コメディ・ライト小説(新)

Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.13 )
日時: 2020/07/22 16:32
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)


「あ、きたきた。遅いよ」

 姉さん、と私を見た瞬間顔をほころばせた咲良がびっくりするくらい可愛くて、ああ天使がとうとう迎えにきてしまったのか、もう寿命なんだなと心の中で死を覚悟した。そのあと我に戻って咲良の表情をみると、ぷっくりと頬をふくらませて「おそい」と腕時計を指さして文句を言っていた。

「ごめん。……でも遅れたのには訳があって、」
「わあああああ久しぶり!! 咲良くん身長伸びた? かっこよくなったね、いや勿論かわいいのは相変わらずだけどさあ」

 私のうしろにいたはずのあんずが私を押しのけて咲良に話しかける。私が話すはずの話題を全部奪っていくあんずに腹立たしくて仕方がなかったけれど、ここで怒って咲良に怖がられるわけにはいかない。
 にっこり笑いながら、咲良とあんずの会話を見守っていると、ようやく私が怒っていることに気づいたあんずがこちらを振り返り、困り顔で「あたし、やっちゃった?」と一言。私は無言で首を縦に振った。
 
「ははっ、あんずさんは相変わら姉さんと仲良しなんだね」
「そうなんだよ、めちゃくちゃ仲良しなんだよお。今日もね、私が咲良くんに会いたいって言ったら一緒に行こうって誘ってくれて」

 いや、勝手についてきたくせに。私はため息交じりに「お茶でもする?」と近くのカフェに誘った。
 小春日和といってもいいほど、穏やかで暖かな天気。アクリル絵の具で塗りつぶされたような綺麗な青色の空が少しずつ赤く染まっていく。
 咲良が「やった」と可愛く喜んだので、あんずがついてくるといったのもギリギリ我慢できた。





「咲良はもう小学六年生だっけ?」
「そうだよ。もうあと一年で俺も中学生だよ」

 まだ先の話だけどさ、と咲良が嬉しそうにへらっと笑った。さっきあんずも言ってたけれど、半年前よりグンと身長が伸びたきがする。顔は昔から綺麗に整っていたし、正直あの話は無理だろうなと思うけれど、私はそれを上手く咲良に伝えることができなかった。

「だからさ、姉さん。俺、絶対早いほうがいいと思うんだ」
「でも、」

 メロンソーダをストローで飲み干した咲良はごそごそとランドセルを漁って茶色の封筒に入った資料を机の上に出す。中にはアイドル事務所の書類審査への申込書がいくつか揃っていて、ご丁寧に事務所のホームページのコピーだったりパンフレットだったりが全部準備されていた。
 咲良の意思が変わらないことはわかったけれど、私は夢を追うことが彼の幸せにつながるとはどうしても思えなかった。

「父さんもダメだっていうんだ。俺は夢に向かって挑戦することすら許されないの? こどもだから?」
 
 咲良のうるうるとした瞳に陥落してしまいそうになる、私の心は軽すぎる。軽率に「応援するよ」なんて言ってはいけないと思って、私は唇を思いきり噛んだ。
 隣で抹茶パフェを頬張っていたあんずはこちらをちらっと見たけれど、この話に関してはノータッチみたいだ。さっきみたいにうざい絡み方はしてこないし、これは家族の問題だと彼女は一歩身を引いてるんだと思う。

「母さんがいないから……」

 ぼそっと言った一言に背筋が一気に凍り付いた。まだ小学生の咲良にこんなことを言わせたくなかった。
 夢を追えないのは両親の離婚のせいなのか。そんなの私だってわからない。両親がそろっていたらお金の心配もなく、きっとお父さんもお母さんも咲良の夢を応援できたのかもしれない。でも、そんなのわかんない。だって、これが現実だから。今にも泣きそうになる咲良に私は何も言えなくて、もどかしくて、彼の顔がちゃんと見れなくてずっと俯いたままだった。

 咲良がアイドルになりたい、と言ったのは本当に小さなころからだった。
 両親が離婚する前。近所のお祭りで当時デビューしたばかりのアイドルがライブをやっていて、それがあまりにキラキラしててかっこよかったから。咲良はあの日からずっとアイドルに憧れている。当時のあのアイドルは今やテレビドラマの主題歌をつとめるくらいに人気になって、ファンクラブに入っていてもなかなか当たらない。ここ二年くらいはライブに行けてないや。

「……私が高校生になるまで、待ってくれないかな?」
「……え?」
「私が高校は入ったらバイト死ぬほど頑張って、咲良が事務所に入った時にいるお金とか全部稼ぐから」
「……姉さん」
「あと二年、ちょっとっていうか咲良にとったら結構長いかもだけど、もうちょっと我慢してほしい。そしたら審査書類一緒に送ってみよ。きっとなれるよ」

 咲良の驚く顔と、ゆっくり希望を見いだせたのか綻んでいく表情に、私はあの日決意したのだ。
 氷の解け切った薄いアイスコーヒーを勢いよく飲み干して私は席を立った。窓の外は夕焼けが綺麗で、もうそろそろお父さんが迎えに来る時間に迫ってきていた。
 ありがと、と短く呟いた咲良の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、私は優しく「帰ろっか」と伝票をとってレジに向かった。