コメディ・ライト小説(新)

Re: ☆星の子☆  121話「彼らの秘密」 ( No.839 )
日時: 2020/08/05 18:05
名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: 3t44M6Cd)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

19章     121話「彼らの秘密」

 迷い星クズとは。

 いわく、故郷へ還ることができない半端者。
 いわく、世界の平衡を乱す犯罪者。
 いわく、大義名分を振りかざした『銀河の警官』に追われる逃亡者。
 いわく――――。
 
     ☆

 また、同じ夢を見ていた。
 より鮮明で衝撃的な風景。遥か昔の《ホーリー・フェザー》の記憶が、フィルムを高速で巻くように僕の頭を駆け巡る。おびただしい時間と情報の波に溺れそうになる。
 迷い星クズが生まれた背景。その運命。

 『アステリア』の創造神《ホーリー・フェザー》。
 その信仰はいつの間に《H・F》に据え置かれていたのだろうか。

 永遠のときの中で消え去る運命だったはずの《ホロウ・フェザー》は、《ホーリー・フェザー》の弱体化に応じて自我に目覚めた。自らを不出来で不要な悪因子として排除した半身への怒りは治まることをしらなかった。そもそも、暗い思想から構成されるホロウはそのような感情しか持ち合わせない。
 気の遠くなる年月、水面下で着実と力を蓄えたホロウは遂に半身を征伐した。
 ホロウは民の信仰力をその身に受けるため、不服ながらも己の名を《H・F》と伏せた。尊大に振る舞えば、実直な民はそれを《ホーリー・フェザー》であると無意識に信じて疑わず、警官は忠誠を誓った。
 ホロウの野望。
 それはホーリーが建国した現在の『アステリア』をホロウの理想郷へと創り変えること。
 成し遂げるためにはどんな犠牲もいとわない。悪政を強いて民の怒りを煽り、政府軍と反乱軍を衝突させた。燃え広がる戦火はホロウの暗い感情を焚きつけた。

 虚空の存在から実体を得て、創造が施行されるまでに。
 神の手により一体どれだけ多くの命が失われただろうか。
 虚しくも《ホロウ・フェザー》に奪った命の重みはわからない。

 永劫の刻へ幽閉されるその間際、負った傷は深く、《ホーリー・フェザー》の魂は無数に砕けた。それぞれがホロウの支配下から辛うじて逃れた。
 『アステリア』の生命循環機能――光の子を産み落とす“母胎”へと。
 連綿たる生命の歯車は回り続ける。

 それが“天野輝”“如月光聖”ら、迷い星クズの正体。
 心の深層に《ホーリー・フェザー》が住まう、選ばれし光の子。
 
 ホロウは異変に気がつく。
 逃げ隠れた半身――善性の神が、幽閉から奇しくも逃れたこと。
 広大な宇宙を訳も分からず彷徨っていること。

 ホーリーの依り代である光の子に神の記憶はない。それほどまでにホーリーの魂は粉々に砕けていた。
 通常光の子は、役目を終えれば流れ星となり燃え尽きて、その魂は故郷へ還る。
 しかし故郷『アステリア』の支配者はホロウである。
 善と悪。光と影。太陽と月のように、全くの対極。
 
 結果、依り代は還れなかった。
 正しくは不思議な斥力が働き、半身が支配する故郷に弾かれてしまったのだった。

 神と対等に渡り合えるのは神である。
 《ホーリー・フェザー》を内包する迷い星クズらにその自覚はない。永遠に彼らは故郷へ還れず、神の自我は目覚めない……。そのように楽観視できればどれだけ良かったことか。
 しかしホロウはどこまでも神経質で臆病で。
自身の野望が、覚醒した迷い星クズ――すなわち、ホーリーに打ち砕かれることを最も恐れた。
 そして忠実な下部しもべである『銀河ギャラクシー・警官ポリス』に命令する。
 迷い星クズは世界の平衡を乱す悪因子。即刻排除せよ、と。

 ――それが僕の……迷い星クズの正体。

(ああ……)

