コメディ・ライト小説(新)

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.94 )
日時: 2022/01/23 18:00
名前: 猫まんまステーキ (ID: tBS4CIHc)


 

 
 次の日の朝。


 勇者の部屋には 何もなかった。


 Episode28『まっすぐで、不器用で、全力な 愛すべき馬鹿』


 「……どこを探しても勇者は見つかりませんでした」
 「そうか」
 「勇者、本当に人間たちの方にいっちゃったんだ‥」
 「……」
 「嫌だな、私勇者と戦いたくない」
 「そんなの、私だって――」
 「ルカ、ミラ」
 「っ、」
 「すみません、龍司様‥」


 誰もいない部屋で静かに二人を制止する。だが何をしたって今の状況は変わらなかった。


 「……『最悪』の事を考えて周りの防御を固めるぞ。宮司、どれくらいでできる」
 「えっ‥と、この城全体、となると少し時間が……」
 「わかった。それまでにルカとミラ、俺でそれぞれの門で待機する。いつでも戦闘態勢に入れるようにしておいてくれ」
「……はい」
「わかりました」


 兄の一声で全ての空気が引き締まっていく。戦闘態勢に入っていく。

「私も一緒に行く」
「……千代にはなるべく戦ってほしくないんだ」
「そんな、私だけ見ていろと言うの?」
「……」
「龍司くん達よりは劣るかもしれないけど、私もちゃんと戦えるわ。足手まといにはならない」

 兄貴は少し考えた後「わかった」とだけつぶやいた。それほど事態は良くないというのは誰が見ても明らかだった。
「……ただ、無理はしないでくれ」
「何かあれば千代様は私達がお守りします」
「ああ……だがルカ、ミラ。お前たちもだ。無理はするな。何かあればすぐ逃げろ」

二人がそれぞれに返事をする。

「‥穂積は?」
 「ここにいる」
 
 先ほどまで姿が見えなかった穂積がゆっくりと俺たちの前に現れる。

 「―――が、少し遅かったやもしれん」
 「……?」
 顎で窓の外を見るよう促される。


 
 「もう来ている、ということだ」
 
 

 
 

 ◇◇◇


 「3人‥あれが勇者の元パーティ……」
 窓からのぞくとそこにはすでに元勇者の仲間らしき人間が忌々しそうに城を見上げていた。

 そして一人の剣士が力を溜め剣をこちらに向かって振り下ろそうとした時だった。


 「まっっっってぇぇぇええええ!!!!」

 どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。というかこの声は、



 「シュナ?」
 「勇者!?」
 
 驚いた人間側と上から見ていたこちら側が声をあげるのはほぼ同時だった。


 「シュナ!!!」
 魔法使いと思しき女がいたわるように背中に手をやる。


 「あの城から無事に逃げ出せたのね。もう大丈夫よ。一緒に―――」
 「いや、違うんだ」

 それどころではないと勇者が一歩、後ろへ下がる。その顔はどこか妙に吹っ切れた顔をしていた。


 「今日は話をしにきたんだ」
 「話……?」
 
 「あたし、考えたんだ。考えて、考えて……やっぱり、あいつらとは戦いたくない」
「それはつまり‥‥」
仲間の一人が言葉を選ぼうとしているのをみて勇者が首を振った。


「かといって、お前たちとも戦いたくはない。大切で、大事な仲間だから」
 「だったら、」


 「だから、あたしは、話し合ってお互いの誤解を解きにきたんだ」


 静かに深呼吸をする。その目に迷いはなかった。
 
 「誤解だぁ?」
 一人の男が怪訝そうな顔で話す。

 「ここに住んでいるのは街の人たちや俺たちの住んでいる村の人間の不安を煽る魔物だろ?事実今街で起きている流行り病はすべて魔王どもがもたらした厄災だと聞く。他にもそういった類のものはたたけばいくらでも出てくるだろ」
 「だからそれが全部誤解なんだ。あいつらは何もしていない……本当にただ、静かに過ごしているだけなんだよ」
 「じゃあこの城から駄々洩れの殺気はどう説明するんです?今にもこちらに向かってきそうだ」
 「それは……」
 「向こう側も俺たちと同じ気持ちだ……同じ気持ちで、俺たちを殺しに来る」
 「……っ、」
 「なあ、あの時の勇ましさはどうしたんだよ、なんでそんなに絆されちまったんだよ」
 

 口々に周りの仲間が声をそろえる中、勇者が意を決したように話した。


 「……じゃあ、あたしがあいつらとも話をしてくる。あいつらは、お前たちが思っているようなやつらじゃないって、あたしが証明する。もし話をして、それでも龍司達‥あちら側とお前たちの誤解が解けないままだったら、そのときは―――
 




 あたしは、お前らと、あいつらを相手に戦いを挑むよ」






 「「「「「「はあ!?!?」」」」」」




 突飛な発言に思わず声がそろった。

 「魔物側、お前たち側、どちらの邪魔もする。すべて。あたしの手で」

 半ばやけに見えるその姿に迷いはなかった。

 「勇者……」
 「アッハッハッハッハ!!!!」
 一部始終をみて不安げに見つめるルカ達とは対照的に穂積は豪快に笑った。


 「ああ、なんと強引な!最終的には力で何とかしようとしているぞ!あいつは馬鹿だ!!!愛すべき馬鹿だな!!」
 この場にそぐわないほどの大声でひとしきり笑った後、目を細めて勇者を見つめる。



 「だがそれ故に、愛おしい」


 それは穂積の口から思わず出た、まぎれもない本心。
 「まさか“両方を選”んで、“両方捨てる”とは思わなかった。予知していない未来だ」
 そういって穂積は人差し指で軽く円を描くように回す。

 「来るべき時のために、この城にはまじない程度だが俺の加護を与えよう。時間稼ぎ程度には役に立つだろう」
 一瞬優しい光が穂積の指先でくるくると回ったかと思うと瞬く間に消えてなくなった。

 「さあ、あとは勇者と、お前たち次第だ」
 そんなのは言われなくても、分かっていた。

 そしてルカとミラ、千代さんたちがそれぞれの場所に向かおうとした直後、




ドォォォオオオン――――


 大きな音ともに建物が崩れる音。

 「―――まぁ、あちらは血気盛んなやつらが多いようだが」
 やれやれというように穂積は呆れた顔で音のする方を見た。



 「まどろっこしいわ。それなら、直接聞きにいくわよ」




 どうやら音の出どころは思った通りのところで起こっているようで。


 一瞬、下にいる魔法使いと目が合ったような気がした。