コメディ・ライト小説(新)
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.72 )
- 日時: 2021/03/01 00:53
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)
優しい俺がひとさじのスパイスを入れてやろう。
Episode21『そしてその恋心は届かない』
「おはよー穂積」
「おはよう勇者。なんだか少し顔色が悪いように感じられるが」
「あっ……あー‥うん……まぁ、ちょっと、少し寝付けなかった‥ような」
勇者にしては珍しくゆっくりとした朝だ。何か後を引きずるものがあるのかいつもの調子が出ないのか反応もいまいちだ。―――ああそういえば。
「――そういえば、宮司殿も少し様子がおかしかったような、」
ここまで言ってふと勇者を見ると明らかに同様の影。
「宮司‥?そうなんだ。宮司も‥へえ……」
「何か知っているのか?」
「‥いや?別に?」
素直なところは美点にもなりえるが素直すぎるのもいささか心配してしまう。
「――何かあったのか?」
「なっ‥んで、別に何も‥」
「……昨夜少し勇者に用があって部屋に行ったときには姿が見えなかったが……ああそういえば!宮司殿が昨夜いい酒が入ったからとかなんとか言っていたが俺は生憎でなぁ‥勇者も誘ってみると言っていたが‥」
そこまで言いかけたところで「ああもう!」という制止の声が聞こえる。その後付け足すように言われた「わざとらしい」という言葉は聞かなかったことにしてやろう。
「……確かに昨日、宮司と二人でお酒を飲んだ、が‥本当に何もなかったんだ。きっと穂積が思っているようなことは何も‥」
どんどん言葉が小さくなっていく。まったく、相変わらず見ていて面白いな。
「何も、ねぇ‥それは残念だ」
「え?」
「いやはや。勇者は見ていて気が付かないのか?――いや、本人だから気が付かないのか」
「……?」
何を言っているのかわからないという顔をしながら首をかしげる。
「ここ最近の奴の行動と言動からしてみても明らかに勇者に対して柔らかくなっているのは感じないか」
「そりゃあまあ‥感じるけど……」
何かを思い出しているのか気まずそうに視線をさまよわせていた。
「勇者本人が感じるほどにとは。これはもう重症だなぁ。勇者に対する視線が明らかにやわらかい。視線一つ一つが愛おしむものをみるそれと同じだ。そう、例えるのならこれはまるで―――」
「穂積!!」
ようやく何かを察したのかすべてを言い終わる前に断ち切られた。
「……俺が思うに、」
不安げに見つめる勇者などお構いなしに続ける。
「――宮司はつまるところ、勇者の事が好きなのではないか……と、」
「――――」
「おや」
予想以上の反応に思わず口角が上がる。
「なんだ勇者よ。その顔はまるで恋を覚えた生娘のようではないか」
さあ、どうかわる。
意識しろ、あいつを。
今日の退屈を破るのはお前だ、勇者。
◇◇◇
―――おかしい。
「……勇、」
「えっ!?ふぁっ!!あ!ぐっ、宮司!」
「……大丈夫ですか?」
「いやっ、なんでもない……!」
勇者の様子が明らかにおかしい。
正確に言えば数時間前と今とで自分に対しての態度が、だ。
「……俺はあなたに何かしましたか?‥いやまあ、まったく何もしなかったかと言われればそれは嘘になるのですが……」
自分で言っていてなんともまぁ都合のいい話だと思う。だが今目の前の勇者は気の毒なほどに取り乱していた。
少し前の話をしましょう。
昨夜勇者と二人で酒を飲み、つい酔いが回ってしまい勇者に迷惑をかけた。掛けただけでは飽き足らずなんともまあ兄さん顔負けの甘いセリフをツラツラと吐いていた……気がする。
それがすべて口からの出まかせだったかは……まぁこの際置いておきましょう。今の問題はそこではないので。
その後朝になって一向に起きない勇者をどうしようかと考えて結局起こして。まず初めに謝罪の言葉を口にすると「いくら酒に酔ってたとはいえ宮司もあんな冗談いうんだな。まぁでもそれだけ仲良くなったってことか!」と笑っていた。――こちらがどれだけあなたについて考えていたかわかりますか、と思わず口に出そうなのをぐっとこらえる。きっと彼女も突然の事で驚いたことだろうにそれをすべて“冗談を言い合えるほど仲良くなった間柄”で済ますことができるのはもはや尊敬に値する。まったく単細胞なのか鈍いのか楽観的なのか。
それが、だ。
「えっ……と、なに、も……ないよ。うん、大丈夫、です」
「それが大丈夫な人の態度ですか」
一歩近づくと一歩後ずさる。先ほどからそれの繰り返し。
「……いま、ちょっと宮司の顔うまくみれないんだ‥すまん……」
これまでに見たことのないほど赤く染まる顔。
「……いやおかしいでしょう!?」
思わず少し大きな声を出してしまう。
なぜ!!!!今なんですか!!!!
照れる要素は数時間前に過ぎ去っているでしょう!!!?
