コメディ・ライト小説(新)
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.70 )
- 日時: 2021/01/24 21:27
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)
「ああ、ちょうどよかった。勇者、お酒は飲めますか?」
――これがすべての事のはじまりだった。
Episode20『焦がれて、溺れて、すくわれて、』
「……酒か?ああ、まあ飲めるぞ。うちの村でも酒を造っていたし何度も飲んでいた」
「ならよかったです。良ければ少し、付き合ってください」
そういわれて見せたのは新品の酒瓶だった。酒についている札をパッと見ると明らかに高そうだというのは見て分かった。
「商談でおいしいお酒が手に入りまして。兄さんや穂積は生憎でして。よろしければどうです?」
目利きは悪くないこいつの事だ。そういうのならきっとうまい酒に違いない。
それに酒なんて飲むのはいつぶりだろう。否応なしに心が躍るのが分かる。
「飲みたい!いいのか?」
「よくなかったら誘っていませんよ。……よかった。ではまた」
そういって宮司と別れる。ふと外を見ると雨が降っていた。
◇◇◇
結局あたしと宮司が酒盛りをするまで雨は降り続いたままだ。せっかく酒を飲むのだから月を肴に飲むのも一興だと楽しみにしていたのに。
だがまぁそんなことはどうでもよくなるくらいに目の前の酒を飲むことが楽しみになっていた。
「おっさけっ!おっさけ!」
「先ほどから騒がしいですね。そんなに騒がなくてもこれは逃げませんよ」
そういいながら手際よく準備をしていく。これまた豪華そうなグラスに酒が注がれていくとごくりと喉が鳴るのを感じた。
「では」
「ああ」
そういって軽くグラスを持ち上げ、口元にもっていく。瞬間、ほのかに香るにおいに自然と頬が緩んでいった。
「……ん。おいしい」
「お口に合ってよかったです。――それにしても意外でした。案外行ける口なのですね」
「まあな。村にいた時もよくみんなで飲んだり飲まされたりしていたから多少の心得はある‥だが久しぶりの酒はこうもうまいものだな」
「そんなに久しぶりでしたか」
「ああでもここに来たばかりの事にも勧められたことがあったっけ。でもあのときはあまり飲んだという気がしなかったしなぁ‥んー‥あ、」
ふと、思い出す。
「ここに来る前に、前に組んでいたパーティの奴らと飲んだのが最後か」
それはここに来る前の話。
魔王を倒そうと意気込んで、気心の知れた仲間とパーティを組んで。出発直前に打倒魔王と掲げて飲んだことがあったか。
あの時は皆やる気と活気に満ち溢れていたから怖いものなんてないと思っていた。酒を飲み、肩を組みかわし、夢を語り、歌を歌っていた。
「……懐かしい」
ぽつりとつぶやくのを横目に宮司はすでに2杯目に突入していた。
「今はそんなメンバーもここには見当たりませんが?」
「うるさいなぁ‥言っただろう?怖くなったのか、勝機はないと思ったのか、それとも先が見えない旅路に嫌気がさしたのか……わからないがいずれにしてもみんないなくなって解散したよ」
「‥それもそうでした」
ここに来たばかりの頃を思い出す。
勢い込んできたもののあっけなく宮司に薬を盛られ、龍司には舐められ力で勝てず痛い所をつかれ、出鼻を一気にくじかれた。まぁ今となっては遠い昔の事のようにも感じられるが。
「――でも、やっぱり後悔してるなぁ」
「なにがですか?」
「そりゃあ始めは憎き魔王を、って思っていたけど、実際に一緒に過ごしてみるとみんないいやつばかりなんだもん‥皆をもっと強く引き留めておけばよかったなぁ‥まさか一緒に暮らすなんてのはちょっと予想外だったけどさ」
少し自嘲気味に笑い酒を煽る。後悔をしてやけ酒をするにはあまりにも甘く、昔を懐かしむにはあまりにも苦い味だ。
