コメディ・ライト小説(新)
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.32 )
- 日時: 2020/02/12 01:51
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: m9ehVpjx)
「――いやぁあんな初々しい勇者を見ることなんぞなかなかないだろうなぁ」
「まぁそんなところがかわいらしいじゃないですかぁ」
勇者と人間の少年――カナメが二人でぎこちなく話しているその数歩後ろを歩く俺たちという奇妙な構造が出来上がっていた。
機嫌がいいルカは珍しく楽しそうに穂積と話し、「帰ったら千代様やミラにも話さなきゃ!」と意気込んですらいた。
「‥これ収集つかなくなったらどうするんだ」
「収集?別につかなくなってもいいだろう」
「は?」
「勇者とあの人間の少年が無事恋仲になろうとそうでなかろうと俺たちには何の不都合もない。それどころか恋の素晴らしさに気づき『魔王退治』なんて物騒なものをやめるかも」
「‥‥」
「お前にとってもいいことだと思うが?」
確かに、そうなればこちら側としても願ったりかなったりではある、が。
「――その程度で魔王退治(笑)をやめるのなら兄さんに何度もコテンパンにされたところで自分の村に帰るだろう」
「果たしてそうだろうか?」
「え?」
「恋、とは時に己を狂わせるものだと聞く。魔王にコテンパンにされでもへこたれなかったが恋をして愛を知ると気が変わる、かも――」
まるで何かを確かめるように顔を覗き込む。
「それに、」
穂積が指をさした先にはだいぶ打ち解けたのか時折笑顔を見せる勇者がいた。
「同じ種族同士、お似合いだと思うが」
そう言う穂積の顔は少し優しい顔をしていた。
「――あなたもそのようなことを考えるんですね」
「そりゃぁ、弊害や障害は多いより少ない方がいい」
「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて―」
「まぁとにかく、見守っていこうじゃぁないか」
そしていつもの穂積に戻っていた。
◇◇◇
「どうだ?勇者殿。少年との恋は芽生えそうか?」
休憩と称して近くのベンチに腰掛け、カナメは勇者のために飲み物を買いに行っていた。
「あの人間も中々健気じゃないか。わざわざ勇者のために飲み物を買いに行くなんて」
「‥あたしは止めたんだけど‥」
「まぁまぁ。そういう好意は素直に受け取っておこうよ~」
穂積とルカはここぞとばかりに質問を繰り返し、さらに勇者を困らせていた。
「今のあたしにはそんな恋とか‥そんなことをしている時間はないと思うしっ……」
「えぇもったいない。一度付き合ってみれば気持ちが変わるかもよ?」
「‥なら放っておけばいいでしょう」
「え?」
「こんなもの、子どもの頃のませた幻想のようなものでしょう。たまたまあの時あの場にいて、たまたまあの泥棒退治を見て、たまたまそれが勇者だったというだけの話です。もしあの時それが勇者じゃなかったらきっと別の人間を好きになっていたでしょう。たまたま格好良く映って見えただとか、いわば憧れにも似た感情です。しばらく放っておけば時期に――」
「それはできない」
「え‥?」
勇者がまっすぐ、俺の目を見る。
「―――たとえそうだとしても‥たまたま、だったとしてもあたしはその気持ちには誠意をもって応えたい」
そういった勇者になぜだか後ろめたさを感じて
「――付き合うんですか?」
思わずこんなことを聞いてしまう。
「え?」
「付き合うんですか?あの人間の少年と」
「あぁ‥いや‥今のところ付き合うつもりはない‥」
そういって申し訳なさそうにうつむいた。
「‥そうですか」
「うん。だから、きちんと断ってくる」
力強く握った手には覚悟が見え隠れする。
「―――‥、」
そうだ。
この人は、いつだって誰かの気持ちに誠実だ。
「‥勇、」
「おまたせ」
「あっ、カナメ」
顔をあげた先に飲み物を持ったカナメがいた。
「ありがとう」
「‥別に、これくらい‥あんたたちは良かったのかよ」
「いえいえお気になさらず!」
すかさずルカが答える。
裏表のない、少し不器用だけどまっすぐな人間だと思う。思うのだけれど―――
「――‥、」
「浮かない顔をしているなぁ宮司殿」
「‥何がです」
「おぉ怖い。そんな喧嘩腰になるなよ宮司」
まるですべてを見透かしたようなその顔が嫌いだ。
「‥‥認めたくはないが、勇者のおかげで人間にも様々な種類がいるとわかってよかったとは思う」
「だが『わかってよかった』という顔ではなさそうだ」
「何が言いたい‥‥?」
再び歩き出し、相変わらず楽しそうに話す勇者たちに今度はルカも加わり、穏やかに時間が流れていく。
「とどのつまり、宮司殿も少しずつ変わっていっているなぁとしみじみと感じているということだよ」
「……」
数メートル先では相変わらず楽しそうに話をしている勇者たち。
「楽しそうに話をしているじゃないか」
「そうですね」
「きっとあの人間は、いい人間だ」
「‥‥そうかもしれませんね」
「たとえそれが一時の感情だったとしても、誰かを想い、慕うというのは素晴らしいことだと思う」
「‥そう、ですね」
何か言いたそうな顔をしていたが気づかないフリをした。
「―――、」
気づかないフリをした、から
「もうそろそろ帰らなければ」
なぜかもやつくこの胸もこの思考も、考えないフリをしなければ、とどこかで考えている自分がいた。