コメディ・ライト小説(新)

Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.8 )
日時: 2020/04/18 22:22
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)




 湧き出る汗は止まらずに、頭は整理できないくらいの量の「歪な記憶」でごちゃごちゃに掻きまわされた。どうして咲良は死んだんだろう。どうして私は咲良の死を看取ったんだろう。そもそも咲良と私は付き合っていたのか、それとも私の片思い?
 どうしてそんな知っていて当然のことすら私はちゃんと覚えていないのだろうか。

 目が覚めると私はいつのまにか家のベッドで眠っていた。飛鷹さんが家まで送っていってくれたのだろう。化粧もしたままだし、服もデートをした時の格好のまま、それくらいに私は憔悴しきっていたのだ。
 体は鉛を背負ったくらいに重く、足も地面の感覚を忘れたかのようにふらふらと安定しなかった。唐突に気持ち悪くなってしゃがみ込んだときに、ベッドの下に一冊本が落ちているのに気づいた。手を伸ばしてそれを見てみると、それは日記帳のようなものだった。こんなのを書いた記憶はない。パラパラとめくってみたけれど、やっぱりそれは私の記憶にはなくて、でも、それは間違いなく私の字だった。


「○月×日
 今日は咲良に会った。ますます咲良はイケメンになっている。身長が伸びたせいだろうか、またアイドルになりたいなんて夢みたいなことを言っている。そういうちょっと馬鹿なところも嫌いじゃないから困ったものだ」

「○月△日
 咲良が大手のアイドル事務所の書類審査に合格したらしい。嬉しそうにメールで報告してきてくれた。喜んでる顔が浮かぶ。今度お祝いしてあげよう。やっぱり食べ盛りだし焼肉とかがいいかな」

「○月□日
 咲良が合格したらしい。しかももうグループで活動するらしい。早いものだ、先輩にとてもカッコいい人がいるとか言ってた。ライブもするらしいから咲良のことを見に行くついでにその先輩も見てこようかな」


 あれ、おかしい。
 咲良がデビューしたばっかのころの私の日記。こんなの書いた記憶なんてない。
 
「○月▼日
 気になっていた人に告白された。付き合うことになった。咲良もあんずもおめでとうってお祝いしてくれた。すごく嬉しい」





 私の字だった。間違いなく私の字。私は咲良のことが好きだったわけじゃないのか。そもそも付き合うことになったって誰のことだ。
 知らない、私はこんなの知らない。次のページを開くのがただただ怖かった。真実を知るのが怖かっただけなのに。

「○月◆日
 今日は咲良の誕生日。あんずと飛鷹さんと一緒にお祝いした。私の弟もついに十八歳になってしまった。結婚もできちゃうよ。お姉ちゃんは寂しいな」

 風がカーテンを大きく揺らす。汗べったりの気持ち悪い肌。投げ捨てた日記帳。
 どうして誰も何も教えてくれないんだろう。
 どうして私は何も「覚えてない」んだろう。

 咲良が好きだった。恋だったはずだった。それなのに、それさえも「嘘」だなんて。
 私はこれから何を信じればいいのだろう。