コメディ・ライト小説(新)
- ☆星の子☆ 115話更新「蠢くモノ」 ( No.825 )
- 日時: 2020/01/28 16:28
- 名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: 3t44M6Cd)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
18章 115話「蠢くモノ」
東軍 光聖、空――
背から生えた金色の双翼をはためかせる。耳元で冷たい風がびゅうびゅうと吹き抜ける。泣き疲れて倒れた空を抱きかかえ、僕はレオの指示通り政府塔へと向かっていた。
なるべく見つからないようにと釘を刺されたけど……。
まだ夜明け前である。陽も昇っていないのに、敵の目をかいくぐって金色の大きい翼で飛行するのはかなり無理難題であった。それでも二人分の体重を支えようと思ったらこのぐらい立派でないと心許ない。さらに内から込み上げる謎の力によるものだろうか。僕の意思とは反して、具現化させた翼は大袈裟なほど眩い光輝を放っていた。
「なるべく早く、塔へ辿りつく……!」
天を貫かんと高く聳え立つ政府塔。首都『シャイニア』まで来るとその荘厳さに圧倒される。僕は負けじと一層速度を上げた。
追っ手はまだ来てないだろうか、と周囲に目を配る。僕の腕の中には小柄な少女が抱かれていた。その寝顔が視界に入ると、胸を締め付けられるような、切ない叫びが脳裏を掠めた。
リン……――――
目頭がかっと熱くなる。リンとは反乱軍として肩を並べた期間より、警官から逃げる迷い星クズとして追い回された期間の方が長く、仲間と呼ぶには少なからず抵抗があった。それでも、ここ数ヶ月共に過ごしたリンがこの世から消えてしまうのは――――
ぐっと胸からせり上がってきたものを押し止めるように咽喉を上下させた。
空はリンを信頼していた。どうしてだか分からないけど異空間に飛ばされた空を助け出したのもリンだったようだし。
(――「リンさんっ、いかないで……っ」――)
空の悲痛な叫びがこびりついて離れない。僕はなめらかに夜空を飛びつつ先の経緯を思い出す。
ヒナを逃がした後、とりあえず空を安全な場所へ避難させるのが最優先だった。ヒナの向かった先は政府塔。流石に敵の拠点にまで空を連れて乗り込める筈がなかった。リンが殺され、各軍満身創痍な中、少女を護りながらより強い敵と戦える自信がなかった。
しかし困ったことに、空は僕の言うことに聞く耳を持たなかった。
「私も、政府塔にいく……っ。光聖君、お願い、つれてって……!」
「空、それはできない……! ヒナよりもっと強い敵がいるかもしれないんだよ!? 空はもう十分頑張ったじゃないか。本拠地に戻って、安全な場所で休むんだ」
「いいの、お願い……」
「――っ、どうしてそんなに行きたがるんだ! 僕は空に、これ以上傷ついてほしくないっ。……リンだって、それを望んだはずだ!!」
その名を聞くと彼女は顔をくしゃくしゃに歪ませた。充血した瞳が再び潤み、彼女の双眸からは枯れることなく大粒の涙がこぼれ落ちた。泣かせてしまった僕は酷く困惑した。少し口調がきつかっただろうか、と反省し、なだめるように柔らかく彼女の名を呼ぶと、意を決したように空は告げたのだ。
(――「塔に、『アステリア』の住民だったモノが、集まってるの……そこに、リンさんもいるの……っ」――)
空が何を言っているのか、てんで理解が追いつかなかった。確かに政府塔の周囲には、黒くおぞましい靄が蠢いているような、奇妙な感じはした。
あれが元は住民だったって? まるで信じられる話ではない。
困惑する僕をよそに、空は続けた。
(――「魂を失った肉体の欠片が、還る場所を間違えてる。わかるの。私は足手まといになるだけかもしれない……だけど、リンさんを長くあそこへ留めたくないの。光聖君、お願い……!」――)
それでも、先まであんなに悲痛な表情を見せていた少女に真剣に言い寄られては、頷かないわけにはいかなかった。そうして渋々、僕は空を連れて敵のねぐらに赴くことになったのである。
