コメディ・ライト小説(新)

Re: ☆星の子☆  116話「仇敵」(1) ( No.826 )
日時: 2020/02/11 22:49
名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: /FmWkVBR)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

18章     116話「仇敵」


政府塔 光聖、空――

 開け放たれた大窓から冷たい風が内側へ吹き込みカーテンがなびいた。潜入した先に誰もいませんように、と祈りながらまるで冷気に背を押されるようにして僕らは敵の本拠地に足を踏み入れた。
 ………………嫌な予感がする。
 途端、僕の直感が警鐘を鳴らす。警官服を連想させる紺青色の布が邪魔をしてろくに辺りを見渡せないまま、瞬時に空の一歩前へ出て盾を構える。
その間僅か一秒にも満たなかっただろうか。
 ざん! と空気を切り裂く音がして、同時に腕に強い衝撃を覚える。大気がビリビリと震える。運よく攻撃を受け止めたがその重圧に耐えきれず、後退する。びゅう、と一際強い風音が耳元で唸り、それは唐突に沈静した。
 僕の荒い息遣いがやけに響く。二撃目は襲ってこない。
 僕は全神経を尖らせたまま、鋭い一撃を放った敵を注視した。
 その人物は僕より10メートルほど離れた位置で双剣を構えていた。見慣れた青い警官服を纏った黒髪の男。肩から羽織られた黒いマントは、肩口と裾に金刺繍が施されていた。皺が刻まれた顔で厳しくこちらを睨めつけている。高い鼻と吊り目気味の双眸に、どことなく見覚えがあった。
 ガルと同世代に見受けられたが、柔らかい表情を一切作れないような男だった。鋭い眼光と有無を言わせない威圧感が、反乱軍総司令官のそれと全く違っていた。

「――――何奴なにやつ

 暫しの静寂を破ったのは男の方だった。
 侵入者の正体が分からない時点で攻撃を放つとは。なんて気が短いんだ、と僕は心の内で非難する。放たれた問いに空が答えるか否かまごついているのが背中から伝わった。
 が、敵は空の答えを待たずに言葉を続ける。

「否。うちの隊服を着てないのであれば部外者で間違いあるまい。差し詰め星クズとヒトの子といったところか」

 ぎくり。まぁそうだよな、バルコニーから侵入している時点で怪しすぎるし。
 眉間に寄せられた皺がさらに深くなる。見ているこちらの心臓がキリキリと痛むような険しい表情で、彼は続ける。

「チッ――奴は一体どこで何をしている? まさか自我を失ったわけではあるまいな」

 怒りが心頭まで達しそうな勢いであった。静かに憤るさまにはらはらする。からからと口内が乾く。心なしか、耳鳴りと頭痛が先よりも酷い。内から滲み出す緊張を振り払うように、僕は武器を握る両手に力を込めた。

「……否。われがここで打ちのめせば良いだけのこと。またも奴の尻拭いをする羽目になるとは」

 告げて、男は双剣を乱暴に薙ぎ払った。
 しかし10メートル先で振われた刀がこちらに届くはずがない。何故、と拍子抜けした刹那、

「……――――っ!」

風切り音が炸裂した。双剣から発生した鋭い風が襲ってくる。例えば竜巻が目視できるように、凶暴な風の纏まりになったそれは男が刀を振った方向へ弧を描き、一直線に僕の盾へと向かう。
 まるでキラが所持する大鎌の、刃の部分を模したようなそれが激突する。

「ぐ、っ……!」

 先程受けた衝撃はこれか。男が乱雑に刀を振っただけなのに、この威力。これでは弓兵と対峙しているようなものだ。リーチの長さからして僕の大剣じゃ適わない。敵の懐へ入り込むことさえ難しいだろう。
 頬を鋭利な突風が掠めた。痺れる痛みが一瞬走る。

「ふん、耐えたか。ではこれはどうだ」

 後ろではっと息を呑む声が聞こえた。
 見ると男が、両腕で交差させた双剣を高く構え、刀身がしなる程の剛力で勢いよく振り下ろすところだった。次は殺すと言わんばかりに、冷徹な瞳が鋭く光っている。
 
 ――――どうする、どうすればいい?

