コメディ・ライト小説(新)

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.98 )
日時: 2022/10/16 21:53
名前: 猫まんまステーキ (ID: qd1P8yNT)





 ゆっくりと彼女の涙を拭く。


 いまはそれしかできない。




 「―――‥?」
 ふと、誰か別の気配があることに気づく。





 「……だれ」
 「あら。お話し中だったのにごめんなさいね」
 「……」


 そこには大きな薙刀を持った異形なものがいた。


 「……チヨさん」
 “チヨ”と呼ばれたその人はシュナをみるとにっこりと笑った。

 「その様子だとあまりいい方向には進んでないみたいね」
 「……」
 綺麗な顔で笑うんだな、と思った。
 だがそれ以上に目に入ってしまう。
 禍々しいツノ。嫌でも見てしまう。


 「……そうね、私もできることなら、みんなとのわだかまりがとけて、仲良く暮らしたいわ」
 ちらりと窓の外を見る。きっと先ほど何が起こっていたかわかっているのだろう。


 「ねぇ、勇者ちゃん」
 少しうつむいていたシュナの顔がほんの少しだけ上がる。


 「私はね、龍司君のことを、恩人だと思っているの。感謝しているの。誇りに思っているの。大好きなの。





―――愛しているの」



 「だから……だからね、私は彼を殺そうとしたり、彼を悲しませたりする人がいた場合は―――」



 ゆっくりとその薙刀の刃がこちらに向く。

 「排除するしかないの」


 「………っ!?」

 「ごめんね。勇者ちゃん」
 その目に迷いはなかった。


 「……」
 いつでも魔法がだせるようにと身を構える。


 「……なんて。本当はこんなこといいたくはないのよ」
 スッと持っていた薙刀を下ろした。


 「――‥きっとここにいる誰だって、あなたをそんな顔にはさせたくないの。――いじわるを言ってごめんなさい」
 ゆっくりとシュナに近づき、頬をなでた。

 そしてリリィと目が合った。


 「私は千代。ここに住んでいるの。ここは勇者ちゃんの顔に免じて引き上げてくれると嬉しいのだけど」
 優しく微笑む。角についていた鈴が少し揺れた。


 「……それはできない。リリィ達はシュナを連れて帰る。そして魔王たちを倒すと決めたから」
 「リリィ!」
 「……」
 

 わからない。この人の考えていることも、シュナの気持ちも。
 わからないけれど、もう後戻りはできないのだ。
 「ねえ勇者ちゃん」
 「……?」
 「この奥をいって階段を上がったところにおそらくあなたの仲間がいると思うわ。それにきっと、宮司君もいると思う」
 “グウジ”と言われるとやっぱりシュナの顔色が変わった。


 「話してくるんでしょう?」
 シュナの手を両手で包み込みこんだ。


 「大丈夫よ。ここは私に任せて。約束するわ。絶対にあなたの仲間は傷つけない」
 
 ゆっくり。

 「――きっと、勇者ちゃんならうまくいくわ」
 

 ゆっくりと、何かが解けていくような感覚がして。でもそれが何なのか、リリィにはわからない。


 「またみんなで、お菓子でも食べましょう」
 そういわれると一瞬、リリィの顔を見た後「ごめん」とつぶやき走っていった。


―――そんな言葉、聞きたくないのに。




 「……さっき、リリィのことを傷つけないってシュナに言ってたけれど」
 二人きり。もう一度向き直り静かに聞く。

 「もしリリィがあなたの事を傷つけたらどうするの?」
 いつでも魔法が使えるようにそっと魔力を込めた。

 「んー‥そうねぇ‥」
 その女は考える。


 「もし、あんたがさっき話していた……なんとかっていう恩人の魔王を、リリィ達が傷つけたら」
 そういうとピクリと指先を動かした。










 「きっと、それは誰も幸せにはなれないわよ」




 その声はひどく冷たく、悲しい声だった。