コメディ・ライト小説(新)
- Re: ☆星の子☆ 120話「神の邂逅」 ( No.838 )
- 日時: 2020/07/08 20:11
- 名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: 3t44M6Cd)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
19章 120話「神の邂逅」
空――
(いったい、なにが…………)
視界がぐらぐらする。四肢に力が入らない。
ムマと一緒に、最上階へ赴く光聖君の背中を見届ける時だった。空気中の密度が何倍にも膨れあがったかのように重く変質し、息苦しくなった。どこからか響く声の禍々しさに身体が硬直した。
『アステリア』の再建。
確か声はそう言って、それから……?
私は倒れ込んでいた。眼を薄く開くと真っ白な光が飛び込んでくる。暗闇の中でずっと戦っていたために、その眩しさに慣れるには酷く時間がかかった。手探りで這わせた両手は虚空を掠める。
「うぅ……こ、光聖君? ムマ?」
返事はなかった。ぞっと、胃に冷たい氷が滑り落ちたかのような恐怖と孤独に支配される。
視界がようやく開けて私はよろよろと立ち上がった。身体を支えるため地につけた掌からは、冷たく硬い政府塔の床と打って変わりじんわりとした暖かさが伝わった。浜辺の砂を連想させる柔らかい感触に、少し心が落ち着く。
光聖君と合流しないと。
考えて顔を上げた私の瞳に映ったのは“白”だった。
「え、………………!?」
見渡す限り何もない。
吃驚して自分の両腕を持ち上げた。健康的な肌色と暗緑色の軍服。白く変貌を遂げたこの世界で私の身体は変化がない。なんとも奇妙な状況だが一旦胸を撫で下ろす。
改めて周囲を見渡す。
上下左右、やはり白く塗り潰された世界が広がっている。
どうやって自分が足場のない空間で立っていられるのか全く不思議だった。
そこでふと、政府塔へ近づくにつれて肥大していた胃の奥から込み上げるような不快感が綺麗さっぱりなくなっていることに気がつく。何気なく首にかかった紐を掴みペンダントを持ち上げた私は、言葉を失った。
楕円形の装身具に埋め込まれた宝石から、鮮やかな碧の輝きが失われていたのだった。
くすんだ石に、中から何かが飛び出てしまったような錯覚を抱く。
「……さっきまでの嫌な感じは、政府塔に国民の肉体だったものが不自然に集まっていたから。それを感じなくなったってことは、ここが政府塔……ううん、『アステリア』とは全然違うどこか別の世界、なのかな。問題が解決した、ってことはないよね……? それとも……ペンダントの力が、失われた?」
一人呟いた言葉に返事はない。
光を失った碧の宝石をよく観察する。このペンダントは、光聖君と同じ迷い星クズだったお父さんの形見だ。埋め込まれた宝石は先程まで、琥珀の彼のように心温まる優しい光を放っていた。
胸の前でぎゅっとペンダントを握り締めると僅かに石から温もりが伝わり、微弱ながらくっと前方へ引っ張られた。白い世界に置き去りにされた私の、たった一つの道標のように。
微々たる動きだ。気のせいかもしれない。疲労からきた幻覚かも。
――それでも。
確かに私の胸に希望が宿る。
ペンダントが……お父さんが、導いてくれている。同じ気配を辿った先に、きっと光聖君がいる。
「私はまだこの国のこと、ほんのちょっとしか知らない。でもここはお父さんや光聖君の大切な生まれ故郷なの。
どこの誰だか知らないけど……、『アステリア』の再建なんて……、世界を創り変えるなんて。そんな重要なこと、勝手に決めるなんておかしい!」
一歩、力強く踏み出す。ふわりと体が持ち上がった。
「この戦争の――反乱軍のゴールは。『アステリア』の住民がみんな、幸せを獲得するためには。
政府を正すだけじゃきっと解決しない。倒す相手はヒナさん達警官や政府じゃない。
もっと大きな、強大な力そのものなんだね」
まるで私の気持ちに同調するように軽くなった体は、白く広大な空間を一歩で数メートルも飛び越える。
彼の元へ真っ直ぐ駆ける。
光聖――
夢を見ていたのだろうか。
輪郭が朧気で、ぼんやりとした色彩だけ頭に残っている。僕は両の眼で青い海と緑の大地を眺めていた。きらきらした光の子。たちまち赤が燃え広がり、《誰か》は《誰か》を責め立てて。
幽かな黒い影。
悪性を詰め込んだ、《 僕 》の半身――――
『やはり来たか、ホーリーめ』
ざらざらと掠れた声が聞こえ、どきりと体が硬直した――ような感覚がした。続いて心と裏腹に、恐れも躊躇もなく声が発せられた方へ目を向けた自分に奇妙な違和感を覚える。
(こ、こいつがH・F……いや、《ホロウ・フェザー》なのか……?)
頭二個分低い位置にそれはいた。腰が折れ曲がった、黒い老人だった。まっ黒な肌に枝のように細い手足。ぎょろりと動く目玉は赤く充血している。煤けた灰色の布を身に纏ったそれは、頭を精一杯持ち上げてくすんだ黄色い瞳で僕を見上げていた。ひび割れた唇の端が不格好に持ち上がり、そこから真っ赤な舌が覗いて―――
恐怖で喉が干上がり思わず後退ろうとするが、適わなかった。この不気味な生命体 (と表現していいのだろうか?) から一刻も早く離れたいのに僕の体はてこでも動かない。そこで初めて、この体が僕のものでなくなっていることに気がつく。
(っ、今までで一番の恐怖体験中なのに、体が言うことをきかない……! どうすればいい!?)
