コメディ・ライト小説(新)
- Re: ☆星の子☆ ( No.806 )
- 日時: 2019/10/18 08:47
- 名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: 3t44M6Cd)
17章 110話「二人の約束と願い」
東軍 密林 空――
私はあたりを見渡した。鬱蒼とした森の中。背の高い木々が聳え立って視界を遮り、光聖君やユキさん、東軍の姿を目視することはできなかったが、戦士達の雄叫びや刃物が擦れ合うような不快な金属音が遠くから聞こえ、時折閃光が見える。その事実がここは未だ戦場なのだと、非情にも私に告げていた。
(――「反乱軍の黒駒は――――――――ハクよ」――)
先程別れた、可愛らしい黒の装束を身に纏った少女の言葉を何度も反芻する。キラや他の仲間を思うと不安が体を駆け巡った。
「走れるか」
隣でリンさんが気遣わしげに見やった。
私は唾をごくりと飲み込み、緊張した面持ちで顎を引く。身につけている靴は反乱軍特製の代物で、踵に金色の翼が取り付けられてある。そのため私は人の身であったが、『アステリア』の民と同程度の速度で走ることができた。
「この森を抜ければ首都『シャイニア』が見える。そこまで向かおう」
言って、リンさんは駆けだした。私も足に力を込め、地を蹴る。
風を切って走る彼の金髪が後ろに流れる。夜空に映えてとても美しい。
私が横に並ぶと、リンさんは淡々と言葉を紡いだ。
「ガル総司令官との連絡が途絶えている……本拠地で大規模な爆発があったことは知っているか? おそらく今はその復旧作業に追われているのだろう。
――こちら側にスパイがいて、政府に内情が漏れているとすると、レオ達率いる南軍に敵戦力も力を注いでいるはずだ。戦闘指揮官らが指示できない状況を考えると、相当厄介な相手らしい。
森を抜けた先に丘がある。『シャイニア』を一望できれば、戦況がわかるはずだ」
「……うん、わかった」
リンさんは元々こちらの住民であったから、この薄暗い森の中でも大体の方角がわかるようであった。迷いなく前を見据えて走る彼の背を追いかける。
光聖君は大丈夫かな……。
もう随分前から会っていないような気がする。悪戯な笑みを浮かべる彼をふと思い出し、胸がぎゅっと痛んだ。
私が急にいなくなって、心配しているだろう。不注意のせいで一人、ムマが操る異空間へ飛ばされたことを思うと、再び後悔の念が押し寄せた。
空、と名を呼びリンさんが立ち止まった。私も歩みを止める。何やら険しい顔で彼が黙り込むので、私もあがる息を押し殺して周りの状況を確認した。
「……静かだね?」
小声で問いかけるとリンさんは首肯した。
先程まで至るところで聞こえていた武器の擦る音や爆発音が、ぱたりと聞こえなくなっていた。宙を仰ぐと、暗闇に無数の火の粉が散りゆくのが見えた。ひやりと汗が首筋を伝う。
――ここ一帯は、決着がついたのかな……。
私の心の声に同調するように、
「そのようだな。……俺の傍を離れるな」
そう言ってリンさんは腰に下げてあった太刀を構え、木々の向こうに鋭い眼差しを向けた。私達の不安を煽るように、ザアァァッと一際強い風が吹き付け枝葉を揺らす。
――と、その奥に影が見えた。
「っ、政府軍か?」
私を守るように背に隠して、リンさんは緊張を滲ませた声で問う。するとおずおずと、彼と同様に剣を構えた甲冑の兵士が前に出た。さらにその後ろから、見慣れた修道着の女性が音もなく姿を現す。
「に、西軍隊長? 何故ここに?」
「――天野さん、戻ってこられたのですね……」
「ユキさん! それに東軍の兵士さんも!」
思わず私は喜びの声をあげてユキさんの元へ駆け寄った。ふ、とリンさんが安堵の息をついて武器を下ろし、鞘にしまった。危険がないことがわかると、ユキさんの後に続きぞろぞろと数十名の兵士が姿を見せた。
「東軍か、無事で何よりだ。俺が西軍を離れてここにいる理由は……長くなるから後で話そう。
ひとまず、敵の討伐ご苦労だったな」
彼が微笑をたたえながらキラリと瞳を光らせ、労いの言葉をかけると、わっと歓声があがった。
私はさっと東軍の面々に目を向け、琥珀色の髪が特徴の彼を探す。しかし、
――光聖君が、いない……。
「迷い星はどこだ?」
聞かれたユキさんは、薄紫のベールが顔を覆うせいで表情がよく見えない。彼女は掌に乗せた水晶を大事に撫でつつ、西方の一点を顧みて憂いを帯びた声色で答えた。
「少年は森の向こうの丘にいます。今頃――――」
「きゃあっ!?」
言い終わる前に、荒々しい突風が辺り一面を吹きさらした。思わずぎゅっと目を瞑り、片手でユキさんの修道服の裾をつかみ、片腕で顔を覆う。足に力を込めて踏みとどまらないと飛ばされそうだった。
この風は一体……!?
