コメディ・ライト小説(新)

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.62 )
日時: 2020/10/05 01:48
名前: 猫まんまステーキ (ID: Z6SnwTyI)


 「ふう……」
 本当はもう少しだけ見たいという気持ちをおさえながら屋敷の中に入る。きっとこの中にあの兄弟以外のやつらがいるのだろうと踏んでいるが――‥、

 (普段の千代さんの一体どこにあんな身体能力が‥)
 龍司が合図をした瞬間に姿を消した千代さんを思い出す。普段のおっとりした千代さんからは想像できないくらいの速さであたしの前から姿を消した。やはり曲がりなりにも鬼の血を引いているのは伊達じゃないということか。

 「ゆーうしゃっ」
 「えっ……うわあ!?」
 なんとも情けない声が出ると同時に誰かに腕を引っ張られ近くにあった部屋の中に連れ込まれる。まずい、完全に油断した。

 「私達だよ!大丈夫、球は割らないよ。今はね」
 「……ルカとミラか」
 いたずらっぽく笑うルカに少し疑うような目線を向ける。だがあまり気にしていないようだ。先ほどやったことをさては忘れているな‥?

 「ねぇ勇者、私達と共闘、しない?」
 ルカの目が鋭く光る。珍しく何か悪いことを考えているようだ。

 「この屋敷、それもこの近くに多分穂積がうろついていると思うの。‥穂積の球の数は2つ。私達3人が協力すればもう1つは壊せるかもしれない‥ううん、うまくいけば2つ壊してゲームオーバーにだってできる」
 「穂積を‥?」
 「そ。だからね、勇者、少しの間共闘しない?」
 もう一度、ゆっくり同じ質問を投げかける。――嘘をついているようには見えなかった。

 「穂積を倒したらまたゆっくり、戦おうよ。それまでは仲間ってことで」
 ルカの目的はあくまでも穂積か。そう自分の中で納得させると大きく深呼吸をした。いいだろう、乗ってやる。

 「いいよ。で、具体的に何をやればいい?」
 「やりぃっ!」
 「まったくルカは。穂積の事になると本当に徹底的ね」
 「だってムカつくじゃん!」
 ミラがくすくす笑う横でルカが反論する。相変わらず危機感を感じさせない。彼女たちが本当に危機感を感じる時はどんな時だろうとぼんやり考える。

 (――と、いけない。今は集中しなきゃ)
 ゲームと言えど皆と手合わせできるなんてめったにないと自分を鼓舞しながら再び意識を集中させるのだった。


 ◇◇◇

 「――じゃあ、私が合図を送ったらルカと勇者が挟み撃ちで穂積の球を狙う、いい?」
 改めて最終確認をミラから聞かされ、ルカはやる気満々にうなずいた。
 「じゃあ勇者、またあとで」
 「ああ」
 「おっけー」

 ルカとミラが影に吸い込まれる。あたしはここで穂積を静かに待っていればいい。
 「……といってもミラの合図がタイミングよくいくかどうか‥」
 「ほう、誰の合図が?」
 「いやだからミラの合図がさぁ―――え?」


 「よう勇者。夕風が気持ちいいな」



 ダンッッッ―――――――!!!


 勢いよく扉をあけ、距離をとる。え、こいつ、なんで?どこから――、


 「見張りをするときは背後に十分気をつけることだな」
 まるで風に体を預けるかのように穂積の体は軽やかだ。一気に距離を詰められる。

 「―――っ、ルカ!!ミラ!!!」
 「うん」
 「はいはーい」


 ただならぬ様子を察したのかあたしの影からミラが。天井からルカが勢いよく飛び出してくる。
 「ほう、やはりすばやい」
 くるりと回転した穂積と目が合う。球は二つ。

 穂積が着地した瞬間を狙って彼の影からミラが勢いよく飛び出し球を割ろうと手を伸ばす。

 「よっ、と」
 軽やかにそれをよけ距離を取るその姿はやはり彼がただの人ではないということをわからせるには十分で。
 「――っ!」
 どこから持ってきたのかこの屋敷にあったであろう調度品の一つをミラの球めがけて投げつけた。
 「ミラ!!」
 ルカが叫ぶ。悔しそうに穂積を見つめるミラの球はあと一つになっていた。
 「くっ!」
 素早くルカが手をかざすとミラの足元に魔法陣が現れそのまま穂積から離れていく。

 「遅い」
 ミラを穂積から離すので精一杯だったルカの目の前に一瞬で現れた穂積は右手で簡単にルカの球を一つ壊した。あぁ、やはり神と名乗るだけある。案外強いのだな。


 「―――っ、勇者!!」


 だがまぁ、それはあくまでも二人の時に限り、ってことだが。


 ―――ガキン!!!!


