わず叫んだ、その時。
「…おッせェんだよデカブツがァッ!!!」
「ガ、はァ…ッ!?」
残像さえ見えそうな瞬発力と回避術により拳を躱した陸のカウンターが、男のみぞおちにクリーンヒット。
肺の空気が押し出され、咳き込み隙だらけになった瞬間に。
「…おい、テメェよくそんな腕で俺に勝とうなんて思えたなァ?」
ガッと染められた金髪を掴み、お?と凄んで見せた。
それを、悔しそうに見上げる男の姿。
ーーーーあれ?
「…あ〜……俺が言うのもなんなんだけどさ……そこの四人、助けなくていいの…?」
いかにも、リーダーがやられてます、という状況にも関わらず、舎弟(と決めつけている)四人は微動だにしない。
………ずっと、背を向けたままなのだが。
すると、四人のうち一人がくるりと振り返り。
「………すいませんね…兄貴が突っ走って…」
ペコリとお辞儀をした。
唖然とする中、他の三人も振り返って。
「「「すいませんでした………」」」
ーーーー口々に謝罪の言葉と、謝罪のお辞儀をし始めた。
「え、と……?」
まさかの展開に心が置いてけぼりにされたレイは、ただ混乱するばかりで。
「…何、こいつら何しに来たんだァ…?」
男の髪を掴んだままお辞儀している四人を一瞥する陸の言葉に、反応したのは、ずっと髪を掴まれて強制的に上を向かせられているリーダー格の声だった。
「……俺ぁ…ただ、自分の無念を"果たしたかっただけ"なんだよ……」
「あァ?」
土砂降りの雨の中、確かに聞こえたその言葉に、陸は男と同じ目線までしゃがんで。
「なんだァ?言いたいことあったら言ってみろやァ……場合によっちゃ相手になんぜェ?」
暴力沙汰になるのであれば、正々堂々勝負しよう。
売られた喧嘩は買う主義だ、と強調する陸。
ーーーーだが。
「違うんス……兄貴は、ただ玲夜さんに言いたいことがあって来ただけなんスよ…」
顔を上げた舎弟組の一人が、そう言った。
「え、俺に?」
「はいっス………兄貴はーーーー」
思わぬ話題の振り方に素っ頓狂な声を上げたレイ。
そして続いた舎弟君の言葉は…。
ーーーprrrrーーーprrrrーーーと。
何処からか鳴り出したコールの音によって途切れた。
「…あー…悪ィ、俺のだわ。とりあえず、レイに何かしようとしたら正当防衛でぶん殴るからァ、そこんとこよろしくなァ」
胸ポケットから取り出した携帯を見ながら、陸はそう言って数歩下がった。
ようやく頭が動かせるようになったリーダー格の男は、ヨロヨロと立ち上がり。
「……玲夜、さん………」
切れ長の瞳を、雨のせいではないだろう潤み方で向けた。
ーーーーーあっれぇ…なんかいやぁな予感するぞ〜?
「え、それマジでェ…?」
『うん。"立花魔導高等学校"っていう偏差値は下の中くらいの高校の三年。ごめんね、連絡入れるの遅かった?』
「あー……あァ、ちょいと遅かったなァ…」
携帯の画面に表示された名前は"飛鳥"
珍しい、と思い電話に出れば、少し聞き捨てならない言葉を聞いた。
ーーー『兄さんたちが帰って来る前に組んでたサブキャラのパーティで、レイに明日…つまり今日告白するって男子生徒がいてね。話からリンドウじゃなさそうで、少し気になったから"ハッキング"して調べたんだけど。それがどうやら純不良らしくてねぇ……少し危なそうな気がしたんだけど、今朝言いそびれちゃって』
「いやその前に堂々と犯罪犯したって言われた兄ちゃんの気持ちになってくれるとありがてェなァって」ーーー
全く、頭が良すぎるのも困るもんだ。
ハッキングだなんて、そんな物騒な事を平然とするそのメンタル強さを、陸は現実逃避として過大評価し、なんとか乗り切った。
そして聞き捨てならなかった言葉二つ目。
レイに告白しようとしている男子が純不良。
ーーーーまさしくアイツらじゃねェか。
朝バタバタしていなければこの情報を今朝知れたのに、とド忘れしていた自身の海馬を呪った。
冒頭の会話から察するに、少し落ちこぼれな生徒がレイに一目惚れして、告白するぞ、となったらしい。
あの熊のような身体して脳内乙女か、と突っ込みを入れたかったがーーー。
ーーー「俺、玲夜さんの事が好きだ!付き合ってくれッ!!」
まさしく、予想していた言葉が彼の口から飛び出して、その突っ込みは保留になった。
『……僕まで聞こえちゃったよ……兄さん、なんとかレイを家に送り届けてね』
