コメディ・ライト小説(新)
- Re: ☆星の子☆ ( No.343 )
- 日時: 2011/07/23 14:11
- 名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: VXkkD50w)
10章 73話「誓いとその意味」
まるで本物の悪夢を見たようだった。
本当に悪夢なら、早く覚めてほしかった。
暗闇に灯る無数の炎、教会に大神ゼウスの巨大な像、手首を鎖でつなげられキリストのように十字架につるされた光聖君――そのすべてを首筋にあてられた冷たい刃が現実だと告げていた。
ここはヨーロッパ。実際外の風景は見てないので正確にはどこだかわからないが、なっちゃん達が――ナツさん達、と言ったほうがいいのだろうか――「大神ゼウスの発祥地だ」と言っていたのでヨーロッパなのだろう。そのゼウスのいるこの教会に私たちは連れてこられた。『アステリア』――光聖君の故郷の名だ――の住民が崇拝する神ゼウスの前で、迷い星クズに平衡を乱さないと誓わせ消すのだという。
惨い話だ、と私は思った。迷い星クズは悪いことなど何もしていない。実際に光聖君やお父さんと私は暮らして来たのだ。何とかして証明できないものか。
でも、と私はがっかりした。自分刃を突き立てられている。こんな無防備な状況はない。
私は人質だった。光聖君が少しでも妙な行動を起こしたら、すぐに私が傷つけられる。だから光聖君は、ただ彼らの言葉を聞き、誓い、消えるしかないのだ。
こんな自分の無力さを呪った。でも、無力だからこそ出来ることもあるはずだと信じた。少し首を動かすだけで刃が当たる。浅く皮膚も切れ出血するだろう。こんな窮地でできることはなんだろう――――
私はそれをひたすら考えた。
しかし時間は止まってくれない。刻一刻と確実に針は時を刻み、私の心の焦りも増えつつあった。
「時間だ。」
不意になっちゃんが言った。私は血の気が引くのを感じた。
やめて――そう言いたくても言えない。光聖君を守りたくても守れない。
光聖君は宙をにらんでいた。なっちゃん達の言葉は聞かないつもりだろう。しかし、逆らえば逆らうほど彼らに痛めつけられるのは目に見えている。素直にしたほうがいいのは、光聖君にもわかっているだろう。
なっちゃんの言葉を聞いた途端、暗黙の緊張感が私達を包み込んだ。その沈黙の中、なっちゃんの歩く音だけが嫌に響く。彼女――彼、だっけ――が光聖君の前につくまでが、とても長く感じられた。
ようやく光聖君の前まで来たなっちゃんは、ゆっくりと大きく手を広げた。そして目を瞑りやや上を向いて唱える。
「大神ゼウスに真実を申し誓え。
何時はこの世の平衡を乱し、我々に逆らったか?」
その問いに光聖君は閉じた瞳を開き、凛然と答えた。
「はい。」
「!?」
この言葉を聞いて驚いたのは私だけではなかった。なっちゃんは言葉を詰まらせ、私の首筋に刃を当てた警官はナイフを取り落しかけ、その横で見守るリンさんは瞳を見開き、ヒナさんは顔をしかめた。
誰もが、光聖君の瞳に宿る決意の炎と彼が発した言葉が矛盾していると感じたからである。
しかしそれも束の間、なっちゃんはすぐに気を取り直し再度儀式を始める。
「では汝はこの世から消え、罪を滅ぼすと誓うか?」
みんなの視線が光聖君に集中した。
私はただ、やめてくれと願うことしかできない。ぐっと目を瞑り、反対の返事を待った。
光聖君の吐息が聞こえる。お願い――――
「――――誓います。」
ここから逃げるにはどうしたらいいのだろう。
ずっと考えていたが、答えは出そうにない。一番の気がかりは空だった。僕が動いた間違いなく殺されるだろう。あの空の後ろで構える警官さえなんとかすれば……!
僕は悔しくて歯ぎしりした。実をいうと手首についたこんな鎖、すぐに外せる。僕をなめてもらっちゃ困る。毒が体中を巡っているからなんだというのだ。僕はそんなにか弱くない。
でも、と僕は落ち込んだ。問題は空だけではない。僕を窮地へと追い込んだ敵は多くあるのだ。僕はさっと周りへ視線を走らせ3人の警官を確認した。Gチームのトップ、ナツ・リン・ヒナ。こいつらと戦って逃げ出せる自信は万に一つと言っていいほどない。それに、と怪しい光を放つ首輪を見る。これは星クズの力を低減するストーンで作られた首輪。これがある限り僕は何にも変身できない。もし逃げられたとしても変身できないんじゃすぐに追いつかれてしまう。
と、僕が悶々と考えていたところへナツの声が響く。それは儀式を始める合図でもあった。
自分の身体が一気に硬直したのを感じた。部屋の雰囲気が一変する。空は顔をこわばらせたが、ナツたちは瞳をギラギラと輝かせまるで獲物を追う狼のようで、『銀河の警官』よりも『銀河の狼』のほうがいいのではないか――ついそう思ってしまったほどだった。
ナツが僕のほうへと歩いてくる。
もうだめなのか――? 僕はギュッと目を瞑った。
その時だった。
『――ルよ』
「っ!?」
どこからか声が聞こえた。いったい誰がどこから?
そう思いながらもその声に集中する。この声は僕にしか聞こえないようだった。
『アステルよ』
再度同じ声が聞こえた。重く厳かな声。“アステル”とは僕のことだろうか?
『汝は生きたいか? 少女を救い帰還するための力が欲しいか?』
「大神ゼウスに真実を申し誓え。汝はこの世の平衡を乱し、我々に逆らったか?」
頭に響くその問いとナツの問いが聞こえたのはほぼ同時だった。しかし僕はナツの言葉なんか聞いちゃいなかった。重く厳かな声の主が自分に力を貸してくれる――そう確信したからだった。
「はい。」
僕はきっぱりと、力強く言った。鼓動が速くなり頭に響く声以外は、何も聞こえなくなる。
しばらくして、いささか満足げな声が聞こえた。
『では、我が与えし力を存分に使い少女と帰還し、我が国を救うと誓うか?』
ドクドクと鼓動がうるさいくらいに脈を打つ。それを静めようと僕はゆっくりと深呼吸した。
自然と口からある一つの言葉が零れる。
「――――誓います。」