 放たれた真空刃は先とは威力が段違いだ。くうを切り裂く鋭い音。大気が小刻みに振動する。こちらに届く僅かな時間。考えろ考えろ考えろ!
 攻撃は振り下ろした刃の延長線上を進み、途中で軌道を変えることはなさそうだ。幸い攻撃位置は予想できるので今からでも横に転がれば直撃は免れるだろう。でもそれじゃだめだ。僕の後ろには空が控えている。盾で真正面から迎えうつか? 先程の乱暴な一振りでも防ぐだけで精一杯だったのに?

 ――――それでも。

「うああぁぁぁぁぁぁぁっ」

 両足でしっかりと床を踏む。両手で盾を握り締める。僕の咆吼に呼応するようにそれは光輝を放ちながら一回り大きな防御壁へと姿を変えた。迫り来る2つの斬撃。後ろにはか弱い少女。
 僕はどうなってもいい。それでも空だけは。
 これ以上傷付けたくないんだ……!!

 ゴッ! と凄まじい音が炸裂した。遅れて爆風が襲いかかり、暗い部屋に幾つかあった窓が衝撃でバリンと一斉に割れる。短い悲鳴が聞こえた。どうやら斬撃は打ち消せたらしい。僕は盾を咄嗟に手放し体を反転、身を低くかがめ、怯える少女の細い腰に腕を回し、冷たい床に勢い良く押し倒した。体を伏せて頭上を掠める爆風と飛来する鋭い破片から避ける。
 固く瞑った両目をそろそろ開くと、顔を真っ赤にさせた空と目が合った。女の子に覆い被さっている、というとんでもない状況に今更ながら意識し、心拍数が一気に上昇する。が、悠長に心躍らせている場合でない。空の無事を確かめ、暴風が止んだところで僕は首を後ろに向けた。

「う、げっ」

 男が一人涼しい顔で剣を縦に振り下ろすのが視界の端に映る。身体が恐怖で縮み上がる。
 いや、次を防ぐのは、どうやっても無理……!?
 敵からすれば絶好のチャンスだ。これを逃す道理はない。それでも、もう少し手加減してくれてもいいじゃないかっ。
 「空、ごめん!」と一言断って、僕は一層身を小さくし、少女に身体を近づけた。襲ってくる攻撃から少女を守るため、抱きしめるように身体を寄せる。背後から迫り来る殺気と鋭利な真空刃。
 僕は、ここで死ぬのか――――?

Re: ☆星の子☆  116話「仇敵」(2) ( No.827 )
日時: 2020/02/11 22:52
名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: /FmWkVBR)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

 空だけは守りたい一心で、抱きしめる腕にぎゅっと力を込めた、その時。ザアァァァ――ッと、この場に不釣り合いな音が緊迫した状況を打ち消した。

「へ……?」
 
 二人して間抜けな声が漏れる。僕の身体を両断する筈だった風圧の代わりに、冷水が全身降り注いだ。琥珀の髪からぽたぽたと水滴が垂れ、それは押し倒されたままこちらを見上げる空の頬へ落ちる。そこでようやく、音の正体が冷たい大理石を打ち付ける大雨によるものだと合点がいった。しかしここは政府塔内部。室内で突如雨が降った、ということは――。

 濡れてびしょびしょになった軍服が急速に乾いていく。逆再生されるように、少女にかかった水滴が重力に反して浮かび上がり、小さな球となってたゆたう。目を白黒させる空を抱き起こし、よろよろと立ち上がった。
 宙に浮かんだ無数の水球は、敵から守るように僕らの前に移動し、一点に集まった。直径2メートル程の巨大な水の塊。そこからパンッと水風船が破裂するような音が響き、弾けた水球から黒いローブ姿の長躯がぬっと姿を現した。

