コメディ・ライト小説(新)

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.99 )
日時: 2024/11/30 00:29
名前: 猫まんまステーキ (ID: TiVvIMad)


 鬼なんて大嫌い。人間なんて大嫌い。

 でも、何にもなれない私はもっと大嫌いだった。



Episode30『世界でいちばん、愛している』


 地図に載っているのかもわからないような小さな小さな村の、そのまたはずれにあるところ。そこが私の故郷だった。
 そこには代々鬼が住んでいて、鬼だったお父さんと、偶然そこに迷い込んでしまった人間のお母さん。その二人から生まれた。
 二人は違う種族であることを理由に一緒になることを反対されたが、半ば強引に一緒になり、私が生まれてからもそれはひどく続いた。

 違う種族同士が結婚。それだけでなく、本来額に2本ある角が1本しか持っていない子どもとして生まれてきた私は当然のように村から忌み嫌われ、腫物を扱うかのようだった。



――――『やはり人間なんかと一緒になったから罰が当たったんだ』
――――『角の形も何もかもが恐ろしい……見ているこちらまで呪われそうだ』
――――『禍々しい角だ。きっといずれこの村にも災いがもたらされる』


 何度も聞いた。何度も指をさされ、哀れみ、同情すらされないままその言葉だけを、何度も聞いた。


――――『村のためだ。こいつがいるといずれ厄災が降り注ぐ。悪いことは言わないからこの子供を殺しなさい』


 ある鬼が言った。私を殺すようにと。片方しかないこの角が、生えているこの禍々しいものが、鬼でも人間でもないこの私が、いるとこの村では厄介らしい。



――――『千代、』


 ある日、何度も泣いた跡が残る顔でお母さんがぽつりとつぶやいた。

――――『一緒に逃げましょう。ここじゃないどこかに。きっと、千代を受け入れてくれる人がいる』



 だから、



 そういっていたお母さんの顔はひどく悲しそうで。
 ああ、私がお母さんを悲しませているんだと子どもながらに思った。



 こうして親子三人で逃げるようにしてたどり着いたところは人間の村だった。
 

 人間の村。人間だけが住んでいる村。
 どうやらそこはお母さんの故郷らしい。けれど半ば勘当同然で家を出たその村に私たちの居場所はなくて。


――――『いきなり帰ってきたと思ったらそんな気持ちの悪い子どもなんて作って』
――――『鬼と人間の子どもですって?なんておぞましい‥』
――――『額から生えているその禍々しい角。嫌でも目に入ってしまう』

 それは前と変わらない生活。
 ああ、結局私たちの居場所なんて、私たちを受け入れてくれる人なんて、どこにもいないんだ。
 
 泣いているのを悟られないよう、明るくふるまうお母さん。
 村の人から後ろ指を指され、暴力を振るわれても、何でもないように笑いかけるお父さん。


 ごめんね、お母さん、お父さん。
 私がいると不幸になるね。


 外に出る時は角が隠れるくらいのローブを纏い、誰にも気づかれないようひっそりと行くのが習慣になってきていた。ある日、山に山草を取りに行っていると草むらから音が聞こえた。

 「……お、やっと誰かに会った!いやぁ珍しく迷った迷った」
 そういって笑いながら私のもとにやってきたその男の子は何の迷いもなく私に近づいてきて。


 「……?」
 「なぁ、お前ここらへんの村の人間か?ちょっと聞きたいことがあるんだが――」

 ずかずかとこちらへ来るのに対し、一歩、また一歩と下がる。下がった拍子にフードが取れてしまい、角が見えてしまった。

 「……!?」 
 「えっ……」


 驚いたのはほぼ同時。慌ててフードを被るも遅く、男の子は私をみて固まっていた。

 「…………お前、その角――」


 全身の血の気が引いた。ああなんだ、みんなして、そんなにこの角がおかしいのか。

 「――何よ。どうせあなたもこの角がおかしいって、禍々しいっていうんでしょう!?みんなみんな、うるさいのよ‥!私が何をしたっていうの!?ただ普通に生まれて、普通に生きているだけなのに――!」

 考えるよりも言葉が先に出ていた。気づいたら突然目の前に現れた男の子にあふれ出る感情を吐き出していて止めることができなかった。

 「この角がそんなにおかしいの?何よ、みんなして。うるさいのよ」

 ああだめ、止まらない。


 「大嫌いよ。鬼も、人も」

 声がどんどん小さくなって、体の力がなくなって、ゆっくりと座り込む。


 「こんな角も、私自身も……みんな大嫌いよ……」


 縋るように、祈るように。もし、生まれ変われるなら、

 「‥私だって、どちらかに生まれたらよかった」


 自分でも驚くほどすんなり出てしまったその言葉はずっと思っていた気持ち。

鬼でも人間でもない半端者の私が、お母さんとお父さんを不幸にしてしまう私が、せめてどちらかの種族になっていたら、この忌々しい過去は変わっていたのだろうか。

 
 「……なぁ、その角、」
 「――っ、さわらないで‥ッ」

 私の様子をしばらくみていた彼が突然手を伸ばそうとして慌てて後ろへ下がる。


 「ごめんな。怖がらせるつもりはなかったんだ」
 困ったように笑う。

 「お前のその角が、すごくきれいだと思って」


 “綺麗”


 それはもしかして、この角に対しての言葉なのか。


 「……は?」
 「初めて見た。驚いた。とても綺麗だと、俺は思った」
 「……なにを、いっているの‥?」
 
 わからなかった。この人の言っていることが。


 「そうだ。俺がおまじないを掛けてやろう」

 何を思ったのか突然彼はそう言いだし、グイっと私に近づいた。

 「―――なぁ、触ってもいいか?」
 「……、少しだけなら」

 あれ、なんで私、こんな見ず知らずの人に角を触らせることを許しているの?
そう考えるより前に彼は私の角をゆっくりと触った。

 時間にするときっと数分にも満たないだろう。だけどそれがとても長く感じて。どうしよう、私、男の人とこんなに近くにいたことがない。
 ……でも、不思議と嫌ではない。


 「……よし、これでいいだろう。鏡を見てくれ」
 
 少しの角の違和感を残し、彼は満足気に微笑んだ。そしてどこからともなく鏡を取り出した。

 鏡なんて大嫌いだった私の気持ちなんてよそににっこりと笑う彼を見て思わずゆっくりと覗き込んだ。


 「――――‥」

 鏡を見るとその禍々しい角には赤色のリボンが結ばれていて。



 「お前が、お前のその綺麗な角が、少しでも好きになれるようなおまじない」





 それが彼―――龍司くんとの出会いだった。