「おー……頑張るわァ…」
飛び火で聞こえてしまったらしい電話越しの飛鳥の声は少し上擦っていて。
生の告白だなんてそうあるもんじゃねェしなァと、レイのお陰で慣れたその言葉に恥じらう弟に、少しだけ愛着が湧いたのは内緒にしておいて。
告白され、そしてその次にレイが取る行動はただ一つ、というのも承知の上。
「…ごめん、それは出来ない」
タンッと電話を切る赤いマークをタップしたと同時に聞こえた、無機質な声。
見れば、俯いてその顔は見えない…けれど、相当の罪悪感を滲ませているであろう、その顔が、陸には見えた。
「……そう、か……そうだよな……玲夜さんが、俺なんかーーー」
「でも」
フラれた事に悲観し始め、雨に隠れて泣きそうになった、立花魔導高等学校三年の実質の先輩(飛鳥ペディアより抜粋)に。
レイは、静かに持っていた傘を傾けて。
「………告白する勇気を持っている貴方は、きっと他の人を助ける為の力を持っているって信じてるから。だから、今こんなところで風邪ひかないで、誰かのために生きてみよう?」
ふわりと、花が咲いたように微笑んだレイの姿に。
リーダー格の先輩を始め、舎弟組の中でも"なんて…なんて心が綺麗な人なんだ…"や"俺…俺ぁこんな潔白な人と今まで会ったことねぇよぉ…"などといった声が上がり始めた。
ーーーーあー…出たよ、レイの無意識人間タラシ癖…。
小学の頃からあったその癖に翻弄される同級生、後輩、先輩…そして教師の方々を特等席(レイの隣)で見続けてきた陸こそわかる、その魔性。
傷心した心を癒すべく語りかける暴力的な優しさを持つ言葉をかけて、その心を魅了する、レイの無意識行動の一つだ。
リーダー格の先輩はフラれた事に対して傷心、舎弟組はそんな兄貴を見て傷心……後にレイのホスト魂によって陥落した模様。
だが特に傷ついてもない第三者(陸)からしてみれば。
ーーーー告る勇気あんだったら他の事に活かそうぜ?そんなヤクザしてて人生楽しいか?
……………これを、ホストのように優し〜い言葉に変換すれば、ああなる、と。
陸だけは本心の心を見破って、あいも変わらずその"腹黒さ"は変わらないようで、と肩をすぼめた。
「…そういえば、なんで果たし状?」
思い切り傘をさしてあげながら聞いたレイの素朴な疑問。
告白するためなら、何も果たし状と書かなくてもいいだろう?と。
「あ、いや………さっきも言ったが、俺のこの願いを果たす為の手紙で……」
ーーーーーーーはい?
「え、じゃ何……結局決闘とか、そういう暴力的なものじゃないわけ?」
「あ、俺らが言うのもなんでスけど……兄貴、こう見えても喧嘩弱えんっス」
「………え?」
「あー、だよなァ。あの振りかぶり、完全にど素人の動きだったからよォ」
「……え??」
予想外の言葉だらけに、またハテナマークが頭脳を占領し始めたレイ。
くるくると目を回しそうになりながらも、とりあえず果たし状は"彼にとっての"果たし状だった、という事で解決。
ーーー後は。
「…コホンッ……最後に…ここ、凛影の漢字は英語の"英"じゃなくて、"影"だからな」
ずっと気になっていた、漢字のミスを直して終わりだ、と。
ーーーーしかし。
「そうだったのか!……あ、なんだっけ……え、エンドウ学園?」
「リンドウ学園!!それ美味しい豆!!リンドウは"えやみぐさ"とも言われる紫の花だ!!」
「「「「「「リンドウって花の名前なのかァ!?」」」」 」」
「知らなかったの!?っておい陸いたのバレてるぞ!!お前なんでリンドウ学園の生徒なのに知らなかった!?」
ーーーー思わぬ未知の発見により、仲良くハモった五人プラス一人に。
レイは生徒会長というのも忘れてただただ叫んだ。
"お前らちゃんと勉強しろ"と………。
「たっだいま………疲れたぁ………」
あの後、俺らはもう十分濡れてるんで、傘は二人で使ってくれ、と走り去っていった五人組を見届けて、無事に(?)家へと帰ってきたレイ。
一日ぶりの我が家に、ヘナヘナと座り込んでしまいそうになるのをこらえ、リビングへの扉を開けた。
「…あら?おかえりなさい!一日ぶり………ってぇ!貴方肩濡れてるじゃないの!?何やってるのよ風邪でもひいたらどうするつもり!?」
愛嬌のある笑顔を貼り付けながらクネクネとこちらへ躍り出た、その女性は。