「………………………………………………ヒ、サメ」

 初めてその肉声を聞いた僕は目を丸くした。何年も声を出していないかのように、発せられた言葉はぎこちない。短い一言だったが、想像よりも声のトーンが高い。反乱軍随一の長身だったので気付かなかったが、グロさんは女性だったのか……。
 黒に染め上げられたローブから、ただならぬ憤怒の感情が漂っている。
 ヒサメと呼ばれた男は顔を歪めた。口の端を引き吊らせ、笑いとも怒りともとれる複雑な表情で低く唸る。

「グラウディア……生きておったか、裏切り者め」

 グラウディア、とは恐らくグロさんのことだろう。“ガルディメット・ジャッカル”をガルと呼ぶように、『アステリア』の民は親しみを込めて名前を略称で呼ぶ習わしがある。呼ばれたグロさんは身動き一つせず、ローブで隠れて表情も読み取れない。それでいて全身からふつふつと沸き上がる怒りだけは剥き出しだった。

「ぐ、グロさん、助けてくださってありがとうございます。あの……お二人は、知り合いですか?」
「否」

 間髪入れずヒサメが答えた。皮肉めいた声色で、毒々しく言葉を続ける。

「そう生ぬるいものではない。なぁ?」

 刹那。
 パァン――と乾いた発砲音がとどろく。空の肩がびくりと跳ねた。
 見るとグロさんの手に立派なライフルが握られていた。警官が普段使う小型の拳銃とは、その威力も凶暴さも異なる。グロさんは直立したまま、敵を狙ってさらに弾を撃った。
 対してヒサメは、双剣を雑に薙ぎ払う。剣先から生じる風圧が弾の軌道を逸らすため、敵に弾は届かない。攻撃は最大の防御とはまさにこの事だと内心で舌を巻く。しかしグロさんは動じず、的確に銃撃を続ける。

『上へ。早急に』

 僕の前に立ちはだかるグロさんから、突如“思念”が飛んできた。彼女と“思念”で言葉を交わすのも今回が初めてだ。予想に反して中性的で優しい声色だった。
 さっと部屋を見渡す。部屋の一角に階段を見つけた。しかしそれは僕から見て左奥に位置してあり、上へ行くには必然的に前方のヒサメを追い越さねばならない。
 
(でも、どうやって――)
『時機を指示。疾走』
(えっ)

 指示したタイミングで走れということだろうか。言葉足らずで意味を汲み取るのが難しいと、ガルさんが度々嘆いていたのはこういうことか。
 考えている内に彼女の言う時機は訪れた。

『参、』

 僕は空の小さな手を握り、さっと目配せを送る。

『弐、』

 前方で恐ろしい形相をした男が再び双剣を構える。あれは殺すための構えだ。体の芯が凍える。

『壱』

 合図と同時、とにかくグロさんを信じて、僕は空を連れて階段へと一目散に駆け出した。
 ヒサメは双剣を全力で振り下ろす――――!
 
 しかし放たれた鋭い斬撃は僕らに届かなかった。部屋の温度が2-3 ℃程低下したような錯覚に襲われる。二つの真空刃が形そのまま虚空で凍りつき、パキパキと割れはじめる。
 グロさんの他にもう一人、部屋に侵入した人物がいた。割れた窓の縁に足を乗せ、そこから身を乗り出し

「ヒーロー参上っ!! 光聖、空ちゃん、迷わず上へ進めぇっ!!」

悪戯っ子のような笑みを見せる銀髪碧眼の青年。
 必死に足を動かす。階段の取っ手に手をかけた。堰を切ったように、後方では爆発音が爆ぜる。僕と空を傷付けないために手加減していたらしい二人が、本気でヒサメを殺しにかかっていることに少しの恐怖を覚える。絶えず鳴り響く爆音に急かされるように、僕らは政府塔の更に上へと疾駆した。