コメディ・ライト小説(新)

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.55 )
日時: 2020/06/15 23:58
名前: 猫まんまステーキ (ID: m9ehVpjx)



 また、村で流行り病がでているらしい。

 そういって彼は力なく笑った。

 「―――廃れていると言っても過言ではないお前の村でまだ病が流行るほど人がいたのか」
 「ひどい言い方だなぁ‥なんでも、その病は全身にあざのような跡ができて徐々に体をむしばんでいくらしい。呼吸器にも影響がでる」
 
 そう言いながら彼は腕を見せた。

 「―――‥かくいう俺も、どうやらかかってしまったようだ」
 腕全体に広がっているあざと、冗談のように話すこの状況が信じられなくて、思わず呼吸をするのを忘れてしまいそうになった。


 「……やっと、あいつらのもとへ行けるのかもなぁ」
 なんていう彼の顔は幸せそうで。

 「……ごめんな」

 対照的に俺へ見せる顔がひどく悲しげに見えた。

 「……薬は、ないのか」
 「ない。お前もわかっているだろう?それにお前も言ったじゃないか。俺はもうそんなに若くはないって」
 「だがっ――」
 「‥‥また、俺を探してくれるんだろう?」

 病にかかっていると打ち明けてから安心したのか、少しずつ息が上がっていた。


 ああ、彼はずいぶん前から病にかかっていて、俺に悟らせないようにしていたのか。
 思えば確かに感じた違和感も、力なく笑う姿も、考えればわかったことなのに。

 わかっていたからこそ、気づかないふりをした。
 俺は知っていて、愚鈍なフリをしていたのだ。


 「‥‥・なぜ、人間はこんなにも短命なんだ」


 思わず口から出た言葉。それは紛れもない思いだった。


 「――なぜ、言ってくれなかったんだ」
 「言ったらお前、俺の事心配するだろう」
 「―――っ、」
 「それに、俺はお前と過ごす時間が好きで、好きで、たまらなかったんだ」


 明日には言おう、明日こそは。

 そう、思えば思うほど時間は経ち、ずっと言えなくなっていた。

(――あぁ、なんともこいつらしい)

 今まで我慢していた分が一気にきたせいか、徐々に弱っていくこいつに目をそらしたくなる。


 「自分勝手で、お前を傷つけてしまうとわかっていても、最期の願いを聞いてほしい」

 
 俺はここで死にたい。


 そういう彼の言葉に俺はうなずくしかなかった。


 「……いいだろう。友の死、俺が見届けてやる」
 「‥やっぱりお前は、そういってくれると、思ったよ」
 「それに安心しろ。お前のその‘生まれ変わり’とやらがあるなら、俺はどんな姿になって居ようと見つけ出してやるから安心しろ」


 そういったのは強がりか。


 少しずつ呼吸が弱くなっている友の姿を見ると今までの感情があふれ出してきそうだった。


 初めて飲んだ酒のこと、

 人の営みについて、

 お前が奏でる音楽のこと、

 教えてくれた様々な感情、



 この木の―――サクラのこと、



 「――――待ってくれ、‥!」


 

 そのどれもが全部、大切で、かけがえのないものだったんだ。



 「おい、まだ、」



 気づいたら俺はこの人間と過ごす時間がかけがえのないものになっていて、大切で、仕方がなかったのだ。



 (――――あぁ、そうか)

 これが、愛おしいという感情なのだな。





 人間の死なんてこれまで沢山見てきたはずなのに、たったひとりの友の死を俺は、受け入れられずにいる。




 最後に彼が教えてくれた感情を知った時、彼はもうここにはいなかった。





 「あ、ああ、あぁ‥」


 心なしか軽くなった彼の亡骸をただずっと、茫然と抱きかかえたまま、死はあっけないものだと、今更気づくのだった。