ああ、あいつらは。かつての仲間は今はどこで何をしているのだろうか。元気なら、それでいいけれど。
「―――、」
ふとギフトの日に穂積が話していた言葉を思い出す。
――「俺はな、どこかで生きていてほしいと願うことが、俺の、俺自身の愛のかたちだと思う」
あの時は答えられなかったが。成程、今なら穂積の言いたいことが分かるような気がした。
「あたし、この間穂積から言われた言葉、考えたんだけどさ」
「なんのですか?」
「愛について考えたことあるか――って、あたしちょっとわかった気がするんだよね」
ほう、と宮司が酒を注ぎながら聞く。
「ふとした時に思い出すことがあたしなりの愛の形なんじゃないかなぁって」
今でも時折思い出す。
一緒に戦ったのに最後には逃げ出してしまった仲間の事。思い出すだけでどうしようもなく、悲しいと、悔しいと感じてしまうけれど。
それでもやはり考えてしまうのだ。ご飯を食べている時、ルカやミラと買い物に出かけている時。思い出してしまうのだ。
――あぁ、あいつはあれが好きだったなぁ。
――あいつはこれが欲しいと言っていたっけ。
思い出すたびに自分の中に“彼ら”が存在して、彼らの事を考えてしまっていることが、きっとあたしなりの愛の形なのだろう。
だから。
「――‥だからあの時宮司があたしのことを考えて髪飾りを選んでくれたことも実はちょっと嬉しかったり‥――て、」
そこまで言いかけたところでふと宮司を見る。
「宮司……?」
「はい‥?」
心なしかはじめと比べて宮司の目はかなり座っていた。おい、お前は今一体何杯飲んだんだ……?
あたしが話している間も何度か酒を注いでいるのは見ていた。見ていたけど、
「なあ、宮司お前……大丈夫か?」
「……だいじょうぶ、って‥何がですか?」
―――あ、これはやばいぞ。
脳内がそう言っている。
「なんだかすこし、やけますね」
そう言ってグラスの中に入っていた酒を一息で飲み干した。
「今でも、あなたの心の中にはそのひとたちがいて‥そのひとたちのことを、考えて‥あなたのなかに、おれは少しでもいるのでしょうか……?」
トロンした目、少し舌足らずなしゃべり方。
「ちょ、宮司、お前かなり酔っているだろ!?」
「酔ってなどいないですよ」
「酔っている人はみんなそういうんだよ!!こんな強い酒ハイペースで飲むから‥!」
「そういえば、」
カチリ、と宮司と目があう。
「――かみ、のびましたね」
何の脈絡もなく距離が近づいて、髪の毛に触れて、気づいた時には動けなくて。
「ああ、おれがあげたもの、つけてくれているんですね。嬉しいです」
なんて、綺麗な顔で笑うから。
「……そうですよ。俺はあのとき、あなたの事を考えていました。あなたに似合うものは何がいいだろう、どんな髪飾りがいいだろう、と―――」
髪飾りに触れ、そのままもう一度、髪の毛を掬う。
「やはり、よくお似合いですよ」
とろり、とまるでこれはそう、蜂蜜を溶かしたような、そんな目をあたしに向けるから、
「ぐっ‥宮司宮司宮司!!!ちょっと待ってくれ!ストップ!!」
ぐいっと効果音が付きそうなほど顔を押し返す。その反動で奴は反り返り軽く頭を打ってしまっていた。
「いっ――」
「あ、ごめん」
沈黙。雨の音は相変わらずうるさい。だが今の空気を紛らわすには十分で。
「―――すみません、勇者。少し酔いが回りすぎてしまったようです。自室に水があったはずなので‥今日はもう‥」
「あっ‥ああ、そのほうがいい‥」
そういって立ち上がり自室へ行―――こうとするがどうも足元がおぼつかない。
「大丈夫か‥ふらふらだぞ‥?」
「いえ、ご心配なく……大丈夫、」
そう言いながらまっすぐ歩けていない宮司を見て自分もほろ酔いの中思わず立ち上がってしまう。
「ああもう!!!」
いてもたってもいられず貸した肩と珍しくポンコツな宮司をみてこれからどうしようかと歩きながら考えてしまうのであった。