風の唸りがやがて消え、私はおそるおそる双眸を開く。荒れた髪を手で整える。何枚か葉が絡まっていて、思わず顔を顰めた。
「リンさん、今のは……」
「迷い星か」
眉間に皺を寄せて彼は呟く。どきり、と心臓を鷲づかみにされたような感覚。胃の中を氷が滑り落ちたような錯覚に襲われる。
他にも何か気付いたのか、リンさんの飴色の瞳が一瞬、狼狽したように揺れた。
それでもなお冷静に西軍隊長である彼はユキさん含め東軍に指示を出す。
「敵はあらかた予想がついている。俺は光聖の援護に向かおう。
ユキ、東軍を引き連れて丘を迂回して首都へ進め。道中負傷者がいたら極力手当するように。この密林にもう政府軍はいないだろうが気をつけろ。空は――」
「わ、私も光聖君の元へ行く!」
思わず彼の言葉を遮って、私は声をあげた。冷淡な眼差しを向けられて一瞬ひるんだが、じっと彼の眼を見つめ返すと、堪忍したようにリンさんは肩を竦めてみせる。小さくため息をついて仕方がないな、と呟いた彼の口の端があがった。
「ユキ、そういうわけだ。空は俺が責任を持って預かろう」
「……承知しました。ご武運を」
リンさんが命ずると、ユキさんは腰を折り曲げてそれに応じた。東軍の兵士達も「はっ」と
背筋を正し敬礼する。
それを合図に私とリンさんは再び駆け出した。
激しい熱量を持って、何者かが光聖君と対峙している。
お願い、無事でいて――――!
――迷いなく彼の元へ駆ける少女の運命を想う。
修道着を纏った妙齢の女は密林がその小さな背中を隠すまでじっと見つめ続けた。
- Re: ☆星の子☆ ( No.807 )
- 日時: 2019/10/19 12:32
- 名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: /FmWkVBR)
南軍 空中 キラVSハク――
落下する。身体が重い。
僕は未だ口の端に微笑を乗せて、眼前の獣を見据えた。依然黄水晶のような美しい瞳に、爛々と怒りと殺意を燃やしている。立派な毛並みで覆われた四肢が、僕の細い胴と太腿に乗る。
さらに加速する。鋭い鉤爪が月光に反射してキラリと輝いた。
それは数秒にも満たぬ時間だったろうか。
彼女になら殺されても良いのかも知れない――ふと、そんな馬鹿げた想像をする。そう考える程余裕があるのは、勿論彼女が僕を殺めることなど出来やしないと分かっているからだ。
獣は腕を振り上げる。躊躇なく、僕の首筋を狙って、鋭い爪が振るわれる。
「――――っふふ」
この期に及んで、思わず笑いが漏れた。僕は壊れている。本当にどうしようもなく。
鉤爪が首筋に届いた。皮膚が切れただろうか、ぴりっと鋭い痛みが刺す。
しかし。
その手で復讐できる、彼女を燃やし続けた執念がようやく晴れる、あと少しで、僕の首を掻っ切ることが出来るというのに――それを前にして獣はぴたりと腕を振るうのをやめた。怒りで我を失い獣化したそれは、豹変した顔をくしゃくしゃに歪ませる。燃え盛るような美しい赤が特徴の、彼女の自慢の赤髪がなびく。
――――あぁ、つまらない。
落下する。
地上はすぐそこに迫っていた。さすがの僕も重力には抗えない。このまま地面に身体を強打しては、それこそ命が危うい。
僕は目の前の獣に向かって、冷めた瞳で微笑んだ。
首筋には依然凶器が当てられている。僕は瞬時に左手でその前足首を、右手で獣の肩――にふさふさと生えた毛――を強く掴み、腹筋に力を入れて身体を反転させた。
「ふ――っ!」
二人の影が地面に届く、その瞬間。間一髪で体勢が逆転する。
獣の身体は強く地面に打ち付けられる。
「か、はっ――――」
金色の瞳がかっと見開かれる。犬歯の並んだ大きな口が血を吐いた。鮮血はすぐさま深紅の火の粉となって闇夜に散っていく。
と、眩い光が一瞬獣の身体を包み込んだ。思わず目を細める。
光が収縮して弾け、再び辺りが暗闇で包まれるとそこには、恐ろしい異形の獣ではなくよく見知った少女の姿があった。
僕は馬乗りの姿勢で彼女を見下ろした。目鼻立ちの整った、端麗な美しい女戦士。鍛え抜かれて引き締まったその身体は、歴戦による痣や傷だらけで痛ましい。凜とした眉が今は苦しげに寄せられている。先の衝撃で満身創痍な彼女は、動く気力すら失ったのかぐったりしていた。その上、体力の消耗が激しいであろう半分意識が飛んだ状態での獣化の後だ。無理もない。
静寂の中、どちらのものとも言えない荒い息遣いだけが響いた。
ここには僕とキラしかいない――不思議な高揚感が駆け巡る。
「……決着はつきましたね」
僕は懐から小さな短剣を取り出す。月光に反射してその刀身が鈍く光る。ゆっくりと、彼女に見せつけるようにそれを振りかざした。
