コメディ・ライト小説(新)

Re: ☆星の子☆ 111話「背中合わせの二人」 ( No.815 )
日時: 2019/10/29 15:27
名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: 3t44M6Cd)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

17章     111話「背中合わせの二人」


東軍 密林 リン、空――

 ひしめきむらがる樹林の中を、ただひたすら走る。しばらく進んだその先で眩い光が一閃し、木々の隙間から漏れたそれは辺りを一瞬照らした。さらに前方から風に乗ってかすかに硝煙の臭いが鼻をついた。乾いた銃声が何度も聞こえる。
 そろそろ丘が見える頃だろうか。静かに、ゆっくりと速度を落とす。
 この先で熾烈な戦いを繰り広げていることが予想された。一人は迷い星だろう、そしてその敵は……。
 唐突に密林が終わりを迎え、視界が開けた。
 光聖君、と少年の名前を小さく叫んだ空の口元を塞ぐ。息を殺して、草木に身を潜め状況を確認した。

 ――何だあれは。

 刀が燃えている。そう錯覚した。
 初めに目に飛び込んできたのは、迷い星が手にする太刀と盾だった。煌々と眩い光を放つそれらは、戦いに赴く前に俺が見たものとは全く姿形が異なっていた。ピアぐらい小柄な少女であれば易々と隠れてしまえるほど巨大で重々しい盾。握ったつばから伸びる刀身には火の粉が舞っている。少年は強い炎を瞳に宿し、大きな盾を軽々と持ち上げて跳躍する。
 光聖が刀を向けるその先には、紛う事なき、明るい青の警官服に身を包んだかつての同僚がいた。目深に被った帽子と胸元には、この国の象徴である羽を腕一杯広げた金色の鳥の刺繍が施されている。膝丈のスカートが風にはためいた。彼女は息を切らしつつも、手に持った拳銃をまっすぐ迷い星へと向ける。

「うあああぁっ!」
「っ、しつこい!」

 パァン、と何度目かの銃声が響く。銃口から飛び出た弾丸は少年の琥珀色の髪をかすめ、夜空に吸い込まれる。女警官は振り下ろされた剣先を危うく躱し、後退して距離を取った。
 互いに挑戦的な瞳でぎらぎらと睨み合うこと数秒、

「……隠れてないで出てきなさいよ」

と冷めた声色で、森に向かって彼女は言葉を吐き捨てた。長年共に過ごした俺の気配を敏感に感じ取ったようだ。俺は息を一つ吐いて空に告げる。

「空、ここは危険だ。なるべく奴らと距離を置いて身を隠せ」
「――……うん、そうする。リンさん、光聖君をお願い……」

 ここは流れ弾がいつ飛んでくるかわからない。元は均等に刈られた柔らかい緑で覆われていたろうに、今は所々焼け焦げ煙がくすぶっている芝生をちらりと見た。
 そんな俺の心配を感じ取ったのか、空は神妙な面持ちで素直に頷いた。夜空を塗り広げたような黒目の奥が不安げに揺れる。「すぐ戻る」と言い残し、俺はふわりと軽い所作で腰を上げた。目にかかった少し長めの前髪を手の甲で払いのける。
 左腰の鞘に右手をかけ、俺は数歩前へ出た。鬱蒼とした森の中から姿を現した俺を見て、迷い星があっと声をあげた。
 女警官は表情一つ変えずに、冷たい眼差しをこちらに向ける。俺も彼女から目を逸らさず、静かに腰から長い太刀を引き抜いた。月光に反射して刃が妖しげに光る。

「……ヒナ」

 彼女の名を呼ぶ。信条が違えて敵対関係になってしまった、かつての同僚。願わくはこんな形で再会したくなかった――それは彼女も同意であろう。しかし、俺たちの関係は劇的に変化してしまった。唐突に訪れたナツの死によって。
 張り詰めた空気が支配する中、ヒナは口の端を歪めて刺々しく言葉を発した。