僕が政府塔を取り巻く “なにか” に抱いた感情は、良いものではなかった。底の見えない深い井戸を覗き込むような不気味さがあった。まるで死地に向かっているようだ、なんて考えて身震いする。
と、大人しく抱きかかえられた空の瞼がぴくりと動いた。ぼんやりと開いた黒目が琥珀の少年を映す。
「あれ……私、気を失ってた……?」
「空、まだ少しかかるから。休んでて」
「えっ、――あ! ごめん光聖君、重いよね?」
「女の子一人どうってことないよ」
ようやく状況把握した空が焦って腕の中であたふたしたので、口で弧を描いて僕は柔和に笑って見せる。背中の丈夫な両翼が精一杯二人を持ち上げてくれているので、実質僕は空を支えるだけでいい。普段は体力を消耗するはずの変身もなんてことない。ヒナと刃を交えたあの瞬間から、ふわふわと体が軽かった。
まるで僕の中で何かが覚醒したように。
自分が自分じゃないようだった。
「……、それより。政府塔まで順調すぎて気味が悪いなぁ。レオ達が西で警官を引き付けているにしてもこれは」
「え、光聖君……」
僕の言葉に次は空が目を丸くして
「グロさんだよ、気づいてなかったの?」
何てことないようにそう言った。
「え、グロ……さんってあの、反乱軍のスパイを担っていた?」
「うん。グロさんは生物以外の自然現象にも変化できる特殊な能力を持ってるでしょ? 敵に見つからずに塔まで辿り着けるように、大きい影になってずっと私達を隠してくれてるよ」
「ぜ、全然気がつかなかった……!」
恐らく僕が疎いのではなく、空の感覚が過敏なのだろう。グロさんは敵の懐に潜り込んでこっそり情報収集していた凄い人だ。僕がちょっとやそっとで見破れる技ではないはずだ。
でもどうして、一体いつから空の感覚が――――
しかしそれを直接聞くのは躊躇われた。答えを聞くのが何故か怖かった。
空はこの国で地球からきた唯一の人間だから、『アステリア』の民とは感覚が違うのかな。
そう自己完結させるより他なかった。故郷に来てこのかた、少女に対してそう感じたことは今日が初めてだったけれど。
近くにいるらしいグロさんの気配は言われたところで全く分からないが、実際に『銀河の警官』の追っ手は来ないし、少女が自信を持って言うならそうなんだろう。
「それなら、もっと急ごうか」
邪念を振り切るように、背にぐっと力を込めて僕は意気軒昂と双翼を羽ばたかせた。
☆
(――『我が国を……我が民を助けてくれ。政府塔の最上階で待っている――――』――)
僕に力を宿してくれた謎の声は最上階で待っている、と最後にそう告げた。僕は全ての鍵が塔の最上階にあると直感し、見た限り一番高くに位置する半円型のバルコニーにそっと降り立った。役目を終えた金色に煌く翼が静かに霧散する。
着地したバルコニーは、人が4人立つのがやっとなくらいの狭さだった。すぐ目の前には塔に繋がる両開きの窓があり、内側のカーテンに閉ざされて中は見えない。
ふっと気を抜いた途端ぐらっと足元がよろけ、咄嗟に手すりにつかまった。飛行距離が長かったし、疲れが溜まっているのだろうか。耳鳴りが酷い。心なしか動悸が激しい気がした。
……それが何だって言うんだ。やっとここまできた。僕が故郷の未来を救う!
塔の頂上を見上げる。真っ白く塗り潰された塔は、やはり近づくほど不気味だった。黒雲のようにも見える得体の知れない闇が白濁とした要塞に翳りを落とす。身体の芯が恐怖で凍り付く。
と、僕の腕から解放された空が小さく呻いた。眉間に皺を寄せ、口元を手で覆う。頬が紅潮し、目尻に涙が浮かんでいた。黒い靄に近づいたことで気分が悪くなったのだろうか。
「空、辛いなら無理しないで」
「へ、へいき……」
か弱い声ながらも返事をした空が、いつか倒れそうで本当に心配だった。かといって、ここまで来た以上後戻りは出来ない。少女の憔悴しきった背中を軽く撫でる。
そしてアーチを描く大窓の取っ手に手をかけた。緊張した少年の顔が硝子に映った。
深く息を吐き出し呼吸を落ち着かせる。腰に下げた武器をいつでも抜刀できる体勢で、僕は窓を開け放った。