コメディ・ライト小説(新)

Re: ヒロイン(笑)になりまして ( No.4 )
日時: 2019/09/08 23:48
名前: RINO (ID: MK64GlZa)

「……どこだ、ここ……!?」

 さっきまで、確かに家の前でおばさんと話していたというのに。
 目の前にあるのは、汚れの見当たらない純白の校舎。ゴミひとつ落ちていないし、春らしいこじんまりとした花が咲き乱れ、小鳥はさえずり生徒たちは楽しそうに談笑している。

 トオルの通っている西山高校とはえらい違いだった。
 きらきらしいオーラに気圧され、ふらりとよろめく。

「おっと」

 その瞬間、爽やかな柑橘系の香りが鼻孔をくすぐった。

「平気? 怪我してない?」

 背中に暖かな感触。
 どうやら、よろめいたトオルを誰かが支えてくれたようだ。

「ありがとう……ございます」

 慌てて離れ、支えてくれた男を見る。
 長い間男とくっつく趣味はない。
 すらりとした長身。つくところにはついている筋肉。整った顔には女子の好きそうな爽やかな笑みが張り付いていた。
 誰がどう見ても爽やか好青年だ。

「君、見ない顔だね。転校生だろ?」

 ……見ない顔って。

「生徒全員の顔を把握してるんスか?」

 ここで絶対にモテモテなタイプに反発してしまうのが非モテの悲しいところだ。
 なんとなく感じる威圧感に、自然と敬語になりながら言うと、相手は目をしばたたかせた。

「そうだね。顔と名前くらいは把握しないといけないだろ?」

 ……なんなんだ、この男は。

「えーっと、確か君の名前は夜空ミクちゃん……だっけ」

 違う。
 両親から、神楽トオルという名前をもらっているのだ。
 しかも、男子にちゃんづけって何だ。いくら女顔でも、ちゃんと見れば肩幅も女子より大きいし、背も女子よりは高い。すかさず否定しようとして、さっきから足がすーすーすることに気づいた。

 とてつもない嫌な予感がする。
 怖々と下を見ると、案の定スカートをはいていた。

(もしかして、俺女子になってる……?)

 それもある種の男の夢。
 ドキドキしながらもそっと胸を触る。
 ちゃんと男の胸だった。そもそも、ムスコが存在を主張してきているので女子になっているわけではないようだ。

 沈黙を肯定と受け取ったか。

 男は、軽く落胆していたトオルの手を取り、恐ろしくなるほど自然に繋いだ。

「……な」

 男と手を繋ぐ趣味は勿論ない。
 振りほどこうとしたが、彼は笑みで威圧してきた。
 ……怖い。

 どうして、手を繋ぐことを拒否するだけで殺気を飛ばしてくるんだ。

「すまない、こちらから名乗るべきだったな。俺の名前は月城ミユキ。一応、ここの生徒会長をやっている」

Re: ヒロイン(笑)になりまして ( No.5 )
日時: 2019/09/09 07:49
名前: RINO (ID: MK64GlZa)

 月城ミユキ。
 夜空ミク。

 名前が、繋がる。ハッとして、校門に書かれた校名を確認した。
 ーー私立、月城学園ーー。

 つまり。

「ここは、『月城学園物語』の中ってことか……!?」

 どうして、ここにいるのかなんてわからない。
 けれども、これだけははっきりとわかった。
 ここは『月城学園物語』の中で、自分はその主人公ヒロインの夜空ミクになってしまっているということ。

「物語……? 物語ではないが、月城学園の前にいるのは確かだぞ」

 ミユキの声が現実に引き戻す。
 慌てて覚えている限りの『月城学園物語』について思い出そうとするも、もっとよく読んでおけばよかったと悔やみたくなるほど覚えていなかった。
 それについてはまた後に記憶を探るとして、問題は。

 月城ミユキ。
 彼の情報をできるだけ思い出すこと。
 名字からも関連性が予想できると思うが、彼はここ月城学園の理事長の息子だ。お金持ちな上に文武両道、眉目秀麗。一年生にして生徒会長という役職につき、二年生になった今も、二年連続でその職務をこなしている。
 
 まごうことなき完璧青年。

 憎たらしいほど女性にモテる彼をそれほど睨まなかったのは、小説の中の登場人物だからで、こうして目の前にモテ要素の塊みたいな男がいたら、そりゃ殺気も飛ばす。

 ミユキについて思い出したことで、余計に憎たらしさが増した。

 その、トオルの殺気を感じたのか。
 ミユキは一人、軽く肩をすくめた。

「……どうしたんだ? 俺、嫌われるようなことしたかな? もし、気分を害したのなら謝るよ」

 ……このまま、嫌いだからといって殺気を飛ばすだけでは話がすすまない。
 そう自分を説得した。
 思い出したことで良いことがひとつあるとすれば、それは同じ学年だということだ。敬語はいらない。

「いや、ちょっと聞きたいんだけどさ」
 
 話の流れを完璧に無視しながら、精一杯の愛想笑いを浮かべる。

「この制服、男子用のものに代えてもらうことってできるか?」

 いつまでも足のすーすーするものをはいていて、万が一強風でも吹いたら自分は勿論、周囲まで可哀想なことになる。誰が好き好んで野郎のスカートの中身を見るか。
 周囲の心の平和のためにも、制服を代えるのは必須だった。

「……わかった。ついてきて」

 ついてきてもなにも、手はさっきから繋ぎっぱなしなのだが、ミユキはトオルの手をひき、校内に入っていった。