コメディ・ライト小説(新)
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.15 )
- 日時: 2020/07/19 20:42
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: AdHCgzqg)
mellow003「 忘れないで、夏の嘘 」
高校生になると同時にバイトを始めた。いくつか掛け持ちして、学校以外の時間はほとんどすべて働いた。咲良のためだと思うと頑張れた。
放課後も、土日も、必死に働いてお金を貯めた。高校が別になってもあんずは時々連絡をくれて、私のシフトの入れ方を心配していたけど、大丈夫だよと私は押し切って働き続けた。だって全部咲良のためだもん。なにを犠牲にしても私は弟との約束を守りたかった。
親の扶養に入ってたから稼げる金額に制限はあったけれど、一年で百万円貯めた。
咲良が中学三年生になる頃、念願だった大手のアイドル事務所に合格した。嬉しくて涙が出るくらい喜んで、お祝いに一緒に焼き肉に行った。身長はまたぐんと伸びていて、愛らしい笑顔で私にお礼を言った。「ありがとう、姉さん」この時思った。ああ私はこの顔が見たかったんだ。咲良の、この表情が見たかった。
親の離婚が決まったとき、不安そうにこちらをじいと見ていた咲良のあの瞳が脳裏にこびりついて離れなかった。必死にかぶりを振って忘れようとしても忘れられなかった、涙をぐっとこらえたあの瞳。もうどうしようもない、分かっていても当時咲良はまだ十歳になる前だった。助けを求める彼の瞳に、私はごめんとしか言えなくて、自分の不甲斐無さを呪った。子供の立場をあの時ほど恨んだことはない。
咲良のためなら何でもできた。あの日のことを思い出せばだすほど、私は咲良への愛を拗らせていく。咲良の幸せのためなら、どうなってもいい。それはとても、歪んでいた。
□
「目、覚めた?」
頭がガンガンする。吐き気が酷くて、焦点が合わず視界がぼやける。
空腹状態なのか、ただ脳に酸素が回ってないだけなのか、身体が思ったように動かせない。聞き慣れた声ですぐにわかった。私のことを心配そうに見つめる正体があんずだと。彼女は鞄を漁って私に経口補水液を無理やり飲ませた。美味しくなかったけれど、少しだけ呼吸が楽になった。
「汗びっしょりじゃん。ってか、こんなに暑いのにどうして冷房つけてないの」
あんずの声は怒っていて、カーペットの上に落ちていたリモコンをとってすぐにエアコンをつけた。冷たい風が流れていて、ようやく私は自分の状態を理解した。
「怒ってるの、分かってる?」
「……うん」
「飛鷹さんが連絡くれたから良かったけど、このままじゃ死んでた」
震える彼女の声に、どれだけの怒りがこもっていたのか。
私の口からは自然とごめんと謝罪の言葉が出てきた。
「いいからシャワー浴びて来て」
あんずの言う通りに私はお風呂場に向かってシャワーを浴びた。気持ちの悪い汗を全部洗い流して、思い出していく歪な記憶を振り払うようにかぶりを振った。
思い出せたのは咲良は私の弟だったってことだけ。じゃあどうして私はこんな勘違いをしていたのだろう。どうして、誰も言ってくれなかったんだろう。
あんずも、そして咲良も。
私の記憶がおかしいことを分かった上で、訂正せずに嘘をつき続けていたってことだ。
何を信じればいいのか、私は余計に分からなくなった。
シャワーを浴びた後、スマホを見ると何度も飛鷹さんから着信があった。
「ねえ、飛鷹さんは一体だれ、」
思い出せないのはどうしてだろう、誰も教えてくれないのはどうしてだろう。
咲良は何で死んだの。私は何で記憶を失ったままなの。