コメディ・ライト小説(新)

Re: ☆星の子☆  117話「戦争の本質」 ( No.831 )
日時: 2020/04/02 17:32
名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: 3t44M6Cd)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

18章     117話「戦争の本質」


政府塔 光聖、空――

「はぁっ、はぁっ……――――」

 したたる汗を拭う。ヒサメと対峙したあとは、その5階上まで誰もいなかった。下層ではグロさんとウルが善戦を尽くしているだろうが、いつ敵が追いかけてくるか分からない。僕と空は疲労が募る体に鞭を振るい、最上階を目指して階段を駆け上がっていた。
 跳ねる心臓を掌で押さえる。目が眩み、滴る汗で視界が霞んだ。

「光聖君、体調悪い……?」

 空が心配そうに覗き込んだ。
 どうしてだろう。確かに政府塔に辿り着いてからというものの、僕の体は調子が悪いようだった。ただの疲労ではないことは薄々感じていた。耳鳴りと頭痛が酷く、ぎゅっと固く目を瞑れば途端に見知らぬ世界へ飛んでいきそうな、危うい浮遊感があった。胸の奥がざわざわする。
 知ってはいけない、見てはいけない、開けてはいけない、そんな領域に足を踏み入れているような、いや、もう腰まで底なし沼に浸かっているような…………

「光聖君?」
「あー……、うん。ちょっと疲れちゃっただけ。心配しないで」

 無理に笑って返したが、空は依然顔を曇らせたままだ。じっと見つめられると不覚にもどぎまぎしてしまう。

「なんだか……」

 空が暗い顔で言いかけてやめた。
 遥か上まで続くような階段が唐突に終わりを迎えた。最上階だろうか。唾を飲み込んで僕は足を踏み出した。
 ヒサメと遭遇したバルコニーつきの大部屋はその隅に階段があったが、その上階は間取りが異なった。駆け上がった先には長い通路が伸び、壁の片側に幾つかの扉があるのみで、驚くほど静かで人気がなかった。
 もう政府塔に警官はいないのかもしれない――
 そう楽観したい自分がいる。そんな僕をたしなめるように、胸のざわつきはじくじくと僕を苛む。
 
「ここが、最上階……?」

 通路の奥に黒くて大きな扉がある。幾重にも重ねた羽翼の模様が四角い扉を縁取っている。中央に彫られた鋭い鳥の目に睨まれているようで不気味だ。妙に禍々しいその扉は、一見してその奥に潜む得体の知れないものを予感させた。
 どっと汗が噴き出す。先程から僕の心臓はドクン、ドクン――と不自然なほど規則的に、大きく拍動を繰り返す。
 逼迫ひっぱくした状況の中、ここで尻込むわけにはいかない。グロさんが早くと背を押してくれたように、僕ら反乱軍に時間は残されていなかった。

(あれ、)

 どうして時間がないなんて
 ――――《奴》が目醒める
 夜明けまではまだ時間があるはずなのに
  ――――世界の再建
 この扉の奥になにが
   ――――急げ少年
 なにもかも
 手遅れになる前に

「光聖くんっ」

 力強く揺さぶられはっと我に返った。

「――――そ、ら」

 空の黒目が不安に揺れる。

「っごめんね、僕なんだかおかしいみたいだ……。やっとここまで来たのに、こんな敵地ど真ん中で、空を不安にさせてごめん」
「私こそ……無理言って、ついてきちゃってごめんなさい」
「ううん、空がついてきてくれて助かったよ。まさかグロさんがいるなんて、気付かなかったし。塔に集まっているモノも――」
「それなんだけど……多分このお陰なの」

 空は目を伏せて首からかけたペンダントを掌に包み込んだ。淡い蒼色に輝く楕円形の宝石が埋め込まれている。その儚い光に自然と目が奪われた。

「それはリンからもらった……?」
「ううん。これ、元はお義父さんの持ち物だったの。綺麗な宝石だなって子供の頃よく見せてもらったから覚えてる。お義父さん、肌身離さず持っていたから失踪した時に一緒に無くなったと思ってたんだけど……」
「そうか、輝さんの……。空の感覚が研ぎ澄まされているのはそれをかけたから?」
「そうみたい。感覚というよりは、うーん、もっと具体的な……視力が良くなったっていうか。物の本質がよく見えるような感じ、かな」

 そして気遣わしげに、どこか寂しげな表情で僕を見た。二人の間に気まずい空気が微妙に流れる。
 ――――空は僕の本質を見抜いているんだろうか。
 緊張しながら続く言葉を待ったが、数秒の沈黙ののち少女はふっと柔らかく微笑んだ。話題を逸らされたようだ。

