コメディ・ライト小説(新)

Re: リベンジ インフェクション ( No.21 )
日時: 2019/07/01 21:06
名前: 柞原 幸 (ID: Ytr7tgpe)

おかしいな。今日はルーベンさんが出国する日。
いつ何処でテロが起きてもおかしくないから、住民達はなるべく家に居るよう呼びかけたのに。
目の前で自分達を見上げている子供は一人の様だった。
こんな暑さなのに、長袖を着ている。
おいおいそりゃないだろ…。(泣)

「あれ、君、一人?なんでここにいるの?」
カールがボーっと子供を見ている間に、ルセルはこの子供が何者なのかをいち早く知ろうとしていた。
子供は表情を変えずにキョトン、とした顔でルセルを見る。
そして少し考え込む様に「えーっと…」と自分の髪をクルクル指でいじり始めた。
「いちばに僕いたんだけど。おかあさんとはぐれちゃって。」
申し訳なさそうに子供が言う。

迷子か。
この子の母親、自宅で待機していろと忠告されているのに、市場に行くとはなんなんだ。
こんなドタバタと国中が忙しい日に迷子になる子供が可哀想だ。
カールは心の中でため息をついた。

「じゃあ、おじさんが君のお母さんを探してあげるよ。」
ルセルはニコッと笑って子供の目線に合わせるようにしゃがんで子供の手を取る。
カールはここでようやくハッとした。
「いや、僕が行きます。」
警備軍隊の中で、先輩の仕事を代わるのは当たり前なのだ。
意識していないように見える先輩達も、誰が仕事を代わるのかに目を光らせている。
今、ルセル先輩も自分を見ていたに違いない。
危なかった。もう少し反応が遅れていれば、失望されていたことだろう。

「お前はここにいろ。」
「え?」
ルセルの口から飛び出してきたのは思いがけない言葉だった。

「今にも倒れそうなフラフラの奴を母親探しに出させるバカが何処にいるんだ。
お前も無理な時は無理と言え。
お前は新入りだから分からないかも知れないが、その調子で続けていくと体がもたないぞ。」
ルセルはそう言い残すと、自分の腰に取り付けられた無線機で警備軍の本部に自分が門の警備から外れることを連絡し始めた。

ごにゃごにゃと何やら無線機で話しているルセルの側で、何となくカールと子供の二人の空間が作られていた。
思いがけないルセルの言葉に感動して胸がジーンとしていたカールに、子供が話しかける。
「お兄ちゃん。大丈夫なの?汗たくさんだよ。」
心配そうな眼差しが自分に向けられている。
「あ、あぁ。僕、暑さに弱くてさ。」
情けないよね、とカールはハハハと笑う。


「これ、あげる。僕もう要らないから。」
「ん?」


見ると、子供は綺麗な透き通った水色のガラスで出来た水筒をカールに差し出していた。
中には水が入っている。たっぷりと。

「えっ、本当にいいのかい?」
カールが水筒を受け取ると、その重さが手に伝わってくる。
石を持った時のような重さでなく、水独特の重さだ。
これほど嬉しい重みがあるだろうか。

カールが水筒を手に取ったのを確認すると、子供はふいっと顔を背けてスタスタとルセルの横に歩いて行った。
「あれ、水貰ったのか?この子に感謝しとけよ。」
いつのまにか連絡を終えていたルセルがこちらを見て驚いている。

「じゃあ、大丈夫そうだな。俺はこの子の母親を捜すために市場の方へ行ってくるから。
見張り頼んだぞ。あ、水を肌にかけとくと、少しの風が当たっても普段の2倍は涼しく感じられるからやってみろ。」

ルセルはそう言って子供と手を繋ぎながら市場を目指して歩いて行った。



それを見送りながらカールは水筒に入った水を一気に半分程飲み干した。







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市場についたルセルと子供は、案内所に行ってみることにした。
市場の案内所は市場の中心部分にテント張りで建っている。
普段ならば市場の人混みの中で迷子になる子供など山ほどいるので、沢山の人がいるのだが、今日はほんの少ししか人がいなかった。
しかし、そこに子供の母親らしき人はおらず、結局迷子のアナウンスを入れることになった。

「私、ルヒカラ王国の警備隊員ルセル=ローベと申します。
迷子を見つけたのでアナウンスを入れてもらってもいいでしょうか?」
ルセルが案内人にアナウンスの依頼手続きをする。

案内人は、目の前の相手が「警備軍」だと知って少々たじろぎながらも返事をして紙を取り出した。
そこに相手の情報などを書いてもらい、それを案内人が放送で読み上げると行った形だ。
「ここに必須項目をご記入ください。」
差し出された紙とペンを取り、ルセルは背中に取り付けた槍のさやの位置をカチャリと直してから、身をかがめて字を書いていった。

2、3分程用いて付添人の欄の記入が終わったので、次は子供の情報を記入する。

「君、名前は…」









ルセルが振り向いて子供のいた位置に目をやると、そこには誰もいなかった。








「?!」

急いで案内所の中、案内所の外にある色々な屋台を確認するが子供の姿はない。

母親が見つかったのか?
いや、だとしても自分に何も言わずに出ていくはずがない。
無神経な奴ならあり得るかも知れないが、あの後輩に水をあげた時点で気配りは出来る奴だった。
もしかしたら本当は迷子になったのは嘘で、遊んでいたところを自分達に見つかった時に出た咄嗟の嘘だったのかも知れない。

ルセルは必死に思考回路を巡らして、あの時の子供の様子を思い返す。

黒い髪で、色白で、長袖で。
最初は自分達門兵がいるのに気づいていない様子だった。
しかし真っ直ぐと門に向かって来ていた。

門を目指して来ていた…?侵入する為に?
まさかそんなことはあるまい。
あんな小さい子供が。

待て。
色白で、長袖?

ルセルは最悪の事態を予想する。

あの子供はは色白で長袖だった。
南の都の住民は皆肌が日に焼けて黒く、いつも半袖だから、あの子は北の都の者だろう。
そして…確か…フロッド=ルーベンも北の都出身だった。
何か関係性があるのなら尚更まずい。

想像が行き過ぎているかも知れないが、もし今日、これが原因で何か起きたのなら…。
普段ならいなくなった子供を探すところだが、今はそんな余裕などない。あらゆる事態を予想して行動する日だ。
早く王宮の門に異常が起きていないか確認しなければ。
何事もなかったらまた戻ってこよう。2、3分あれば王宮に着くのだから。


「すまない。やはりアナウンスの件は取り消してくれ。」


えっ、と驚く案内人を置いてルセルは全速力で走り出した。













ルセルを待っていたのは、豪快に開かれた門と、門の近くに生えている木の木陰でスヤスヤと気持ち良さそうに眠るカールの姿だった。