コメディ・ライト小説(新)

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.78 )
日時: 2021/08/10 23:42
名前: 猫まんまステーキ (ID: aDg7zUCy)




 あの子に会いに行こうと、行こうと、思っているのに、


 どうしても、体が動かない。


 Episode25『空と灰と、』



 「あら?勇者ちゃん、出かけるの?」
 必要最低限の物をもって外にでようとしていたあたしを千代さんは呼び止めた。

 「あー‥うん。ちょっとな」
 「最近顔色が悪かったけど‥もう大丈夫なの?」
 「ああ、大丈夫だ。心配かけたな」
 「そう‥?」
 
 それでもなお心配そうにこちらをみる千代さんに気づかないフリをして努めて明るく話す。

 「ああ、本当にもう大丈夫。だから少し出かけてくるね」
 「なんだ勇者、でかけるのか」

 どこからともなく現れた穂積がひらりとあたしの近くまで来て尋ねる。

 「そうだけど」
 「何用で?」
 「……ちょっと、いろいろと」
 「ほう」

 こういうときにとっさに言葉が出てこない。


 アカリに――村の人間に会いに行くと言ったらこいつらは、宮司は、どんな顔をするんだろう。

 「――なぁ、今日は街へ行くのはやめにしないか?」
 「え?」
 あたしの反応とは裏腹に珍しくばつが悪そうな顔をしていた。

 「その‥なんだ、その用は今日でなくてはならんのか」
 「……なるべく早く終わらせくて」
 「なら俺も一緒に行こう。ちょうど行きたいところがあるんだ」
 「またアンナのところ?」
 「……いや、違う」
 歯切れが悪い。なんなんだ、この違和感は。

 「……ごめん、でもあたし一人でやらなくちゃいけないことだから」
 振り払うようにして扉を開ける。相変わらず違和感は消えない。



 後ろで穂積が何か言っている気がした。気がした、だけだけど。
 
 
◇◇◇





 相変わらずここ最近の街は煙のにおいと、誰かの悲しむ声。今日はやけに、誰かの泣き声がよく聞こえる。
 もともと計画性のない行動だった。アカリが今どこにいるのかもわからない。けれど今すぐにでもあって話をしたい衝動が抑えられなかった。

 

 「―――――」


 先ほどからやけに泣く声が聞こえる。この近くで火葬が行われているのだろうか。



 「――――」


 ああ、だめだ。意識をこちらに集中させなければ。



 「――――」



 この人ごみの中にアカリがいるかもしれない、と思った



 「         」



 そういえば。以前穂積は「未来の事も見えてしまう」と話していたことがあったな。
 なぜそれを今思い出したかはわからないけれど。



 



 「           アンナ?   」





 ……あれ?今目の前にある景色を見て、なんで友の名前が口からこぼれたんだ?




 「――――アン、」
 「勇者」



 もう一度、確認するように友の名前を出すのと、ふわりと遮られるようにかざされた手が視界に入るのはほぼ同時だった。



 「……みるな、勇者よ」



 かざされた右手がかすかに震えている。


 「ほ、づみ、」


 そう、やけに、誰かの泣き声が耳に入ると思った。

 泣き叫ぶ声に、名前を呼ぶ声に、聞き覚えがあると思った。
 その横たわって、運ばれて、おそらく目を覚ますことはないだろうその姿に、
 
人ごみの隙間からちらりと見えた、その顔、に、


 「あれ、は、ほづみ、ほづみ‥っ」
 「ゆっくり息を吸え。落ち着け。大丈夫だ」
 驚くほど穏やかに穂積は話した。


 時折右手の隙間からまるで眠っている彼女を見るたびに思わず口から名前が零れそうになっていく。

 「……だから今日はやめておいた方がいいと言ったんだ」
 かすかに上から聞こえた言葉になんと返したか覚えていない。
 


 「――‥今回は早かったな、友よ」


 ひどく寂しそうな声でつぶやく穂積は何を思っていたか。





カ―――――ン‥カ――――ン‥


 どこかから鐘の鳴る音が聞こえる。きっともうすぐ彼女は灰になってしまうだろう。



 「……勇者」
 言葉を選んでいる穂積の声。きっと、
 「ああ勇者よ、頼む。涙を止めてくれ。泣かないでくれ」
 「……っ、」
 右手で流れた涙をぬぐってくれるその手はどこまでも優しかった。

 
 そしてあたしを諭す声は少し震えていた。