コメディ・ライト小説(新)

Re: リベンジ インフェクション ( No.8 )
日時: 2019/06/16 22:09
名前: 柞原 幸 (ID: Ytr7tgpe)


国王はこの地位に上り詰めるために必要な能力を独学で身につけて来た。
人の心の掴み方、説得するための巧みな弁術、相手の気持ちを読む推理力。
最初から自分を相手にしていなかった兄達は背後から自分たちに近づく獲物を狩る目に気がつかなかった。

国王はロトの目を見た。
何を考えているのか全くわからないその目。
ただ今はその目に焦りが混じっている。


嘘でない。
今、マストレード王国は本当にルヒカラ王国との国交を断ち切っているのだ。
二国の間に昔から続く友好関係に終止符がうたれようとしている。

「何故だ。何故なのだ。」

国王は深いため息と共に手で自分の顔を覆う。
お互いに両国を支え合ってきた。長いこと。
隣国であるから、輸入、輸出もしやすいし、様々な事業にも取り組んできた仲だ。
マストレードにとってもルヒカラ王国は手を切りたくない相手のはず。
何故。
何故だ。全くわからない。

「国王様はご覧になられましたか。」
少し続いた沈黙を静かに破ってロトが聞く。

「何をだ。」
「丁度1週間の夜、マストレード王国から上がった花火でございます。」


そういえばそんなものを見た。
確か夜。寝る準備をしていた時、ひゅるひゅるひゅる、という音がマストレード王国の方面から聞こえたのだ。
窓から外を除いた途端、パッ、と美しい濃い赤色の花火が夜空に浮かび上がり、少し遅れて「「ドンッッ」」という重たい音が自分の心臓を震わせて突き抜けていった。
まだ見たことのない程の立派な花火だった為、花火がゆっくり消えていくのをしばらく眺め続けてしまった。

あぁ、その時はまだ何事も…。




…待てよ。

国王の脳裏に一つの単語が浮かぶ。

まさか、そんなはずはない。
もしや、ロトも同じ事を思ってこの話を持ちかけたのだろうか。
そんな事はあってはならない。何があっても。






「ロト、お前もそう思うのか。」
ロトはかけている眼鏡をカチャ、と指で位置を直して言った。
「はい。
私はこの花火を、マストレード王国からの宣戦布告だと捉えております。」






『宣戦布告』


つまり、マストレード王国との戦争を。
ロトが言い終わった途端にすぐ国王は口を開いた。
「すまんな、ロト。本来ならここで何か適当な対処法を指示しなくてはならんのだが、私は何が何だか分からない。こちらからは何も仕掛けていないし、マストレードとの貿易も普段通りだった。むしろ良かった方だったのだろう?
お主には事態の予想がついているのか?」

「いえ、私も全く分かりません。ただ、花火の夜の翌日からなのです。輸入品が届かなくなったのは。あれは何かの合図でしょう。」

ロトは依然落ち着いて喋っている。

「ただ我々は、今マストレード王国で何が起きているのか、あの花火は何なのか知る必要があるのですよ。」


あの目だ。
冷酷な何を考えているのか分からない目。
どす黒い何かがぐるぐるぐるぐる渦巻いている。
この男は一体これまでに何を経験して来たのだろうか。
どうしたらこんな目になるのだろうか。

「偵察者をマストレード王国に送りましょう。何が今起きているのかを知るのです。」

ぐっと国王との距離を近づけてロトが言う。

「て、偵察者…?」
今のロトの目を見続けていると喰われそうな感覚に陥る。
王は目線を手元の手紙に移し替えながらやっとの事で声を出した。

「警備隊最高指導官として、私はこの男を偵察者に推薦致します。」
にこ、と笑いながらロトは書類を王に差し出す。

「…こいつは何者だ?」
書類に印刷されているロトの推薦者とやらの情報を目で追う。
普通の家の出身者で、この国の警備隊員。

「思いますに、この任務はとても危険なものです。どんな状態にあるのか全く分からない地へ1人で行くのですから。
ー失礼。何故1人で任務を行うのを推薦するのかと言いますと、無論1人の方が何かあった時に行動しやすく、被害も最小で済むからですよ。
大勢で押し掛ける方が余計マストレードを刺激することになるかもしれませんからね。
ですから、1人でも自分の身を十分守れるような、警備隊の中でも最も優秀だと思われるこの男を推薦致したのです。」

成る程。最適な判断だ。
今はすぐに大勢に指示を出すよりも、状況を把握する事が大切だ。
こいつの推薦者なら任せておいても大丈夫だろう。

「その男に偵察係を任命する事を許す。」

「ありがとうございます。」
スッといつもの目に戻ったロトは口を閉じたまま微笑み、机上にある今紹介した男の書類をかき集め、部屋を出る支度をする。



王はその書類に印刷されていた『ルヒカラ王国警備隊員 38歳 北の都在住 フロッド=ルーベン』という推薦者の名が何となくまだ脳裏に焼き付いていた。