コメディ・ライト小説(新)
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.7 )
- 日時: 2020/04/18 22:21
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
飛鷹さんと出会ってから、確かに死にたくなる瞬間が以前に比べて少なくなったような気がする。飛鷹さんはとてもいい人だし、好きって感情を抱かなくても側にいてくれる大人の余裕みたいなのがあって、なんだか心地よかった。
私がどれだけ咲良のことが好きでも、それでも飛鷹さんは何も言わなかった。結局、私は飛鷹さんのことを何も知らないまま、少しずつ心を開いてしまったのだ。
「――アイドルグループ、lunaticが今年いっぱいでの解散を発表しました」
咲良が死んで一か月が経つころには、咲良の居場所はいともあっさりなくなった。テレビではこのことについてどう思いますか、なんてアナウンサーが街頭インタビューに出ていて「自称lunaticのファン」の女たちが「寂しいです」や「咲良くんの死にショックが隠せません」と表情を暗くしていた。本当に余計なお世話だ。咲良の死を忘れたいのに、世間はそれを許してくれないのか。
どうせ、一年後誰も覚えてないくせに。
「ねぇ、私が殺したのかも、しれないのにさ」
パソコンから、デビュー前のlunaticの曲が流れる。センターの飛鷹さんだけが輝いてる、昔のワンマンlunatic。このころの咲良は本当にただの数合わせみたいだった。その映像を何度も何度も繰り返し見てる私は、すごくマゾなんだろう。
□
「あ、またリスカしてる」
「……でもですね、前した時から二週間は経ってるんです。わたし、偉くないですか? 考えてみてください、二週間も耐えれたんです、褒めていいですよ」
「んー、言ってることは絶対おかしいんだけど、まあ、よく頑張りました」
飛鷹さんは私の頭を優しく撫でる。彼のごつごつした掌が好きだ。リスカなんてどうでもいいのに、放っておけばいいのに。咲良のことを思い出すたびに死にたくなる私なんて、早く捨てればいいのに。
優しい飛鷹さんは今日も私のことを見捨てられずに付き合ってくれる。偽りの恋人関係がもう三か月続こうとしていた。
「飛鷹さんって格好いいじゃないですか」
「突然どうしたの、藍ちゃん。とうとうオレの魅力に気づいたかい」
「いや、そうじゃなくて、こんな好青年風に見せかけたイケメンがどうしてフリーなのかなって、世の女はもったいないことをしてるのではないかって思って」
「待って俺は今軽くディスられているのではないだろうか」
飛鷹さんに奢ってもらった特大クレープを食べながら私たちはベンチで話す。秋のはじめ。夏が過ぎ去ってもまだ太陽は元気で、大半の人間は半袖だった。彼がどんな職業をしているのか、何も知らないけれど、平日会うのは決まって十五時ごろで、普通のサラリーマンではないことは明確だった。
「今はね、藍ちゃんと付き合ってるから他に彼女はいないんだよ」
「あ、忘れてました。そういや付き合ってる設定でしたね」
「ははは、やっぱり忘れてるんだ。さすが藍ちゃん、君はそういう子だ」
公園のベンチから見える景色は、小学生の下校の様子で、ランドセルを背負って駆けていく子供が無邪気で少しだけ懐かしく感じた。小学生の頃の咲良はまだ私より小さくて、いつも私の後ろをちょこちょこ追いかけてきて、すごく可愛くて可愛くて。
咲良が死んだ。夏のはじめ。異常気象と言われるほどに暑すぎた夏の日、私が愛した咲良は死んだのだ。
私のせいだ。私のせいで死んだ。咲良は死ななくて良かったのに、私のせいで死んだのだ。
「藍ちゃん?」
頭がふわふわしていた。飛鷹さんの顔が近づいてきてるのだけ認識できて、私がベンチから落ちて地面と対面していたことにはきづけなかった。
いつも通りの日常。会話には咲良のことを思い出すきっかけなんて何一つなかったのに、唐突に脳裏に咲良がいっぱい沸いて、それが消えることはなかった。思い出がすべて脳を侵食していくように、それは吐き気に変わって呼吸がうまくできなくなった。汗が尋常じゃないくらいに湧き出て止まらなくなって、私は飛鷹さんに抱き着いた。「死にたい」と言葉だけははっきり喋れた。
「お願いだから、死なないで」
咲良が死んだ。部屋中にお酒がいっぱいあった。あんまり強くないくせに。成人したばっかで、これからお酒は覚えていく予定なんですって、ずっと今までいい子だったのに。ぐるぐるぐるぐる、頭は咲良と共有した記憶でぐちゃぐちゃになった。飛鷹さんの声がどんどん遠ざかっていく。
飛鷹さんは結局何者なんだろう。知りたくなかった。だって、なんとなくわかってたから。私が思い出さないように必死で彼の存在を忘れようとしていたから、だから飛鷹さんはわざと他人のふりをしていたんだ。気持ち悪い。記憶の欠片がいろんなところに飛び散った。私は、咲良をきっと見殺しにしたんだ。