コメディ・ライト小説(新)

Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.18 )
日時: 2020/07/29 16:21
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)



 自分がこんなにも性格が悪いとは思っていなかった。
 自分のエゴで人を傷つけることを躊躇わなかった。そうしないと自分が自分でいられなくなる気がした。これはきっと反動だ。今までずっと我慢してきたことが、一気に弾けてしまったのだと思う。


「それって、藍と別れてほしいってこと、なのかな」
「……」

 香坂さんが藍の頬を優しく撫でながら、私に問いかけた。私はうんともすんとも言えずに、ぎゅっと拳を強く握りしめた。

「俺と別れたら、藍は幸せになれると思うんだね、君は」

 冷たい声だった。心臓を一突き。
 香坂さんの顔を見ることができなくて、私はぐっと視線を地面に向けた。
 病室の独特のにおいが気持ち悪くて、言い返す言葉も見つからなくて、爪は掌にどんどん食い込んでいく。

「そうだね。そのほうがいいのかもしれない」

 香坂さんがぼそっと何かを呟いたときに、病室のドアが開いた。ふと顔をあげると、そこには咲良くんがいて私を見るなりにこりと笑った。

「あ、来てくれてたんですね、あんずさんっ」
「……咲良、くん」

 昔と変わらないあどけない笑顔。高校三年生になって身長もあの頃よりずっと伸びて大人っぽくなった。テレビで見る回数も増えて、もう今では人気アイドルの彼が、私の前ではただの親友の弟としての顔を見せてくれる。私も笑おうと口元に力を入れるけれどうまく笑えなかった。

「……藍の記憶っていまぐちゃぐちゃなの?」
「ああ、名前はなんとなく憶えてるみたいなんだけど、どういう関係性だったかとかが思い出せないんだって。俺もまだ直接話してないからどうかはわからないんだけど」

 ピンと、何かが閃いてしまった。絶対に考えてはいけないこと。
 親友に嘘をつくことになってしまうから。親友を裏切ってしまうことになるから。だけど、私にはそれしか方法がなかった。藍からこの男をどうしても引き離したかった。だって、きっと彼といると藍は普通の女の子になってしまうから。弱くて脆い、愛に一喜一憂する彼女が言った「面倒くさい女」に。


「藍の彼氏は咲良ってことにしてくれないかな」






 □



 記憶の上塗り。チャンスは今しかなかった。
 あいにく咲良くんは藍と苗字が違うし、記憶が曖昧ないま無理やり「咲良が付き合っていた彼氏」と思い込ませればいい。
 ズルだった。だけど、藍がまた死のうとしないために、私ができる最大限のことはしないといけないと思った。


「それって、飛鷹さんのことはどうなるの?」
「別れてもらうよ、そりゃ。藍をここまで悩ませたんだから、私は許さない」
「でも、これって姉さんの思い込みなんでしょ。お互いまだ相思相愛で、もう一度姉さんが記憶を戻したらうまくいくかもしれないじゃん」
「そんなのもう遅いの!!」


 目を大きく見開いた咲良くんは、悲しそうな顔で香坂さんのほうを見た。「それでいいんですか?」咲良くんの問いかけに香坂さんは黙って頷く。「仕方ないよね」と、たった一言。


 結局それくらいの感情だったんだ、この男は。
 呆れてしまった、正直。この男には藍の恋人になる価値もない、と。

「じゃあ、俺は明日朝から仕事だから」


 病室を出ていった香坂さんの表情はあまりよく見えなかった。
 残された咲良くんは、どうすればいいのかわかんないという風に泣きそうな顔をして、でも腹は括ってくれたのだろう。


「姉さんが生きてくれるなら、そっちのほうがいいのかもしれない」


 何が正しい選択化はわからなかった。私も、咲良くんも。
 でも、また同じ道を辿れば藍が死を選ぶのはなんとなく想像がついた。あの子には百かゼロしかないから。失うときは一気に全部を失ってしまう。だから、私が助けなければいけない、私は彼女の寝顔を見ながら誓った。次はこんな風にさせないと。


 うまく嘘をついてコントロールをしたつもりだった。
 案の定、藍は私と咲良くんの嘘を信じてくれたし、もともとブラコンだった記憶が弟から恋人に変わっただけだったから違和感がなかったのかもしれない。
 だけど、一つだけ上手くいかなかった。





 そのあと、一か月もしないうちに香坂飛鷹はlunaticを脱退したのだ。