コメディ・ライト小説(新)
- Re: あなたの剣になりたい ( No.206 )
- 日時: 2020/01/24 19:09
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
epilogue
早いもので、あれからもう一カ月が過ぎた。
王を倒して以来、リゴールを狙った襲撃は一度もなく、退屈なほどに穏やかな時が流れている。
「長い間世話になった。感謝する」
「ふはは! 何だかんだで長く居座ってしまったな!」
今日、ウェスタとグラネイトは屋敷を発つ。
一度ブラックスターへ帰るのだという。
私はリゴールやデスタンと共にそれを見送るため、屋敷の門の外側に立っている。
晴れ渡った空は皆の心中のように澄んでいて、青一色。
降り注ぐ日差しは、私たちを祝福してくれているかのようだ。
「どうか、お気をつけて」
もうじき旅立とうという二人に、リゴールは控えめな調子で声をかけた。
彼にとっては、二人は敵だ。何度も自身の命を狙って襲ってきた人物でもあって、それゆえ、今は仲間でも完全に信頼はできないと思う部分もあるだろう。
それでも、二人を見送るリゴールの瞳に迷いはなかった。
「ふはは! 心の広い王子、百二十点!」
「……あ、ありがとうございます」
グラネイトがリゴールに妙なことを言っている隙に、ウェスタはデスタンの前へと歩いていく。何か言いたげな顔をしながら少し黙る。そしてやがて、デスタンにそっと腕を絡めた。
「兄さん……必ずまた会いに来るから」
デスタンはウェスタを拒まない。
片手をそっと彼女の頭の上に当て、短く返す。
「そうだな。また会おう」
リゴールに仕えることを選んだ兄と、そんな兄を探し続けていた妹。ずっと一緒に過ごせた方が幸せなのではないか、と、考えてしまう部分はあって。
でも、それはきっと違うのだろう。
それは私一人の感覚に過ぎないのだ、恐らく。
二人はいつだって繋がっている。肉体が傍になくとも、心の深いところで繋がっていられるから、不安ではないのかもしれない。
私には兄弟姉妹がいないから、その感覚はよく分からないけれど。
「ではこれで」
「ふはは! グラネイト様、完全復活の時!!」
「……うるさい」
「いきなり怒るなよォッ!?」
温かな日差しの中、去っていく二人を見送る。
しばらく共に過ごした人たちの背中を見るのは寂しい。でも、仲良く二つ並んだ背を目にしたら、ホッとする部分もあった。
「行ってしまいましたね」
二人が去ってから、リゴールが残念そうに呟く。
「王子が残念に思われることはないはずです」
「デスタン?」
「あの二人は王子の命を狙っていた者たちですから」
「それはそうですが……それでも寂しいですよ。一緒にいる間は、よく顔を見かけましたから」
そんな風に心を述べるリゴールの心情が理解できなかったのか、デスタンは軽く首を傾げる。
「そういうものでしょうか……」
「わたくしにとっては、そういうものなのです」
「そうでしたか」
こうして私たちは屋敷内へと戻った。
しんみりしていた私を迎えてくれたのはエトーリア。
「お別れは済んだの? エアリ」
エトーリアは、その整った顔に穢れのない純粋な笑みを浮かべながら、尋ねてくる。
「えぇ」
「何だか寂しそうな顔をしてるわね」
「そりゃそうよ。ずっと一緒の家で暮らしていたんだもの」
その日の晩。
私は自室にリゴールを招いた。
「失礼しますね」
「どうぞどうぞ、遠慮なく」
彼を自室へ招いたことに理由なんてない。
ただ、すべてが終わったこの時に、彼と二人で話をしたかったというだけのことだ。
「それでエアリ、わたくしに何かご用で?」
「いいえ」
「違ったのですか?」
リゴールはきょとんとした顔をする。
「そう……用事なんてないの。ただ少し会いたくなっただけ」
おかしなことを言う、と思われてしまわないか、私としても不安はあった。
でもそれは杞憂に過ぎず。
リゴールはちっとも悪く取っていないようで、笑顔で返してくれる。
「そうだったのですね」
彼は真っ直ぐな目をしている。
どこまでも、穢れのない。
「ねぇ」
私は天井を見上げながら口を開く。
「リゴールは……これからも私といてくれるのよね?」
重いと思われそう、という不安は振り払い、確認の問いを発した。
「はい。そのつもりですが」
「嫌になったら言って良いのよ」
「そうですね。けど……わたくしは嫌にはならないと思います」
リゴールはそう断言する。
人間誰しも、相手を嫌いになることはあるものだ。訳なんてなくても、感情が変わることはある。
それでも、彼は断言できるというのか。
私には無理だ。
「……随分はっきり言うのね」
「問題ですか?」
「いえ。ただ、少し信じられなかっただけよ。私は、そんなに真っ直ぐ断言できる人間ではないから」
若干嫌みのようだが、これは、嫌みを込めた言葉ではない。
彼の真っ直ぐさを羨ましくは思うけれど。
「でも嬉しいわ。貴方にそう言ってもらえて」
「光栄です」
「それは違うわ。光栄、って言うべきなのは、私の方」
王子に傍にいてもらえるのだから、物語みたいな話だ。
……正しくは『元・王子』だが。
「わたくしはそうは思いませんが……」
「私はそう思うってだけ」
「では、お互い、ということですね」
リゴールの青い双眸を見つめる時、不思議なものが込み上げてくる。
それは、よく分からないもの。
でも決して悪いものではないし、不快なものでもない。
ただ、名称が分からないだけで。
「じゃあ、改めて。これからもよろしくね」
「参りましょう。共に」
ー終ー