コメディ・ライト小説(新)
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.5 )
- 日時: 2020/04/18 22:22
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
香坂飛鷹は自分のことをあまり語らなかった。どうして咲良のことを知っているのか尋ねてみると「仕事関係でちょっとね」とあえてなのか誤魔化すように言葉を濁した。
カメラマンのあんずの知り合いって聞いた時から芸能界に関わりのある人っていうのはわかっていたけれど、咲良のことを知ってっているなんて予想外だった。世の中は案外狭いものだ。
お墓参りが終わった後、墓地の外で香坂さんは「タバコ吸っていい?」と私に聞いてきた。いいですよ、私は歩きながら答える。タバコのにおいはあまり好きじゃなかった。
「恋人って何するものなんですか」
「それを俺に聞くの?」
「わたし、咲良以外の人のこと好きになったことなくて、彼氏とかできたことないんで」
「そんなに可愛いのに?」
「外見だけってよく言われます」
誰から、と笑い交じりに香坂さんが相槌を打つ。香坂さんの足並みは私の合わせてくれているのか少しゆっくりで、大人の余裕が感じられた。
「んん、じゃあ、名前で呼び合うってのは?」
「……私、あなたの下の名前知らないです」
見えていた香坂さんの背中がぴたっと止まって、彼が綺麗に180度回転した。香坂さんの整った顔がこちらをじっと見つめて、唇がゆっくりと動く。
「飛鷹」
呼んでみて、と香坂さんがいった。
「ひ、飛鷹さん」
急に香坂さんの大きな手がこちらに伸びてきて私の後頭部にぽんと置かれた。くすぐるような優しい撫で方で、私の髪がぐしゃぐしゃにされて香坂さんは満面の笑みで「よくでました」と私のことを褒めてくれた。
「じゃあ藍ちゃん、家まで送ってくのもありだけど、初めてあった人に家バレするのも怖いだろうしここでお別れでもいいかな」
「あ、ありがとうございます」
駅までの道のりはあっという間だった。
じゃあ、と軽く手を挙げて飛鷹さんはすぐに振り向いて去っていく。さっきと同じ道を。もしかしてわざわざここまで来てくれたのだろうか。考えても無駄なことばっか頭に浮かんで、好きにもなれないのに頭の中は飛鷹さんのことでいっぱいだった。
□
香坂飛鷹がむかし、lunaticのメンバーだったということを知ったのはその日の夜のことだった。
彼の名前でネット検索をかけたらそれは一瞬の出来事だった。メジャーデビューする前の、ちょうど咲良が高校生の時、出来立てほやほやのころのlunaticのセンター、それが飛鷹さんだった。当時は圧倒的な人気があって、結局メジャーデビューできたのも飛鷹さんのお陰とかなんだとか、調べるだけアンチが沸いていて怖かった。
香坂飛鷹がいなくなったlunaticを誰が応援するんだよ。そういうネットの書き込みがいたるところで見られた。これを咲良は見たのだろうか。
飛鷹さんのいたころのライブの映像がネットに流出していて、わたしはついつい視聴画面に向かってしまった。咲良が消えそうなくらい、ほかのメンバーを食い尽くした飛鷹さんが輝いていて、純粋にすごいって思った。
でも、この話は地雷だと思った。これを飛鷹さんに言っちゃいけない気がした。動画を見終わった後、私の頭からはやっぱり咲良のことはすっぽり抜けてしまっていて、何でか急に申し訳なくなってリストカットをした。流れる血は私の涙で薄まっていく。ああ、こうやって私も咲良のことを忘れていくんだ。私もただのファンと変わらない。馬鹿みたいだ。