コメディ・ライト小説(新)

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.73 )
日時: 2021/05/23 01:09
名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)

 





こんな日が、いつまでもずっと、続きますように。


 





 Episode22『私たちの世界を変えたのは』

 「じゃーーーーん!!!!」
 

 よく晴れた日だった。千代さんのお菓子に舌鼓を打っていると何やら扉が開いて騒がしい。続いてからころと楽しそうに笑う声。そしてそれに合わせて――、

 「‥なんだ?これは」

 ルカとミラが勢いよく屋敷に持ち込んだのは大きな植物だった。
 「これはササっていうみたい!なんでも、この時期になるとこのササっていうのに願い事を書いた紙をつるすんだって。街でもらったから私達もやってみようと思って!」
 早くやりたいなーと弾む声に合わせるようにササが揺れる。

 「あら、楽しそうね」
 「今ので内容が分かったのか!?」
 「あまりわからないけれどとりあえずやってみようかなって~」
 「うわーい!やりましょう千代様!」
 「勇者もやるよね?」
 
 ぴょこぴょこ喜ぶルカやミラにあわせてそのササという植物もわさわさ揺れる。‥というより大きいなこれ。

 「‥紙はなんでもいいのか?」
 「これに書くみたい。これも街の人からもらった!たくさんもらったからみんなでやろうよ!」
 「いいじゃねえか。おもしろそうだ」
 「あ!龍司様!」
 「うわぁ早いなぁ」
 流石というべきかなんというべきか。こういう騒がし……楽しそうなことに対するレーダーは人一倍敏感なようだ。どこからともなく龍司の声が聞こえたかと思うと気づいたらその輪の中に入っていた。
 「よーし!中庭に集合だ!」
 「「おー!」」

乗り気な龍司達が魔法でササを浮かせながら中庭へ持っていく。気が付くと穂積や宮司も中庭に集まっていて。全員が当たり前のように中庭にいた。


◇◇◇

 「とりあえず思いつく願いは書いてみたけど……この願い事‥っていうのはなんでもいいのかしら?」
 「何でもいいみたいですよぉ!」
 「なんだかここにいる奴らに対して短冊の量が合ってないような気がするのは気のせいか‥?」
 「そういう勇者もたくさん書いてたよね」
 「まぁ否定はしないが‥」

 改めてササを見上げる。
 願い事を書いた短冊をこのササにつけ天に願うとはなんともまぁ夢があるじゃないか。だからついこちらも書くのに熱が入ってしまった。 
 
 「『またみんなでお菓子作りができますように』、『体力向上』‥はは、いろいろなものがあるな。――『もっと長く寝たい』、『楽しいことがしたい』『兄さんと勇者がもう少し落ち着いた行動をしますように』‥これは書いたやつの顔がすぐに思い浮かび上がるんだが‥というか宮司。これかいたのお前だろう。喧嘩売ってるのか」
 「おや?何のことでしょう?ちょうどいいですね。短気なところや喧嘩っ早くなるところも治してもらったらどうですか?」
 「はぁ?」
 
 相変わらず喧嘩を売らないと死んでしまうような奴だ。もう一度短冊に目をやり、ふとあることに気づいた。

 「‥なぁ穂積」
 「なんだ」
 「穂積はこれ、やらないのか?」
 
 こういう楽しそうなことには真っ先に参加しそうな神が珍しく一歩引いたところにいるのに気づき話しかける。
 「短冊、お前のだけない」
 「‥案外目ざといではないか。勇者よ」 
 「それで、お前はやらないのか?」
 もう一度、同じ質問を投げかける。
 「ああ、まあ俺は神だからな。本来はお前たちの願いを聞く立場だ」

 そういいながら短冊を目の前でひらひらと動かして見せた。
 「それに、大抵の願い事など己の力でどうとでもなるものなのだ。それをわざわざ神にお願いするなどなんと傲慢か」
 「でもさぁ、やっぱり願わずにはいられないんじゃない?きっかけや行動は本人次第だけど背中を押してもらおうって思うんじゃないかな」
 「……そういうものなのか」

 そして優しく笑った。

 「――‥ところで勇者は何をお願いしたんだ?」
 「え?それはもう!!『打倒魔王』!!」
 紙いっぱいに書かれた文字をみて穂積が噴き出す。

 「なるほど、確かに勇者らしいお願い事だ。その願い、叶うよう俺も願っておいてやろう」
 「――穂積は」
 「ああ?」
 「穂積は何をお願いしたの?」
 「勇者よ、話を聞いていたのか?俺は―、」
 「ああはいっても結局書いたんでしょう?飾っていないだけで」
 そこまでいうと観念したようにため息をつき――1枚の短冊を袂から出す。

 「―――書いていないと言えば嘘になる。が、俺はいい。さっきも言った通り俺は神だ。本当なら願いを聞かなくてはならない。――‥願ってはいけない」
 「でも、願うだけなら誰も責めたりはしないよ」
 「……果たしてどうだろうか」
 そういって短冊を自分の袂にしまった。

