コメディ・ライト小説(新)

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.91 )
日時: 2021/11/22 01:00
名前: 猫まんまステーキ (ID: HyhGJdk5)



 今更どちらかを選ぶなんて、できない。




 Episode27 『勇者、シュナ』

―――「魔王なんてさ、あたし達の力ですぐに倒せるよ」
―――「そうね。だから早く倒して村の皆を安心させなくちゃ」
―――「この4人でいれば最強だ」
―――「そうやってあなたたちはすぐ油断をする‥まぁでも、確かに負ける気はないですね」

 ふとよぎったのは、少し遠い過去のこと。
 まだ何も知らない、無知だったころの自分。

 パーティを組んで、自分たちは最強だと豪語して、酒を飲んでは夢を語り、笑い合っていたあの頃。



―――「……いま、なんていったの?」
―――「‥だからこれ以上進むのなら俺たちは一緒に行けないって言ったんだ」
―――「待ってよ!?意味が分かんない!魔王は?あと少しで拠点に着くっていうのに‥!」
―――「強い魔力を感じるのよ。シュナ、今のリリィ達じゃ無理‥行っても全員死ぬだけなの……」
―――「だからなんだっていうんだよ!?村の皆は?それだけじゃない。魔王に支配されているといわれているこの街の人たちは?それらをすべておいて逃げ出すっていうの!?」
―――「確実に救うにはもう少し力を付けてからじゃないといくらなんでも‥」
―――「シュナ、挑戦と無謀は違うんだよ」
―――「……それでも、今引き返すことはできない」
―――「シュナ!」
―――「嫌なら来なくて大丈夫だ。ここから先はあたし1人でいく」




 これも少し前のこと。
 仲間と喧嘩して、衝突して、1人で倒しに行くと覚悟を決めた頃。


―――「ああして笑顔で俺の名前を呼んでくれる今がとても愛おしいと思う」
―――「俺はな、どこかで生きていてほしいと願うことが、俺の、俺自身の愛のかたちだと思う」
―――「勇者、信じて」
―――「ありがとう、勇者。ここにきてくれて。宮司様だけじゃない‥きっとここにいる皆の心を動かしてくれた。また笑顔があふれた。かけがえのない生活にしてくれた。すべてのことに感謝します」
―――「私はこの生活が大好き。ここの皆が大好き。もちろん、今では勇者ちゃんも大好きよ。だからそんな大好きな場所で大好きな人たちと大好きなことをやったら、それはきっと、本当に幸せなことじゃないかしら?」


―――「あなたのような人がいるのなら、人間も、人間がする営みも、悪くはないのかもと思えるようにはなりました」





……そしてこれは、もっと近い記憶。

 気づいたら頭の中は、今のあたしの生活はこいつらでできていた。
 大切で、かけがえのない、この生活がたまらなく愛おしかった。
 
 どうしたらいいのか答えはまだ出せないけど
今あたしがこのままここに居続けたらいけないことくらいは、わかる。

 それでも――――




 「よう勇者。ざまあねえなぁ」
 扉が勢いよく開いたかと思うと龍司がからかうような声色で入ってきた。

 「穂積から聞いた。お前、かつてのパーティに会ったそうじゃないか」
 「……」
 「――なんだ、随分と部屋の物が1つにまとめられているじゃないか。まるでこの城から出ていくような素振りだな」
 「……あたし、分かんなくなっちゃったんだ。始めは魔族なんて、って思っていたけど‥今はどっちも大切で……両方手放したくない。あいつらも根はいいやつなんだ。いい奴で……優しくて……今は勘違いしているだけなんだよ。でもどうしたらいいのかわからなくなって、つい穂積の手を取って逃げちゃった‥なぁ龍司、あたしどうしたら、」



 
 「勘違いするなよ」
 とたんに龍司の声が一気に低くなる。

 「“それ”を、俺に委ねるのか?委ねて、逃げて、投げ出して。ずいぶんと弱くなったもんだなァ。それでお前は満足か?」
 「‥っそんなんじゃ、」


 「いいか勇者。これは忠告だ」

 ゆっくりと、瞳がこちらを捉える。


 「お前は最初、俺たちを倒しに来た。今更“どちらか”なんて選べないんだよ。だからお前が選ぶしかないんだ。“俺たち”か、“あちら側”か」
 「……わかんない、やだ、いやだよ、龍司。あたしどっちも大切で――」
 「甘えんな」

 全てを見透かしたように、遮るように龍司は話す。

 「俺はお前の事、嫌いじゃあない。だがお前の言う『勘違い』で俺たちの日常が崩されることはあってはならない。俺はここのやつらが、生活が、千代が、何よりも大切だ。それを脅かすようならたとえ勇者でも、俺は排除しなければならない」

 

 『排除』


 その言葉を龍司から聞くとこんなに胸が苦しくなるとは思っていなくて。思わず視線を下ろしそうになる。


 「お前は勇者なんだろう」

 ゆっくりと、鉛のように心の中に落ちていく。

 「だからどちらかを選べ」

 言葉が、視線が、すべてがあたしの中に入っていく。


 「もしお前が“あちら側”を選ぶのなら俺は全力で敵対する」


 龍司の声に迷いはない。

 「その時は覚悟をしろ。――勇者、シュナよ」

 このとき、初めて龍司の目があたしを“敵”と認識した。