コメディ・ライト小説(新)

Re: ☆星の子☆  112話「守りたかったもの」(1) ( No.816 )
日時: 2019/11/04 17:45
名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: /FmWkVBR)
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17章    112話「守りたかったもの」


東軍 シャイニア  空、光聖、リンVSヒナ――

 随分長い距離を走ったので胸が苦しい。酸素を必死に肺に送りたい衝動を押し殺し、冷静に吸って吐いてを繰り返す。

「ふぅ……」

 動悸も落ち着いたところで、私は近くの大木に背を預けた。湿っていてひんやりと冷たい。
リンさんに言われた通り、私は光聖君達から少し距離を置いて森の中で息を潜めていた。といっても土地勘がないのであまり遠くへ行くと迷子になってしまうし、東軍とほんの少し離れたがためにムマと夢の中に閉じ込められたのはつい先程のことである。私はヒナさんの攻撃が届かない辺りで様子を伺っていた。
 二人とも、大丈夫かな……
 高く生い茂った樹木に囲まれているために、3人の様子はちっとも見えない。もしものために、と私は腰元のバッグをごそごそと漁る。何かしていないと落ち着かなかった。
暗い緑褐色の軍服に肩から提げられた小振りのショルダーバッグ。その中には医療用の道具が入っている。『アステリア』に着いてから僅かの間、私は怪我人への簡単な応急術を学んでいた。しなしながら今頃超絶技巧の戦闘を繰り広げているだろう光聖君とリンさんに、果たしてこれが役に立つかわからない。

「塗り薬に消毒液、痛み止め、包帯……っと」

 必要分は揃っていることを確認して私はバッグを漁るのを止め、代わりに左腰のホルダーをそっと手で撫でた。
 私が唯一護身用に持つことを許された、小刀。一度も人に向けたことはないし、今だって殺傷する目的で使うつもりは微塵もない。
 でも。もし大切な人が酷く傷つけられたら? 私は誰かに向かってこれを使ってしまうの?
 そう考えると末恐ろしくてぞっとする。数ヶ月前、光聖君に出会う以前の私は、ありふれた平凡な中学生だった。

「――光聖君も、リンさんも、皆無事でいてほしい。誰一人欠けてほしくないよ……」

 呟いた、その時だった。
 樹木が悲鳴をあげる音がする。眼前に拡がっていた木々が瞬く間に一刀両断されて、重心を失った幹が燃えながら崩れてゆく。

「――――え」

 一瞬の出来事だった。
何の予兆もなく私をかくまっていた障害物が目の前から姿を消した。同時に、殺気立った女警官が刺し貫くような鋭い視線をこちらに向けているのが見える。
 ――ヒナ、さん
 声にならない。こんなにあからさまに、燃えるような殺意を向けられたのは初めてだった。
 足が震える。いつの間にか座り込んでしまった私を彼女の銃口がしっかり捉えた。
 ――……いや、私、死ぬの?

「――――しね」

 低く、彼女が告げた。

 とある映像を、スローモーションで眺めているようだった。
 黒光りする拳銃の穴が、画面の向こうの私をじっと見つめる。
 大気のありとあらゆる力が見えない引力によって引き寄せられ、小さい銃口に圧縮される。
 恐ろしいくらいに燦爛さんらんたる光が漏れ出る。
 頃合いだろうか、青の女警官が乗せた指に力を込める。
 そこから飛び出たのはただの弾丸ではなかった。弾けんばかりに力が濃縮した、あかく燃える火の玉。
 木々を切り倒したものと同程度、いや、それ以上の威力で、一直線に飛んでくる。
 私はそれを瞠目することしか出来ない。
 やけに現実的で、生々しくて、緊迫とした映像――――

 あぁ、私死ぬんだ。と、ぼんやりとした頭で考えた。

 ――――とそこで、視界に鮮やかな金髪が映り、我に返る。
 ゆったりとした時間の流れが戻り、瞳に映る景色が急速に色づいてゆく。

「リ、リンさん…………!?」

 いつの間にか私の目の前に現れたリンさんの身体が、ぐらり、と傾いた。彼はそのまま近くの樹木に背を預ける。隠すように片腕が腹部へ回された。そこから絶え間なく、瑠璃るり色の火の粉が舞っている。
 急いで駆け寄った。

「――!」

 私をかばって……!?
 恐らく先の攻撃を直に受けたのだろう、首から胴体にかけて焼けただれ、酷く負傷している。特に腹部が大きく抉られているのを見て、血の気が引くのを感じた。思わず目を背け、救護バッグに手を伸ばす。

「ひ、酷い傷……! 待って、今手当を――」
「いい」

 いつもと変わらない、静かな声色で彼は制した。額に汗が滲んでいて、その眉目秀麗な横顔は苦痛に歪められていた。

「どうして……!? このままだったらリンさん――……っ」

 ぐっと喉元から熱いものが込み上げる。これ以上言葉を続けられず、私は唇を噛んだ。
 そうこうしている内にも、彼の身体は恐ろしい速さで火の粉へと変わり、夜空に散っていく。
 飴色の瞳が私を映す。