 「あっ!?」
 「悪いが勇者。俺のはなかったことにしてくれ。きっとこの願いは叶わない」
 そして何事もなかったかのようにみんなの輪の中に入っていった。



 ◇◇◇


 ああ、騒がしい。

 騒がしくて、心地が良い。

 袂にしまった短冊をもう一度見る。先ほどの己の行動に半ば意地のようなものを感じながらひらひらと動かした。

 「あなたも面倒な人ですね」
 「……っ、気配を消すな趣味が悪い」
 「おや失礼」
 
 不覚だ。この俺が背後を取られていたとは。
 気づいたら輪の中からいったん出ていた宮司が楽しそうに笑う。

 「あなたもそんな顔をするんですね。いやぁ愉快愉快」
 「誰の真似だその話し方は」
 「さぁ?誰でしょうか」
 「……」

 にっこりと笑う顔はいかにも町娘たちがうっかりと頬を染めてしまいそうな顔をしているであろうが今は少しイラついてしまう。
 「何を書いたのかと気になってみてみれば……あなたもそのようなことを思うようになったのですね」
 「……これはただの気まぐれだ。だから忘れろ」
 「最初ここへ来た時はあんなに興味がない顔をしていたのに」
 「うるさいぞ」
 「まぁでも。俺もこの暮らしが正直心地いい。――まさか神までも変えるとは。恐ろしい人ですね」
 心なしか嬉しそうに笑っているとわかるのは嫌でも長い間共に過ごしたからだろうか。


 『願わくば、ずっと彼らとともに、  』



 「―――こんなもの、書いたところで何も変わらぬ」
 「……それは、」
 「お前もうすうす気が付いているのだろう」

 そうだ。これは変わらないのだ。

 半ばあきらめたような声があっさりと自分の耳にも入る。
 「――‥未来が見えてしまうというのも、厄介なものだな」
 そうつぶやいた自分の声が、酷く悲しそうだった。


 「……きっと、この均衡が崩れるのも、そう遠くはないんでしょうね」
 そういった宮司の声も、どこか悲しげに聞こえた。


◇◇◇


 「楽しいねぇ、楽しいよ、勇者」

 短冊を飾って、空が傾き星が1つ、また1つと出てきた頃。隣にいたルカが息を吐くようにぽつりと漏らした。

 「……ああ、騒がしくて、嫌になるくらい楽しいな」

 今の景色は、なぜだか泣きたくなるほどにまぶしい。

 「……宮司様、変わった。前まではあんな風に笑わなかった」
 「宮司?」
  ルカと同じ方向に目をやるとそこにはミラや龍司たちと一緒に笑っている宮司の姿があった。反射的に思わず目をそらす。――いったいなぜだ?

 
 「ねえ、勇者」
 ルカの目が伏せられる。綺麗な目をしているとこの時初めて気が付いた。

 「街の人はみんな優しい。ササをくれた。短冊もくれた。どうやってやるのかを教えてくれた。でもそれは私達が“人間”だったから」
 「―――‥」

 「同じ人間にはね、みんな優しいの。果物を買ったらおまけしてくれる店の人がいて、楽しいことをしていたら教えてくれて、今日だってササや短冊までくれちゃって――‥それもこれも、私達が人間だと思っているから」

 次に見たのは、何かを諦めたような、自虐のような、そんな笑み。

 「私達が“人間”じゃないって知ったら、みんなどんな反応をするのかな」

 「――‥、」
 「……ごめんね勇者、今のは、少し意地悪だった」
 「いや……いいんだ」
 「私達が魔物や吸血鬼‥人間じゃないって知ると、皆怖がっちゃうの。だって魔族の事なんて知らないし他とは違うものなんて、排除したがるよね。“わからない”は怖い、未知のもの――わからない、から、後ろ指を指されて石を投げつけられる」
 「……」


 「だから宮司様は、人間が嫌いなの」


 改めて聞かされる事実に、わかっていても胸が痛くなる。
 「宮司様は、そんな人間が嫌いで、それでいて私達の事を大切に思ってくれてて……あたしたちを守るために今のところに住居を変えたの。そして魔族だということを隠して生きてきた。宮司様、気を張っていたんだと思う。ずっとあんな風に笑うことなんてなかった……けどね勇者、あなたが変えてくれた」
 「あたし‥?」
 「あなたが、勇者が宮司様を変えてくれたんだよ」


 ルカがもう一度宮司の方を見る。同じように目を向けるとまた龍司が何か言ったのか、呆れたように、けれども楽しそうに笑う宮司の姿があった。


 「勇者がまっすぐに、真剣に向き合ってくれたから……きっと、裏表のない勇者だから、宮司様の心を動かしてくれたのかも」
 そういうとゆっくり手を取りその甲が彼女の額に当てられる。

 「ありがとう、勇者。ここにきてくれて。宮司様だけじゃない‥きっとここにいる皆の心を動かしてくれた。また笑顔があふれた。かけがえのない生活にしてくれた。すべてのことに感謝します」


 その姿は、顔は、表情は、もはや“主に使えている者”のそれだった。


 「私、勇者に会えて本当に良かった」


 次に顔をあげた時にはもうその姿は見えなくなっていたが。


 「……あたしも、」

 流れるように出たその言葉に少しだけ涙が出そうになったことには気づかないフリをしようと思った。