「あともう少し、頑張らなきゃね」

 再び、待ち構える漆黒の扉に目を向ける。緊張の面持ちで僕らは重い扉をぐっと押し開けた。

     ☆

「――っ、だれ⁉」

 甲高い声が廊下に反響した。驚いて硬直した僕と対照的に、空はぱぁっと顔を輝かせ声の主の元へ駆け寄る。

「ちょ、ちょっと空!?」
「ムマっ!」
「わわっ! あら、さっきの……空、だっけ。なに、こんなところまで来ちゃったの?」

 敵じゃないのか…………?
 ぽかんと立ち尽くす僕のことなんかそっちのけで、女子二人できゃっきゃと騒いでいる。
大袈裟に恐怖を煽った扉の奥には拍子抜けするほど生活感のある部屋が広がっていた。小振りで洒落たスタンド式のランプが閉めきった部屋にぼんやりと明かりを灯している。黒を基調としたソファーやチェア、ピアノ、全身鏡……さらにはテーブルクロスのかかった机に焼き菓子まである。
 家具と同様、漆黒のフリルに身を包んだ少女は純白のウサギを抱えて立っていた。大きな赤紫色の瞳と二つに結った長い髪は、派手な装束に負けず劣らず目をひいた。嬉しそうに彼女の方へ駆け寄った空に対して、困ったような嬉しいような複雑な表情で接している。「もうっ、ヒナはどこでなにしてるのよ……」と小さくぼやき、続いてぱっちりした瞳が僕へ向いた。口を尖らせ警戒心が滲む声色で尋ねる。

「で、貴方はなに? 女の子連れてこんな危ないところまでのこのこと」
「……君こそ誰なんだ? 政府塔の最上階にいるってことは敵じゃないのか?」
「最上階?」

 ムマと呼ばれた女性は怪訝な顔をした。代わりに空が嬉々として答える。

「ムマは確かに政府軍の子だけど、次に会うときは友達だよって私と約束したんだ」
「ばっ……私は約束した覚えなんてないし! 空が勝手にそう言っただけなんだからっ」
「えー。でももう私に向けて攻撃してこないよ?」
「そ、それは」

 頬を赤らめてあたふたするムマ。とりあえず害はなさそうなのでほっと息をつく。
 大きな部屋をぐるりと一望するがさらに上へ続く階段は見当たらない。

「ここは最上階じゃないのか……? どこへ向かえば……」

 未だガンガンと頭を打ちつける痛みに悩まされながら呟くと、赤紫の瞳が鋭くこちらを射貫いぬいた。

「いい、これは忠告よ。この上へは行かないほうがいい。
 ……どのみちここへ来るまで遅すぎたわ。大人しく新世界とやらを迎える準備でもなさい」
「新世界?」

 ムマはあっさりと重大機密であろう情報を漏らした。何も知らない空は小さく首を傾げる。
 ――――世界の再建
 その言葉がぼうっと脳裏に浮かび上がる。しかし思惑が分からない。いったい誰が。世界を作り替えてどうするつもりなんだ。そして誰がそれに賛同するというのだろう。

「それを知っていて政府に加担したのか!?」

 思わず糾弾すると、ムマは一層頬を紅潮させてわめいた。

「んなっ……そんな訳ないでしょっ! 私もついさっき知ったばかりよ。聞いちゃったの、偶然ね」

 空の非難がましい視線を感じてうっと言葉を詰まらせる。ムマは苛々と言葉を続ける。

「最上階でもなんでも、勝手に行けば良いわよ。ただ私は親切で良い子だから忠告してあげてるのっ。貴方たち反乱軍がどうこうできる段階はとっくに終わっているわ。もうこの世界は終わりよ!」
「終わりって…………。今何が起こっているの? 私達どうなっちゃうの? この塔にどうして、亡くなった人達の欠片が集まっているの……?」
「欠片?」

 堰を切って溢れた言葉のなか、ムマはその単語に反応した。眉を寄せてうーんと首を捻った数秒後、大きな瞳をさらに見開く。両腕のぬいぐるみをきつく胸元で抱きかかえ、震える声で呟いた。

「もしかして、それが燃料…………? ふんっ、やってくれるわね」

 まさか。
 嫌な予感が頭を掠める。胸の奥がざわざわと悪寒で掻き立てられた。

「まさかっ……空の言う通り魂を失った肉体が塔に集まっているとして、それが『アステリア』を作り変えるためのエネルギーになるのだとしたら……」
「そうね。きっと戦争を起こすことまで計画のうちなのよ。
 ――あははっ。結局警官も反乱軍も、特別執行部隊の私でさえ、ただの駒だったのね」

