コメディ・ライト小説(新)

Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.4 )
日時: 2020/07/22 16:31
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)

 mellow001「 夏は君の匂いがする 」


 
 思い出すのは君が死んだ夏。部屋の温度が三十八度で、そういえば暑いような気がするって思って、背中からじんわり汗が滲み出て、涙も一緒に水分丸ごと全部吐きだした。気持ち悪くなった時には意識はもうなかった。救急車のサイレンが街中にこだまして、私は君と一緒に死ねたらって、この時そんな馬鹿なことを考えた。



 自殺未遂を三回したら親友が驚くくらい怒って私をカフェに呼び出した。当時私は二十一歳で、一週間前に駅の階段から落ちて意識不明で救急車に運ばれたこともあり、体中包帯だらけ、松葉杖を使わないと歩けない状況だった。幸い頭を強く打ってなかったからか、意識の回復も早くそんなに大した怪我にはならなくて、私はとてもショックだった。

「死にたい気持ちはわかるけど、人間はそんな簡単に死ねないの」

 親友の三原あんずは私を見つけるなり、頬を平手打ち。そのあとぎゅうと私の体に抱き着いた。女の子のやわらかい皮膚が布越しに感じられる。あんずについて席に向かうと、すでに一人の男性がソファの奥に腰掛けていた。

「……あんず、あの人だれ」
「……え、ああ、香坂さんっていうの。今日からあんたの彼氏」

 へえ、相槌を打ちながらあんずの言葉の意味が全くわからなくて、私は少し目が泳いでしまう。香坂さん、と呼ばれた青年は私より少し年上っぽくて、落ち着いたイケメンだった。私をじいとみて「こんにちは」と短く彼は挨拶する。私もつられて「こんにちは」と口だけ動かした。

「彼氏っていうか、見張りね。あんたがすぐ死のうとするから、それを止めれられる存在が必要かなって思って。ほんとはあたしがって思ってたんだけど、仕事でちょっとしばらく海外だから無理そうで。で、知り合いの伝手で香坂さんにお願いすることにしたの」
「え、私の意見は通らない感じ?」
「咲良くんが死んでからあんたはおかしい。おかしいの、わかって。私はあんたを失いたくないの、咲良くんが死んでおかしくなるあんたみたいになりたくない」

 ケーキがおいしいお店なのに、午後三時にがっつりハンバーグステーキを食べてる私にあんずは必死に訴えた。香坂さんは何も言わずにただ私の顔を凝視して、珈琲を口に含む。
 ふいに彼を見て思うことは、咲良とは真逆の人間だということ。咲良はこうやって私とあんずと三人で会うときはうるさいくらいに会話に茶々を入れてくるし、珈琲なんて死んでも飲まない。いつもきまってメロンソーダ。

「香坂さんはいいんですか。知らない女の彼氏になるの」
「……別に俺は大丈夫ですよ」

 彼は自然な笑顔でそう言った。
 さらっと伝票を持って行ってレジで会計を済ませていた彼は本当にスマートな大人の男性って感じがしたし、きっと咲良に出会ってなかったら私はこういう人に恋をしていたのだろう。

「篠宮さん、このあと時間ありますか?」

 あんずに隠れて耳打ちしたその声は、低くて少しかすれていて、背中が凍り付きそうなほどぞわぞわした。

「大丈夫、ですけど」

 見上げた香坂さんの表情はさっきみたいに笑っていて、声の雰囲気とは全然違った。腕に大量にできた鳥肌を軽く撫でながら私は彼の後ろをついていく。
 夕焼けが綺麗で、のびた影を踏みつけるように歩いた。見回す風景が見たことのある建物ばかりで、私の心臓は今にもぎゅうと絞り千切られそうだった。

「どうして」

 花を買ったあとに、線香もいりますよねと、香坂さんは私に尋ねてきた。私は上手く言葉が紡げずに、そうですねと返す。彼がどこに行きたいのかすぐにわかった。石の階段をのぼって、お墓の前に手桶に水をくむ。一組の親子連れとすれ違っただけで、あとは誰もいない墓地だった。
 久しぶり、咲良。と心の中で語りかけた時、

「久しぶり、咲良」

 同じ声が、私の耳を侵食した。


 香坂さんは何も言わずに花を交換して、柄杓で水をかけた。線香を取り出して私に持ってて、と手渡すとポケットからライターを取り出して火をつけた。煙はすぐに上にのぼっていく。

「香坂さんって、何者なんですか」


 墓地は怖いとかそいうのじゃなくて、気持ちがうまくコントロールできなくなる不思議な空間だと思う。私の心臓はばくばくと誰にも聞こえないように大きく早く動いていた。

「知りたい?」






 知りたくなかった。君のことなんか。
 むかつくくらいに夏の匂いがする。


 優しくない、私の二度目の夏が、音を立てて動き出した。