何者かに操られている感覚。
さらには空やムマと政府塔にいたはずが、いつの間にか一面真っ白な空間に放り出されていることにようやく気がつく。僕と目の前の老人以外、人も物もなにも見当たらない不気味な空間だ。
狼狽する僕を余所に、前の老人は嗄れた声を発する。
『世界を創り変える。燃料の残りは戦争で掻き集めた。あとは貴様から母胎の権限を奪うのみ』
「――この莫大な力が貴様に扱えると?」
(……………………?)
自然と口が動いた。凜とした音色が老人の言葉を遮る。
滑らかに言葉が紡がれると同時、果てしない単語の波がどっと押し寄せた。
文字の羅列。
本来の僕であれば到底扱いきれず、脳が破裂しそうな程膨大な情報が何故か綺麗に整理整頓され、詰め込まれていく。
混乱の中、不思議と思考が洗練されるのを感じていた。
(僕と、輝さんは迷い星クズだった……なぜ僕らは故郷に帰れなかった? なぜ、警官に追われていた? 警官が守りたがった世界の平衡ってなんだ? 僕の中に眠るものは……、目の前の黒い生き物は……)
如月光聖を苦しめていた数々の疑問が容易く紐解かれていく。
(そうか……僕の中には《ホーリー・フェザー》がいる。アステリアを創った神、僕ら生命の源――――)
“如月光聖”が《ホーリー・フェザー》へと。上書きされていく。
神は素晴らしい国を創り上げるために、あらゆる負の感情――悪性を排除した。自らを二つに分かち、悪性の塊を《ホロウ・フェザー》と名付け永遠の刻の中で幽閉した。実際にそれは途方もない時間、形も意思も持たない虚像だった。一方で、長い年月が経ち人々の信仰力が徐々に弱まるにつれ、《ホーリー・フェザー》の神としての力は衰えていった。
幾千の光の子を産み落とす母胎は、果てしない輪廻の中でいつしか巨大な宇宙のサイクルに組み込まれ、ただ機能し続けるシステムとなった。最早、独立したシステムに《ホーリー・フェザー》は必要なかった。もっともホーリーはその循環機能を編み出した神である。“命のゆりかご”である特性を応用する権限はホーリーにあった。幾多の生命エネルギーを利用した『アステリア』の創造は、その権能の一つだった。
ホーリーは自身が弱体化しいずれ忘れ去られる存在であったとしても、それがこの国の、国民の辿る形であればそれで良いと考えた。
まさかこの隙をついて《ホロウ・フェザー》が台頭するなど、微塵も想像しなかった。
摘み取った悪性は国のあちこちで少しずつ芽生え始めていた。徐々に消えゆくはずだったホロウの自我は目覚め、遂に民衆の暗い感情を喰らう。かろうじて糧を得たホロウは世に留まり、ホーリーを引きずり下ろす機会を虎視眈々と狙った。
そしてほんの数百年前――二つの立場は逆転する。
『私は貴様の半身。貴様に出来て私に出来ぬ道理などない!』
「……《ホロウ・フェザー》に渡った命は黒に染まる。産まれる子は力もなく寿命もない。そんな世界に救いはあるのか」
『はッ、私の創る国が、易々と神の座を奪われた貴様に劣るだと? いつまでも偉そうな口をきくなよ』
「ほう。確かに私は、少年の力添えがなければ貴様との邂逅も果たせなかった……その程度の神かもしれぬ。だが現に私はここにいるぞ」
『……』
「私の精神を母胎と同期させてアステリアを再生させる。その前に醜い悪性を永久凍結させねばなるまいが――」
『そこの依り代がなければ満足に活動できぬほど失墜した神に、なにができる!!』
血走った両目を見開いてホロウと呼ばれた老人は掴みかかった。
『ギャッ!?』
しかし光聖――もといホーリーに触れた瞬間、バチィッ!! と電撃のようなものが奔る。凄まじい衝撃を一身に浴びたホロウは数メートル後方へ跳ね飛ばされた。
白い世界で、視えない地面に打ち付けた体を起こそうとするも、やつれた細い腕は力なく震える。虚弱な様を一瞥して“善性”は言葉を続ける。
「これが力の差だ。分からぬのか。所詮ホロウは薄汚れた悪の塊。どう足掻いたところで聖なる光の前に平伏する運命よ」
『貴様……!』
ホロウは今度こそ激昂する。
『私を排除した《ホーリー・フェザー》こそが! 汚れた神だ! 落ちぶれた神だ!!
今日ここで雪辱を果たす……その驕りと共に粉々に散れぇ!!』
おどろおどろしい風貌の老人は声を張り上げる。やせ細った貧弱な腕が振るうには酷く不釣り合いな、立派な杖がその手に握られている。黒光りする丈夫な柄の頂点に嵌合した紫の石が強い光を放った。
一方で。
神様の操り人形と成り果てた光聖は、眩い剣を重々しく構える。
激突する。