レイの肩が濡れているのを発見した途端、人が変わったかのように形相が変わり、喚き始めた。
「うるさ……大袈裟だな"母さん"……たかが肩濡れたくらいで…」
「何が肩くらいよ!?って、まさか貴方風邪ひきたいの…!?」
「は?……ぁ……んなわけーーーー」
思い違いでなんと言い出すかわからない"実の母"の言葉を止めようと静止しようとした言葉は。
「ダ〜リンに看病されてもらいたくて、その後はにゃんにゃん展開を御所望なのっ!?」
疲れ果てたレイの心を、更に削らせる"貴腐人"の発言によって、もうどうでもいいや、と静かに口を閉じた。
そう…レイの母親は……腐っている。
世間一般でいうところの腐女子…だが。
年齢が年齢なので、今は貴腐人である。
本人が言うには腐ってから35年は経つそうで。
さらに、憎いことに母は顔がとても整っている。
変に若作りをしないせいでナチュラルメイクでも相当若く見えるその美貌と、明るい性格ゆえに落としてきた男は数知れず…だが。
ーーーーー腐っていたため、誰も彼女を理解できなかったため、長くは続かなかったそうだ。
けれどもこうしてレイはこの世界に産み落とされ、更に母の美貌を受け継ぎ男子生徒から告白され続ける日常を送っている。
だから、結果的には結婚しているのだ。
ーーーー結果的に、は………。
「…おい、煩いぞ"晴香"。テレビが聞こえないだろ」
「あ〜んごめんなさいダ〜リンッ。今すぐ玲夜をお風呂に連れて行かせるわ〜ん!」
「え、ちょ、なんで父さん帰って…いだだッ!引っ張るなよ母さんっ!」
嵐のように身を翻し、風呂場へと連行されるレイが見た、その男は。
母に負けず劣らずのルックスを持ち合わせた、いわば中年のイケオヤジ。
メガネをクイッと上げる仕草だけで、一体何人の女性を手玉にとったのか…。
そんな男を"父さん"と呼んだレイ…まぁ、つまりは、そういうことである。
現在進行形でレイの腕を引っ張る、"皇 晴香"…レイの母親と。
"皇 蓮弥"…レイの父親。
真反対のような性格の二人だが、この二人は他の異性など目に入らないような、そんな共鳴力を感じ、今に至る。
ーーーー大体察するだろうが。
父…蓮弥が見ていた、テレビこそ…。
『ちょ、おい…誰か来たらどうす…ッ!』
『へェきへェき…それより、早く続き…な?』
『馬鹿野郎!って、おい脱がすなぁ!!』
ゴリゴリの、BLアニメ…それも少しハードなもの。
つまり………腐男子であった。
しかも、このアニメは確か母、晴香が漫画で持っていたもののオンエア版だったはず。
ーーーー以前、オンエアされる前の話だが。
陸を家に招き遊んでいた時に、晴香が部屋を強引に開けて。
「玲夜〜?陸君〜?ちょおっと"これ"、音読してくれなぁい?」
ニヤニヤと笑いが溢れていた、母の手には。
………それはもう、明らかなBL本で。
更に言えば、表紙でなんとな〜く察した、登場人物とその立場的なものが。
"黒髪優等生が受けで、茶髪ヤンキーが攻め"という。
ーーーーーこの母親、息子と幼馴染でBL妄想してんのか
その時は髪を染めていなかったが、ウィッグで茶髪としていた陸だったため、その本とほとんど同じ立場な現状が出来上がっていて。
そして、その日は休日だったために。
「…玲夜、陸君。もしやってくれたら好きなゲーム一つ買ってあげよう」
ーーーーこの、腐男子までいやがったのだ。
「ゲーム!?マジでェ!?」
「おい陸よせ、俺らのプライバシーに関わーーー」
「決定ねぇん!それじゃあ、カメラ用意するから待っててぇん!ダ〜リンカメラカメラぁ!」
ゲームを買ってあげる。
その誘惑にあっさりと負けた当時中三の陸と、巻き添えを食らったレイ…そして意気揚々とカメラを取りに行く実の両親……。
今思えば、ゲームを買ってあげるという誘惑に負けたのは、新しいゲームを飛鳥にあげたかったから、なのかもしれないなぁ、と思いつつある。
ってか絶対そうだと思う。
ーーーと、まぁ俺の両親は全くもって普通じゃない。
自分の息子を妄想のネタにする親は、少なくとも多数いるわけじゃないと、そう思いたい……。
そう、濡れた制服をなすがままに脱がされ、デュフフ、と気持ち悪く笑う母を見ながら、レイは早く寝たい…と現実から目を背けた。
ーーーーああ、父さんが今日早いのって、リアルタイムであのアニメ見たかったからか………とーーー