「……ちょっとあたし走りに行ってくる!」
そういうや否やものすごいスピードで走り去っていった。
「……なんだったんだ……」
「アッハッハッハ!!!いやあ大層愉快なものが見れたぞ!これはおもしろい!!」
誰にも聞こえないとつぶやいた声をかき消すかのように頭上からこらえきれない笑い声が聞こえた。――‥もしかして、とよぎる予想が確信に変わる。
「これは予想以上だ!まさかあのような反応を見せるとは。いやはややはりあやつは見ていて飽きない」
「……聞きたいことは山ほどあるのですがまず頭上でうろちょろと飛び回るのをやめていただけませんかとても不愉快なので」
「――‥それは失礼した」
口ではそういいながらも全く反省をしていない当事者――穂積は不快な笑みを浮かべながらゆっくりと降りてくる。
「単刀直入に聞きます。勇者に何か吹き込みましたか?」
「…………吹き込んだ、と言ったらお前はどうする?」
あざ笑うような目。挑発的な声。ああもうすべてが癪に障る。
「ことによっては、それなりの対応を」
努めて冷静に話そうとする。それを見透かすかのようにニヤリと笑うその顔が本当に大嫌いだ。
「なに、俺は勇者の背中を少し押しただけだ。肝心なところは鈍くて何もわからないあの勇者にな」
「……それはどういう、」
「宮司殿があいつに対してどのような感情を持っているのかヒントを与えただけだ。それ以上のことは何もしとらんよ。まぁこれで奥手な宮司殿も少しはやりやすく――‥」
パリン――――
風が吹く。穂積の後ろにあった窓が乾いた音を立てて割れた。
「……あー、これはまた今度変えなくてはいけませんね」
「お前‥わざと……」
「次は間違えてあなたの祠をぶっ壊してしまいそうだ。古いのですぐに壊れてしまいそうですね」
こんな安い挑発に乗ってしまうとは。我ながら呆れてしまう。
「―――‥上等。前からお前たちは見ていてイライラするんだ。奥手な宮司に代わって俺が手助けをしてやろうと思っていたがどうやらいらないみたいだ。神の力は魔物より強い。この意味が分からぬほどお前も馬鹿ではないだろう」
「今や廃れた神の力など誰が信じますか?」
「―――なに?」
もとは自分で蒔いた種なのにこちら側の挑発にのるとは。案外お互い様なのでしょう。
「神の力をなめるなよ宮司。俺が本気を出せばお前なんぞいくらでもつぶせる」
「それは“いつの時代の”あなたの事をいっているんでしょうねぇ。――ああ、何年も月日がたちすぎて未だに自分がお強いと思っているんですか。おかわいそうに」
「貴様こそ自分が俺より強いと錯覚しているその性根から叩き直さないといけないようだ。なんと傲慢で愚かか。そんなんでは実るものも実らないぞ?」
穂積の力だろうか、周りにあった物がゆっくりと浮く。俺もそれに対応するかのように防御を固めありったけの魔力をぶつけようと構えた。
―――が、
「ぐううううううううじいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
「……?……!?勇――、」
「宮司っ!!!!」
さっき走りに行くと言っていなくなった勇者が今度は俺の方めがけて走りこんでいた。勢いあまって俺とぶつかり一緒にこけてしまう。
「あのな!やっぱりこのままもやもやするのは嫌だから直接聞こうと思って!」
「……何をですか?」
「実は‥その……穂積がおかしなことをいうんだ」
穂積の存在に気づいたのかちらりと見てから少し気まずそうに目をそらした。
「穂積がさ、宮司が……その、あたしのこと好きだっていうんだよ」
全身の血流が下へと勢いよく流れていくような感覚。思わず息をするのも忘れそうになってしまう。
「……違うよな。そんなはずは、ないよな。宮司はあたしのこと……」
不安げな目。懇願にも等しい何か。ああもう、そんな目で見ないでくれ。
とても苦しい。
「―――あいつが……穂積が何を言ったかは知りませんが今はあなたが客人だからもてなしているだけです。それ以上の感情なんてありませんよ」
そこまで言い切ると心底ほっとした顔を見せた。
「……だよな!そうだよな!‥ほらみろ穂積!あたしは違うと思ったんだ!お前が変なこと言うから動揺しちゃったじゃないか!」
「―――あ、ああ、そうだな。俺の勘違いだったやもしれん」
「そういえば先ほど走りに行くと言っていたでしょう。今日は兄さんも暇だと言っていました。行ってあげたらどうですか?」
「お!そうか。それもいいかもしれないな!龍司と体を動かすのは嫌いじゃない!」
「俺もそろそろこの体勢が辛くなってきたのですが」
「‥あっ、ごめんな宮司!重かっただろう」
「いえ、まぁ‥問題はそこではないのですが……」
「ん?なんだ?まぁいいか!よし、じゃあいってくる!ありがとう!」
「…………」
「…………」
「……なぜ隠す」
ぽつりと、穂積が独り言のようにつぶやく。
「見たでしょう、勇者の顔。あんな懇願するような目で見られたらたまらない。否定するしかないじゃないですか」
「だからお前はいつまでたっても前に進まないんだ。あの時唇の一つでも奪って肯定すればよかったんだ」
「それはできない。俺たちはあくまで魔物。あっちは勇者――人間なんです。本当は相対してはいけない……恋にも落ちてはいけないんです」
だから前に進まなくていい。
「――そんなの誰が決めたんだか」
続けて「本当につまらん奴だ」と言われる。
「つまらなくて結構」
「興がさめた」
「あなたのためにこちらも動いていたらきりがありません」
「動かない恋に落ちてはいけないと言って否定しておきながらその隠しきれていない独占欲や嫉妬心はどう言い訳するんだ」
「……」
「言動と行動が矛盾している。このままではどちらも幸せにならない。この俺が断言しよう」
「……言われなくても、」
言われなくても、分かっていた。
「それでも、俺はこの気持ちを伝える事はありません。この話は終わりにしましょう」
有無を言わさず会話を終了させ、穂積の横を通り過ぎる。未だに喉の奥に張り付くような感覚に不快感を覚えながら無意識に勇者と穂積の言葉を頭の中で反芻させている自分に気がついてまた少し呆れた。