コメディ・ライト小説(新)

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.65 )
日時: 2020/11/16 01:06
名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)

 この屋敷に住んでいる奴らはやはり一癖も二癖もあるような連中ばかりだ。
 

 そんな今更なことを頭に思い浮かべながら隠れられそうな部屋を探す。無駄にでかくて広いこの城も少しは役に立つようで、無我夢中で走っているうちにいつの間にか千代さんをまけたようだ。

 (今のうちに体力を温存して――)

 目に入った部屋に入り椅子に座って深呼吸をする。書斎のような部屋なのか様々な本があってみているだけで頭が痛くなりそうだ。部屋に入った時から一際目立つ大きな窓からは月が綺麗に浮かんでいて、近づくほどにその存在感が増していく。

 「きれー‥」
 思わず口から出た言葉は子どもっぽくて。分厚いが質の良いカーテンを少し開けるとさらに光が部屋の中に入っていった。

 「――勇者?」
 「ひょあっ!?」
 しまった、扉を閉めていなかった。後ろを振り返ると不思議そうな顔をした宮司の姿があった。そして、ふと視線を外される。いや、そんなことより―――、

 (まだ体力が回復していない……!)

 思わず数歩後ずさり。今戦ったら正直、勝てるかどうかなんて、
 
 「―――あら?誰かいるのかしら?」
 「!?」


 廊下から千代さんの声が反響して近づいてくるのがわかった。

 「ぐっ、宮司!!!」
 「え?」
 「まずいよ!!ちょ、ちょっとこっち!!」
 「え、ちょっと――!」
 意味が分からないという顔をしている宮司の手を勢いよく引っ張り分厚いカーテンの中に隠れる。お前がそこにポツンといたらこっちまで危ないんだってば!

 「勇、」
 「今見つかると逃げ道がないぞ!!ちょっとの間共闘だよ。共闘」
 「―――っ、」


 上でかすかに息をのむ音が聞こえた。あたしの作戦に納得してくれたみたいだ。

 「あれ?ここから声が聞こえたはずなんだけどなぁ‥」
 しばらくして千代さんが部屋に入ってきた気配がする。物音を立てないように、怪しまれないように、なるべく宮司にくっついてその場をやり過ごす。
 身動きが取れないこいつに口パクで「ごめんな、もう少しだから」と伝えたが伝わっただろうか。

 「んー?私の気のせいかしら‥」

 不思議そうな声をあげ千代さんがゆっくり扉を閉める音が聞こえた。

 「――――っはぁ!!よかった!!なんとかやりすごしたみたいだな!‥宮司?」
 千代さんは行ったはずだ。なのに何かがおかしい。

 「―――あなたは本当に‥っ、なに、を‥」
 「へ‥‥?」

 カーテンの中にいるためか顔ははっきりとは見えないが珍しく焦っている声が上から聞こえる。―――‥上?
 先ほどから聞こえる宮司の心臓の音。それが聞こえるまで近くにい、て‥


 「――――――っ!?!?!?!!?」

 
 カーテンにくるまれ、身を隠すとはいえ半ば強引に宮司に抱き着いているこの状況。まるで―――、


 「今まで無意識でやっていたのですか‥?」

 少し落ち着いたのか呆れた声が降りかかる。
 さっきから耳にずっと心臓の音がうるさく反響している。これは誰の音だ‥?


 「ごめっ、宮‥!」
 顔が熱い。息がまともにすえているのかすら怪しかった。
 「あっ、ちょっとこんなところで暴れないでくだ―――」

 一刻も早くこの場所からでたくて、外の空気を吸いたくて、この顔を見られるのが怖くてカーテンをやみくもに捲った。
 ―――それが悪かったらしい。揺れ動くカーテンの裾を足で踏みつけ、体が大きく傾く。

 それを見た宮司が思わず手を伸ばそうとして一緒に傾いたと気づくのはほぼ同時だった。


 倒れた拍子にお互いの最後の一つは壊れてしまった。

 「――――」
 「‥っ、」


 だが、今はそんなことどうでも良くて。


 背中には床、目の前には天井と宮司が見えるこの状況は一体何がどうなっているのか、理解が追い付かなかった。けれど、どういう状況になっているかわからないほど、子どもではない。



 「――‥ぐ、ぐうじ……ごめん‥」

 なぜか涙が出そうになって、こんな自分がたまらなく恥ずかしくなって、とにかくこの状況を打破できる何かがあれば、と宮司に助けを求めたが彼はあたしの両頬近くの床に手をついたまま動かなかった。

 「……そんな顔、」
 「え?」
 「っ、なんでもありません‥」
 何かを、言いかけた。それが何だったのかは良く聞こえなかった。――あぁ、だから心臓の音がうるさいったら。


 ゆっくりと宮司があたしの上からどき、そしてまたゆっくりと、数回深呼吸をしていた。

 「……すみません、勇者。びっくりさせてしまって」
 「いや、あたしの方こそすまなかった……嫌だっただろう。人間と、あんなに密着していたら」

 ばれないように、努めて明るい声を出す。そして自分で言った言葉に喉の奥がキュウ、と緩やかに締まる感覚がした。

 「いえ、そういうわけじゃ、」
 


 「―――――みぃつけた」


 バルコニーから登ってきたのだろう。かすかに空いていた窓から怪しい笑みをした龍司に見下げられていた。

 「っ、ひぃっ‥!?」
 思わず声を少しあげる。
 「よぉ、勇者に宮司。今宵は月が綺麗だなぁ」

 先ほど聞いたようなわざとらしいセリフをにやりと笑いながら話す。お前らそこは兄弟似なくてもいいだろう。

 「よかったら俺も混ぜてくれよ」
 珍しくうるさくない龍司だ。静かに話すその気迫にうっすら恐怖を感じる。

 「……てあれ?なんだ。二人とも、ボール全部割れちゃってんのかぁ」
 驚いたような顔をしてあたしたちを見る。

 「もう一回くらい勇者や宮司とやれると思ったのに‥となるとあと残ってんのは千代だけかぁ」
 ボールがないあたしたちに興味をなくしたのか、バルコニーから庭を見渡していた。

 「じゃあ俺は行くな!」
 ひらり、と龍司がバルコニーから出ていく。

 「……」
 「……」

 沈黙が流れる。まだ心臓の音がうるさい、気がする。

 「いっ、意外だったな。千代さんが最後まで残るとは思わなかった」

 また思い出すと泣いてしまいそうになるからつい明るい声でなんでもないというように話す。
 
 「あー‥あたしたちも庭の方に行ってみようよ。千代さんと龍司が最後どういう風に決着をつけるのか見たい」
 「勇者」
 「えっ、はい!」
 「先ほどは事故とはいえ、本当にすみませんでした」
 ばつが悪そうに軽く頭を下げて謝る宮司にまたなぜか胸が痛む。

 「‥なんで宮司が謝るのさ。悪いのは無理矢理ひっぱりこんだあたしだろ」
 「いえですが‥」
 「大丈夫!あたし気にしてないから!」
 嘘だ。さっきから脈が速くなっていってるのが分かる。顔が熱い。宮司の顔が上手くみれない。


 「……もう負けて気楽になったんだし、ゆっくり庭の方へいこうよ」
 「‥そうですね」


 この気持ちの正体が分からなくて、だけど知りたくて、知りたいと思うから、もう少しだけ宮司のそばにいて探ってやろうと思った。