コメディ・ライト小説(新)

Re: ☆星の子☆   返信200突破記念『キャラ人気投票』開催中! ( No.209 )
日時: 2010/11/05 22:46
名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: gWH3Y7K0)

7章     56話「深い眠りへ…」


 やっと楓は日向と2人きりになれたものの、何から話せばよいのか分からず迷っていた。日向の行動は癪に障ったが、それをいちいち煩く注意する自分もどうかと思う。

(あーあ、なんでトイレに行こうなんて言っちゃったんだろ)

 楓はハーッとため息をつき、ぼやいた。計画も何にもなしに行き当たりばったりで、咄嗟にトイレと言ってしまったが……。

(もっと違うところにすれば良かった)

 楓はまたハーッとため息をついた。しかしこういう風に展開が転んだのであれば、話題を作ってなるべくいっぱい喋らなければ!
 その時プラネタリウムを観終わった後の日向の言葉が浮かんだ。

「そういえばあんたの将来の夢って…―――」

 自分でもいきなりすぎたかな、と思うほど唐突に楓は訊いた。しかし日向は間髪入れずに「ニュースキャスター」と抑揚のない声で答えた。

「ニュ、ニュースキャスター……」

 楓は返す言葉が見つからず、ちらっと横目で日向を見た。そして後から後から言いたい言葉が浮かんできたが、喉元まで出かかった言葉を苦労して飲み込んだ。というより飲み込むしかなかった。
 日向が口を開きかけたからだ。

「あなたは将来の夢、あるの?」

 その日向の言葉に楓はたじろいだ。勿論そんなの無かったからだ。
 楓の戸惑った姿をじっと見つめ、日向は言った。

「早く決めといた方が楽よ。」

 その言葉を聞き、楓は首を傾げた。何に対して楽なんだろう、と。
 楽とかよりも楽しくやる方が大切だと思うけど。
 楓はいっそのことそう言ってしまいたかったが、先ほどの日向の“負け犬”という言葉を思い出した。

「さっきも言ってたけどさ、何に対して負けるの? 勝ち負けって、何かと競争してるんだよね。一体何と?」
 
 楓の言葉に次は日向がたじろぐ番だった。
 確かに何と自分は競争してるんだろう、と自問自答しているらしい。
 何も言わない日向を見て楓はさらに言った。

「そりゃあ将来とかも大切だけど、何よりも今は、今を楽しむことが大切じゃないかな。日向さんは青春を通り越してるような気がしてならないんだけど。だって人生で一度しかない中学時代は楽しい思い出にしなきゃ。」

 そう言って楓はニッコリ笑った。なかなか自分、いいこと言ったー! と自分自身を褒めながら。
 日向は何やらブツブツ言って、ギロッと楓を睨んだ。しかしその表情は不自然なものだった。自分が父の仕事を手伝うのは、誰かに言われて嫌々ながらやっている……そんな気持ちが伝わってくるのだ。

 日向は相当楓の言葉が癪に障ったのであろう。口元だけを吊り上げ、必死に営業スマイルをしようと努力しながら(その顔はとても奇妙だった)、右手をあげ右の方を指した。

「お客様、トイレはつきあたりを右に曲がって真っ直ぐ進むと階段が見えてきますので、その階段を降りてください。1階のロビーにトイレがあります。」

 日向は用件だけさっさと行って今来た道を引き返した。勿論さっきのようにサッと身を翻して。そしてあとには楓だけがぽつん…と残ってしまった。

「私、なんか変なこと言ったかな?」

 楓は呟いて日向の言った通りの道を進んだ。もともとトイレに行きたかったのだ。
 
 果たして階段を降りようとしたとき、なぜか自分の後ろに誰かの人の気配を感じた。無意識のうちに後ろを振り返り、「誰もいないよね。」と自分に言い聞かせるようにしながら階段を降りようと足を踏み出した。
 すると!
 なぜか楓の足が言うことを聞かずおぼろげに階段を降り始めた。その姿は人間操り人形のようで、なんとも滑稽だった。

「えっ? ちょっと! 危ない!」

 楓が気づいた時にはもう遅く、楓の足はどんどんとスピードを上げながら不安定に小走りする。
 楓は本当に危機を感じてとっさに誰か助けてもらおうと後ろを振り向いた。その途端、本当にバランスが崩れて、後ろを向いた体勢のまま一階の10段くらい上から楓は落ちていった。
 
 眼球に映るのは白く塗装してある天井。落ちるまで物凄く短い時間だったが、楓はすべてがスローモーションに見えた。これがアトラクションだったならば、とても面白かっただろう。しかしこれは笑いごとではないのだ。本当に打ち所が悪ければ―――――

 ゴン

 鈍い音がして楓は静かに意識を失っていった。自分は頭を打ったんだ…と呑気に考えながら。最後に聞こえたのは、紛れもない空の泣き叫ぶ声……。

「かえでーーーーーっ!!!」