 二人揃って絶句する。
 空も僕も、戦争が始まる前――鍛錬の二ヶ月間は『アステリア』という世界の色々について簡単に学んでいた。僕らは、体力の消耗を伴うけれど自由自在に体を変化させることが可能だし、傷口から流れる血はすぐさま火の粉となって散る。絶命するとほんの数十秒で跡形もなく消滅することに空はかなりの衝撃を受けていた。本来なら魂は天界へ――『アステリア』ではその存在を信じる民が一定数いるようだ――、肉体は僕たちの母なる存在、偉大な《ホーリー・フェザー (Holy Feather)》の“母胎”へ還ることになる。今は、魂を失った肉体の残渣が間違って政府塔に吸い寄せられている状態だった。
 僕らは《ホーリー・フェザー》から産み落とされ、最初の生は宇宙で過ごす。惑星を見守るなんていきなりご立派な仕事をこなし、任期を終えたら流れ星となって燃え尽きて、魂は故郷の『アステリア』へ帰還する。……まぁ僕はその過程を省いて故郷に来ちゃったわけだけど。故郷に還った魂が辿る第二の生は人間のそれと大差ない。ただ、どこの家の誰の子になるかは神の采配に委ねられる。人間よりゆっくり年老いて、やがて肉体は“母胎”に帰還する。そこから新たな生命が誕生する――とまぁ、こんなサイクルなんだそうだ。
 二回も生死を経験するなんて、うんざりするような話だと思う。レオやウルに聞くと「宇宙にいた頃はあんまり覚えてねぇな」「退屈だったもんな」「光聖も早めに死んでこっちに来いよ」「『アステリア』のがよっぽど楽しいぜ!」「まぁたまーに戦争してるけど!」とおどけて返された。

「それでも……僕は最上階へ行くよ。ここでじっとしていても状況が変わるわけじゃない。反乱軍の皆に託されたんだ」
「わ、わたしも――」
「空はだめっ!」

 ぴしゃりと一蹴されて空はたじろぐ。

「最上階へ行くにもセキュリティがかかっているだろうし、無事に行ける保証がないわ。私だって行ったことが無いんだもの、なにが待っているかわからない。ま、彼はそう言っても聞かないんだろうけど」

 ムマの大きい瞳が胡乱うろんげに僕を見る。
 セキュリティ、か……。敵である僕がそれをパスできるとは考えにくい。引っかかるとどうなるんだろう。
 行き方を問うと、ムマは扉から一番離れた部屋の隅を指差した。一見何の変哲もなさそうな冷たい床の上に、薄らと半径1 m程度の円が彫られている。

「あの上に立って目的地を告げるの」
「……それだけ?」
「セキュリティが作動した場合は塔の“最深部”に落とされるわよ」

 最後は脅すように声を落としてささやいた。最深部……ここが『銀河の警官 (ギャラクシー・ポリス)』の本拠地でもあることを考えると、拷問や処刑に使うような施設があるのだろうか。
 ぶんぶんと頭を振って、脳裏によぎった最悪の結末を追い払う。

「空」

 小さな肩に両手をおいて空と向き合った。澄んだ綺麗な瞳をじっと見つめて、言葉に力を込める。

「僕、行ってくるから。ここで待っていてほしい」
「光聖君……。私、……もう誰も失いたくないの」
「うん。大丈夫。僕を信じて」
「…………絶対、戻ってきてね」

 両目に涙を浮かべながらもそれを決して落涙させず、今度こそ空は頷いた。

     ☆

 大気が震える。
 ズン、と全身が押し潰されるような圧迫感に支配されたのは、僕が床に彫られた円に足を踏み入れたのとほぼ同時だった。
 まさかセキュリティが作動したかと錯覚したが、どうやら違う。悲鳴が聞こえた後ろでは空とムマが互いにしがみついて上からの重力に抗っていた。
 なんだ? なにが起こった――?
 僕の焦燥を掻き立てるように、続いてしわがれた男の声が『アステリア』全土に響き渡る。それは酷く恐ろしくて不気味な音声だった。

     『我が名は《ホロウ・フェザー (Hollow Feather)》――』
     『新たな神としてこの国を統べるもの』
     『これよりアステリアを再建する』

 聞いたことのない名だと考える一方、奥深くに眠る《  》はその正体を痛いほどよく知っていた。

「お前の思い通りにはさせない――――――――‼」

 力の限り叫んで勢いよく円の内側へ踏み込む。瞬間酷く耳鳴りがしてこめかみが悲鳴をあげた。握り潰されるような心臓の痛み。ごふっと二酸化炭素が肺から吐き出る。
 目的地を告げる前に脳裏が真っ白になり。

 人も自然もなにもかも。
 『アステリア』という一国は白くまっさらに塗り潰された。