「随分久しぶりね、リン。悪いけどここから先は通さないわよ」

 相変わらずの高圧的な態度に、思わず心の中で苦笑する。

「ならば、一戦交えるまでだな」
「二対一ね、上等よ。そこの星クズの相手には飽き飽きしていたところなの」

 ヒナは少し吊りあがった瞳の奥を爛々と輝かせ、赤い唇をちろりと舐めた。その様はまるで蛇のようである。彼女が空いた左手でホルスターにぶら下がった拳銃を取り出すと、光聖が呻いた。

「うげっ……お前二丁同時に使えるの!? あの威力の弾がまだ飛んでくるのか……」

 先の勝負でだいぶ疲弊しているらしく、かなり参っているようだ。
 確かに二挺拳銃は攻撃に特化しており見た目こそ派手だが、身を守る術がない。加えて銃を撃った時の反動が激しいため、最悪身体が反動に耐えきれず後ろへ吹っ飛び、弾は狙いを大きく外れることになりかねない。そう、なりかねないのだが。

「もたもたしていると死ぬわ、よっ!」

 ヒナは後ろへ跳躍し、両腕を伸ばした。二つの銃口はそれぞれ俺と光聖へしっかり照準を定めている。
 流石に何十年も警官をやっていれば、銃の使い方なんぞお手の物か。

「やばっ」
「迷い星、背を借りるぞ!」

 ヒナは躊躇なくその引き金を引いた。少年の返事を聞くより前に、俺は素早く身を翻しその後ろへ隠れる。
 乾いた銃声が聞こえたと同時に凄まじい速さで弾が横切り、そのままの勢いで後ろにそびえた木の幹を貫通した。あまりの威力に銃弾数発を盾で防いだ光聖の両足が、踏みとどまれず後ろへ後退する。光聖は歯を食いしばり、煌々と輝く盾でヒナの猛攻を耐え抜いた。
 迷い星の首筋に汗が流れ落ちた。後ろを見やり、俺をじとっと睨めつける。

「リン……! 僕を盾に使うなっ」
「とっさのことでな、すまない」

 瞳を光らせて口先だけで謝る。光聖から機敏に離れると、刀を水平に構え、こちらの様子を伺っているヒナに向かって踏み込んだ。彼女は相変わらず不適な笑みを浮かべ、薙ぎ払われた刀を右手の銃身で受け止める。不快な激突音が爆ぜ火花が飛び散った。互いに睨み合う。

「ふん、無断で警官の仕事を投げ出して政府に歯向かうなんて、良いご身分ね?」
「お前こそ、いい加減目を覚ましたらどうだ? 政府のやっていることは民衆のためにならない。今から謀反するのならば、これ以上傷つけないが」
「はっ――だれが!」

 ヒナは絶妙な力加減で刀を跳ね返し、素早く距離をとる。敵との間合いを詰めなければ。俺は再び二太刀目へと踏み込む。銃撃戦になれば刀で応戦する我々は不利である。
 俺の意図を読み取ったのか、左手にいた迷い星がすかさず前へ跳躍していた。太刀の切っ先を右後方へと大きく振って脇の構えを取ると、呼応するように剣先から火の粉が迸る。

「はぁっ!」

 光聖が刀を斜に切り上げた。その軌跡を火の粉が舞う。寸前、ヒナは歴戦の勘で身を翻す。銃口が素早く光聖に向けられ、引き金に指が置かれる。俺はそのヒナの頭上へと高く跳んで両手に持った武器を、刀身をしならせるほどの剛力で振り下ろす。

「ふっ!」
「ちっ――!」

 振り下ろされた太刀が拳銃へ届いた。その衝撃で武器はヒナの手から離れ、落下する。飛び出た弾丸の軌道は僅かに逸れ、滑空して後ろの密林へ吸い込まれた。
 ぞくり、と戦慄せんりつが走る。よわい13の、国の戦争に巻き込まれた少女の身が心配になる。
――ヒナの持つ銃は威力があまりに強く、射程距離が長い。一刻も早く、けりをつけなければ。

 瞬時に間合いをとったヒナが懐から短剣を取り出した。眼前に迫った光聖の強堅な刃と鍔迫つばぜり合う。彼女のめらめらと燃える瞳が、俺の視線の先を捉えた。

「ふうん、そういうこと」

 口の端を吊り上げて、楽しそうに笑った。

「あの中学生を次は戦争に巻き込んじゃったのね? 光聖」
「っ!?」 (空が近くにいる……!?)