 「っ、なに!?」
 「途中からあたしがいたこと少し忘れていただろ、お前」

 あの後ミラが影であたしの体を引き上げ、穂積の真上で待機するような形で状況を伺っていた。ルカの球を壊した一瞬の隙、彼女はその変化を見逃さなかった。ルカが叫ぶと同時にあたしの体は、剣は、すでに穂積の球を狙っていた。


 「―――やはりなかなかやるではないか」
 どことなく満足そうな顔をした穂積が笑う。

 「よし!穂積に一泡吹かせたところでいったん撤退!」
 「これは一泡吹かせたのか……?」
 満足したのか、ルカが勢いよく窓を開ける。……――窓を開ける?


 「ちょっと待てルカ!!!なぜ窓をあけるんだ!?」
 「なぜって‥ここから飛び降りて逃げるためだよ、勇者!」
 「いやいやいや!!ここから飛び降りたら死ぬだろう普通!?」
 「でも勇者、昔サクラを守るために窓から飛び降りていたじゃない」
 「いやあの時とは高さも状況も全然違うから!!」
 「大丈夫だよ!」


 全力で拒否するあたしとは裏腹に自信満々な笑顔。

 「私たちがいるから!安心して飛び降りていいよ!」
 「――、」
 ‥て、全然解決になっていない気がするんだが!?

 「それにやってみないとわからないじゃない」
 「ミラは最後の良心だと思っていたのに!!お前たち魔族や吸血鬼と人間のあたしではそもそものステータスが、」
 「いっせーの‥でっ!!」
 「えっ、ちょっと待‥うわあぁぁぁあああああぁぁぁ!?!!??」

 勢いよく手を引かれあたしの体が一直線に落ちる。――て、待って待って待って!!!!受け身を取ってないから死んじゃう!!死んじゃうって!!?


 「あははははっ!ドキドキするね!ミラ、勇者!」
 「うわあああああ!?」
 「全然聞こえてないみたいだよ、ルカ」
 「ええ~?楽しいのに」
 「ルカミラ!!手を!離せ!!」
 「だいじょーぶっ!」
 「大丈夫なわけあるか――!」
 「勇者、信じて」

 ミラの黒い瞳と視線がぶつかる。ああ、そんなことを言われても何の心の準備もしていないから心臓バクバクだし心なしか地面に落ちるまでの時間が長く感じる――‥ん?長く?

 「ルカがいるから‥」
 ミラがそういうのとほぼ同時だった。ルカが魔法を使ってあたしたちを浮かせていたのだ。

 「し、心臓に悪い……」
 頼むからそういう大切なことは前もって言ってくれないか。 
ふわりと地面に着地すると二人はパッと手を離した。
 「……ここからは別々に分かれた方がいいかも」
 「お、おう‥」
 「じゃっ、また後でねんっ」

 まるで嵐のように去っていった二人を見送り、ゆっくりと呼吸を繰り返す。気づいたら日はもう落ち、月が見えていた。

 「いつの間に日が落ちていったんだ‥」
 「本当ですね。遊びすぎるとつい時間がたつのも忘れてしまう」


 後ろから声が聞こえる。誰、と聞かなくても間違えるはずがなかった。


 「こんばんは勇者。今日は月が綺麗ですね」

 

 出始めた月を見上げにっこり笑う。そんな言葉を吐くのならその物騒な殺意を出すのはやめてくれ。


 「―――ああ、そうだな。宮司」
 随分前に落ち着いたはずなのに、興奮して脈打つのを全身で感じていた。