コメディ・ライト小説(新)

Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.16 )
日時: 2020/07/22 01:47
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)

 お風呂からあがって戻ると、あんずが散らかった部屋を片付けてくれていた。エアコンの冷えた風が室内の温度を下げていて、とても気持ちがいい。あんずは私の顔をみるなり大きなため息をついて、目の前の座布団に座るように促した。

「私が悪かったのかもしれない」

 あんずが開口一番、怒ったようにそう言った。意味が分からなくて私は思わず黙りこくってしまって、あんずのじっとこちらを睨むような目つきに肩が震えた。

「ずるかったんだ、きっと。全部さ、藍のためだって自分に言い聞かせてた」
「……話の流れが全く分からないんだけど」
「藍がどうして何も覚えてないのかって話だよ」

 途切れ途切れの、不思議な記憶。どうして覚えてないのか、そしてどうして記憶の上塗りがされているのか。今思えばわかることだ。
 嘘を吹き込んだのはきっと、

「ごめんね。ごめんね」








 どこから間違ってるんだろう。どこから嘘で塗り固められたのだろう。
 私の咲良への感情がどこから間違っていたんだろう。





 ■




「面倒くさい女だなって思っちゃった」
 




 二年前のあの言葉が忘れられない。あのときどう返答していれば正解だったのか、いまだに出るはずのない答えを探している。
 当時私は就職したばかりで忙しくて、先輩についていくことに必死で、でも人生とっても充実していて、ひたすらに楽しくて。
 幸せが、きっと私の感覚を鈍らせた。



 親友に彼氏ができた話を聞いたとき、私はとても嬉しかった。過去にいろいろ苦労をしていた子だったから、やっと誰かに愛される喜びを知れるんだなと感慨深くて、きっと親目線になってたんだろう。たまにしてくれる恋バナがとても可愛くて、どうか幸せになってくれと縁結びの神社に行ってお守りを買って渡したぐらいだ。

 私も私で短大を卒業後にやりたかた職につくことができて、何かと忙しい日々を過ごしていた。最初のころはほぼ雑用みたいな仕事ばっかで、上手くいかなくてミスもたくさんしたけれど、少しずつ仕事を覚えて、いつかもっとすごい仕事をしてやるという野心だけはどんどん大きくなっていった。
 その日は蝉のうるさい夏の日だった。休憩中に珍しく親友から電話がかかってきて、何かあったのかと思って電話を取った。
 

「あんず、ごめんね。いま、時間って大丈夫?」
「……ん。休憩中だからちょっとだけなら大丈夫だよ。どうかした」
「あのね、ちょっと飛鷹さんと上手くいってなくて」
「うん」
「お仕事でずっと忙しいのか連絡もなかなか返ってこないんだよね」
「そうだんだ。でも、最近テレビでちょくちょく見るよになったよね。こんどドラマとかにもちょこっと出るんだって聞いたし、それが落ち着いたら会えるんじゃない?」
「うん、そうだよね」

 初めての恋でよくわかんないんだ。藍の声がいつもより低くて震えていたことに、あとになって気づいた。
 しばらくの沈黙の後に彼女はぼそっと呟いた、その言葉がどうしても忘れられない。
「私って、なんだか面倒くさい女だなって思っちゃった」少し笑ってるのか歪な声で、電波が悪いのかなと思って「もしもし?」と聞き返したけれど返答はなくて、いつの間にか電話は切れていた。ツーツーと無機質な音が私の耳元で響いて、スマホを耳から離すと同時に先輩から次の仕事で呼ばれて、私は「すぐに行きます」とこの違和感に気づかないまま走り出していた。

 数時間後、仕事が終わってスマホを確認すると数十件もの着信とメッセージが届いていてすぐ目に入ったのは咲良くんの「気づいたら連絡ください」という通知。
 電話をかけると、呼び出し音が一回なってすぐに「あんずさんっ」と焦ったような声で咲良くんの声が聞こえた。よくわからないまま「どうしたの?」と聞くと、彼は泣きそうな声で言ったんだ。


 姉さんが事故にあったんだ、って。