 動揺して光聖が目を丸くする。と同時に、生まれつきのサイコメトラー能力が働いて思考がすっと頭へ流れ込んできた。
 居場所を勘づかれたか……。
 彼女への警戒心をもう一段階引き上げる。ヒナとは共に警官をしていたが、チーム内で実行役を任されていた彼女は誰よりも判断が早く、良くも悪くも効率的に仕事をこなす奴だった。H・Fへの盲目的な忠誠心からくる、使命遂行のための血も涙もない作戦の数々。
 闇雲にヒナへ武器を振るうより、敵の出方を伺うべきか……?

「ここにいるってことは……ムマの奴、あんな小娘一人捕まえられなかったってわけ?
 ――ふん、まぁいいわ。私がここでまとめて消してあげるから」
「させるか!」

 光聖が刀を押し切る。その反動で後ろへ飛び退いた彼女の身体は既に傷だらけであった。切れた頬や手足から絶えず茜色の火の粉が舞い散っている。それでも彼女は不敵な笑みを崩さない。

「こんな、二人が一大事の時に、お前達のリーダーは何やってんだよ……っ」

 光聖が小さく毒づいた。
 
 迷い星にとっては何でもない一言だったろう、がその瞬間、ヒナの纏う空気がより不安定で危ういものに変わったのを俺は見逃さなかった。す、と彼女から一切の表情が消える。冷徹な、暗い瞳を光聖に向けたまま、ヒナは首を傾げた。耳元で切り揃えられた茶髪が揺れる。

「――――は? ……あんた、何も知らないの?」

 彼女の地雷を踏んだ、そう直感した。
 ナツが絶命したことを今の今まで伝えられずにいた自分を呪う。

「 ―― 」

 刹那、金属同士の衝突音が耳を劈いた。
 今度こそ本物の殺意を目に宿して弾丸のような速さで襲いかかってきたヒナの短剣を、光聖が咄嗟に受け止めている。ヒナが憎々しげに吐き捨てた。

「あの時、あんたが大人しくしていれば……っ、ナツは、死ななかった――!」
「な……!?」 (ナツが死んだ……? 殺されたのか?)

 光聖が絶句する。彼女の眼光に気圧され後退した少年の足がほつれ、その場に尻餅をついた。
 何やってるんだあの馬鹿……!
 空の安全が第一ではあるが迷い星の窮地も捨て置けず、光聖へ駆け寄ろうとして――左に踏み出した足を、止める。
 敵は眼前の滑稽な少年を苦渋の表情で見下ろしていた。どこか哀愁を漂わせる彼女の姿に、3人集まった最後の夜が脳裏をよぎり心臓が痛む。
 運良く訪れた間隙を縫って、光聖は瞬時に体勢を立て直し彼女から距離をとる。ゆらり、と緩慢な動作でヒナが顔をあげた。その、無理矢理に貼り付けた狂気的な笑みに思わず背筋が凍る。

 ヒナの相手は迷い星に任せて俺は空を――
 
 考えた俺の右後方の、深く茂った暗い森に向けて、ヒナは素早く黒光りする凶器を向けた。彼女が小さく何やら呟くと同時に、銃口の奥から眩い光が漏れ出すのを感じる。

 刹那、ヒュンと耳元で風が吹き抜けた。光の残像を視界の端で捉える。

「なっ――――」

 振り返ると一帯の木々が真一文字に焼き払われていた。
 俺も光聖も、何が起きたのかまるで理解できない。目に止まらぬ速さであの拳銃から光線が噴出し、樹木を燃やしたというのか。
 背の高い木々がひしめいていたはずのそこから、恐怖におののく小柄な少女の姿が見える。パチパチと燃えて緑が灰になってゆく中、少女はへなへなとその場に座り込んだ。

「――っふふ、見つけた」

 かつての同僚がにんまりと意地の悪い笑みを浮かべる――が、瞳は全く笑っていなかった。彼女の全身から沸き立つ殺意を感じ取る。迷いなくその銃口が空に向く。

「っ、光聖!」
「わかってる!!」

 応えて、少年が太刀を大きく振りかぶり

「――――しね」

 敵が引き金に手をかけ
 
 俺は。