コメディ・ライト小説(新)
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.96 )
- 日時: 2022/06/12 01:44
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: j/F88EhV)
「――驚いた。あなたみたいな奴はてっきり筋力馬鹿で話の通じないタイプだと思っていたのに」
「おい」
「……ですがそれを俺が聞いてどのようなメリットが?」
眼鏡――ノアの目がふっと陰る。こういう損得で考える姿がいつかのどこかの誰かと重なって少し笑ってしまった。
「何がおかしい?」
「いんや?どこかの愚弟にそっくりだと思っただけだ」
まだ勇者に出会う前の、人間を蔑み、嫌い、憎んでいたあの頃の弟に。
「……やっぱりあいつはすげぇな」
ぽつりとつい口からこぼれた言葉は紛れもなく本心で。
「……だからやっぱり、あいつが……俺たちには勇者がいないとダメなんだ」
どうか、この日常を取り戻したいと、必死にもがく姿を見て、どうか笑ってくれ。勇者。
◇◇◇
一人の少女は奔走する。
(誰か……っ、話が分かる奴‥ノア……)
何が正解だったかわからないまま。
(宮司……!)
それでも彼女は。
「……え?」
そしてまた、ある違和感に気づいて立ち止まる。
「…………ああ、」
気づいてそして、その場に座り込んでしまう。
「……誰か、」
皆を救いたいと、そう願う勇者の涙は誰にも気づかれないまま。
◇◇◇
「ミラ、ミラ。どうしよう」
「……」
門を守り、龍司様達からの指示を待つ。
だけどそれだけではどうやらだめだったようで。
不安げに見つめるルカの手を握った私の手は震えていた。
「なんだ?こいつらが魔王の手下?」
「随分若いように見えるが‥」
「そうはいっても相手は魔物だ。油断ならんぞ」
何人もの人間たちがこちらに武器を構えていた。
「今が絶好のチャンスだ」
「俺たちもあの者たちに続け!!」
「人数ではこっちが勝ってんだ!押し通すぞ!」
次々に向けられる敵意にただ立ち尽くすしかなく
「……」
それでもとかすかな望みをかけて力を籠める。
「…………―――やめて 」
お願い。
「……ミラ?」
「…………もう帰っ、て 」
お願い。
「ひぃっ………!」
「なんだあの黒い影は……!」
「バッ……バケモノ!!!」
「………――」
お願いします。これ以上私達にかまわないで。
「ミラ―――ッ!」
「っ!?」
ルカに言われて気づく。私の回りからでたたくさんのどす黒い影を。
「バケモノ!!!!!!」
そして気づく。『バケモノ』と言われている『矛先』を。
「‥ちが、」
「ひるむな!!今こそ忌々しいバケモノに粛清を!罰を!!」
「……バケモノ、なんかじゃ‥」
絞り出すように出た言葉は誰にも届かない。
私達は何もしていないのに。
どうして、
「どうして……」
「ミラ待って、落ち着いてお願い」
「私達はいつも、悪役だ―――!!!」
無数の影が伸びる。人間たちの悲鳴が聞こえる。
それもどこかすべて他人事のように聞こえた。
「ミラ!!!!!」
ルカが声を荒げている。―――誰に?
「ミラッ!!!!」
影が暴走している。だめ、止まらない。
次々と人間が影につかまり、宙に浮いていく。物語の悪はいつだって私達だ。
―――「私が、もし吸血鬼だって言ったら、勇者はどう思う?」
―――「吸血鬼‥ってすごい!すごいかっこいいじゃんミラ!!」
―――ああ。
「―――っ、」
なんで今思い出すの―――!!
その時一瞬、影の威力が弱くなった、気がした。
「―――ほう、これはなんとも珍しい」
「!?」
「落ち着け、ミラ」
誰かが私の頭を優しくなでる。
伸びていた影がゆっくりと威力を弱め、元の私の影の中へと戻っていく。
「――‥なんとも野蛮な客人がきたものだな」
「……穂積」
「なっ‥なんだこいつは!?」
「突然現れたぞ!?」
「……かつてあいつを見捨てたやつらが今では仲良く友達ごっこだなんて、随分とまぁ面白いことをするもんだな」
周りをみてぼそりとつぶやいた穂積の声色にはほんのりと怒気が混ざっていた。
「……ミラ、落ち着け」
頭の上に置いていた右手で再度ポンポンと優しくなで、何事もなかったかのように村人のもとへ目線を向けた。
「悪役――あぁ、そうだな。悪役か。この物語の必要悪である俺たちは早々に退散せねばならんのかもしれないな」
その声はどこか他人事のように薄っぺらい。
「だが、お前たちが望むハッピーエンドはなんだ?何もしていない我々を追い出して、殺して、なかったことにすることなのか?ここにいる勇者の本当に伝えたいことをすべて無視して、自己満足の悦に浸った伝承を後世にまで語り継ぐことか?」
穂積が吐き捨てるように笑う。
「なんと傲慢で無知で愚かなことか!目の前にある真実を見ろ。かつてお前たちが生きている時の一度でも、ここに住んでいる奴らが危害を加えたことがあったか」
穂積の声で村人がたじろいでいるのが分かった。
「――こいつらは種族が違うだけでお前たちとなんら変わりない営みを送っているだけだ」
そう言った穂積はあまりにも優しい目をしていた。
「過去にも未来にもこいつらが人間に危害を加えたという事実はない!!この時の神が保障しよう!!!!!」
そして最後は半ば無理矢理言い切っていた。――というより時の神だなんて初めて聞いたしいうほど穂積昔からここにいないじゃない。
「さあ、理解したのならお帰り願おうか!!」
パンッ!と1度手を鳴らし、人差し指をくるりと回す。
「うおっ!?」
「えっ?なんだこれっ、勝手に体が―――」
「ほら、行った行った」
村人の意志とは反して体が動き出し、城の出口の方へと向かう。
自分の手のひらの上で転がすことができて楽しいのか顔つきは先ほどと比べて明るい。
「ちょっ、まだ話は終わって―――」
「姑息な魔法を使いやがって――!」
「おい!!!早く解け!!!くそ!!」
「この街やお前たちの先祖についてもっとよく調べてから出直すんだな」
まるで音楽を奏でるかのように指を動かし、ついには私たちの視界からいなくなっていった。徐々に声も遠ざかっていくのをみるに本当に穂積がこの城から追い出したのだろう。
「穂積‥」
「なんてむちゃくちゃな」
「ていうか、それができたなら最初からやってよ」
「そういうな。俺だって力を使うのには条件がいろいろとあるんだ」
「使えるんだか使えないんだか」
「お?なんだ?窮地を救ったのに大層な口を利くのはこの口か?ええ?」
「うぇーひゃら、いひゃい、いひゃい!」
「……というか穂積、途中適当なこと言ってたでしょ?時の神なんて初めて聞いたしそれに、過去の事を言うほどあなたここにいないじゃない」
「だが嘘ではないだろう?」
「……うん」
「そうだね。……フフ」
「まったくこんな時にのんきな奴らだ」
少々あきれ顔の穂積と頬が少し赤くなったルカ。そして場違いに笑う声。
「さあ、他の奴らを迎えに行こうか。俺の家も壊されているからこれが終わったらあの魔王殿にはもっとすごいものを用意してもらわないとわりにあわん」
そういいながら穂積は歩き出した。
「…………ありがとう、穂積、ルカ」
そして勇者も。
あの時の言葉が、私を救ってくれた。
(だから、)
だからね、勇者。
今度は私も、あなたを救いたいの。