コメディ・ライト小説(新)

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.53 )
日時: 2020/06/22 20:58
名前: 猫まんまステーキ (ID: m9ehVpjx)


 哀れなおとこの話をしよう。あまりにも皮肉で、滑稽な話だ。


 Episode14『とある男と友のうた』




 かつてその村のはずれには神がいた。

 その神は子宝の神やら豊作の神やら恋愛の神やら―‥あぁ、病が治るようにと願っている奴もいたもんだ。
 とにかくその神は人々から毎日祈願され、供物が置かれ、大切にされていた。

 

 ―――だがそれは、かつての話だ。


 村は次第に廃れ、それを表すかのようにその男の祠も廃れ、供物を置く者も祈願する者も誰もいなくなってしまった。
 それでも男は動じなかった。

 祠の目の前には名も知らない綺麗な花が咲き、男はその花が咲くのを楽しみに毎日のらりくらりと過ごしていた。

  男は人間が好きだった。いつも変わる様々な姿は見ていて飽きない。

 だから、まぁ、その人間が毎日見れなくなるというのは、少しだけ寂しさを感じてしまうのだが。

 不老ではあるが不死ではない男は、人から忘れられた時、自分もまた死んでしまうとぼんやりと理解はしていたが恐怖を感じることもなかった。
 
 そんなある日。

 「――よぉ、そこの若ぇ兄ちゃん。ちょっと話し相手になってくれないか」
 「……はぁ?」

 一人の人間が現れた。


 「……っと、なんだ、お前なんだか独特な空気を纏っているな」
 「当たり前だ。俺はこの祠の主だ」
 「というとお前は神か何かか?」
 「そうだ」
 「アッハッハッハ!!おもしれぇ!」

 その男は大口を開けて笑う。久しぶりに会う人間だというのに嬉しさよりも戸惑いが勝った。


 「何の神だ」
 「‥‥さぁな。人間たちからは子宝とか家内安全だとか‥恋愛成就や豊作、病状回復なんかも願われた。だが今は忘れ去られた概念だけの存在だ」
 「ほう、なかなか面白い。では神よ、ここで一つ俺の話を聞いてくれないか」
 「―――まぁ聞くだけならきいてやる」
 「ところでお前、名前はあるのか」
 「……穂積」
 「ほづみ?」
 「そうだ。稲穂が積めるほどの豊作を、という願いを込めた人間が勝手にそう名付けた。恩恵が施されますように、だそうだ」
 「なんだか随分他人事のように話すんだなぁ」
 「所詮人間が付けた名前だ。呼び名などどうでもよい」
 「そういうものなのか」
 「ああ、そうだとも。‥―俺の方こそ知りたい。なぜおまえはこうも俺に話しかける?」
 「そこにお前がいたからさ」
 「普通の人間には俺の事が見えない。もし見えたとしても俺を恐れ、畏怖の念すら抱く。とても話しかけようと思わないだろう」
 「さあ、なんでだろうなぁ‥俺はただ、話し相手が欲しかっただけだ」
 「さてはお前、ただの人間ではないな?」 
 「神にそう言ってもらえるなんて光栄だ。だがしかし残念ながら俺はただの人間だよ‥じゃあ少しだけ‘名も知らぬただの人間’の話に付き合ってくれよ」


 男は祠の横にゆっくり腰掛け、ぽつりぽつりと話し出した。



 「‥‥‥‥流行り病だった」
 「……」
 「妻と、子どもがいたんだ。愛していたんだ。だが村でな、病が流行って‥あっけなく死んでったよ」
 「……」
 「薬があればもしかしたら、なんて今でも考えてしまう」
 「だが薬はなかったのだろう?」
 「そうだな。うん、そうだ」
 「俺のところにも毎日祈る者がいた。そいつもきっとその病とやらで死んでったのだろうが」
 「病で人が次々と死んでいき、村からも人が離れ、あの村は時期になくなるだろう」
 「――お前は?」
 「俺は‥そうだなぁ、どうしようか。だが未だにあいつらが居た空間が愛おしくて、時間が愛おしくて、日々が愛おしくて、離れられない」
 「……理解ができんな。俺は今まで何かに対して人間のいう『愛しい』という感情を抱いたことがない」
 「それは寂しいなぁ。そんなお前の生き方も一興だとは思うが――つまらないとおもったことはないのか」
 「ないな。毎日多種多様な人間の姿をみるのは楽しかった。強いてあげるなら人間は嫌いではない。むしろ好きだ。だが『愛おしい』と感じたことはない」 
 「それはおもしろい。愛を知らない神が恋愛成就も担っていたなんてな」

 それが面白かったのか男は少し笑った。



 それからその男は毎日のように現れた。

 ある時は村で見つけた犬の話、またある時は村人の話をしていたその姿は見ていて飽きない。
 音楽が好きだと話すその男は様々な楽器を持ってきては神に聞かせ、自らも歌って楽しんでいた。

 「なぁ穂積よ。お前はサクラが好きなのか?」

 ある日いつものように男が歌う歌に耳を傾けているとそんなことを口にした。
 
 「――――‥サクラ?」
 聞きなれない単語を口にすると男はああ、と指をさす。


 「サクラ―――‥目の前にあるその木のことだ。なんだお前、知らないのか」
 「‥知らない。気づいたらこの木は、この花はあった。名前も知らないし人間たちも口にしているのを見たことがない。ただ‥この花を見ている時の人間の顔はなかなか面白かった」

 思わず足を止め、上を見上げ、はっと息をのむ。

 その花に見とれている姿に自分の事を褒められているような気がして気分が良かった。まるで自分のものかのように感じたそれはいつの間にかその神の中で存在が大きくなっていたことも事実だ。


 「その木を見ているお前の顔が、愛おしいものを見るかのような目をしていた」
 「俺が……?」
 「ああ。気づかなかったのか?」


 男がいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


 「サクラ……、」

 口にするとなぜか急に胸のあたりがじんわりと温かくなって、もう一度花を見上げる。

 「サクラ、というのだな。この花は」
 「そうだ。この時期に咲く、花だ。妻や子がこの花が好きだった。気づいたら俺も好きになっていた」
 「……俺もこの花が好きだ」

 花びらが舞い、他愛もない話を隣で聞きながら、男が奏でる楽器に耳を傾ける。

 気づいたら友となっていたその関係に心地よさを感じながら、月日が流れた。






 それはあまりにも幸福な時間だった。