コメディ・ライト小説(新)
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.67 )
- 日時: 2021/09/12 01:44
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: aDg7zUCy)
お菓子作り?
勇者たるもの、これくらい当然作れるさ!!
Episode18『物体クッキー』
「さぁ、張り切って作るわよ~」
「お、おー‥?」
キッチンで張り切っている千代さんの声が響く。先日のゲームで見事勝利した千代さんの願い事。
―――『みんなでお菓子を作りましょう!』
なんともまぁかわいらしい願い事だ。これが龍司や宮司、穂積になんてなったらどんな恐ろしい願い事が発令されていただろうか。そう考えたらお菓子作りなんて楽勝だ。むしろ少し楽しみになってきている自分がいる。
「なぁお菓子作りっていったって何を作るんだ?俺凝ったものとか作れないぞ?」
「んーそうねぇ。ここは王道にクッキーなんてどうかしら?」
「クッキー!私大好きです!千代様!早速作りましょう!」
ルカが身を乗り出した。なるほど、クッキーならあたしでも作れそうだ。
「じゃあまずは材料をはかるところからいこうかしら。この本に書いてある物をこのはかりで量ってくれる?」
「おっ!それくらいなら俺にもできそうだ!」
「あたしも!」
あたしと龍司が同時に手をあげる。これくらいならと嬉々としてはかりを手にした。
「だいたいこんなもんだろ!」
「ちょっと兄貴‥!?」
「あっ入れすぎちゃった!‥けどまぁ誤差だよね」
「勇者!?」
なんだ隣で騒がしい。お前だって普段そこまで料理なんてしていなないだろう。
「全くこれだから単細胞は!こういうものはきちんと目分量を量らないと‥!」
「なんだ宮司はよぉ細かいんだよ」
「そうだよ宮司。最終的にはおいしくなるってこういうのは」
「あなたたちはまったく‥‥!」
そのやりとりを千代さんはにこにこ見ていた。
「ふふ、やっぱり楽しいわね」
「クッキー一つ作るだけでここまで騒がしくなるなんて思ってもみませんでした」
「みんなでやると絶対楽しいって思ったのよねぇ」
外野では何とものんびりとした声が聞こえてくる。そして相変わらず宮司はうるさい。
「‥なんとかここまで来ましたね」
生地を寝かせて型抜きを行う頃にはなぜかくたくたになっている宮司がいた。
「勇者ちゃん‥勇者ちゃんはこのクッキー、誰かにあげたりするの?」
こそっと千代さんがあたしの近くまでやってきたかと思えば突然そんなことを言い出した。
「ん?」
「普通に作ってもおいしいと思うけど誰かのために作るクッキーはもっとおいしいわよぉ」
「――‥誰か、が誰でもいいのならあたしがあたしのために作っても問題ないだろう?」
「そうだけどっ!‥勇者ちゃんなら、町にたくさん知り合いがいるみたいだし‥カナメくん?だっけ?とかにあげたらどう?」
「……」
誰かのために、か。正直自分が食べるためにしか考えていなかったけれど。
「そういうの、やっぱり素敵よねえ。あ、でもでも!もちろん勇者ちゃんがそうしたいっていうならそれでもいいけど」
あたしに千代さんが求めるような恋愛沙汰がないのを察したのか気を使ってくれたのか。「それもありよねぇ」と言いながら龍司達の方へ向かった。
「……」
型抜きをみながら千代さんの言葉を頭の中で反芻する。
「誰かのために‥かぁ」
「――なにはともあれ、クッキーが無事にできそうでよかったですね。一時はどうなるかと思いましたよ」
「うわぁぁああ!?なんだ宮司か!びっくりさせるなよ」
「‥別に驚かせようとしたわけではないのですが……」
突然隣で話し出した宮司に思わず体が跳ね上がってしまった。
「急に隣で話さないでよびっくりするじゃん!」
「そんな理不尽な」
宮司は呆れた声を出す。いやいや本当にびっくりしたんだってば。
「‥ねぇ、宮司はこのクッキー誰かにあげたりとか……するの?」
「え?クッキーですか?」
突然の質問に同じ単語を繰り返す。
「そう。この作ったクッキー誰かにあげる予定とかってあるのかなーって」
「いえ、そのような予定はありませんが……というか、質問の意図が分からないのですが‥」
「‥いや、ないならいいんだ。なんでもない‥へへ」
「不安しかないのですが何考えているんですか」
「うわちょっと押さないでようまく型が抜けないじゃん」
「そんなのでうまく型が抜けないのなら相当クッキーを作る才能がないと見受けられる」
「はあ?もうお前はいちいち煽らないと気が済まないのか、よっ!」
「うわっ‥ちょっと勇者」
「お返しだよ」
「もとはといえばあなたが訳の分からない質問をしてきたことが始まりじゃないですか」
「だからって肘で小突くか!?」
「あなたもだからって腰で押さないでください」
「ふふ‥あははは!!」
「まったくなんなんですか‥ふふ、」
なんともまあ低レベルな争いだ。思わず二人で笑ってしまうほどには低レベルだ。
「‥あ、中途半端に余ってしまったな……よっと、」
「‥‥なんですか?この得体のしれない物体は」
「型を抜くほど生地の面積がなかったからこねて作ってみた。熊だ!」
「熊?俺には丸が三つ重なった物体にしか見えませんが」
「絵心がや想像力を幼少期に置いてきたからそう見えないだけなんじゃないのか?」
「‥言ってくれますね」
「さあてクッキーを焼こうかなぁ」
わざとらしく明るい声で天板を千代さんのもとへ持っていく。後は焼き上がるのを待つだけだった。
◇◇◇
そして焼き上がったのはこちらとでも言わんばかりのクッキーが並び、香ばしいにおいが部屋一面を覆う。
「それじゃあみんなで食べましょうか」
待ってましたと言わんばかりに龍司やルカが手を伸ばす。
「ん~~~おいしい!!自分で作ると格別においしく感じます!」
「いくらでも食べられるな!」
そしてあたしたちもクッキーを食べる。食べた瞬間口いっぱいに広がる香りと味。確かに病みつきになってしまいそうだ。いつも千代さんが作るクッキーもおいしいけれどこれもなかなか‥、
「‥おや、これ勇者が作った物体クッキーではないですか?」
「物体クッキーっていうな!熊だ熊!!」
宮司がたまたま手に取ったクッキーは先ほどあれだけさんざん言われた熊のクッキーだった。
「―――‥形は少しあれですけど味はおいしいですよ。勇者のあの不器用さにしてはいいんじゃないでしょうか」
「だからお前は一言余計だ!!しかもみんなで作ったんだから味はどれも同じだろう!!ああもう!こうなったらお前が作ったクッキーも食べて酷評してやる!!」
「ええどうぞ。俺はどこかの誰かさんと違ってきちんと目分量は量りますからね」
「どういう意味だ!!」
「そのままの意味ですよ」
「お前らはクッキー食べるだけでも騒がしいなぁ」なんて常時うるさいどこぞの魔王に笑われたけれど。
なぜか宮司があの熊のクッキーを食べてくれたことが嬉しくて、胸がじんわり温かくなって。
―――『誰かのために作るクッキーはもっとおいしいわよぉ』
千代さんの言葉が一瞬頭に浮かんでは無理矢理消した。
ああ、でも。
たまにはこういうのもいいかもしれないな。