「――無事で、よかった」
「なにもよくないっ。リンさん、こんなに怪我してるじゃない……!」

 目頭が熱くなる。これ以上彼の痛ましい姿を見ていられなかった。
 リンさんは無理して口の端を上げ、軍服の懐から傷だらけの腕で何かを取り出した。それを私に差し出す。

「受け取れ。お前のもの、だ」
「……ペン、ダント?」

 楕円形の金縁に、磨き上げられた綺麗な石が埋め込まれている。美しい装飾が施された小振りのそれは、きらきらとあおく光輝を放っていた。その輝きにどこか見覚えがある。ふと育て親の姿が頭をよぎった。

「これっ、お父さんの……! リンさんがどうして……」

 天野輝(お父さん)が大切に持っていた、ベニトアイト――濃いブルーと眩い輝きが特徴の宝石だ――のペンダントだった。リンさんは先の質問には答えず、半ば強引に私の手を取って装飾品を手渡した。

「天野輝の形見だ。大事に、持っておけ。……渡すのが遅くなってしまって、すまない」
「っ、なんで……どうして、謝るの……ううん、謝りたいのは私のほう……うっ、ごめんね、リンさん……っ、私が弱くって、役立たずで、だからリンさん、けが、しちゃった……うぅ……っ」

 嗚咽が込み上げ、ぽろぽろと大粒の涙がせきを切って溢れ出た。水滴が手元のペンダントを濡らす。そのあおい輝きが、舞い散る瑠璃色の火の粉と酷似していて、胸が詰まる。

「リンさんっ、いかないで、お願い、いかないで、いかないでっ……」

 リンさんの肉体が、無くなっていく。そらへ、還っていく。
 苦しい、胸が痛い、体中が熱い。
 涙は止まることを知らず、彼の姿が、流れるような長い金髪が、飴色の瞳が、瑠璃色の火の粉が、おぼろげに映る。
 困ったように眉を寄せたリンさんが手を伸ばし、私の濡れた頬を優しくぬぐった。ひやりとした感触が伝う。

「空……もう泣くな。迷い星がいるだろう」
「だっ、だって……っ」

 彼の体半分は、もう消えた。それなのに、端麗な顔立ちはまだそこにある。
 身体中が張り裂けるような痛みに襲われる。肺が圧迫されて息が詰まる。
 ついに頬の感覚がなくなった。碧い粉が目の端に映る。

「いやっ、リンさん……っどこにも、いかない、で……――」

 綺麗な瞳を細め、彼は呟く。

「――愛とは、愚かなものだ……。故に、人はあらぬ方向へと走り、時に破滅する……。しかし、」

 いつか、聞いたことのある台詞せりふだった。出会ったばかりの彼を思い出す。

「だからこそ、儚く美しい――――――」

 言って、儚げに笑った。

Re: ☆星の子☆  112話「守りたかったもの」(2) ( No.817 )
日時: 2019/11/04 17:47
名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: /FmWkVBR)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


 そんな顔をさせたかったわけじゃない。
 顔面蒼白にさせて、目に涙を浮かばせる少女を見やる。
 5年前、富士の山頂で拾ったこれを、やっと持ち主に返せる、か……。
 不思議と痛みはない。ただ、自分だった肉体が主の元を旅立ってゆくのがわかる。身体が嫌というほど軽くなり、どこへでも飛んでいけるような錯覚を覚える。
 最後まで、少女の姿を目に焼き付けておきたかった。顔に損傷がなかったのは不幸中の幸いといえよう。
 元より俺は、『銀河の警官』として世界中の迷い星クズを追って、排除してきた。それは天野輝も例外でない。奴が空の義父だと知ってもなお、忘れ形見を今の今まで渡せなかったのは俺の弱さだ。ヒナの逆鱗に触れたのも、くだんの件を伝えられずにいた俺の臆病が招いたことだ。
 そんな自分に救いはない。未練もない。
 ただ、お前を守れる最後で良かった。それだけだ。
 だから、泣かないで笑っていてほしい。無事に空がいるべき場所へ帰ってくれれば、それでいい。……ふ、俺がこの戦争に招いたくせに、我儘なことだな。

 最後。ヒナの攻撃を咄嗟に太刀で受けた。凄まじい力の前では抵抗も虚しかったが。
 かつての仲間に葬られるなんて、ちたものだ。
 ……このまま俺はどこへ行くだろう。
 もし、“あちら”の世界があったのならば……ナツと、会えるだろうか。お人好しのリーダーは、きっと笑って再会を喜ぶに違いない。
 そう考えると悪くない気がする。


 ――天野空、お前と出会って俺は変わったんだろう。
 いつの間にか、大切になっていた。命をしても守りたいほどに。
 この気持ちに敢えて名前をつけるのならば、そう、人は『愛』とよぶのだろうな。
 
 空。
 こんな俺を慕ってくれて、頼ってくれて、有り難う。
 また会える日を、待っている――――