コメディ・ライト小説(新)
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.66 )
- 日時: 2020/11/17 01:01
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)
「敗者待機場所はこちらになっておりま~す」
庭の方に向かうとすでに球がなく暇を持て余していたであろうルカが誘導を行っていた。――といっても誘導されたのはあたしと宮司の二人だけだったが。
「今どういう状況なんだ?」
「見ての通りだよ。魔王殿が最後まで残っているのは想定内として今回の相手は千代嬢ときた」
意外だと顔にでている穂積の目線の先を追うと確かに庭の真ん中で千代さんと龍司が球をめぐって戦っていた。
「球の数は千代様の方が多いから一見優勢には見えるけど~相手は龍司様だもんね」
「どうなるか最後までわからない‥」
ルカとミラは前のめりになって二人の戦いを見守っているようだった。
「なぁっ!‥俺、千代とできればあまり戦いたくっ、ないんだが‥!」
「あら?私は久しぶりに龍司君とこうして一戦交えるのも案外おもしろいかなって思ったんだけど」
「……っ、さすが!鬼の血を引いているだけある‥!ますます惚れそうだ!」
「ふふ」
突然千代さんが龍司の服を勢いよく引っ張る。
「――もっと惚れてもいいのよ?龍司君」
月明かりの下で怪しく笑う千代さんは今までみたこともない表情で。その姿にほんのりと妖艶さすら覚える。
「――ああ、そうすることにする」
にやっと笑った龍司の手から出された光が千代さんの球めがけて出された。反射でよけようとするが間に合わず、千代さんの球が一つ割れてしまった。
「‥‥あら」
「油断したな、千代」
「んー‥そういうつもりはなかったけど、でも、そうね」
普段のにこやかな笑みを浮かべているはずなのにどこか怖さが存在しているような気がするのは気のせいか。
「ちゃんと勝つつもりでいなくちゃ悪いわよね」
薙刀が龍司の足元をすくうようにかすめる。龍司がそれを避け、千代さんの球めがけてどんどん魔法を繰り出していた。
「‥っ、」
流石にすべてを薙刀で返すのはきついのか千代さんの顔に焦りの色が見え始めてくる。
「降参したくなったらいつでも言っていいぞ!」
龍司は少し余裕が出てきたのかそんな軽口をたたくようになってきていた。
「結婚する前も、した後も、こうして二人でぶつかり合ったことなんてあまりなかったから。やっぱり新鮮」
「あまり‥というか一度だってないような気がするが‥」
「ふふ。昔私が龍司君に当たって一人で勝手に泣いて怒ったことはあったわね」
「ああ、あったな。懐かしい」
二人とも随分余裕があるのか、昔の事を思い出して懐かしむ。ちらりと見る龍司の目は愛おしそうに千代さんを見つめていた。だが球への攻撃する手はやめない。
「私が焦ってつき放して離れて逃げて。それでもあなたが追いかけて掴んで信じて願って愛してくれたから、今の私がいるの」
攻撃がやむ。ゆっくりと千代さんが近づいて。
「ねぇ、龍司くん」
近づいて、
「――――好きよ。大好き。愛しているわ」
「―――‥ッ!!!」
龍司が、揺らいだ。
そして――、
「……えいっ」
「――え?」
一瞬なにが起きたのかわからなかった。
―――パリン
「ふふ」
笑う千代さん。‥の、持っている薙刀の先。すべて割られた球。そしてすべて割られたのは千代さんではない。
「な、」
すべてを理解した頃にはもう遅かった。
「なぁああああああぁぁぁああ!?!?」
「初めて龍司君に勝てた~」
こんなに絶叫して驚いている龍司は見たことがない。対照的な千代さんは嬉しそうに両手を上げて喜んでいた。
「ち、千代さんが‥このゲームの勝者‥?」
口に出た言葉はいまいち現実味を帯びていなくて。
「アッハッハッ!!!相変わらず魔王殿は千代嬢に弱い」
沈黙を破るかのように愉快気に穂積が笑う。
「相変わらず甘ったるい空間だ。砂糖をそのまま食べて蜂蜜で流し込んでいるかのようだ」
宮司が呆れたようにため息をつく。
「でも嫌いじゃないだろう?」
「あの二人だから慣れたというものですよ。もう諦めています」
となりで穂積と宮司が話しているとやがて龍司と千代さんも輪の中に入ってきた。
「くっそーー!!!あとちょっとだったのに!!」
「敗因は油断じゃないですか?」
「千代の言葉は一言たりとも逃したくないんだ!」
「本末転倒じゃないですか」
「でもそのおかげで偶然にしろ、私は龍司君に勝てたんだからラッキーよね」
そして一呼吸おいてから、「さて!」と改まった千代さんの声が響いた。
「私が優勝したってことは私のお願いを皆聞いてくれるってことでいいのよね?」
嬉しそうに、これから始まることが楽しみだと言わんばかりの目をしながら千代さんはにっこり笑った。
「みんなでお菓子を作りましょう!」
ああ、そうだ。千代さんはそれを望んでいたんだっけ。
なんてことを他人事のように考えながらさっきの二人のやり取りを思い出して。
――『砂糖をそのまま食べて蜂蜜で流し込んでいるかのようだ』
宮司がこぼした言葉がよぎりいつか自分もこんな砂糖のような日々を送るのかと考えて。考えたけれど想像もつかなくて。
「――どうしました?勇者」
「えっ!?いっ、いや!別になんでもない!!!」
ふと宮司を無意識に見てしまったことに疑問を感じながら。
そうして突然の思い付きで始まったゲームはこうして終わりを告げたのであった。