コメディ・ライト小説(新)

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.76 )
日時: 2021/05/22 21:40
名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)





 「!!シュナ!やっぱりシュナなのね!」
 「‥なん、で、」
 「ああ、シュナ、シュナ!まさか本当にシュナだなんて!またこうしてシュナに会えるなんて!」
 目にいっぱいの涙をため、あたしを力強く抱きしめた。


 「なんで、アカリがここに……?」
 やっと絞り出した声のなんと情けないことか。


 「あのね、お母さんに頼まれてここまで買い物に来ていたの。――‥それより良かった……魔王を倒しに行くと言ってから全く連絡がなかったから……私、魔王に殺されたかと……心配した……」
 再度あたしを抱きしめる。その腕が少しだけ強くなった。


 “魔王に殺された”


 そうだ、あたしは魔王を倒すためにここに来たんだ。


 忘れかけていた記憶を手繰り寄せるように思い出す。


 「今は何をしているの?今まで何をしていたの?今はどこに――‥ううん、そんなことは後でいくらでも聞けるわ。シュナ、魔王から逃げてきたのよね?ああ、怖かったでしょう。一刻も早く遠くへ……私たちの村へ戻りましょう?」



 アカリが腕を軽く引く。ああ、そういえばあたしの名前はシュナだったな。
 いつの間にか勇者と呼ばれることに慣れて、それが嫌ではなくて。なんてことをぼんやりと考える。



 「………シュナ?」

 アカリの瞳が不安げに揺れた。うつむき一向に動こうとしないあたしを不審に思ったのか顔を覗き込む。


 「……あたし、いけない」
 ぽつりと呟くように吐き出されたその言葉を聞いてアカリの握る手が強くなった。


 「……なんで?‥まさか、監視されているの?奴隷のように扱われているの?ねぇ、シュナ、」

 またアカリが泣きそうになりながらも話す。


 「アカリ……」

 確かめるように名前を呼んだ。アカリ、――彼女は優しくて、とっても優しくて。おっちょこちょいなあたしを支えてくれて、いつもそばにいてくれた。
 そんな優しくて心配性な彼女をこんなにも悲しませて、不安にさせているのは紛れもなく自分だということがたまらなく嫌だった。


 「…………ごめん、」
 やっと絞り出した声は情けなく震えている。
 「ごめんって……それにシュナ、さっき名前を呼んだ時すぐに振り返らなかったわ。魔王に関わると名前を取られるという噂も本当だったのね」
 「それはちが――」
 「ねえ、もう帰りましょう?私寂しくて怖くて仕方がないの……このままではダメだって、いつかは魔王を倒さなくちゃダメだって、分かってはいるけど……でも心配なのよ……」
 
 縋るように、求めるように握られた手を握り返すことができなかった。
 
 「……アカリ、」





 「……勇者?」



 何か言わなきゃ、と口を動かすのと同時だった。買い物を終えたミラが不思議そうにこちらを見る。




 「……その子は?」
 「勇者、知り合い?」

 お互いの目がぴたりと合う。ああ、もう、どうしよう。



 「っ、ごめん、アカリ」
 「えっ?わっ、ちょっと、シュナ!?」
 「あのね、アカリ、魔王は、あいつらは思っていたような奴らじゃなかったんだよ」
 「何言って―‥」
 「心配かけてごめん、でも、魔王は……龍司や宮司たちはそんなやつらじゃ―」
 「シュナ、騙されているのよ。ねぇ、お願い、戻ってきて」
 「違うんだよ。なぁアカリ、信じてよ。そんな事実どこにもないんだ」
 「シュナ!!!」

 アカリの声が響く。不安そうな目で交互に見つめるミラの手を思わずぎゅっと握った。

 「……あたしは、大丈夫だから」
 
 それは効果が全くないと知っていながらせめてもの笑顔を作ってアカリに話す。


 「……待ってて。必ず助けるから」

 アカリは決心したようにはっきりとそう声に出し、その場を去っていった。

 「……勇者」
 いつの間にか強く手を握っていたらしい。
 「大丈夫?」
 さっきからミラがずっと心配しているのがわかる。
 「今の子って……」
 ミラが言おうとしていることも、何を思っているのかも、わかる。


 「……かえろっか、」



 笑顔を向けたつもりだった。力なく笑うあたしを見て、少し泣きそうな顔をしたミラの手を引いて城へ戻る。


 「あー、まだ買い物終わってないや。でもあとのものは今すぐ買わなくてもいいだろうし。また今度行こうよ」
 「うん‥それは別に、いいんだけど……」

 そこまで言って話すのをやめた。お互いが無言の中、誰に向けてかわからない謝罪の言葉を頭の中で唱えるように発していた。