もとより、二人の決着はとうの昔に着いている。女戦士が反乱軍に潜伏していた得体の知れない少年に恋慕を抱いた、その時点で彼女の敗北は確定したのだ。
少女の瞼がゆっくりと重く持ち上がり、焦点の定まらない双眸が僕を捉えた。長い睫毛に縁取られた瞳の奥底に、胡散臭い笑みを貼り付けた白髪の幼い少年が映る。
僕は思わず、それをじっと見つめた。
なにもない
君の目に映る僕はこんなに虚無で、疎ましくて、浅ましいのに、どうして――――――
邪念を振り払う。僕の生きる意味。生きる理由。それを与えてくださったのは。
ナイフを持つ手をぐっと強く握り締める。こんなの、幾つも遂行した使命のうちの一つじゃないか。
彼女の澄んだ瞳が湿り気を帯びる。映り込んだ少年の影が揺れ、やがて霧散した。
それでも彼女は何も言わず、ただ曇りのない双眸で僕を見つめる。そこからはらはらと静かに涙がこぼれ落ちた。
常日頃から貼り付けた偽の笑みが崩れるのを感じる。ぎりっ、と歯を軋ませた。
「っ、だからそんな目で、僕を見るな――――!」
自分に向けられるには眩しすぎる、黄水晶のように輝く瞳に向けて、僕は凶器を持った右手を振り下ろした。
生き甲斐が分からない。何のために僕は生きているのだろう。
心底どうでも良かった、他人も、自分も。
あぁ、今すぐ僕とこの星もろとも、消えてなくなればいいのに。
H・F様はそんな僕に生きる理由を与えてくださった。
与えられた使命をこなす。それが僕の、存在意義。
「どうして……抵抗しないんですか」
そう告げる僕の右手は、何故すんでの所で金縛りにあったかのように動かないのだろう。
「僕は貴方の妹を殺したんですよ? そして今も、貴方を手にかけようとしているのに」
これでは先の獣と同じではないか。僕らしくない、みっともない。
…………そもそも僕らしいって何だ? 本当の僕って誰だっけ。
…………わからない。僕には、何もない――――――
身体が急速に熱を失ってゆくのを感じた。手足の感覚が鈍くなる。先の獣に傷つけられた痛みが、今になってじわじわと身体を蝕んでいく。腕がだらりと垂れ、はからずも彼女の眼前に突きつけられたナイフは掌から離れた。それは青々とした柔らかい芝草の上に音もなく落ちる。
キラはおもむろに持ち上げた両腕を、おずおずと僕の身体に回した。僅かに背中が重くなり、そこから人の温もりが伝わってくる。
――温かい。
それは僕には不釣り合いな感覚だった。
キラは静かに涙を零していた。だって、と絞り上げるように言葉を紡ぐ。
「せ、戦争が終わったら、一緒に、幸せに暮らすって……約束、したから――――」
がん、と頭部を酷く硬くて重い鈍器で殴られたかのような衝撃。ははっ、と乾いた笑い声が漏れた。
「まさかあれ……本気にしていたんですか?」
精一杯嫌みたらしく告げようとしたものの僕の言葉には覇気がない。
燃え盛るような深紅の長髪が眩しい。煌めく金色の瞳に射貫かれる。時折見せる彼女のあどけない笑顔が不意に脳裏をよぎった。
君はまるで太陽のようだ。
そんな君の隣にいたら、僕はきっとその正しさに耐えきれず焼け焦げてしまう。
「――――僕は……貴方の傍にいるのに相応しくありません」
思わずそう呟くと、背に回された腕に力が込められ、ぐっと前へ引き寄せられた。軽い抵抗も男性顔負けの怪力の前では虚しく、なされるがまま、小柄な僕は彼女の腕の中にすっぽりと収まる。耳のすぐ近くでトクトクと規則正しい鼓動が聞こえる。
震える声でキラは応えた。
「それでも……私は、これからもハクと一緒にいたい……っ。もちろん、ハクがやったことは許せないし、まだ怒ってる。
だから……これが、私が与える貴方への罰。
――――ハク……一緒に、生きよう?」
そこには僕のどんな弁明も聞き入れない、断固とした決意があった。
……かなわないな。
もしかして、先に負けていたのはこの僕だったのだろうか。
ようやく今、気がついてしまった。僕は君を手にかけられない。それでいて、僕の罪を、君に罰して欲しかったのだと。他でもないキラの手で、僕はこの世に別れを告げたかったのだと。なんて我が儘で滑稽な願いだろう。
ふと横を見やると、漆を塗ったように黒い犬が少し離れて大人しく座り、同様に漆黒の瞳を僕に向けていた。H・F様から与えられた力、使い魔でいて僕の半身。
シャドー、と声をかけるより先に、その犬はクゥンと喉を鳴らして闇夜に紛れるように消えた。
――――あれ……。
長い呪縛から解放されたかのように身体から力が抜ける。意識が朦朧とし景色が霞んでゆく中、素直に身体を彼女に預けた。瞼が重くなる。
僕は引きずり込まれるように深い眠りへと意識を手放した。