コメディ・ライト小説(新)
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.69 )
- 日時: 2021/09/12 01:45
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: aDg7zUCy)
星を綺麗だと思うのは、人も、魔物も、みんな同じ。
Episode19『星降る夜に』
「ハァー‥やっぱりこちらは少し冷えるな」
真夜中。皆も眠っているであろう時間帯。少し寝付けなくて屋敷の中を散歩する。
「うわ、」
目についたバルコニーにつながるやたらでかい窓を開け、空を見上げると一面星空で。思わずここがどこだかわからなくなりそうなほどだった。
「ここでもこんなに綺麗な星空が見えるんだなぁ」
誰もいないなか一人つぶやく。最近は常に誰かが近くにいたためかつい誰かに話しているような声量でつぶやくものだなと我ながら少し呆れた。
(あたしも変わったものだな‥)
ここに来たばかりの頃は魔王は倒す相手で、魔族はすべて憎き倒す相手だと信じて疑わなかった。
それが今ではどうだ。
一緒に寝食を過ごすだけではなく、買い物に出かけたりクッキーを一緒に作ったり。バカ騒ぎだってする始末だ。
そしてそれがどうも楽しいと感じている自分がいる。
「――――、」
自分の住んでいた村はひどく小さな村だった。皆が知り合いのようなもので、皆で助け合って生きてきた。
それ故閉鎖的な村でもあった。ひとたび噂が出ると火があっという間に燃え上がるように広まっていく。そのくせ臆病で『魔物は実はいい人たちでした』なんて言っても誰も信じてくれないだろう。それどころか自分が異常者だとレッテルを貼り付けられるのは目に見えて分かっていた。
彼らと過ごしているうちに魔物は悪ではないと気づいた。魔物は、彼らは悪ではなかった。
――だが果たしてそれを村の皆に伝えられるか?伝えられたとして今度は?街にいる人たちは?
「‥‥あーもう!わかんないよ……」
「珍しいですね。考え事ですか?」
「‥宮司……」
「隣、よろしいですか?」
「……いいよ」
ふわりと何かが香って、それがお茶の匂いだということに気づいた。
「これ‥」
「いくらあなたが丈夫とはいえ、さすがに真夜中に外に出ていたら寒いでしょう」
「わざわざ用意してくれたのか?」
「少し作りすぎてしまったのでついでにと思っただけです」
「……ありがと」
いつからあたしがここにいるの知ってたんだよ、とか、少しは気にかけてくれてたのか、とか、嬉しい、とか。
そんな気持ちを全部流し込むようにしてお茶を飲む。
「―――温かい。おいしい」
「それは良かったです」
宮司がほっとしたように笑った。
「―――」
ああ、ほらまた。
最近宮司と一緒にいると少しだけ体温が上がる気がする。顔もうまくみれない。
「‥どうしました?」
ほらまた。
「なんっ‥でも、ない」
始めはそれが罪悪感だと思っていた。
「なんですかそれ」
宮司が笑うのを見てああ、これはきっと罪悪感ではないと感じる。だけどたまにどうしようもなく、苦しい。
「――それで、勇者は何か悩み事でもあるのですか?」
「え?」
「先ほどから唸っていたでしょう」
「そっ、そんなに唸ってなんか‥!」
「おや、それは失礼」
クスクスと楽しそうに笑う宮司につられて笑ってしまう。
「――‥わからなくなってしまったんだ」
「‥?」
「始めここに来たときは、魔物は悪で、魔王は倒さなければならない存在だって教えられてきたから、何とかして弱点を見つけようとしていたけど‥‥今はそうは思わない」
「……」
「魔物は悪ではなかった、ここにいる奴らは皆いいやつだし、一緒にいてすごく楽しい。――‥じゃあ、本当の悪は、あたしが倒すべき悪はなんだ?」
「……」
「一緒に過ごしているうちに、人間の汚い部分や身勝手な部分や卑しい部分があるのもわかった。お前が最初人間を、あたしを毛嫌いしている理由が嫌というほどわかった。だから宮司は大切な家族のためにあたしに薬を仕込んだことも今ならわかる」
「あの時は―――」
「いいんだ。宮司はあたしの事を危険な人物だと思っていた。――それだけ龍司たちが大切だってことだろう」
こうみえて本当は宮司がすごく家族想いだということ。
口では『面倒』『興味がない』といいつつも結局気になってみんなのもとへいくところ。
皆が、家族がすごく好きで、たまらなく愛おしく思っているところ。
(その中に、少しでもあたしが入っていたら、なんて考えちゃうけど)
一緒にいると嫌でもわかってしまう。だから嫌いになんてなれないし憎むこともできない。
宮司の事、この屋敷の皆の事、あたしの頭の中にはもう当たり前のようにいて。皆といると楽しくて。もっと、もっと、と気づいたらいらない欲が出てしまっていて。
同時に心配しながらも笑顔で見送ってくれた村のみんなの顔が浮かんできて。
「どうすればいいのか、わからないんだ」
「‥」
「――‥わからなくなるほど、ここに少し、長くいすぎたかもなと思って」
「……別にいたらいいじゃないですか」
「え、」
「いたらいいんですよ、ここに。皆歓迎すると思いますよ。‥俺も、そうですね。毎日飽きなくて、騒がしくて、ちょうどいいくらいです。この前は千代さんたちとクッキーを作りましたね。また作っても楽しいと思います‥ああ、今度はきちんと材料は量ってくださいね?その後は、次は、何をしましょうか。来週は?来月は?来年は?――そうやって当たり前のようにみんながいて、勇者がいる未来を考えるのが、いつの間にか楽しいと思ってしまっているんですよ」
柄にもなく、と付け加えた宮司は笑う。その顔にまた胸が締め付けられるような気分になる。
「――確かに最初は、心底嫌でしたよ。人間なんて。‥歩み寄ろうとした時もありました。けれどやはり結果は変わらなかった。忌み嫌い、指をさされ、時には石を投げられることもありました。偏見や無知による恐怖から俺たちを遠ざけ、なかったことにしようとする――だから俺たちは、俺は、関わらないようにした―――心の奥底で憎み、嫌った。……けれど、けれどね勇者、それを不覚にも変えてくれたのはあなたですよ」
「‥え?」
「確かにあなたは馬鹿で単細胞ですが」
「おい」
「……ただ、どこまでもまっすぐで、誠実な人だ」
「――……、」
「あなたのような人がいるのなら、人間も、人間がする営みも、悪くはないのかもと思えるようにはなりました」
ああ、そんな優しいことを言わないでくれ。
「先ほど勇者はそれほど兄さんたちが大事だったからといってくれましたが、きっと少し違います。‥確かにあの人たちは俺の大切な人には変わりませんが、
――俺はきっと、臆病なだけなのかもしれませんね」
“俺たちの毎日が壊される不安因子はどうしても壊して取り除いておきたかった。”
「ただそれだけですよ」
自虐的に笑う宮司が視界にうつる。頼むからそんな顔をしないでくれよ。
思わず下を向いた。もうコップの中に何も入っていないことに気づく。そういえばすっかりコップは冷え切ってしまっていたな。
「―――すっかり話し込んでしまいましたね。戻りましょう、勇者。これ以上外にいると体も冷え切ってしまいますよ」
「‥ああ、」
少し涙が出そうになったのをばれないように上を向く。相変わらず星はきれいで、結局あたしの悩みは全然解決しなかったけど
「‥とても綺麗ですね」
となりにいる宮司と一緒に同じものを同じ気持ちで見れることは、それはきっとすごく素敵なことなんだろうとぼんやり考えていた。