コメディ・ライト小説(新)

Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.14 )
日時: 2020/07/09 23:37
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)

「久しぶり、藍」

 咲良を迎えに来た父親が少し困ったような顔をしながら私に微笑みかけた。大きくなったな、と彼はへらっと笑って見せたけど、気まずそうなその表情を見るのが嫌で私は咲良にバイバイを言ってその場を離れた。
 あんずが足早に私を追ってきて、どうしたの、と問いかけた。私は振り返ることなく「うしろ」とあんずに囁く。彼女はなあにと視線だけ後方に向けるとすぐに気づいたのか「そういうことか」と小さく呟いて私の手をぎゅっと握った。

「待って、なに」
「いやあ、藍ちゃんがちょっと寂しそうだったから。ほら」
「なにが、ほら、なのかわかんないんだけど。ちょっと離してよ」

 握られたてを振りほどくとあんずがぷくっと頬を膨らませて拗ねた。
 
「あれ、新しいお母さんだったりするのかな。咲良くんの」
「さあ。まだ再婚したとかそういうの聞いてないから」

 私もちらっと後ろを確認する。綺麗な若い女性が、咲良と父親と一緒に笑っている。父親の早く私に帰ってほしいと言わんばかりの表情は正直むかついたし、離婚してすぐに新しい女をつくるあたり、さすが不倫して離婚にもっていった大馬鹿親だと思った。
 咲良の表情は笑顔だった。無理やり目尻を下げて口角をあげている、作られた笑顔。父親が笑うとつられて声を出して笑う。それが一番正しいと思い込んでいるから。

「気持ちが悪い」

 あんずが自動販売機でジュースを買いたいと立ち止まって、カバンから財布を取り出した。小銭を入れてジュースを二本買ったあんずは、一本を私に押し付けて「元気出せ」と背中をばしんと叩く。
 私はあの状況で無理に笑顔をつくる咲良を見るのが死ぬほど嫌だった。助けてあげられない私の無能さを実感するから。あんずにもらったジュースの缶を開けて一気に飲み干す。ごくんごくんと喉を鳴らして、残らず全部の飲み切って近くのごみ箱に放り投げた。宙を舞ったジュースの缶が綺麗にごみ箱にシュートされたけれど、心の中のモヤモヤが浄化されることはなかった。

「私は咲良をあのクソ男から救ってあげられないから。だから、その代わりに、できることがあるなら何でもしてあげたいの」
「……うん」
「私はお姉ちゃんなのに」


 お姉ちゃんだから、と言おうとしたのに言葉がおかしくなった。
 あんずがジュースを飲み干して、ごみ箱の中に丁寧に捨てる。

「早く大人になりたい」
「そうだね」

 相槌を打つあんずの表情は夕日の日差しが強くて良く見えなかった。帰り道、昨日見たテレビの話とか、面白くなかった今日の英語の授業の話とか、今日出た課題の話だとか、しょうもない話をしながら帰路につく。
 またね、と言うとあんずは「うん」と笑った。何も聞かずに彼女は相槌を打ってくれるから、心地がいい。鬱陶しいくらいに構ってきて、そっと私に寄り添ってくれる親友が思ったより悪くないなとこの日、ほんのちょとだけそう思った。