 全ての事象が繋がった。自分が何者であるか、終わりの狭間でようやく理解した。
 僕の中で覚醒を遂げた《ホーリー・フェザー》の意思が絶え間なく流れ込み、心がぐちゃぐちゃに混ざり合う。
 《 神 》の記憶。途方もない時間の奔流に身体が押し潰されそうになる。
 僕の体は今も《ホーリー・フェザー》の好き勝手に動いているようで、いつの間にか僕の精神は遠く追いやられた。深海から地上を見上げているようだ。どこまでも続く白いノートに黒いインクを滲ませたような、朧気な風景がゆらゆら揺れる。音は反響し重なり合って、誰が何を言っているのかまるで分からない。
 きっと、残った意識を手放せば、僕はもう光聖ぼくに戻れない。そんな予感があった。
 その必死の抵抗を知ってか知らずか、《ホーリー・フェザー》の記憶の奔流は止まらない。
 何度も何度も。
 いにしえの軌跡を繰り返し辿る中で、突如見覚えのある風景が映った。

 無機質な病室と真っ白な少年。青い警官服を纏ったナツとリンとヒナ。初めてできた友との別れ。偶然で運命的な、迷い星クズとの出会い。浮かぶのは柔らかい笑みと澄んだ眼差し。富士から一望した山麓と静かな町。そして――――
 天野空との出会い。
 小柄で快活な少女。得体の知れない僕の話を真剣に聞いて、漆黒の瞳で真正面から向き合ってくれた。空と過ごす中学生活、部活動が新鮮で楽しかった。ナツ達に囚われた時。絶体絶命のピンチを一緒に乗り越えた。聞こえた不思議な声の主は、きっと僕の中の《ホーリー・フェザー》だったんだろう。

(これは……走馬灯なのかな…………)

 さらに意識が朦朧とする。光聖君、と僕を呼ぶ幻聴まで聞こえてくる。
 反乱軍に寝返ったリンとの再会。故郷の大戦に空がついてきたときは本当に驚いたし心配した。その反面、彼女とまだお別れしなくていいと。心の隅で安堵した、狡い自分。

(空は……、僕と知り合ってから怖い思いをいっぱいしたよな。ついてきてくれてありがとうって、最後まで守れなくてごめんって。伝えたいことが山ほどあるのに――)

 僕がたゆたうこの真っ白な世界は、二神の邂逅により生まれた共鳴世界だ。世界の裏側、強大な力の奔流にいる。こうしている間にも『アステリア』は刻一刻と、新しい世界に塗り潰されているのだろう。
 《ホロウ・フェザー》の目的は、この惑星に全く別の文明を築くこと。そこに勿論、僕が憧れた故郷の面影はなく、知り合った皆はいない。
 《ホーリー・フェザー》の目的は、『アステリア』をこの危機から救うこと。ホーリーが再び頂点に立ち、正しく民を導いて煌びやかな惑星を取り戻す。そのために、ホロウを今度こそ再起不能になるまで叩きのめすつもりだ。
 しかし《ホーリー・フェザー》は完全じゃない。多くの迷い星クズが捕らえられ、その度に力を失い続けた。今の状況は、半身であるホロウに近づいたことで共鳴が起こり、僕の表面まで引っ張り出されたというほうが正しいだろう。未だ僕の体を操っているのは、ホーリーがまだ実体化できないことを意味する。
 目的を成し遂げるには僕の力――否、僕の肉体が必要な筈だ。

 どちらの味方をするべきか……そんなのわかりきっている。
 でもそれでいいのか? 本当に《ホーリー・フェザー》は今までも、これからも、正しいのだろうか?

 脳裏に浮かんでは消える幻影。
 元はただ一つの神であったそれが、善と悪に分かち、ともすれば兄弟喧嘩のような――『アステリア』の命運を握る壮大な喧嘩を何万年と続けている。
 僕と空、輝さん、琉、学校の皆。
 ナツやリンにヒナ。故郷を護る警官達。
 ホロウの強いた悪政に反旗を翻した反乱軍。
 皆が皆、神のいがみ合いに巻き込まれた被害者だ。

(ふざけるな……)

 光聖君、と僕を呼ぶ少女の声。
 空の笑った顔、怒った顔、困った顔――ころころ変化する愛くるしいその表情が思い出され、どうしようもなく胸がいっぱいになる。
 故郷を取り戻す。空をまっすぐ家へ帰す。

 そのために、この馬鹿馬鹿しい喧嘩を終わらせてみせる。
 
 溺れ墜ちてゆく記憶の海で一筋の光を掴み取る。
 “如月光聖”を名乗り、僕が僕として生きたたった数十年の思い出。
 絶対に、絶対に手離すものか。