コメディ・ライト小説(新)
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.77 )
- 日時: 2021/06/29 23:59
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)
いつからあたしは、自己満足の勇者に成り下がっていたのだろう。
Episode24『すべてに気づいたその先に』
頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
「おかえりなさい、勇者ちゃん、ミラ」
「ただいま帰りました、千代様」
「あら?勇者ちゃん、顔色が良くないようにみえるけど‥」
「……いや、大丈夫だ。何でもない」
会話もそれとなく済ませ、一人部屋に閉じこもる。
ミラや千代さんが声を掛けずとも心配してこちらを伺っているのは分かっていた。
部屋に入り、一人になったとたん堰を切ったように考えがあふれてまとまらなくなる。
――『一刻も早く遠くへ……私たちの村へ戻りましょう?』
――『私寂しくて怖くて仕方がないの……』
――『シュナ、騙されているのよ』
――『……待ってて。必ず助けるから』
アカリの言葉が消えない。いつかこんな日がくるんじゃないか、考えていなかったわけじゃなかった。ここでの生活が楽しくて、まだもっと、もう少し、と欲が出てしまっていたんだ。だからこんなことになるまで、アカリを不安にさせて傷つけた。
「最低だ、あたし」
ずっと、どうすれば宮司たちと人間が平和に暮らせるのだろうと考えていた。考えて、考えたけど答えが出なくて、でもいつかはって後回しにしていた。
それが誰かを傷つけているとも知らずに。
「……っ、」
視界がぼやけて思考がうまくまとまらない。こんなとき宮司なら、あいつがここにいたら、―――あれ、なんで今宮司が出てくるんだ……?
ぐるぐる考えていると控えめなノックが耳に入ってきた。
「大丈夫ですか?ミラから勇者の調子が悪そうだと聞きました」
「宮‥っ!?」
「入りますよ」
慌てて目元を袖口で擦る。こちらの反応には気づいていないようでゆっくりとあたしの方へ向かう。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫、だ」
「部屋の明かりもつけずにただ突っ立っている人間が大丈夫だとは到底思えませんが‥」
「……」
「……勇者?」
「……なん、でもないっ……」
「……勇者」
宮司にぎゅっと手を握られる。だから、なんでそうやって優しくするんだ。
「嫌なら話さなくて結構です。でもあなたがこうして辛そうな顔をしているのが、俺はたまらなく嫌だ」
「……っ、」
少しかがんで目を合わせようとするところ
いつもと様子が違うとき、心配してこうして聞いてくれるところ
家族や仲間が大好きで、大切に思っているところ
握った時に感じる温かい手
「――――、」
ああ、そうか。
あたし、宮司のこと、好きなんだ。
「………」
気づいたら止まらなくて、でも今はそんなこと考えている時じゃないってわかっているのに、
「……ごめん、‥っ、ごめん、ぐうじ……」
ただひたすら謝るしかできなかった。
「何がですか?勇者、俺は大丈夫ですから」
あーなんで今気づいちゃったんだろう、とか。よりによって宮司で、異種族の、しかも魔族で、とか。
そんな好きな人をこれから危険な目にあわせてしまうかも、とか。
全部、考えていたら涙なんてもう止まんなくて。
「‥っ、……うわぁああああああああ―‥」
何も言えなくて泣きながら、ただひたすら宮司の胸を弱弱しく叩くしかなかった。
いっそお前が悪いと、お前たちのせいだと最初から最後まで憎むことができたらどれだけよかったか。
だけどもう知ってしまった。気づいてしまった。
「勇者、どうしましたか?俺、何かしましたか?」
あたしが泣くとお前はきっとひどく焦ってしまうと思ったんだ。だから泣かないようにしていたのに。
「泣かないでください……」
今もこうしてひたすら懇願に近いあやし方であたしを抱きしめるのに
なにかを言おうとすると喉の奥から空気しか出てこなくて、ただただ泣いてばかりいる。
ごめん、
ごめんね、宮司。
好きになって、ごめん。
「……あたし、最初、お前たちを倒すためにここにきた」
「知っていますよ。今更何ですか」
「でも、今では、お前たちが大好きで、大切で仕方ないんだ」
息をのむ音が聞こえた。顔を見なくてもこいつが困惑し、なんて言おうか、言葉を選んでいるのがわかる。
それくらい、長く一緒にいすぎてしまった。
「‥まったく。本当にしょうがない人ですね」
次に上から降ってきたのは優しい声色。呆れたような、けれども少し嬉しそうな宮司の声。
「何を悩んでいるかすべては知りませんが、いいことを教えてあげます」
抱きしめる手が頭に伸び、優しく触れる。
「始めはここにいる皆、あなたの事を警戒していました――ああ、一部の人を除いて、ですが……でも今はここにいる全員が、あなたのことを受け入れているのですよ。とうの前から、ここにいる人たちはあなたの事が好きで、大切だと思っている人たちしかいません」
宮司の手が、話す言葉が、声が、すべてが優しく心地いい。
「そ、れは……宮司、もか?」
「俺ですか?……まぁ、俺も‥その中の一人といってもいいんじゃないでしょうか」
「‥ふふ」
思わず笑ってしまうと同時に顔に熱が集まるのがわかる。今顔を見られたら恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
「――まったく。今やあなたがこの城の中心にいる。種族や、価値観や、考え方をすべて変えて、すっとばしてですよ。あなたのせいで人間も悪い奴らばかりではないと錯覚してしまいそうだ」
「それは誉めているのか?」
「さあ?でもとにかく、責任を取ってほしいくらいです」
「それはできかねるな。――そういうあたしも、ここにきてかなり見方が変わったよ。こっちこそ、責任を取ってほしいくらいだ」
「お互い様ですね。俺たち」
気づいたら二人で噴き出していた。
一緒にいて、わかったことがある。
宮司はあたしを慰める時少し矢継ぎ早に話す。
「……もう涙は止まりましたか?」
そのことに気づいたのはいつだったか。
「‥ああ。ありがとな」
「……何を照れているんですか。あなたの泣いているところなんてこれが初めてではありませんよ」
「そうかもしれないけど、」
「まったく‥あなたは本当にいつも突然なんです。突然で予想外でこちらの言うことをまるで無視。目が離せないんですよ」
「悪かったな」
「初めてあなたが泣いた日も突然すぎて――というか、すべてが規格外でしたよ、あの日は」
「あー‥お前が突然あたしを雇うって言った日」
「そうですその日です。あの時突然あなたがあの商人に水を掛けるから――‥くく‥フフ、そうでした、あの日でしたね」
何かいろいろなことを思い出したらしい。いきなりこらえきれず笑い出した宮司にこちらは置いてけぼりだ。
「そっ‥そんな笑うほどか!?」
「すみません、でも‥――あの時の事、俺は一生忘れません」
改めて目を見て話す宮司にあたしはなんと答えたか。
「……大げさすぎないか?」
「それくらい、俺にとっては衝撃的だったもので」
遠くを見て話す宮司は何を思い出しているのかわからなかった。だけどきっと悪いことではないだろう。
いつの間にか涙が止まっていることを確認したのかまたいつものように「千代さんが待ってますよ」とゆっくりと歩みを進めた。
いまはまだ、気づいたこの気持ちも、思いも、どうか宮司にバレませんように。